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4話 "ハル"という名前

【前エピソードのあらすじ】

 拳銃を持った人間(魔女狩り)を前に、フィナの魔法は普通に使えば歯が立たない。

 そのため、俺はとりあえず特大サイズで魔法を使ってくれと言った。

 すると、その魔法はきちんと発動し、俺はフィナが作った水の塊の中に飲み込まれ――。

 

 水が発生したのはあまりにも一瞬だった。


 俺は水が発生するかもと予想し、彼女が叫び始めてから、息を止めていた。

 だから、息を止めた状態で前を見る。

 拳銃を構えていた男も、その水の塊の中で溺れていた。


 この水の塊は、道端いっぱい、人間2人を飲み込むほどサイズが大きくなっても水流が強かった。

 そのため、さっきから俺の身体はグルグルと水中で回転していて、大変気持ち悪い。


 アロハシャツの男も、俺と似たような状況だった。

 

 水中でぐるぐる回りながら拳銃の引き金を引いているが、水の中では抵抗が発生するため、銃弾も十分な威力がでない。


 この水流では、引き金を引けたとしても、銃から放たれた弾の軌道が変わっているだろう。

 余程運が悪くない限り、俺やフィナには当たらないはずだ。


 そして、20秒くらい経った時、俺が水の中で何回目かの瞬きをすると、突如、水の塊が消えた。


 当然、俺は地面へ落下する。

 俺は呼吸を止めていたうえ、落下時に受け身をとった。

 一方、男は受け身もせずに地面に叩きつけられている。


 流石に息を止めていた時間が長すぎたため、俺が咳き込んでいると、フィナは遠くから俺に声をかけてくる。


「言われた通りにやったけど、大丈夫!?」


 俺は咳き込みながら、アロハシャツの男を見る。

 彼は道横の柵の横で白目を剝いて寝ころんでいた。

 動きはないため、おそらく水を飲みすぎて気絶をしているのだろう。


 彼が持っていた拳銃は、俺のフィナの近くまで飛ばされ、地面に転がっていた。


「ああ、魔法で作られた水が本物なのか、中に入って確かめてみたかったし」


 俺はびしょ濡れになった服を見ながらそう答える。


「……、魔法の中に突っ込みたいなんて、変わってるね」


 フィナの方を見ると、彼女は再び地面にへたり込み、ドン引きしたような目で俺を見ていた。


 が、すぐににっこり笑って言う。


「で、でも! とにかく! すごい、すごいよ! 貴方が死ななくて、本当によかった! ありがとう!」


 俺は立ち上がり、彼女の方へ近づいた。

 そして、濡れた身体で彼女をもう一度おんぶすると、彼女は俺に尋ねてくる。


「ちなみに、どうして大きくしようって思ったの?」


「ん?」


「私の水流衝撃波のこと! まさかサイズを大きくして巻き込むように使うなんて思いつかなかった!」


 フィナはかなり食い気味に俺へ尋ねて来る。


「フィナは、水流衝撃波をどんな魔法だと思ってる?」


「えっと、その、友達に衝撃魔法を使う人がいたから――、その人みたいに物をぶつけて衝撃を与える魔法だと思っているけど」


「俺は、初めて水流衝撃波と言う単語を聞いて、その魔法を見た時、水流のエネルギーを活かすのかなと思ったんだ」


「あのー……。えと、どう言う意味?」


「つまり、小さな球で作られた時に水流が強いなって思ったから、小さな球にしてぶつけるより、大きな球の中の水流で巻き込んだ方がみんな目を回すし、落ちた後に痛いんじゃないかって」


