アストラ
お待たせしました。
遅くなってすみません。
【ベルドゥーガ】内を動き回っている移動式床(通称:PP)は【ベルドゥーガ】に滞在する人であれば誰でも利用できる。利用者が望む目的地まで運ぶタクシー型と、ある地点からある地点までの決まった場所へと運ぶバス型の二種類に分けられている。ただ、タクシー型と言っても「あの車を追ってください」というようなドラマでありそうな指示は出せない。具体的な位置情報や目的地の名称を伝えない限り、正常には動いてくれない。
俺たちは魔術書のマーカーを追うためにひとつのバス型PPに乗り込む。少しの浮遊感はあるが、そこまで怖くない。いくつかのPPを乗り継ぎながら移動する。間違えて全然違う方向へと進むこともあったが、少しずつ近づいている気がする。
「当たり前だけど、魔術書がひとりでに移動していたわけじゃないんだな。」
マーキングされた赤い点と重なるようにずっと一緒に移動している青い点……おそらくこの人物が魔術書を盗んだ人物。しかし、この人物……どこか目的地があって向かっているというより本当にただ闇雲に動き回っているような移動の仕方だ。……俺たちがここへやってきたことに気づいている?
「かなり近づいてきたぞ!」
「あの足場じゃない?」
「ほんとだ! 人が乗っている!」
ようやく目の前まで近づいた。俺たちの足場のすぐ前を進む足場の上に黒いローブを着た人が乗っている。その人がちらっと後ろを振り向き、俺たちの存在を見つけると、突如移動する足場から跳んだ。
「えっ!?」
落ちた……と思ったが、すぐに別の足場に跳び乗ったようで、俺たちの足場から離れていく。視線を下に向けると地面は遥か数十メートル。よくこんなところを平気で跳び移れるな……。と感心している間にも奴が乗った足場は離れていく。
「よし、俺と勇者エクスは飛び移って追いかける。他のみんなは安全第一で、奴の場所を確認しながら向かってくれ。」
勇者エクスと目配せして、すぐに近くの足場へ跳び移った。怖さはあるが、あくまでも俺たちはゲームプレイヤー。落ちても死に戻りするだけだ。しかし、クラリネや、目の前の奴は違う……。よくあんな平然と跳び移れるな。
交差する足場へ、下から上昇してくる足場へ、足場から足場へと跳び移る。何度かヒヤッとする場面もあったが、少しずつ慣れてきた。奴との距離も詰まってきた。
奴の足場の少し後ろに俺と勇者エクスが迫っている。このままいけば捕まえられる。
後ろから迫ってきた俺たちから逃れれようとして、下から上がってくるであろう足場に跳び移ろうと奴が駆け出したその時。
「みつけた!!」
上昇する足場から声が聞こえたと思うと、そこにはクラリネ達3人が乗っていた。
「くそっ」
悪態をつく声が聞こえ、奴は走る方向を瞬時に変えて、斜め上にある他の足場へ目的地を変えた。
「やめろ!!」
止めようと思って叫んだが時すでに遅し……奴は足で地面を蹴って飛び上がった。斜め上にある足場の端を掴もうと手を伸ばすが、片方の腕が空を切る。
「いやぁ!!」
こらえきれずクラリネが叫んだ。
跳び移ろうとした足場の端にしがみつくことができずに、黒いローブを着た身体が宙に投げ出される。
くそっ……このままじゃ真っ逆さまだ……。
ぶっつけ本番だが成功するか?
