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第5話 誘いと戸惑い

サーヴァルに来てから4日後―――――


朝食を取り終えたアイリスは、辺境伯邸の屋敷内をウロウロと彷徨っていた


辺境伯側が用意してくれたサーヴァル特有のゆったりとしたドレスを身に着け、頭からユフィというサーヴァルの女性が顔を隠す時に使う布製の頭巾のような物を被り、頭巾から目元だけを出し毎日を過ごしていた


ユフィとはサーヴァルの昔の言葉で『隠す』という意味があるそうだ

ストールの様に顔周りに巻き付けるものから、アイリスの様に目元以外を隠す頭巾の様なものまで種類は様々だが、それら全てをひっくるめユフィというらしい

居場所を求めサーヴァルの地に辿り着いた大昔の異形の者達が、自身の身を守る為布で姿を隠したのが始まりだという


現在は身を隠す為というよりは、強い日差しから身を守る為に使うのだと、侍女のザフラーが教えてくれた


当てもなく歩いたアイリスは、玄関ホールにたどり着いていた

そこに飾られている美しい花々を、意味もなくぼんやりと見つめる


(…………私は一体、ここで何をしたらいいのかしら)


そんな事を思いながら、アイリスはとりあえず花弁の枚数を数え始めた


ハルシュタイン家にいた時は、掃除に洗濯、食事の用意等、雑用に追われ1日を過ごしていたが、サーヴァルではそれらは全て使用人がしてくれる


普通はそれが当たり前なのだが――――アイリスにとっては、それらをしなくても良いこの状況が異常だった


年頃の貴族の女性は、一体何をして過ごしているのだろう――――そんな事を考えていた時だった


「ハルシュタイン嬢」

「はいぃっ!」


急に後ろから声をかけられ、アイリスは身体をビクつかせた


慌てて振り返ると、そこにはハイサムがいた

あの顔合わせの日以来の対面だ


「すみません。驚かせてしまったみたいですね」

「い、いえ。大丈夫です………」


あんな事があり、ハイサムとどのように接して良いか分からず、アイリスは気まずそうに目を逸らす


しかし、ハイサムは気にせず話をふってくる


「体調はいかがですか?すぐにでも声をかけたかったのですが、丁度領外で公務がありまして。1人にさせてしまい、申し訳ありませんでした」

「そんな……私の事はお気になさらず………公務に専念してくださいませ」


そう言い終わると、2人の間にしばし沈黙が流れた


この気まずさをどう切り抜けるべきか………とアイリスが困っていると、再びハイサムが尋ねてきた


「そういえば、こんな所で何もしていたのです?」


そう問われ、アイリスは少し迷いながらも、自身の気持ちを伝える事にした


「…………何をしたら良いのか、分からないのです」

「分からないとは?」

「私は年頃の貴族達が、普段何をして過ごしているのか、知らないのです………貴族の娘なのに、こんな事を言うのはおかしいと思われるかと、思いますが…………」


そう答えると、アイリスはチラリとハイサムの顔を見る


ハイサムは何か考えるような仕草をした後、思いついたかのように口を開いた


「では、私共と一緒に付いてきてはくれませんか?」

「え?」


突然の提案に、アイリスは目を丸くするのだった



――――――――――――――



それから数分後――――――


アイリスは外に出ていた

そこにはハイサムの部下数人と、荷物を積んだ荷車、そして――――――――


「……………馬」


アイリスの目の前には、黒い大きな馬が1頭佇んでいた


思わずジッと見入っていると、準備を終えたハイサムがやってきた


「お待たせ致しました。それでは行きましょうか?」

「え………えっと、私は何処に行けば良いのでしょうか?」


自身の移動手段が見当たらず、オロオロしていると、ハイサムが尋ねた


「ハルシュタイン嬢、馬は初めてですか?」

「は、はい………」

「では、私が乗せたら鞍の先をしっかり摑んで。そして馬に乗ったら大きな声を出したり、動いたりしないように。いいですね?」

「え?な、何を――――」


アイリスが答え終わるのを待たずに、ハイサムは彼女の身体を軽々と抱きかかえた


「ひゃっ!!」


急に身体に触れられたアイリスは、素っ頓狂な声をあげてしまう


しかしハイサムはそれに構わず、アイリスをゆっくり馬に乗せた

アイリスは内心パニックになりながらも、言いつけ通り鞍をギュッと掴む


すると間を置かずに、ハイサムが同じ馬にひょいと跨った為、アイリスは驚いた様に彼を見上げる


彼の体温を感じる程の近さに、アイリスは顔を赤らめた


(ち……近い)


18年間、異性との交流も全く無かったアイリスは、こういった事に慣れておらず、恥ずかしさのあまり下を向いた


すると、上から低く優しい声が降ってきた


「下を見ていると、余計に怖くなりますよ?」


その言葉にアイリスはハッとし、慌てて前を向く


ハイサムは彼女のその素直な反応に、思わずクスリと笑った


「そのうち高さには慣れます。走らせはしませんがしっかり掴まっていて下さい」


優しく声をかけると、アイリスはコクリと小さく頷く


そしてハイサムは、ゆっくり馬を動かした


ゆっくりではあるものの、初めての揺れにアイリスは不安で顔を強張らせる

すると背後から、穏やかな声が聞こえてきた


「大丈夫。私がいますから振り落とされる事はありませんよ」


そう言われ、アイリスの不安が少し和らぐ

そしてふと前を見ると、目の前にはゆったりと変わるサーヴァルの風景が広がっていた


黄金の砂漠

サーヴァル特有の衣服に身を包んだ人々

見たことのない植物

何処からか香る、独特な香辛料の匂い―――――


馬車の中からは感じられなかったものが、アイリスの五感を刺激し、頭の中に伝わってくる

彼女は身体に風を感じながら、その新鮮な感覚をいつしか楽しんでいた


後ろで見ていたハイサムは、彼女が初めて見せた生き生きとした姿に、思わず笑みをこぼすのだった




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