「なっ!?」


 フィナがはそう言うと、俺の背中の上で固まった。

 そんな中、俺は気絶している魔女狩りの方へ歩いていく。

 その3秒後。


「天才じゃん」


 フィナは呟くようにそう言うが、すぐに自分へツッコミを入れる。


「いやいや私、速度を上げるための練習しかしてないんですけど!」


 さらに続けて言う。


「って! 何でそんなに魔法を詳しいの!?」


「さあ」


 彼女は面白いくらい、忙しい魔法使いだ。

 しかも、今のは半分、とってつけた理由だ。

 大きな水なら少なくとも拳銃の推進力を減衰できるから、生存率が上がるかなと考えていた。

 俺が突っ込んだのは、フィナを殺させないためのリスクヘッジだ。

 水の魔法のサイズがあまり大きくなくても、相手に接触できれば勝機が生まれる。


 まさか、フィナの魔法のサイズがあんなに大きくなるとは思っていなかった。


「別に詳しくない。たまたまだよ」


 俺がはぐらかすように言うと、またしもフィナは質問をしてくる。


「あ、それにそれに! お師匠様はもし凡夫と会っても、軽く誤魔化せば魔法使いだとバレないって言ってたのに、何で私のことを魔法使いだって信じたの!? 普通信じないって言ってたのに」


 これで何個目の質問だ? 

 まあ、あとで質問に答えてもらうためにも、答えておくか。


「――この世界は、つぎはぎだらけのカンヴァスなんだ」


 フィナはポカンと口を開けて、俺の方を見ている。


「つぎはぎだらけのカンヴァス? なにそれ?」


 意味がわからないと言った様子でおうむ返しをした彼女に対し、俺は淡々と説明する。


「キャンパスって分かる? 絵を描く時に使うやつ」


「わ、分かるけど」


「今言った言葉の意味は、この世界はつぎはぎだらけのキャンパスの上に描かれている、偶像世界に過ぎないということ」


「偶像世界? どうしたの急に、さっき落ちて変なところ打った?」


「つまり、法とか倫理とか社会性、それらも全て誰かが描いたイラストに過ぎないということ。それも、矛盾や不可思議さを孕んだ、つぎはぎだらけのカンヴァスの上に描かれている」


 彼女をチラリと見ると、ポカンと口を開けて固まっていた。


「つまり、俺はこの世界に魔法使いだっているし、神様だっているし、異世界だってあると思ってる」


「ねえ。もしかしてだけど、あなたって変わり者って言われない?」


「え」


 魔法使いに変わり者と言われた……。


 彼女の言葉を無視しつつ、俺は敬愛する小説家が描いた異世界と、精神病患者に想いを馳せる。

 そして、俺もフィナという魔法使いと出会った今、カンヴァス上の世界から精神病患者と観測される存在になったことは言うまでもない。


 少なくとも昨日と違う下校道だから、これで良かった。

 なぜか、笑みがこぼれていた。表情を締め直す。


「ちょっと、無視しないでよ」


 そう言うフィナの言葉を聞き、俺は我に帰る。


「とりあえず、この男の人は寝かせておいて良いとして、拳銃をどうするかな」


「無視しないでってば」


 触ると銃刀法違反の疑いをかけられる。

 水で壊れていることを祈るばかりだが、この場を誰かに見られても困る。


 と、思った瞬間。


「あ」


 俺は頭を抱える。


「どしたん?」


「これ……、拳銃モデルのエアガン?」


「え、何? エアガン?」


「おもちゃってこと」


「はーーー? おもちゃ!?」


 フィナは拳銃を指差していう。


「いやいやいや、絶対におもちゃじゃない! これ見て! この模様!」


 拳銃に十字架のような、プラス記号の下側だけが少し長いマークが彫られている。


「これが、何か意味を持つのか?」


「師匠様がこのマークに注意しろって言ってた。それに、なんか禍々しく光ってるよ! 絶対危ないって」


 俺には、そのマークが禍々しく光っているようには見えない。


 そのエアガンを拾ってみる。

 いや、やっぱりおかしい。

 この拳銃は濡れていない。


「これ、相当の高級品なのか? まだ撃てそうだし撃ってみて良い?」


「どこに?」


「君に」


 そう言いながら背中の上にいるフィナにその拳銃を突きつけると、フィナは叫び出す。


「ぎゃーーー! 協力者なのに私に撃つの!? ダメダメ絶対ダメ!」


 パンッ!


