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9話 対 衝撃の魔法使い

「棍棒で釘を打つ」ということわざのとおり、道具の本質的な価値は決して見誤ってはならない。


【前話のあらすじ】

 フィナと出会った翌日。フィナは勝手に学校に来て、屋上で俺に声をかける。

 そして、一緒に昼ご飯を食べていると、不良5人組が屋上に来て絡まれてしまう。

 そんな中、屋上にもう1人、魔法使いらしき女性がやってきた。

 彼女は一瞬で不良を蹴散らし、俺に対しても容赦なく魔法を使い殺そうとする。


 狂暴な暴力女に吹き飛ばされた1秒後。


 何故か、死んだと確信した俺は生きていた。

 吹き飛ばされたはずの俺は、約1秒後、俺は屋上の階段の手前に立っていた。


 俺はたしかに後方に吹き飛ばされたはず。

 証拠に俺と俺を吹き飛ばした魔法使いの間に距離がある。

 途中でその勢いが掻き消された、まるで魔法が消えたかのような感覚だった。


「なんで!? 私の魔法が消されたんだけど!」


 エミリーは困惑したように叫ぶ。

 が、一方のフィナは俺の方を振り向いて、決死の表情で言う。


「ハル! 逃げて! 速く!」


 昨日から、ハルと呼ばれても、自分の名前を呼ばれたと自覚するまで一瞬間が開いている。

 だが、今は発言の内容から、すぐに自分が呼ばれたと分かった。


 フィナの表情は涙目だった。

 また、プルプルと、生まれたての子鹿のように足を震わせている。


 また、彼女を見たと同時に、彼女が首から下げていた宝玉が不思議な力で、宙に浮いていることにも気づく。

 

「フィナ。今、まさか、この凡夫が死なないように、その宝玉に願ったの?」


 エミリーがそう言うと、フィナは恐る恐ると言った様子でエミリーの方を向いて、弱々しい声で言い返す。


「そ、そうだけど。それが何?」


 すると、エミリーは頭を抱えながら、呆れたように言う。


「まさか、お師匠さまは本当に、本当に本物の天体儀の宝玉をフィナに奪われて、逃げられたって言うの……?」


 エミリーは戸惑いながら言う。


「速く逃げて! エミリーは同じ未来の魔女の魔法使いだから、私を襲うことはないから!」


 フィナはもう一度、勢いよく俺の方を見て、鬼気迫る表情で言う。

 すると、エミリーはフィナを無視して俺に向け魔法を唱える。


「そこの凡夫。とっとといなくなって」


 エミリーの方を見ると、彼女は俺を睨みながら、フィナと同じように目の前の空気に指先を立て、何かを描く。


「衝撃魔法、破壊砲!」


 しかし、魔法らしき現象は何も発生しない。


「ちょっとエミリー! あなたの狙いは私でしょ!?」


 フィナがそう叫ぶと、エミリーは舌打ちをする。


「……、そっちの凡夫。とっとと消えて! そしてフィナ、私たちのお師匠様を裏切ったこと、死んで反省して!」


「な……、なんで、エミリー……」


 フィナは言葉を失って、涙目のまま固まっている。

 しかし、俺はそのエミリーの言葉に違和感を覚える。


 出会ってすぐに凡夫を殺そうとした女が、何故、俺を見逃そうとしているのか?


 そして、先ほど放った魔法はどこへ行った?


 フィナの宝玉に何か不思議な力があるのか?


