4話 1個目の魔法、水流衝撃波
【前エピソードのあらすじ】
戦いのおよそ1時間前、水の魔法使いフィナは俺の前に空から落ちてきた。
戸惑う彼女と混乱する俺の前に、彼女の師匠を名乗るものが現れ、水の魔法使いフィナを最強へ導くことができるかと質問される。
最強? 魔女? 協力者?
「できるかい?」
色々、分からない単語が多すぎて、諾否の判断ができない。
と、思っていると、そんな俺の心中を察したのか、師匠は続けて言う。
「それなら、今日をなんとか乗り切ってみなさい。詳しいことは、また話そう」
師匠がそう言った直後、俺の首裏に与えられた熱も治った。
そして、後ろに立っていたものの気配や、首を掴む手が一瞬で消えた。
俺はその瞬間、勢いよく後ろを振り返ったが、そこには誰もいなかった。
ただ、目の前にはアスファルト前にへたりこみながら、掠れた声で叫んでいるフィナ。
地面に力無くへたり込んだまま、彼女は訴えるような言葉を発しながら涙を流し始める。
とりあえず……、どうしようか、この状況。
アスファルトに大きな染みができるほど、フィナは嗚咽を繰り返しながら泣いている。
「すいません! お、お師匠さまー! 勝手に家出してすいません! 帰ってきてください! もう3日でも、30日、でも、食事抜きで、良いですからーーー!」
未だ泣きじゃくる彼女に、俺は釘付けだった。
魔法使いとは、魔法とは何か、非常に気になる。
さらに、師匠が言っていた協力者と言う言葉も気になる。
「凡夫に見つかって、すいません! もうこんな失敗はしませんから! 一緒に帰らせてください、お願いします!」
泣いている彼女に、俺は意を決して話しかけることにした。
「大丈夫か?」
フィナはアスファルトにへたり込んだまま答える。
「終わった。完全に、見捨てられたんだ、私」
そうは見えなかったが。
「修行どころじゃない。魔女狩りの凡夫に殺されちゃう……、逃げないと」
嗚咽を繰り返しながら、フィナは絶望したような表情でぽつりぽつりと言う。
「ちょっと、色々聞きたいことがあるんだけど」
そう俺が尋ねたところで、車のクラクションが聞こえる。
俺が音の方を見ると、その直後、タクシー運転手のおっちゃんが窓を開けて叫んでいるのが見えた。
「危ないぞ! どけっ!」
「ひいいい! すいません! と、とりあえずなんとかして! 身体が動かなくって、本当にごめん!」
今日はよく轢かれそうになる日だ。
フィナは本当に動けなさそうなので、俺はすぐに彼女を背負って移動する。
彼女は小柄で華奢なこともあり、非常に軽かった。
道の脇まで移動をしたところ、その後ろを活きのいいタクシーが通過していく。
タクシー運転手は俺の横を通過する間、俺だけを気味悪そうに見つめていた。
「あの動く物体って、魔法じゃないよね」
「多分、魔法じゃない。あれは車だ」
「車? お師匠様は鉄でできた乗り物があるって言ってたから、それかな……?」
と、そこまで言うと、フィナは怯えた表情になる。
「この世界では、年に数人、乗り物に魔法使いが退治されるって」
それ、退治されたんじゃなくて、轢かれただけじゃないか?
「生きていける気がしない……。ってかあの乗り物、私の魔法よりもスピード速いじゃん……」
俺の背中で、フィナはブルリと身を震わせながらそう呟く。
「あの速度で落下して無事なら、車くらい止められないのか? その、魔法とやらで」
率直にそう尋ねると、彼女は背中の上で言う。
「それが、何で無事だったのか分からなくて。それに、今はもう、魔法が使えないから」
え、最悪だ。
魔法を知るチャンスがーー。
「本当に? 試しに使ってみることとかできない?」
俺が落胆しながらそう言うと、彼女は頭を傾げながら言う。
「あれ? おかしいな。なんだか力が戻ってきたような」
彼女はそう言うと、俺の背中から降りた。
へたり込んでいたのが嘘のように元気になった彼女は、両足で地面に立った。
そして、人差し指を立て、目の前の空気を指差す。
何が始まるんだ?
俺が注意して見ていると、フィナは目をつむり、空気に対して指先で何かを描きながら宣言する。
「水魔法――、水流衝撃波!」
……え、ダサっ。
こんな、宣言をして使うのか?
