7話 誰よりもまっすぐな瞳
【前エピソードのあらすじ】
学校で、俺は同級生の嫌がらせを受け続けていた。
その嫌がらせは高校1年の頃から続いているが、真司澪奈という女だけが、なぜか俺に絡みに来る。
その日の昼休み、フィナは勝手に高校の屋上に侵入していたため、昼ご飯を一緒に食べていた。
そこに、いつも嫌がらせをしてくる奴らが来て、フィナのことを見られてしまう。
「毎日屋上で飯食ってるって噂は本当だったようだが……」
金髪男はドアを蹴り開けてから、フィナの方を見てニヤリと笑う。
何故か、フィナの靴の効果は効いていないようだ。
本当に、フィナの情報は信用ならない。
今後はフィナの情報を元に動かない方が良さそうだ。
「な、なんだあいつ。屋上で地味な服着た女と飯食ってやがる」
後ろに立っていた、黒髪をモヒカン風ツーブロックにしている男がそんなことを叫ぶ。
ただ、フィナが嘘をつく理由もない。靴の効果が発生していない理由……。
何故見えているのか? 近すぎると見えるのか?
それとも、フィナが、俺のコンビニ弁当を持っているから、か……?
「え、あの女誰? てか、制服じゃないから他校?」
後ろの金髪女がスマートフォンをいじりながらそんなことを言う。
「え、なんで――」
フィナはそんなことを言いながらオロオロとしている。彼女も理由が判然としていないらしい。自分が履いている靴の効果くらい正確に把握をしていてほしいんだが……。
まあ、フィナが見られること自体は問題ない。フィナが魔法使いであるとバレることが問題なのだ。
「すまん。目障りだったか? 場所を変える」
俺はそんなことを考えながらそう言うと、鞄を持ち、フィナの手を引いて歩き始める。
見逃してほしい、という俺の願いは届かず、後ろにいた身長の大きな、赤髪の男が俺に問いかけてくる。
「この状況、わかっとる?」
「分かる?」
俺がとぼけたように言う。
しかし、それでは許してくれないようで。
「リンチにされたく無かったら、俺らの昼飯買ってこい」
5名の集団の先頭に立つ金髪男がニヤリと笑う。
ついに、彼らは俺をゴミ箱扱いするイタズラ程度では飽きてしまったらしい。
付き合ってやるか。
「金は?」
そう声をかけると、金髪の男は笑って言う。
「自分の金で買え」
彼らは恫喝をした。それは犯罪だ。
もとより犯罪まがいのことは受けているが、今回の件は完全にアウト。
「さすがに犯罪はダメだ。同級生の犯罪行為に加担したくはない」
俺はそう言って、フィナの手を取り彼らの横を通り過ぎようとする。
が、その瞬間、金髪男が俺の後ろに立っていたフィナが持つ弁当を腕で振り払った。
パンッと音が鳴り、中身が残っていた弁当箱が地面に落ちる。
弁当は逆さまに落ちたため、中の状態は残念なことになっただろう。
「あ!? あーーー!? 私たちのお弁当が!?」
フィナは飛んでいくコンビニ弁当に向かって、手を伸ばす。
が、フィナのその様子を見た、蒼髪の女が引いたように言う。
「うわ、何この女、必死すぎでしょ」
一方、金髪の男は俺に言う。
「買ってこいって言ったろ?」
「犯罪はやめといた方がいい。人生に響くぞ」
俺がそう言うと、取り巻きのうち、黒髪をツーブロックにした男が言う。
「おいおいおいおい! ちょっと待て! みんな気にならんと!? こいつが女と一緒に飯! 飯食ってんだぞ!」
なんとなくスルーされそうな雰囲気だったが、ダメだった。
「別に、女と飯食って悪いのか?」
俺がそう答えると、先頭に立っていた金髪男が俺の胸ぐらを掴む。
そして、俺に顔を近づけ、力一杯睨んだように言う。
「テメェみたいな、生きる価値もねえ奴が、俺らと対等に話してんじゃねえ」
確かに、今の彼らから見れば、俺は生きる価値がないように見えているだろうが、それが犯罪をしてよい理由にはならない。
その推察を裏付けるよう、金髪男の後ろで蒼髪の女が、乾いたようにこちらを見て笑った。
俺は手を握っているフィナの方をチラリと見ると、彼女はポカンとした表情で金髪の男の方を見ている。
彼女は今の状況を飲み込むことができていないようだが、とにかく、今はここを突破しなければ。
「わかったわかった、買い物くらい行くから。ただ、犯罪に加担はしない。金をくれ」
俺はそう言うが、金髪男はその言葉を一蹴する。
「てめえの金で買ってこいっつったろ」
