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第10話 壊れた世界の歩き方 -1

 青白い月明かりが照らす夜空には、ザラザラの土の塊が浮かんでいる。かつて航空機が飛んでいた高さにあるそれは、神が作った楽園の島(ニューエデン)だ。


 ここからは底部の土を望むことしかできないが、俺が生まれた()()()()()位置からは、少しだけ上の部分を見ることができた。薄く霧がかかった、ぼんやりとした緑の色彩。


 あれは神が作った新たな楽園。九年前の〈終末審判〉の折に突如として出現し、審判で『正しい者』と認められた人々はあの場所に(いざな)われた。今地上にいる俺たちを含む人類は、その時『罪人』と判断された者たちだ。


 何が『罪』で、俺たちはここに残されたのか。——それを知る者はこの地上に存在しない。


 * * *


 天使や〈罰の魚〉——神が成したものたちは、太陽の下(すなわち神の目が届く場所)でのみ行動を可能とする。太陽が沈むと、彼らはそこらに張り付く影となって動くことができないが、俺たちはそれを如何なる手段をもっても破壊することができない。


 陽の光の下は神の領分。神に見放された『罪人』の俺たちが安全に歩くことができるのは、月の光が満ちる夜だけだ。


 第五支部を目指して歩き出した三日目の夜。最初に音を上げたのはやはり管理部の三人だった。


「もう、歩けません」


 長い距離を歩いたという理由だけではない。夜通し歩き、夜明けが近づいたら打ち砕かれたかつての街の中に隠れられそうな場所を見つけ、昼は天使や〈罰の魚〉に怯えながら眠る。当然安眠などできないわけで、疲労が蓄積した形だ。


「甘えたことを言うな!」


 立ち止まった三人に、鬱陶しい顎鬚幹部が怒号を上げた。支部長も他の幹部も死んだとなって、彼は第七支部を発ってからずっと俺たちのリーダー面をしている。


 組織もクソもない寄せ集めの生き残り数人相手に、ライフルも碌に扱えないジジイが偉そうに。


「お前たちは何のために〈反抗者〉に入ったんだ! 天使を一匹残らず討ち倒し、地上を取り戻すためだろう!」


〈反抗者〉が組織として掲げる目標は確かにそれだが、構成員の中には、元いた集落を焼け出されて行く宛がなく、仕方なく加わった者も多い。それに対してこの言い分。反吐が出る。


「お前たちのような腰抜けが足を引っ張ったから、第七支部は壊滅したんだ!」


 いや、きっかけは第十三分隊で、過程は全て司令部の判断ミスだ。責任転嫁も程がある。


 俺は内心で嘆息して周囲を見回した。


 悪魔はまあ、いいとして。怒号を上げる幹部と萎縮する三人を前に、サラはまるで自分が怒られているかのように肩を窄めていて、サムはうんざりした顔で夜空を仰いでいる。


 仲裁に入るとかないのか。と、俺が言えた義理でも——


「今夜の食事はあの男の丸焼きにするというのはどうだ?」


 考えていたら、ベルが耳元で囁いた。吐息が耳に当たって俺は思わず飛び退きそうになるが、気合いで耐えて平静を装う。一昨日の夜にそれをやってしばらくベルに笑われたからだ。


 グッと体に力を入れ、何でもない風に傍らを見下ろす。


 天使との戦闘を終えて力を解除した彼女は元の大人の女の姿に戻っている。身長は俺の肩より少し下。身につけているのは俺の戦闘服の上着のみ。ギリギリ尻は隠れているが、屈んだら完全にアウトの丈だ。どこかで彼女の服を調達したいところ。


「……共食いになるだろ」

「それがどうした?」

「人倫に悖る」

「君はお行儀が良くてつまらんな。ほら、見ろ。あのでっぷりした腹は焼いたら脂が滴って美味そうだ」

「全然美味そうじゃない。というか、そもそも人肉なんか生理的に無理だ」


 ベルが「ふむ」と腕組みをして、「では普通に殺すか?」と尋ねてくる。捲った長袖がダボついていて邪魔そうだ。


「何でそうなるんだよ」

「君はあれの言動に苛立っているのだろう? お行儀良く堪えるより、さっさと殺して元凶を絶てば話が早い」

「お前、俺の考えが読めるのか?」

「いいや」

「じゃあ何で苛立ってるってわかるんだよ」

「顔に書いてある」ニヤリと笑い、「君はわかりやすい」と付け加える。

「食わないし、殺さない」


 俺はピシャリと言い切って話を終え、彼らの方へ。


「今日の昼は俺が魚狩りに出る」


 管理部の三人の中で一番深く項垂れている男の肩を軽く叩いた。


「そうすりゃ、昼間寝てる間に魚が通りかかることもない。ぐっすり眠れるから、もう少し頑張れ」


 言うと、男が「はい……」と少しだけ表情を緩め、幹部が「ふんっ」と鼻を鳴らして踵を返した。向こうにいたサムが軽薄な口笛を吹き、


「〈偽英雄〉は言うことが違うな」


 茶化すように言ってから歩き出す。皆がそれに続き、俺が口の中で「うるせぇ」と独りごちたところで、ベルが「『魚狩り』とは?」と尋ねてきた。


「言葉通り、〈罰の魚〉を狩ることだ」


 天使が吐き出す〈罰の魚〉は、地上の『罪人』への罰の一形態。昼の地上を縦横無尽に泳ぎ回り、見つけた人間を食い殺す。


〈終末審判〉から九年。神は地上に天使を派遣して『掃討戦』を続けてきたわけだが、なぜ〈神の鉄槌〉や声の攻撃などの圧倒的な破壊力を有する天使を主戦力とせず、ダラダラと〈罰の魚〉などを使っているのか。


 その問いの答えはわからない。楽園の島に誘われた『正しい者』は神の声を聞いたらしいが、俺たち『罪人』は何を言われるでもなく死の世界を歩かされている。


 だが、推測はできる。


 きっとこれが罰だからだ。荒廃した世界における『死』などもはや救いに等しい。故に、遠い昔の被食者だった頃の記憶を呼び覚まし、恐怖に逃げ惑って救いを求めさせるために、神はわかりやすい罰を用意した。


「〈罰の魚〉の放流量は一定だ。狩れば減らせるし、狩らなかったらどんどん増える」

「彼らの安眠のために、君が周囲の魚を狩り尽くすと?」

「尽くさなくてもいい。いい感じに遠くも近くもない場所で魚を狩り続ければ、勝手に向こうから集まってくる」

「それで、彼らに静かな昼を与えようと?」

「ああ。天使が出て来ない範囲で収めなきゃならないから、全てを誘き寄せるとはいかないかもしれないが」


 特定の場所・時間に著しい〈罰の魚〉の損壊が起こると、その対処に天使が出てくる。


 俺たち〈反抗者〉の戦闘部はその特性を利用して天使狩りをやってきたわけで、俺としては一刻も早く一体でも多くの天使を狩りたいところだが、この状況ではそうも言っていられない。


 だからさっさと第五支部に到着して、天使狩りに合流したい。ここで仲違いをしている暇などない。


 俺が魚狩りを申し出たのにはそういう理由があってのことだが、


「君は根っからの『英雄』だな」


 嫌味っぽく、加えて心底呆れた様子で言うベルは、どうも何かを取り違えているらしい。


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