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2-1(魔女たちの家1)

 空から歓声だけが落ちてくる。何人もの子供たちがはしゃぐ声だ。声が地面に激突する寸前で激しい突風が芝や土を舞い上げ、声が止まる。

 大気が揺らめく。二頭の異形が現れる。

 鳥にしては大きな体。太い足と尻尾。腕と一体化した巨大な翼。細く長い顔はゴツゴツとして、左右の瞳の下まで裂けた大きな口には鋭い牙が隙間なく並んでいる。

 飛竜だ。

 二頭の飛竜は激しく羽ばたきながら地面に降り立ち、翼を大きく広げたまま身体を屈めた。

 頭を下げた飛竜の背中から、子供たちがきゃあきゃあはしゃぎながら降りてくる。

 全部で5人。

 全員が女の子で、年齢は様々だ。一番小さい子は5歳ぐらいか。一番大きい子でもまだ10歳を越えたぐらいだろう。

 それぞれの容貌から血の繋がりはないと判る。

 ただ、瞳はよく似ていた。

 5人の栗色の瞳の奥で、赤い光が微かに瞬いていた。

「あー、楽しかった!」

 子供たちが飛竜を振り返る。

「ありがとう、フラン姉さま!」

 声を揃え、楽し気に叫ぶ。

 子供たちが声をかけたのは最後に飛竜から降りたひとりの少女だ。背中に落とした赤い髪が陽光に眩しく輝いている。

 まだ若い。

 白い肌には弾力があり、手足も頼りなく細い。

 おそらく10代のはじめだろう。

 しかし、どこか歳が判り難い。口元に浮かべた笑みが、華奢な見た目に相応しくない自信に艶めいている。

「どういたしまして。でもダメよ、そんなに大きな声を出したら。ハルナ姉さまに気づかれちゃうでしょ?」

 赤い髪の少女が、フランが優しく微笑んで子供たちに応える。

「それに、お礼を言うなら、まずは飛竜たちに、ね」

「あ、そうか!」

 子供たちのひとりが声を上げる。

「ありがとう、飛竜さん!」

 子供たちが飛竜に向かって叫ぶ。やはり不思議なほど声が揃っている。

 キロキロと瞳だけを動かして顔を上げ、飛竜が機嫌よく甲高い声を響かせる。

「ありがとう。またお願いね」

 喉を低く鳴らしてフランに答え、飛竜たちが翼を開く。飛び立つ。巻き上がる風に子供たちがはしゃいだ声を上げ、「ありがとう!」と叫んだ声に応じるように軽く身体を左右に振ってから飛竜たちは空の彼方へと飛び去って行った。

「さあ、教室に帰りましょう」

 フランたちがいるのは、芝生が敷き詰められたどこかの屋敷の広い庭だ。

「はーい」

 元気よく子供たちが応じる。そこへ「どーこーへ行っていたのー。フーラーン」と、低い声が響いた。

 地面から光の柱が立ち上がる。いや、腹に響く重い雷鳴も轟いたから、光は空から落ちてきたのかも知れない。

 光の中から小柄な人影が足を踏み出す。

 髪の短い老女だ。

 口元には笑みがあるが、きりきりと眉を吊り上げ、フランを見つめる栗色の瞳には怒りが隠れている。

 子供たちの中でも、より幼い3人の子供が歓声を上げて人影に駆け寄って抱きつき、

「ハルナ姉さま!」

 と嬉しそうに叫んだ。


    ***


「そうそう、居酒屋で面白い子に会ったわ。お酒が好きで、とても頭のいい子よ。彼、いい魔術師になるわ、きっと」

「フラン姉さまに気に入られるなんて、気の毒な人ですね」

「失礼ね」

 フランが笑う。

「屋敷の表向きの当主の名前も決めたわ」

「ボストロ候ではないのですか?」

「姓がないただのボストロ候では重みが足りないってイクシに言われたわ。彼の意見も入れて、侯爵ではなく、ボストロ・レス・エクスコード公爵にすることにしたわ」

「レス・エクスコード……」

 聞いた覚えがある。リンリンが記憶を探る。すぐに思い出す。ショナの古い魔術師の家系だ。数百年の歴史を誇り、名家中の名家と言っていい。ただし、大災厄以前に断絶している。

 隠れ蓑として掲げるには確かに悪くない。

「執政官殿が言われるのなら、無下に断ることはできませんね」

「リンリン、ペルを許すことはできた?」

 唐突にフランが訊く。

 二人は飛竜の背中に乗っている。フランの後ろに座ったリンリンは答えない。

 フランが質問を重ねる。

「むかしのあなたを抱き締めることはできた?」

 短い沈黙の後、リンリンが頷く。

「--はい」

「だったら、初代ボストロ・レス・エクスコード公爵はあなたに務めて貰うわ」

「え?」

「よろしくね、リンリン」

 と、フランは笑った。


    ***


 多くの人が新大陸最強国と認めるショナには、他国の人々には理解できない変わったところがいくつかある。

 まず、王がいないこと。

 例え元奴隷であろうと市民であれば元老院議員になる資格があり、元老院議員になれば議会の投票でショナ行政のトップになれる可能性もあった。

 次に魔術師協会。

 国の中に別の国があるような組織を抱えて--積極的な介入はしないものの、ショナの立法・司法・行政の最高機関である元老院にさえ、魔術師協会は介入できた--、何故、政治が混乱しないのか理解できない。

