3話 空から落ちた魔法使い
【前エピソードのあらすじ】
自称魔法使いの少女フィナと共に、拳銃を持つ男をなんとか退けた。
そのあと、俺はフィナからの質問攻めに遭いながら、そのおよそ1時間前、フィナと出会った時のことを思い出す。
拳銃を持つ男と対峙した時から、およそ1時間ほど前。
15時ごろ、高校からの下校道。
俺は道端でクラクションを鳴らされていた。
睨みつけてくる運転手を見て、ふと思う。
感情的になれるのも才能だ。
車が暴走気味に走り去り、俺は広がった視界をぼんやりと見つめながら歩き出す。
と、その時。
上から音が聞こえたような気がして空を見る。
雲一つない空は青いはずなのに、何故か俺の目にはそれが色づいて見えなかった。
「あーーーーーーーーー!」
そこに、一筋の流れ星。
いや違う。
あれは……人間?
そう思うも束の間、俺の前方数メートル先のアスファルトに、とんでもない速度で飛来物が突っ込んだ。
パーン!
大きな破裂音が響く。
俺は思わず目を瞑り、耳を塞いでいた。
「痛たたた」
耳を塞いだ指の向こうから、女性の声が聞こえる。
……って、え? 人間の声?
恐る恐る両目を開くと、目の前には透き通るような水色の髪を肩ほどまでのショートカットにした女の子が転がっていた。
彼女は地味な黒色のワンピースを着ており、近くの地面には、藁箒と、黒色の綺麗な靴が転がっている。
お尻をさすっている彼女に、俺の両目のピントが合う。
雰囲気からして、彼女は俺と同い年くらいだろうか。
ピクリと、転がっていた彼女が動く。
生きている、のか?
彼女の繊細な水色の髪の毛が揺れたと思うと、普通に立ち上がった。
目があい、気まずい沈黙。
この交差点の周囲には平屋ばかり。あの速度で地面に落下できるようなマンションもビルもない。
改めて落ちてきた彼女を見ると、全く痛みなど感じていない様子で、俺の顔を見てポカンと口を開けている。
色々考えるより、こいつに質問するのが一番早いな。
「生きてる?」
率直に問いかける。
すると、目の前に落下した彼女は硬直したまま一言。
「へ?」
ポカンと俺の目を見たまま、気が抜けたようにそう言った。
と、そんなことを思っていると、彼女は徐々に顔が青ざめ、絶望的な表情に変わっていく。
「やばっ! 見られてる!? なんで!?」
俺に見られたことを気にしている?
すると、彼女は自分の横に落ちている黒色の靴を眺め、唖然として呟く。
「靴、脱げてるんですけど……」
……いや、それもそんなに重要なことか?
彼女は慌てて靴を履きなおそうと動き出したので、俺はまたも率直に尋ねる。
「なんで生きてるの?」
普通の人間なら、身体が爆発するように砕けているはずなのに、彼女はその速度で落下してピンピンしている。
目線を右往左往させる彼女。
分かりやすいな奴だと思って見ていると、急に視線を強め、力強い口調で言う。
「っていうか、生きてて悪い? 死んでるより良くない?」
まあ、確かに。
「いや、ごめん。悪くはない。むしろ、生きていてよかった。あの速度で落ちたら普通、死ぬから」
「な、何で笑いそうになってんの? とりあえず! 普通は死なないから! あの速度で落ちても!」
いや、さすがにそれは無理がある。
と、思ったその時、突如、全く知らない声が脳に響いた。
「私の可愛い弟子よ。人間に見られたのかい?」
脳に響いたその声は、まるで空間の向こう側から俺に問いかけるよう、どこからともなく聞こえていた。
俺は本能的に周囲を見るが、誰もいない。
直後。
パッと誰かが後ろに現れた。
咄嗟に背後を見ようとした俺の肩を、柔らかい手が掴む。
「あなた、お名前は?」
その声はゆったりとして、さらに若干しゃがれている。
背後に立つ人間は女性だということは分かったが、同時に俺は自分の身体が動かなくなっていることに気づく。
まるで、脳が自分の身体の動かし方を忘れたようだ。
「名前は、忘れました」
俺は正直に告げる。
「忘れた?」
「はい、忘れました」
これは比喩ではない。
俺は本当に、名前を忘れたのだ。
「忘れた……。ふむ、そうか」
肩を掴んでいた女性は、次に俺の首を掴んだ。