どうやってこの場を収めようか……。とりあえず、できる限り穏便に――。
その時。突然、フィナの声が響いた。
「謝って!」
フィナは金髪男を強烈に睨んで言った。
あまりの剣幕に、金髪男はやや怯んだ。が、すぐに余裕そうな表情でフィナの方を見て言う。
「ああ、悪い悪い。ついカッとなったぜ。お前の昼飯、無くなっちま――」
謝る気のないふざけた様子で、金髪男はフィナに言う。
が、フィナはその言葉を遮るよう、面と向かって、目をカッと見開いて、金髪男にすごい剣幕で言い放った。
「この人に生きる価値がないって言ったこと、謝って!」
その言葉は、空高く響き渡った。
屋上に乗り込んできた4、5人は、全員ポカンと口を開けている。
俺も、全く予想できなかった言葉に、理解が追いついていない。
が、ふと、中学時代に浴びせられた言葉を思い出す。
ーーあいつが名前を忘れたの、悪魔のせいだって
ーー隣の席、最悪。入院してれば良かったのに
空高く響いたフィナの言葉を聞き、俺は思わず彼女の姿を見る。
フィナは屋上に吹き抜けた風を背中に受けながら、まっすぐ、金髪男を強い視線で見ていた。
視界に色が戻っていくような感覚。
しばらく、フィナを見つめていた。
彼女はとても色鮮やかに生きている、そんな風に見えた。
「どうして、生きる価値がないとか言えるの? 何様なの!?」
問い続けるフィナに対し、金髪男はポカンと口を開けていた。
フィナからは臆病で弱気な印象を受けていたが、その姿からは大きなギャップを感じる。
「っていうかあなたたち、朝から嫌がらせばっかりしてたでしょ! 机の中に臭い物を入れて捨てに行かせたり、尖った物をこの人の椅子に置いたり!」
フィナは、俺を取り巻く環境を見てしまったらしい。
彼女は大きな両目をパッと見開いて、気に食わないと言いたげな様子で言い放つ。
「そういう陰湿な嫌がらせ、嫌いなんだけど!」
ピシャリと、彼女はそう言い切った。
その瞬間、再び風が吹く。
彼女の後ろにある青空は快晴で雲一つなかった。
そして、迷いのない横顔はーー、綺麗だ。
っと、俺はようやく我に返る。
どうやってこの場を治めようか。
「ふふ」
数秒後、後ろの方にいた髪の毛の根元が色落ちしている金髪の女が笑みをこぼし、その直後。
「はっはっは」
屋上に乗り込んできた4、5名が一斉に大笑いを始めた。
「ちょっと、なんで笑ってるの!? 私、何かおかしいこと言った!?」
フィナが動揺したように言うと、後ろで蒼髪の女がスマートフォンを取り出しながら言う。
「彼氏がいじめられとるからって、必死すぎ」
「は? かれし?」
きょとんとするフィナに対し、後ろからモヒカンツーブロック男がフィナに近づいていく。
「ってか、この子ちょー可愛いやん! この青髪、マジで地毛!? こんな奴ほっといて、俺と今から遊びに行こうぜ」
ヘラヘラと近づくその男に対し、フィナはキッパリと言う。
「なんだかよくわからないけど。この人は良い人だから、嫌がらせをやめて!」
昨日もそうだ、フィナは身体が動かない状況で俺を庇おうとした。
「良い人とか悪い人とか、どうでも良いんだよ!」
金髪男はそう言いながら、フィナの方へぐいっと近づいて、腕を掴む。
「なに! 離して!?」
「俺はこいつより強い。だから、こいつに何をしたって良い。お前に対しても一緒。俺はお前より強い。だから、お前に何をしたって良い」
金髪の男は左手でフィナの右手を掴み、ぎゅっと握りしめる。
「痛っ」
「テメェもこいつと一緒か? 弱いくせに、一丁前に俺へ説教垂れよって」
フィナの顔が、不安と怯えに支配されていく。
が、自らを振り絞るように言う。
「た、確かに私は……、弱くて落ちこぼれだけど! 誰かを傷つける人を絶対に許さない!」
フィナは腕を力強く掴まれているにも関わらず、まっすぐ金髪男を睨み、畳みかけるように言う。
「私は、私の思いを曲げない!」
金髪男は不愉快なものを見る目で、フィナに言う。
「じゃあ、俺にガン飛ばしながら口出しできるほど、強いんか!?」
彼はそう言いながら、右腕を横に振りかぶる。
腹部を狙って、拳を叩き込むつもりだろう。
「まさか、女を殴るわけないよな」
別に、フィナが痛がっても、どうなろうと俺には関係ない。
そんなことを思いながらも、なぜか、言葉が口から出ていた。
次回の投稿予定日は6/14(土)です。