もっと不思議な呪文を唱えるとかーー。
いや待て。
これでどんな効果が生じるのかが問題だ。
俺が期待してフィナの前を見ていると……、彼女の目の前の空気にビー玉ほどの水の塊ができ、それは前方に発射された。
その水の塊は、野球のピッチャーが投げるストレートのように縦回転をして前に飛んでいき……、ちょうど、さっきの車と同じくらいのスピードで、住宅の壁面に衝突した。
パチン! と音が鳴る。
これが魔法……、すごいな。
原理を知りたいが、オカルト的に説明がつかない事象なのだろうか。
あるいは、水素原子を生み出す、空気中の水素原子を強制的に酸素原子と結合させているのだろうか。
いや、そんな理屈で水ができるのか?
もっと、根本的に発想が違う気がする。
どのようにこの魔法の原理を解明しようか――。
そんなことを思っていると、彼女の表情は眩しい笑顔に変わっていた。
「や、やった! 使えた! よーしっ! ちょっとは――、って、あれ、また力が……」
が、再び途中で力が抜けたように、彼女はふにゃりと地面にへたり込んだ。
「これって、大きさとか速さとか変えることができるの?」
俺が尋ねると、彼女はさっきの笑顔がどこへやら、また不安な表情に戻っていた。
「ん? 速さも大きさも変えられるよ。速さを遅くすれば大きくできる。速さはこれが最速だけど――、って、ちょっと! 私の心配は!?」
なるほど、速さと大きさが変えられるのか。
「ちなみに他の形にできる?」
「できない! ……、私の心配は?」
フィナは回転するボール型の水を出すことができる、と。
「その水は、触ると濡れるのか?」
俺がそう言うと、フィナはジトっと俺のことを見る。
「そう言えば、大丈夫か?」
夢中になっていた俺は、フィナの視線で我に帰り問いかける。
すると、フィナは倒れたまま、俺の目をじっと見つめて言う。
「すいません、立てないので手伝ってください」
まるで人間観察をされているような目で見てくる彼女。
しかし、俺もまた然り、彼女を観察している。
再び、俺は彼女をおんぶした。
感触や体重などを踏まえ、魔法使いは人間に近い体だと分かる。
俺は彼女を背負ったまま質問を続ける。
「魔法のことは後で聞くとして――。どこから来た? ってか、どこから来た」
「お師匠様の家から来て、空から落ちてきた」
「その家は地球、日本にある?」
「地球? 日本? よく分かんない」
地球や日本を知らないと言うことは、俗に言う異世界から来た、ということか?
「帰り方は?」
「いや、そのー。えーっと」
フィナの歯切れが悪い。
「家出して飛び出したけど、帰り道がわからなくなった、みたいな状況?」
俺が適当に言うと、フィナはびっくりしたような声音で言う。
「なんで分かったの!?」
「いや、なんとなく」
これまでのやり取りを聞いていたら、このくらい察しはつく。
「はぁ」
フィナのため息が響いた。
「なんか、深い事情がありそうだな」
俺が問いかけると、フィナはポツリポツリと話し始める。
「魔法使いは16歳になったらみんな、現世と呼ばれる異世界へ修行に出るんだけど。私は落ちこぼれだから修行に出れなくて……、それで、みんないなくなっちゃった」
さっきまでは大きかったフィナの声音が、徐々に小さくなっていく。
「私もみんなが修行している場所を見てみたくて、バレないようにお師匠様の箒に乗って家出をしたんだけど、家出の途中で空から落ちちゃって」
なんとなく経緯はわかった。
魔法使いにとって、この世界、地球の日本の福岡県は現世と呼ばれる異世界と認識されているらしい。
「魔法使いは現世の凡夫に見つかっちゃいけないって決まりがあるのに、あなたに見つかっちゃって、私は魔法が――」
そして、凡夫と言う言葉は、俺のような魔法が使えない一般人を指しているのだろう。
と、そこまで聞いたところで、前から知らない男の声が聞こえた。
「ちょっと、そこの嬢ちゃんと兄ちゃん」
かくして、フィナと俺は拳銃男と対峙し、今に至るのだが……。
・
「ちょっと、聞いてる!?」
背中から、耳をつくような大きな声が響く。
まだ、フィナのこともあの師匠の存在のことも、何もかも理解が追いついていない。
「何で私のことを魔法使いだって信じたの!? 普通信じないって言ってたのに」
そんな混乱した俺の頭に、さっきからいろんな質問をするフィナの声が響いてうるさい。
「さあな」
「はぐらかさないで答えて!」
まあ、あとで質問に答えてもらうためにも、答えておくか。
俺は慎重に言葉を選んで、フィナに言う。
「――この世界は、つぎはぎだらけのカンヴァスなんだ」
フィナを横目で見ると、彼女はポカンと口を開けている。