「フィナ、何が起こっているか教えてくれ。エミリーは本気で殺そうとしてるぞ」


「無駄口叩いてないで、とっとと消えて」


 やっぱりだ。


 立ち止まっていても、エミリーは口だけで手を出してこない。

 あの速度で動けるのに、俺を殺しに来ない。


 それにはおそらく、理由がある。

 俺の相手をすることが面倒になったか、遠距離で攻撃をする術がないのか、あるいは。


 俺はフィナを見る。

 やはり、フィナの首からぶら下がっている宝玉は、宙に浮いている。


「フィナ。俺の見間違いでなければ、その宝玉は宙に浮いているように見えるんだけど」


 すると、エミリーは再度怒鳴るように言う。


「凡夫には関係ない話だから! とっとと失せ――」


 そこまで言いかけたところで、俺はエミリーに向かって走りだす。


「ちょっと!?」


 フィナの声が後ろから聞こえるが、俺は問答無用で突っ込む。


 そして、エミリーに殴りかかった。


 と、エミリーは喧嘩慣れしているようで、俺の拳を軽々と掴む。

 しかし、先ほどのような力強さを感じない。

 俺の拳を受け止めた手も、あくまで女性の力だ。


 まるで、彼女を守る何かしらの魔法が解けたように、彼女は普通の人間らしい力に変わっていた。


「魔法が――、ちっ! 凡夫のくせに! 何!?」


「ちょっとハル! 何してるの!? エミリーの体術はとっても強いの! 馬鹿なことしてると殺されちゃうってば!」


 フィナの悲痛な叫びが聞こえる中、俺はフィナに叫ぶ。


「推測だが、今の俺に魔法は効かないんじゃないか? だから速く! 俺のカバンを持って箒を取って。一緒に逃げるぞ」


「は!? ちょっと!? 何を言って――」


 フィナは意味がわからないと言った様子でそんなことを言う。

 そんな中、エミリーは俺の横腹に右手の拳を放り込む。

 が、俺も負けじと、エミリーの膝に右脚で蹴りを入れる。


「やっぱり凡夫は嫌い! 小蝿みたいに鬱陶しくて、イライラする。私はフィナを殺しに来たのに!」


「な、なんで? エミリー。私たちは同じ未来の魔女の、魔法使いじゃ――」


「フィナ、速く! この魔法使いは聞く耳を持つような奴なのか!?」


 俺がそう叫ぶと、エミリーは目の前で舌打ちをしてから、苛立ったような表情で俺の目を見て言う。


「フィナは弱いけど、天体儀の宝玉は厄介だわ!」


 やはり、あの宝玉のおかげなのか?

 今の俺にはおそらく、魔法が効かなくなっている。


「めんどくさいめんどくさい! 衝撃魔法――」


 エミリーは右手の人差し指で虚空に何かを描きながら、宣言をし始める。

 彼女は俺のことを見ず、訳が分からず混乱しているフィナの方を見ていた。


 まずい、狙いはフィナか!?


「――真空斬!」


「フィナ! 避けろ!」


 本能的に、俺はそう叫ぶ。


 何かを空気に描き終わった彼女は、右手の先をビュンと、上から下に下ろした。

 が、俺は左手で彼女の振り下ろした右手を掴んだ。


 しかし、掴みはしたものの、振り下ろす腕の勢いは止まらない。

 エミリーが腕を振り下ろした直後、強烈な風がその腕の先から放たれる。


 いや、風が放たれたのではない。

 まるで、真正面から見た日本刀のような、目に見えにくい鉄線、つまりは斬撃が、彼女の指先から高速で放たれた。


 俺が触れたのは、鉄線が切った風。

 しかし、その魔法は俺には干渉しなかった。


 その鉄線はフィナに向けて飛ぶ。

 光景がスローモーションに見える。

 実際には一秒にも満たない速度で、その斬撃はフィナに到達した。 


 が、幸いその斬撃は、フィナの1cm程度横を通過する。


 直後、後ろの柔らかいプラスチック製のフェンスは、音もたてずに2つに割れた。


 エミリーが舌打ちをすると同時に、俺は半身でフィナを見て、再度叫ぶ。


「フィナ! 速く逃げないと! 2人まとめて殺されるぞ!」


 その声を聞いたフィナは、我に帰ったように動き始めた。


「フィナ? 凡夫に指示されて動くなんて、恥ずかしくないの?」


 フィナはその言葉すら無視して、俺のカバンと箒を持ち、俺に叫ぶ。


「準備できた!」


「よし」


 俺も言葉を返す。


「鬱陶しい……、とっととそこをどけ! って!? 何!?」


 俺はそう呟いたエミリーに思い切り体重をかけ、動揺したエミリーを押し倒す。

 エミリーが不意を突かれたように目を丸くすると、その瞬間、俺は思い切り拳を振りかぶって、彼女の鳩尾に全体重をかけて殴った。


 すると、さすがのエミリーもゴホゴホと咳き込む。


「こ、この、凡夫の、くせに」


 エミリーは力が抜けたようにそう言ってから、再び咳き込み、お腹を抑えて地面で丸くなる。


 その隙に、俺は立ち上がってフィナに駆け寄った。

 と、フィナから俺は荷物を受け取る。

 そして、彼女と手を繋ぎながら、フェンスが切れた箇所から空へ飛び出した。


 無我夢中で、曇り空に向けてジャンプする。


「飛べ!」


 と、フィナが言ったものの……、なぜか箒は飛ばない。

 箒が飛ばないと言うことは――。

 ん? あれ? 飛ばないって、まずくないか?


「あ、あれ?」


 フィナもきょとんとしてそう呟いた。

 その直後。


 当然、俺とフィナは屋上から自由落下を始めていた。


次回の投稿予定日は6月21日(土)です。


※2025/7/18 前書きを修正しました。

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