「撃たれた! 痛ああああーー、って、撃たれてない?」


 その通り、俺は地面に向けてそれを撃った。

 普通のBB弾搭載おもちゃの拳銃のようにしか見えない。


 どういうことだ……?


「ちょっと! びっくりさせないでよ」


「フィナを撃つわけないだろ。俺はフィナの協力者なんだろ?」


「平気な顔で撃ちそう……。あなたって変わってるし」


 フィナは怪訝な顔で俺を見ているが、俺はそれを無視して尋ねる。


「だいたい、協力者ってなんなんだ?」


「やっぱり理解してないじゃん!」


 フィナはため息をついてから、すぐに説明を始める。


「私みたいな修行中の魔法使いに協力する人のこと! って、そんなことより私の質問への答えは!?」


 この銃を彼女に撃ったらどんな反応が起こるか。

 正直とても気になったが、流石に今後の信頼関係に響くからやめておく。


「よし、帰るか」


「ちょーっと、いろいろ話が渋滞して、全然私が聞きたいことを聞けていないんですけどー!」


 フィナが勝手に渋滞させているだろ。

 とは、言わないでおこう。


 俺はその拳銃のマガジンを取り出してみる。

 中には予想通り、BB弾が詰まっていたが、やはりどこも濡れていない。


 しかしこの拳銃……、万が一改造されていれば、俺が逮捕される可能性があるな。


「これは落ちていたと言って、暇なときに警察にでも持っていくか」


 エアガンを拾ってポケットにしまうと、彼女はジトっと俺を見てから、ボソッという。


「油断させて、私に撃たないでよ」


「撃たない撃たない」


 彼女は俺の背中の上で、安堵したように言う。


「……いろいろ聞きたいことはあとで聞くとして! おかげでなんとか一難去ったよ。ありがとう」


 俺はそう言ったフィナに対し、黙ってうなずいた後に尋ねる。


「フィナはこれからどうするんだ? 修行、が何なのか分からないが、とりあえずお師匠様の元へ戻る方法を探すことにな――」


 俺が背中の上のフィナを見ながらそう言うと、彼女は現思い出したかのように、迷いを帯びた表情に変わる。

 そして、二、三度、首を横に振ってから言う。


「もう、私はお師匠様がいる元の世界に戻ることはできない」


 さっきまでは帰りたいと言っていただろ。

 また、訳のわからない状況だ。


「いくら帰り道がわからないって言ったって、さっきの話だと、この世界に他の魔法使いもいるんだろ? 例えば、友達の魔法使いに聞くとか」


「会える可能性も低いし、それに……、元の世界に戻ると、もう二度とこの世界に来れないから」


 フィナは静かに、意思を固めるようにそう呟いた。

 俺にとっては好都合だがーー、二度と来れないことで困る事情でもあるのだろうか。

 しかし、そんなことを考える俺に対し、フィナは輝くような笑顔で言う。


「私は落ちこぼれだから、1人で修行なんて絶対無理だと思ってた。それに魔法も使えないと思っていたから……。けど、魔法が使えるときもあるし、あなたと2人でなら! ちょっとだけ頑張れるかも!」