「つぎはぎだらけのカンヴァス? なにそれ?」
カタコトのように言う彼女に対し、俺は淡々と説明する。
「キャンパスって分かる? 絵を描く時に使うやつ」
「わ、分かるけど」
「今言った言葉の意味は、この世界はつぎはぎだらけのキャンパスの上に描かれている、偶像世界に過ぎないということだ」
「偶像世界? どうしたの急に。さっき落ちて変なところ打った?」
「つまり、法とか倫理とか社会とか、それら全て誰かが描いたイラストに過ぎないということ。俺はこの世界に魔法使いだっているし、神様だっているし、異世界だってあると思ってる」
「ねえ。もしかしてだけど、あなたって変わり者って言われない?」
「え」
魔法使いに変わり者と言われた……。
そんなことを思い、ふと、俺は敬愛する小説家が描いた異世界と、精神病患者に想いを馳せる。
そして、俺もフィナという魔法使いと出会った今、カンヴァス上の世界から精神病患者と観測される存在になったことは言うまでもない。
「とりあえず、この人は寝かせておいて良いとして、拳銃をどうするかな」
「ちょっと無視しないでってば! 変わり者って言われてるでしょ、このっ、このっ!」
フィナは言葉で叩いてくる。
彼女の身体は動いていないので、ノーダメージだ。
しかし、本当にこの拳銃をどうするか。
触ると銃刀法違反の疑いをかけられる。
水で壊れていることを祈るばかりだが、この場を誰かに見られても困る。
と、思った瞬間。
「ん?」
俺は思わず声を漏らす。
「どしたん?」
「これ……、拳銃モデルのエアガン?」
「え、何? エアガン?」
「おもちゃってこと」
「おもちゃ!? いやいやいや、これは絶対におもちゃじゃない! ほら! これ見て! お師匠様がこのマークに注意しろって言ってた! それに、なんか禍々しく光ってるよ! 絶対危ないって」
フィナは拳銃を指差していう。
拳銃に十字架のような、プラス記号の下側だけが少し長いマークが彫られているが、俺にはそのマークが禍々しく光っているようには見えない。
そのエアガンを拾ってみると、その瞬間、確信した。
やっぱりおかしい。
この拳銃は濡れていない。
「まだ撃てそうだし撃ってみて良い?」
「どこに?」
「君に」
そう言いながら背中の上にいるフィナにその拳銃を突きつけると、フィナは叫び出す。
「ぎゃーーー! 私に撃つの!? ダメダメ絶対ダメ!」
パンッ!
「撃たれた! 痛ああああーー、って、撃たれてない?」
その通り、俺は地面に向けてそれを撃った。
普通のBB弾搭載おもちゃの拳銃のようにしか見えない。
「ちょっと! びっくりさせないでよ」
「フィナを撃つわけないだろ。俺はフィナの協力者? ってことらしいし」
「え? そうなの?」
フィナがきょとんと固まる。
「ああ。さっき、師匠に言われた」
「……でも、協力者だとしても平気な顔で撃ちそう……。あなたって変わってるし」
フィナは怪訝な顔で俺を見ているが、俺はそれを無視して尋ねる。
「協力者ってなんなんだ?」
「やっぱり理解してないじゃん!」
フィナはため息をついてから、すぐに説明を始める。
「私みたいな修行中の魔法使いに協力する人のこと! って、そんなことよりさっきから無視し続けてる私からの質問への答えは!?」
この銃を彼女に撃ったらどんな反応が起こるか。
正直とても気になったが、流石に今後の信頼関係に響くからやめておく。
「よし、帰るか」
「ちょーっと、いろいろ話が渋滞して、全然私が聞きたいことを聞けていないんですけどー!」
フィナが勝手に渋滞させているだろ。
とは、言わないでおこう。
俺はその拳銃のマガジンを取り出してみる。
中には予想通り、BB弾が詰まっていたが、やはりどこも濡れていない。
しかしこの拳銃……、万が一改造されていれば、俺が逮捕される可能性があるな。
「これは落ちていたと言って、暇なときに警察にでも持っていくか」
エアガンを拾ってポケットにしまうと、彼女はジトっと俺を見てから、ボソッという。
「油断させて、私に撃たないでよ」
「撃たない撃たない」
「本当にダメだから! ね!? 分かった!?」
彼女の声は人一倍大きいから、耳に響く。
俺はその声の勢いに押され、頷いた。
すると、彼女は俺の背中の上で、安堵したように言う。
「ま! いろいろ聞きたいことはこれから順番に聞くとして! あなたのおかげで一難去った! ありがと!」
俺はそう言ったフィナに対し、黙ってうなずいた後に尋ねる。
「フィナはこれからどうするんだ? 修行、が何なのか分からないが、とりあえずお師匠様の元へ戻る方法を探すことにな――」