ゆったりと首筋を掴まれ、まるで何かを探られているよう。
が、俺は自分の状況よりも、目の前の落下してきた女の子の様子が不可解だった。
「お、お師匠さま!?」
落ちてきた女の子はそのように言うと、急いで跪く。
俺の背後の女性は、目の前の彼女の対応を無視して、俺に問いかける。
「あなたは目の前の女の子を見て、どう思いました?」
「なんで死なないんだろうと思いました」
俺が即答すると、後ろの女性は黙った。
そして、しばらく時間が経過した後、背後の女性が呟く。
「それは、目の前の子が魔法使いだから」
「魔法使い、ですか」
ふざけた話だが、そうなら全て合点がいく。
あの落下速度で生存したことも、箒が近くに落ちていたことも全て説明がつく。
「え、えーーー! お師匠様、言っちゃっていいんですか!? この人、ボンフですよ!?」
目の前の彼女は慌てて顔を上げて言う。
ボンフ? 漢字で書いて凡夫、だろうか。
「お前さんが私の許可なく勝手にこの世界へ出て、ドジを踏んだから仕方ないだろう。それに、私は協力者が少ないから、都合が良い」
師匠と呼ばれた女性は後ろで言う。
「名前を忘れた君。そこに立っているのは、私の弟子、水の魔法使いフィナ」
フィナ、か。
「私の弟子の中で誰よりも努力をしており、光る素質もあるのだが……、私の弟子の中でも一番の落ちこぼれ」
光る素質、と聞いた瞬間、フィナの大きな両目は見開いたが、落ちこぼれと聞くと、その途端、彼女は視線を地面に落とし、がっくりと両肩を落とした。
そのリアクションを見て、俺は思わず呟く。
「確かに、魔法使いが戦う仕事なら、落ちこぼれてそうですね」
俺がそう言うと、目の前の彼女は勢いよく叫ぶ。
「はあーー!? お師匠さま! この人、失礼ですよ!」
しかし、師匠は彼女を無視して俺に言う。
「私がこの子を魔法使いと言ったことについて驚かないのかい」
「驚きはしません」
「こちらの世界の者に言わせれば、魔法は非科学的だろう」
俺は淡々と答える。
「魔法を非科学的であると言うなら、未だ解明されていない事象は全て非科学的であるということになります」
すると、フィナはきょとんとした表情で言う。
「何言ってるんですか? この人」
一方、師匠はその言葉を聞いて黙る。
突然何も言わなくなった師匠を見て、フィナは一言。
「嫌な予感……」
と、気づけば、この道は俺とフィナ以外、誰も全く通らなくなっている。
「フィナ。気が変わった」
「やっぱり!」
フィナが怯えたように縮こまる。
「本当は3日間食事抜きにしようと考えていたんだが……、私は決めたぞ」
「え、えーっと、何を決められたんですか、お師匠様」
フィナが恐る恐る尋ねると、師匠は俺の後ろで高らかに宣言した。
「水の魔法使い候補生フィナに、現世で魔法使いとしての修行を行う許可を与える」
「え」
フィナはフリーズしたような顔で固まった。
そして、フィナの顔色は再び悪くなっていきーー。
「えーーーーーー!?」
地面に落ちてきた時よりも大きな声が、天に轟いた。
そして、フィナは跪いたまま頭を地面に擦り付けて言う。
「お師匠様!? まだ私に修行は早いと仰ってたじゃないですか!? それも昨日!」
「気が変わった」
「えーーー!? 気が変わったってそんな……! 私、お師匠様の一番の落ちこぼれなんですよ!?」
フィナが顔を上げて抗議をすると、俺の後ろの師匠は告げる。
「そうだ。修行を始める前に、当然、凡夫に見られた罰も受けるように」
背後に立つ師匠が、俺の首を再び強く握る。
するとその瞬間、俺の首が焼けるように熱を帯びた。
一方、目の前のフィナは風船から空気が抜けるように、力が抜けていくような様子で地面にへたり込んでいく。
「え、ちょっと待ってください。罰って、魔法使いから魔法を取り上げる罰ですよね!? 魔法が使えないのに修行なんて!? お、お師匠様、本気、ですか? 魔法が使えなかったら、すぐに殺されて、しま、います――」
と、その直後、師匠は小さな声で囁くように言う。
「君にはこの魔法使いの協力者として、彼女が最強の魔女に成れるよう導いてほしいのだが」




