品子の青春13
お話の続きです。
どうぞ宜しくお願い致します。
「いづがらわがっでだの?ねぇ、父さん。」
前日のバーベキューでワインを少々飲みすぎた昭三は、同じく普段よりも幾分多めにワインを飲んで調子が芳しくない品子からの問いかけになかなか答えようとしなかった。
普段よりも随分寝坊してしまった二人は、食卓テーブルにつくとテレビを見ながらお茶を飲んでいた。
「なん?」
「いや、だがらぁ…父さんさ、しろちゃんのこど、最初にオランダ人でねぇのって言ってたべさぁ…しだがら、あだし、ずっとそれ信じてたんだよぉ~…だのに、昨日、美晴がしろちゃんが宇宙人だぁって言っだらさぁ、急におらもそう思ってだって…そっだらの、嘘だべさぁ…しだら、なして今までオランダ人だなんて言ってだのさぁ…おがしいんでねぇの?ねぇ、美晴もそう思うべぇ!」
何か昭三の一連の言動に腹を立てた品子は、朝から咎めるような言い方しかできなかった。
「んやぁ…そっだらごど…もう、いいべやぁ…なぁ、美晴!おめぇももう沢山だべぇ?なぁ?」
顔に穴が開くのではないかと不安になるほど、真ん中の席の美晴は二人の視線が辛かった。
「いんや、はっきりさせでよ!父さん!どうなのさ?どったら根拠でオランダってでだのさ?ちゃんと答えでよ!父さん、ちゃんと答えないと駄目だよねぇ、美晴。」
「んや、うるせぇなぁ、おめだらぁ…そっだらこど、なんもいちいち掘り返さなぐだっでいんでねぇ?なぁ、美晴。」
「さ…さぁ…僕、そこのくだりは知らないから何とも…」
美晴はそう言いながら、頭をかいた。
こういう時はそういうジェスチャーを混ぜる方がよりしっくりくると、無意識でふんだからだった。
「しだら、何よ?しろちゃんのどっかオランダ風なとごろでもあった?あだしにはさっぱりわがんねがったけんども。」
品子はふんと鼻息を荒くし、腕組みをしてみた。
これもまた、こういう攻めの姿勢の時には、手は出さずともこういうジェスチャーを混ぜて相手を威嚇するのが得策だと、無意識に感じ取ったからだった。
「やん…それは…言葉がオランダ風がなぁって発音だったがら…に、決まってるべやなぁ…なぁ…なぁ…なぁ…なぁって、なぁ、美晴。」
窮地に立たされた形の昭三は咄嗟に美晴に同意を求めた。
美晴は祖父である昭三の顔から発せられる圧の強さに、若干たじろいた。
「い…やぁ…でも…昨日、ちょっとだけしろちゃん、喋ってるの聞いたけど…オランダ語かまではぁ…」
真ん中の席に腰掛けている美晴は、両側からかかる重圧に耐えかねてきていた。
どちらに味方をしたとて、結局はどちらかから何かしらの攻撃を受けるのは目に見えていた。
だったら、ここはただへらへら笑ってやり過ごすか、もしくはとっととここから逃げ出すのが得策だと考えた美晴は、やっと「あの…僕、ちょっと部屋、片付けて来ます。」などど白々しい台詞と共に駆け足で2階へ行ってしまったのだった。
「なんだ、あんにゃろ、逃げたが?」
「逃げだね。」
昭三と品子はそこで意見が一致すると、何事もなかったかのようにそれぞれのやることに取り掛かった。
「はぁ~…ちょっときつかったなぁ…じいちゃんも品子ちゃんも二人ともすげえ圧力かけてくっからぁ…はぁ~、まいったなぁ…」
美晴は自室に戻ると、窓際のベンチに腰掛けた。
朝晩はまだ若干肌寒さが残るものの、日中、いいだけ日の当たる部屋は暑すぎず、寒すぎず丁度良い塩梅。
なので、美晴は窓を少しだけ開けて空気の入れ替えをした。
下から持って来た常温のお茶がいっぱいに入っているサーバーから、透明の耐熱カップに注ぎいれると、美晴はふぅと大きく息を吐いてからごくっと一気に飲み干した。
そして、背負ってきたリュックサックからノートパソコンを取り出すと、美晴は自分のブログページを開いた。
昨日からの出来事を書こうと手を動かし始めるも、途中まで書いたところで全部消した。
「何やってんだろう?…こんなの続けたって…いや…もしかして…こんなの続けてるから、駄目なんじゃないかなぁ?もしかして…」
美晴はゆっくりと今まで書き溜めて公開してきたブログを、改めて読み返し始めた。
そこには働いていた頃のかっこつけて調子こいた自分の写真に、自信過剰な攻めの文章。
現実はブログの中ほどキラキラしている訳じゃないのに。
美晴はそんな今までの自分が急に哀れに思えた。
「仕事…続けたかったなぁ…」
憧れの車のエンジニアになれたと思ったのも束の間、あんな形でリストラされるとは。
それまでニュースなどでリストラのことは充分理解していた美晴だが、それはあくまでも「よその人」の話であって、まさか自分がその対象になるとは予想すらできなかった。