俺が背中の上のフィナを見ながらそう言うと、彼女は思い出したかのように、迷いを帯びた表情に変わる。
そして、二、三度、首を横に振ってから言う。
「もう、私はお師匠様がいる元の世界に戻ることはできない」
さっきまでは帰りたいと言っていたのに、また、訳のわからない状況だ。
「いくら帰り道がわからないって言ったって、さっきの話だと、この世界に他の魔法使いもいるんだろ? 例えば、友達の魔法使いに聞くとか」
「会える可能性も低いし、それに……元の世界に戻ると、もう二度とこの世界に来れないから」
フィナは静かにそう呟いた。
俺にとっては好都合だが、二度と来れないことで困る事情でもあるのだろうか。
しかし、そんなことを考える俺に対し、フィナは輝くような笑顔で言う。
「私は落ちこぼれだから、1人で修行なんて絶対無理だと思ってた。それに魔法も使えないと思っていたから……。けど、魔法が使えるときもあるし、あなたと2人でなら! ちょっとだけ頑張れるかも!」
フィナはそう言うと、よーし、と言いながら息巻いている。
俺はその言葉に喜んでいた。
なんとなく、フィナと一緒にいれば、今よりも退屈しないような気がする。
なんて思った時、ぐーっ、と大音量でお腹が鳴る。
しかも、俺の背中にその振動が伝わった。
フィナは恥ずかしそうにうつむいて、黙ってしまったので、俺は彼女に尋ねた。
「そういや、ご飯はどうするんだ?」
「えっと、その、私、この世界でのお金どころか、私の世界のお金もなくて。そのー……私に、ご飯を……」
「いいよ。家で一緒に食べよう。その代わり、魔法使いの話をたっぷり聞かせてくれ」
「ありがとう……! よかったぁ! 私はなんて幸せ者なんだろう。昔から、運だけは持ってるよー。本当にありがとうね」
フィナはそう言えば、と思い出したように言う。
「あ。名前、聞いてなかったね」
「いや、さっき君の師匠にも言ったが、俺は名前を忘れたんだ」
「あー、そういえば言ってたね。それは大変だ」
フィナは考え始める。
が、その反応がどこか新鮮で、俺は聞き返す。
「変だとは思わないのか?」
「変?」
「自分の名前が分からないなんて変だろ」
俺がそう言うと、フィナはにっこりと笑って言う。
「別に、名前が分からなければ、新しく付ければいいじゃん」
確かに。
って、ちょっと待て。
「いやいやいや、なんで出会ってすぐのフィナが命名するんだ。それに名前は分からないが――」
「いいじゃんいいじゃん! 私からの愛称ってことで! ねえ、なんて名前が良い? 和風? 洋風?」
「ドレッシング感覚で聞くな!」
「そうだなー、そうしたら……」
「ちょっと待て、俺の話を聞け」
彼女は悩んで、悩んで――。
ハッと、ひらめいたような表情。
しかし、また表情が変わり、やや悩んだ様子で、恐る恐る俺に言う。
「ハル。とか、どうかな……」
想像以上にまともなネーミングセンス。
なんとなく、良い響きだな。
「ちなみに、なんでハルなんだ?」
「あー、えー」
どこか、不自然な間が開いた。そこに違和感を覚える。
「えーっと、あ、そうそう! 今の季節は春でしょ? 出会った季節、みたいな!?」
「季節か……そうだな」
俺には親が付けてくれた偽名がある。
だが、その偽名は何度聞いても好きになれなかった。
何故なら、その名前は親が付けてくれたものではなく、親が騙されている新興宗教の教祖が名付けた名前であったから。
その名前を使えば、俺は家族全員と一緒に幸せになれると教祖は言ったらしい。
だから、俺はその名前を呼ばれても反応しないようにしている。
そんなことがあり、俺と両親の溝が深まり、悪魔と言われ、遠い地で一人暮らしをさせられている。
まあ、そんなことがあり、俺はその偽名が嫌いだ。
だから、学校でも偽名を公表していない。
「ま、いいか。フィナはハルって呼んでくれ」
俺がそう言うと、フィナはニコッと笑顔を作り、俺の背中の上から俺の方に片手を差し出してくる。
「うんうん! そっちの方が呼びやすい! よろしくね! ハル!」
俺はその差し出されたフィナの手を見つめる。
彼女の手はとても小さかった。
そんなことより、今日の夜ご飯は――、と、考えようとした瞬間。
ふと、さっきの違和感を思いだす。
ハルという名の意味を聞いた時、フィナが答えるまでの、一瞬の間。
この名の理由は、おそらく季節以外にもあるのか? と思えてしまうほどの不自然な時間。
フィナは何かを、隠している気がした。
ここまでがプロローグです。読んでくださってありがとうございます!
次回の投稿は6月4日(水)予定です。
続けることを目標に頑張ります!