 フィナはそう言うと、よーし、と言いながら息巻いている。

 俺はその言葉に喜んでいた。

 なんとなく、フィナと一緒にいれば、今よりも退屈しないような気がする。


「ちなみに、修行って何なんだ? 何かを集めるとか?」


 俺がそう尋ねると、彼女は俺の背中の上から言う。


「す、すごいね。なんでそんなに察しが良いの?」


「いや、本当に適当に言った」


 そこで、不自然な間が空いた。


「お師匠様に1人前と認められるまで、生き延びて、宝具を集め――」


 と、そこでぐーっ、と大音量でお腹が鳴る。

 しかも、俺の背中にその振動が伝わった。

 フィナは恥ずかしそうにうつむいて、黙ってしまったので、俺は彼女に尋ねた。


「そういや、ご飯はどうするんだ?」


「えっと、その、私、この世界でのお金どころか、私の世界のお金もなくて。そのー……、私に、ご飯を……」


「いいよ。家で一緒に食べよう。その代わり、魔法使いの話をたっぷり聞かせてくれ」


「ありがとう……! ああ、私は何て幸せ者なんだろう。昔から、運だけは持ってるよ〜。本当にありがとうね――、あ」


 フィナはそう言えば、と思い出したように言う。


「名前、聞いてなかったね」


「いや、さっき君の師匠にも言ったが、俺は名前を忘れたんだ」


「あー、言ってたね。それは大変だ」


 フィナは考え始める。

 が、その反応がどこか新鮮で、俺は聞き返す。


「変だとは思わないのか?」


「変?」


「自分の名前が分からないなんて変だろ」


 俺がそう言うと、フィナはにっこりと笑って言う。


「別に、名前が分からなければ、新しく付ければいいじゃん」


 確かに。

 って、ちょっと待て。


「いやいやいや、なんで出会ってすぐのフィナが命名するんだ。それに名前は分からないが――」


「いいじゃんいいじゃん! 私からの愛称ってことで! ねえ、なんて名前が良い? 和風? 洋風?」


「ドレッシング感覚で聞くな!」


「そうだなー、そうしたら……」


「ちょっと待て、俺の話を聞け」


 彼女は悩んで、悩んで――。

 ハッと、ひらめいたような表情。

 しかし、また表情が変わり、やや悩んだ様子で、恐る恐る俺に言う。


「ハル。とか、どうかな……」


 想像以上にまともなネーミングセンス。

 なんとなく、良い響きだな。


「ちなみに、なんでハルなんだ?」


「あー、えー」

 どこか、不自然な間が開いた。そこに違和感を覚える。


「えーっと、あ、そうそう! 今の季節は春でしょ? 出会った季節、みたいな!?」


「季節か……、そうだな」


 俺には親が付けてくれた偽名がある。

 だが、その偽名は何度聞いても好きになれなかった。

 何故なら、その名前は親が付けてくれたものではなく、親が騙されている新興宗教の教祖が名付けた名前であったから。

 その名前を使えば、俺は家族全員と一緒に幸せになれると教祖は言ったらしい。


 当然、当時の俺はその名前を嫌がった。

 両親はそんな俺を叩いて、無理やりその名前を付けた。

 だから、俺はその名前を呼ばれても反応しないようにしている。


 そんなことがあり、俺と両親の溝が深まった。

 俺は悪魔だと言われ、遠い地で一人暮らしをさせられている。

 両親からすれば、その名前を付ければ俺が救われると思っているのだから、それを固辞した俺はまさに悪魔が取り憑いていると思ったのだろう。


 まあ、そんなことがあり、俺はその偽名が嫌いだ。

 だから、学校でも偽名を公表していない。

  

「ま、いいか。フィナはハルって呼んでくれ」


 俺がそう言うと、フィナはニコッと笑顔を作り、俺の背中の上から俺の方に片手を差し出してくる。


「うんうん! そっちの方が呼びやすい! よろしくね! ハル!」  


 俺はその差し出されたフィナの手を見つめる。

 彼女の手はとても小さかった。

 そんなことより、今日の夜ご飯は――、と、考えようとした瞬間。


 ふと、さっきの違和感を思いだす。


 ハルという名の意味を聞いた時、フィナが答えるまでの、一瞬の間。

 ハルという名の理由は、おそらく季節以外にもあるのか? と思えてしまうほどの不自然な時間。

 

 フィナは何かを、隠している気がした。


読んでいただきありがとうございます。

プロローグはここまでです。

少しでも、「良いな、続きが気になるな」と思っていただけたら、是非ともブックマークと評価の方をよろしくお願いします。(励みになりますので……)

評価は少し下にスクロールした先にある星マークからになります。


次回の投稿は6月4日(水)予定です。

続けることを目標に頑張りますので、引き続きよろしくお願いいたします。

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