 ショナが建国からほとんど国境を変えていないこともそのうちのひとつだ。

 ショナほどの軍事力があれば近隣の他国を屈服させることなど容易かっただろう。しかし、例外はあるものの、ショナは基本的にその軍事力を外に向けようとはしなかった。

 理由はある。

 そもそもショナが建国された理由がそれだ。

 新大陸、いや、世界の最強国であるショナは、たったひとりの魔術師のために建国された。偉大なると尊称されるただひとりの魔術師--神殺しのマスタイニスカと呼ばれる魔術師が穏やかに過ごせる、ただそれだけのために建国された。

 ショナの建国を企図した者にしてみれば、国境を広げるどころかむしろ「ちょっと大きくなり過ぎちゃったわ」ということになる。

 マスタイニスカを守る者たちは建国したショナの首都デアにマスタイニスカが住まうための屋敷を建てた。

 さすがに伝説の魔術師の住居と表札を掲げる訳にもいかず、表向きはショナ建国時の功績により公爵に叙せられたある魔術師の屋敷ということにしている。

 フランたちが今いるここがそうである。


 リンリンは、ボストロ・レス・エクスコード公爵を10年間務めた後、高齢となって引退した姉に代わり、公爵位を妹に譲って魔術師協会のトップになった。

 以来、代を重ね、現在のボストロ・レス・エクスコード公爵は22代目になる。

 フランたちの前に現れたのは、第22代ボストロ・レス・エクスコード公爵としてマスタイニスカの屋敷の現当主を務めるハルナだった。

「あらあら。そんなに勢いよく抱きついてきたら危ないでしょう?」

 笑顔で子供たちを構いながら、ハルナがフランを睨む。

「妙に静かだと思って見に行ったら誰もいない。今は魔術のお勉強の時間でしょう?どこに行ったのかと心配で心配で、倒れそうだったわ、フラン」

 文句を言うハルナに、フランが目で問う。

 本当は?

『久しぶりに静かだったので、皆でお茶をしていました』

 声にならない声で、笑いを含んでハルナが応じる。

「ごめんなさい、ハルナ姉さま!」

 フランの後ろで、フランの服の腰の辺りを握り、ハルナに抱きつかなかったふたりの子供が叫ぶ。ふたりはハルナの声が響くと、フランが驚くほど素早く、手を取り合ってフランの後ろに隠れていた。

「これからはきちんとお勉強します!だから、フラン姉さまをしからないで!」

『あら。叱られるのはあたしで確定なの?』と笑いながら、「大丈夫よ、ムギ。イロナ」と、フランは後ろを振り返った。

「ハルナ姉さまはお優しいから、少しお小言を頂くだけよ」

「本当?」

「ダメよ」

 ハルナがピシリッと言う。しかし、声も態度も大袈裟で、どこか芝居がかっている。

「悪いことをしたら、罰を受けないといけないの。どんな罰にするかは、フランの言い分を聞いてから決めます。

 ムギ、イロナ。あなたたちは教室に戻りなさい」

 ハルナが自分に抱きついた子供たちを優しく撫でる。

「ユウ、ココ、アンニ、あなたたちもね。

 キットとユノが待ってるわ」

 ハルナが視線を向けた先、遠くに、白い2階建ての柔らかなデザインの建物がある。子供たちが学ぶ教室がある図書棟だ。その図書棟の前で、30代と思われる女が二人、苦笑を浮かべてフランたちを見つめていた。

「あなたには少しお話があります。さ、いらっしゃい、フラン」

 自分の執務室がある事務棟に向かって歩き始めたハルナの背中をフランが追う。

「ハルナ姉さまの言う通り、みんなは教室に戻ってなさい!」

 フランの言葉に、子供たちがためらい、顔を見合わせる。手を繋ぐ。自我は芽生えている。しかし、まだ自己が確立しているとは言えない妹たちは、光を重ねるように互いの心を溶け合わせた。

 足を踏み出し、図書棟に向かって駆け出す。

 少し走ると子供たちの口から歓声と笑い声があふれた。

 いちばん年下のユウが足をもつれさせ、--転ばない。他の子と手を繋いだまま小さな身体がふわりと宙に浮く。ユウはそのまま滑るように宙を飛んで、「きゃあっ!」と嬉しそうに叫んだ。

 叫んだのはユウだ。

 宙に浮いているのもユウ一人だ。

 しかし、5人全員が、ユウが感じている浮遊感を共有している。走りながら娘たちの力を使ってユウを支え、ユウと一緒に宙を飛んでいる。ひとつの生き物の如く風となって疾走している。

 ハルナを追いながら子供たちを見守っていたフランの口元に温かい笑みが浮かぶ。

 図書棟の前ではキットとユノが手を繋いでいる。二人で娘たちの力を合わせ、子供たちが転ばないよう、子供たちの傍らに寄り添っている。

「早くなさい、フラン--!」

 背中を向けたままハルナが厳しい声を響かせる。

「楽しんでいるわね、ハルナ」

 ハルナに追いつき、こっそり囁いたフランに、「フラン姉さまにお尻を打たれたこと、忘れていませんわよ」と、機嫌よく、何十年も前の恨みをハルナは告げた。

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