「エクス! 俺を信じて跳べ!!」
そういう少し前には勇者エクスの身体は勝手に動いていた。身体からほのかに光を放っている勇者エクスが先ほどまでよりも圧倒的に速い速度で足場を蹴り、黒ローブの身体を掴む。……しかし、その先に足場は無い。
俺はマナジーを身体から出力して、勇者エクスが落ちる軌道の先にマナジーを展開する。2メートル四方ほどの面積に広げた純魔力を実魔力へと変換する。
黒ローブを抱きかかえた勇者エクスが空中で留まる。半透明のマナジーでできた板に衝突したかと思うと、まるでジェルマットのようなものに落下したようにマナジーの板が揺れる。
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魔術スキルを習得しました。
該当魔術が存在しません。【新魔発掘】が発動しました。
魔術スキルの名称を決定してください。《―――――》
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ログが表示されたことによって魔術が完遂されたことが分かる。マナジーをガラス質ではなく、ゴムのマットなど、衝撃を吸収するような材質をイメージして発動した。【新魔発掘】のおかげでイメージ通りの魔術ができるのがありがたい。もし、材質がガラス質のままだったり、ゼリー状のものだったらキャッチに失敗していたかもしれない。
空中でキャッチされた勇者エクスが、魔術が消える前に近くを通る足場へ跳び移る。何とか2人とも無事に救えたようだ。
「エクス、ありがとな。」
「いやぁ、身体が勝手に動いていたよ。……勇者だからね!!」
残りのみんなで勇者エクスがいる足場へと移動した。勇者エクスが抱えている黒ローブの人物はローブのフードを深くかぶっているため、表情が見えない。勇者エクスが片手でフードをめくる。
「……え? 子ども?」
フードが取られ、黒い髪をした少年の顔が露わになった。
「やっぱりアストラじゃない! あなた、また魔術書を持ち出して! エイドス様やたくさんの人に迷惑をかけているのが分からないの?」
正体が分かったところでクラリネが声を上げる。黒髪の少年はバツが悪そうな顔をしながら皆から目をそらす。
「クラリネ……知っているのか?」
「……はい、彼は“アストラ”、元々は【アースタシア】に住んでいる私の友だちです。最近ではスキエンティア魔術大学で私と一緒によくエイドス様に勉強を教えてもらっています。」
「“また”ってことは、アストラ君は以前にも魔術書を持ち出しているってことかな?」
「そうなんです。ここ最近、何度か魔術書が盗まれたって騒ぎがあって……大学の人たちが何度か捜索に出ているんですが、全部アストラなんです。……ねぇ、なんでこんなことするの?」
クラリネの問いかけにもアストラは答えない。そうか、エイドスさんが、魔術書が盗まれることは珍しいことじゃないと言っていたが、その犯人は目の前にいるアストラだったようだ。しかし、エイドスさんにこの話を聞いた時から疑問に思っていたことがある。魔術書にマーキングはしてあると言っていたが、【英知の樹】とも呼ばれる大事な場所にある魔術書をそう簡単に盗めるものなのだろうか……。クラリネと同じくらいの年齢の少年が、何度も……。
ちょっと相手を持ち上げる作戦でいってみようか。
「アストラ君はすごいね、あんな大きな施設から魔術書を何度も持ち出せるなんて……並大抵のことじゃないよ。」
「ふん、そんなの簡単だよ。」
「本当かい? 【英知の樹】の警備はきっと厳しいだろ?」
「他の奴らには無理だろうな。俺には特別な力があるから。」
アストラは少し得意げになってぽつりぽつりと口を開くようになってきた。しかし、全然反省していない態度を見てクラリネは不機嫌になっているようだ。
「アストラ! 魔術書を持ち出すのは禁止されていることでしょ! 本当なら逮捕されているところよ?」
「うるせぇな、クラリネ! お前はいい子ちゃんぶって大人たちの言いなりで楽しいのか!?」
「別に言いなりなんかじゃない! 自分で決めて生きているわ! 今回だって、きっとアストラの仕業だって思ったから、あなたが心配で探しに来たんじゃない! 重要な魔術書なんて持ち出して、悪い奴らに狙われたらどうするの。はやく魔術書を返しなさい!」
「絶対に渡すもんか! この魔術書は……って、あれ?」
アストラは途中で何かに気づき自分の身体やカバンの中を慌てて探っている。
「探しているのはこれのことかい?」
声の主は勇者エクスだ。見ると、右手に表紙の黒い魔術書がある。
「おい! 返せ!」
「さっき君を助けたときに落ちていたのを拾っただけだよ。」
どうやら落ちそうなアストラをキャッチしたときに魔術書が落ちていたようだ。
「勇者エクスさん……ありがとうございます。すみません、もしよければ、その魔術書をエイドス様まで届けてくれませんか?私はもう少しアストラとお話がしたいので。」
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クラリネがパーティから抜けました。
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クエストが先に進んだらしい。色々疑問点が残るが、エイドスさんに届けたら詳しく教えてくれるのだろうか。クラリネの言う通り、二人とは別れて、俺たちは一度魔術書をエイドスさんに届けていくことになった。