いくら考え悩んだところで、自分をリストラひた人にしか理由はわからないと悟ると、気持ちを切り替えようと思った。
そういうつもりで家を出て来たのに、波打ち際の波のごとくふとした拍子に辞めさせられた仕事のことを蒸し返してしまう。
辞めた後、すぐにでも次の就職先が決まればこんな風にいつまでも煮え切らないもやもや感でイラつくこともないのだろうが、今の美晴にはその新しい場所すらまだ何も見つかってはいないのだ。
こうして祖父の家で心と体をリフレッシュできればと考えたのが、どうやらそれも甘かったと実感させたれているような気になった。
「早く仕事見つけないとなぁ…」
美晴は仕事を辞めた次の日から、毎日せっせと自転車で通っていたハローワークのことを思い出した。
求人を検索し閲覧するパソコンの順番の、長蛇の列に並んでいる自分。
いざ順番が回ってきたからとパソコンの画面を食い入るように見つめ、探して探して探した日々。
自分に良さそうな条件のところに面接を受けに行く前に相談し求人を募集している企業への紹介文をくれる、自分を明らかに馬鹿にしているような担当者の態度。
いつも会う薄汚れた作業服の、痩せたオヤジ。
1ヶ月に一度、きちんと就職活動をしているか確認の上で支給されるお金。
初めての経験だったが、美晴にはその全てが嫌で嫌でどうしようもなかった。
「ここにいる人達は全員負け組なんだ…僕も…人生の負け組ってことなんだ…」
あんな屈辱的で陰鬱な空気が充満している場所を、初めて知ったと思った。
どんなに綺麗でおしゃれで明るい造りになっていても、そこに集ってくる人達の負のオーラに美晴は何度も取り込まれそうになった。
その日そこでやれること全てが終わり、建物を出た時に感じた心地よい風でようやく美晴はハローワークの負のオーラを払拭することができたのだった。
何日も通い続けると、どんどん気分も空しくなってくる。
自分を採用してくれる企業なんて、もうどこにも存在しないのではないか?
このまま受給が終わっても、ずっと老いるまでここに通い続けなくてはならないのではないか?
美晴は追い詰められるような気持ちから抜け出したくて、ここにやってきたのだった。
「…そだ…心機一転したいんだったら…こうした方がいいよね。」
そう言うと美晴はブログも無料通信アプリ「セーン」も、ツブヤキーも自身のブックフェイスなどのSNSを全部やめたのだった。
「はぁ~…何だろ…なんかすっきり!あっ、もしかして…こういうのの重いやつがずっと乗っかってたのかも?…なんか急に軽い!」
好きだけの理由で始めた訳じゃなかった。
時代の流れもあり、友人達とのコミュニケーションでどうしても必要だったからやっていただけだった。
だが、いつの間にかそれに縛られてしまっていたのかもしれないと、今更ながらそう感じた美晴だった。
「そだ…ここで暫く厄介になるつもりだから…そうだなぁ…新しい自分って、ちょっとはずいかぁ…まぁ、でも、ここでの生活を一からブログにしてみようかなぁ?しろちゃんのことは騒動になっちゃうから載せないけど…どうだろ?…ん~…いいかも?へへへへ。」
美晴の中に何かがむくむくと膨れ上がってきたのだった。
「よし!っと…」
早速、新しいブログを始めた。
タイトルは「ここから日和」
嬉しくて一人でニヤニヤが止まらなかった。
そんな時、窓からふんわりと外の匂いが入ってきた。
「うわっ!くっせ!えっ?何?じいちゃん?品子ちゃん?」
慌てて窓から外を見ると、祖父、昭三がせっせと庭の向こうにある畑に肥料をくべていた。
「うわぁ~、くっせぇ~…なんだこの牛みたいな臭い!」
美晴は鼻をつまむと急いで窓を閉め、部屋のドアから廊下に出るとそのまま廊下の窓を開けた。
だが、部屋の中に溜まった臭いは逃げるどころか、今度は裏からも入り込んできた。
「えっ?なんで?あっ!品子ちゃん!」
裏の畑では品子がせっせと肥料を土に混ぜ込んでいたのだった。
「そっかぁ…畑…最初は臭い作業なんだね。」
急に腹の底から笑いが湧き出した。
「わはははははははは!くっせぇ!あはははははは!くっせぇ~!あはははははは!」
外で作業する二人に聞こえるほどの大きな声で、美晴はゲラゲラ笑った。
笑うとさっきまで美晴の中にあった、苦しい思い出もいつの間にかどこかへ去って行ったのだった。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
お話はまだ続きますので、引き続きどうぞよろしくお願い致します。