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罵倒系女子 ~許しません、絶対~

 夕暮れの校庭で、男の子が女の子に罵倒されまくるお話です。

「遅い。遅すぎますわ。わたしをいつまで待たせるおつもり」

 放課後の校庭。

 陽光の赤いフィルターをかけられたその一角で、敢然と立ちはだかるがごとくに屹立していたクラスメイトは、校内でも有名な縦ロールのお嬢さまだった。

「ご、ごめん……」

「誠意が足りません。もっと謝りなさい」

 時計を確認するまでもなく、彼女の友人から伝えられた時間通りに来たはずだから、怒られるいわれはない。とはいえ、お嬢さまのこの様子を見るかぎり、それを指摘しても詮はなさそうである。

 言われたとおり、俺がふたたび謝罪の言葉を口にすると、彼女はいらだたしげに首を振った。

「そう、それでいいのです。……まあとにかく、わたしにとって、本来あなたなどは相手にする価値もない人間なわけで、こうしてわざわざ呼び出してさしあげたことには、感謝していただきたいぐらいですわ」

「はあ。そりゃどうも」

 内心で、俺は苦笑していた。

 おなじクラスとはいえ、直接会話をしたことはほとんどない相手である。いわく学園理事長の孫娘。いわく才媛。俺のような一般人にとっては『美人なのはいいのだけど』というやつで、すくなくとも、これまでは遠巻きに眺めるぐらいしか接点がなかった。

 さて、話があるとの伝言を受けて来たわけだが、どういった用件なのだろう。このようなシチュエーションでの呼び出しは愛の告白と相場が決まっているものだが、まさかねえ。

「おほん……。じつは最近、気がついたのですけれど、あなたって、すごく気持ち悪いひとですわよね」

「えっ?」

 お嬢さまの足元に、冷たい風が運んできた落ち葉が、かさかさと音を立てて転がってきた。彼女は顔をゆがめると、それを踏み潰した。

「あなたって、ほんとうに、気持ち悪い」

 ゆっくりと、一言ずつたしかめるように、彼女が言葉を発した。

 ちょ、マジかよ。

 うわ、まいったなあ。さきにも述べたとおり、俺と彼女は接点がほとんどない。それが、難あり物件とはいえ、校内随一の美少女からこんなことを言われてしまうとは。いままでは、そんなそぶりもなかったのに。

 というか、理由はなんだ。俺はいったいなにをしでかした。気がついたのが最近ってことは……ううむ、わからん。

「愚劣蒙昧なあなたでも、もしかしたら自覚はあったかもしれませんわね。もっともわたしは、あなたにはまったく期待もしていませんでしたわ。こんなこと、本来わざわざ言ってさしあげる必要も意味もないわけですし」

 いくぶん目を充血させて、わがお嬢さま系クラスメイトがため息をついた。よくよく確認してみると、彼女は震えているようだった。気温は低い。だが、寒いからではないだろう。その証拠に、顔面には朱がさしている。見た目はフランス人形のように可憐ながら、案外と荒っぽいところもあると、噂で聞いていた。

 いや、荒っぽいだと語弊があるか。彼女は充分に清楚なお嬢さまである。気が強い、心に激しいものを抱えている、もしくは行動力があるなどと形容したほうがいいかもしれない。

 しかし、聞いた噂が脚色なしの事実だとすると――実際、ここまでのやりとりでも片鱗どころかいかんなく発揮されている――いまからどんなことを言われてしまうことになるのか。

 なかば戦々恐々としつつ、俺は相手のつぎの言葉をまった。

「こんなふうに感じるようになったきっかけは……そう、あれは体育祭のときですわ」

 小柄な身長のわりに長い足で、彼女は地面の小石を蹴りつけた。

「体育祭?」

 オウム返しをしたあと、俺はあることを思い出して瞬間的に赤面した。

 俺とこのお嬢さまの量的にうすい接点のなかに、質的に異彩を放つものがひとつだけある。それが、去年の体育祭でのできごとだ。

 たしかに俺はそのとき、彼女の微かなる双丘、品格ある乳房、言い換えるとちいさなおっぱいを、揉んでしまったのである。

 言い訳をさせてもらうのならば、俺は恋愛関係にない女性の胸を、無許可でまさぐる変態ではない。あれは不可抗力だった。

 グラウンドに、応援用の座席が設営してあったのが、作りが甘くて崩れてしまったのである。それで、座っていた俺を含めた多数の生徒が、そのまま地面に転げ落ちてしまったのだ。

 みんなと折り重なるようにして、背中から叩きつけられた俺のうえに、なにかやわらかな物体がふってきた。わけもわからず触って確認していると、それが彼女の体、ちょうどその胸の部分だった。

 もちろん、あとで謝罪はした。そのときはプイと顔を背けられ、許すの許さないのすらも言ってもらえなかったのだが……。

「地面に敷かれていたあなたのあの肉のクッションは、いま思い出しただけでもぞっとしますわ」

 くちびるを噛み締め、眉根を寄せ、彼女は言った。

「ありえない。男のくせにぶよぶよとしていて、汗臭くて、気持ち悪い。あ、あんな感覚を知るぐらいなら、そのまま落ちて怪我をしたほうがよほどマシです」

 ぶ、ぶよぶよってなんだよ、おい。俺は運動部じゃないけどべつに肥ってはいないぞ。しかも、体育祭のときだったんだから汗臭いのは当然じゃないか。

 一瞬、そんなことを思いかけ、すぐにそういう問題ではないことに気づいて、俺はだまって鼻の頭をかいた。

 肉のクッションとは、言いえて妙である。事故に巻きこまれた生徒のなかには、骨折したものもいたのだから。偶然とはいえ、形だけなら、俺が下敷きになって彼女を怪我から守ったのだと嘯いていいぐらいである。

「以来、たまに……あなたが視界に入るたびに、不快で不快でたまらなかった」

 胸のあたりで両手を組み、彼女は言葉の強さに相応する気持ちを、声をふるわせることで表現した。

「顔も、気持ち悪い」

 もはや、お嬢さまは涙目だった。自分の言葉そのものに感情を刺激されているのか、わなわなと肩をふるわせ、耳も真っ赤になっている。

「髪型も、制服の着こなしも、センスのかけらも感じません。先日偶然、街中で遠目にあなたを拝見しましたが、その私服の洗練されてないことといったら。お母さまにでも選んでもらったのですか?」

 へえ、いつのことだろう。全然気がつかなかった。

 それにしても、洗練されてないと来たか。言葉のチョイスが上品だなあ。さすがお嬢さま。俺だったらダサいとかって言っちゃうところだ。

「いちおう、服は自分で買ってるけど」

「そんなことは聞いていません。どうでもいい。わたしはあなたについて、なにひとつ知る必要はないのです。もっと言えば、とくにあなたに伝えたいことも、わたしにはありません」

 激しい口調でそう断言してから、お嬢さまはすこしのあいだ乱れた呼吸をととのえたあと、ふたたび言い直した。

「あなたはわたしにとって塵です。芥です。不快害虫です。こうして言葉を交わしていることを光栄に思いなさい。会話をしたせいで、コミュニケーションが成立してしまうことすら、わたしには恥辱です」

 ふいに、声に鼻をすする音がまじりはじめた。

「しょ、正直にいって、いまやあなたとおなじクラスであることすらわたしにとっては苦痛です。できればすぐにいなくなってほしい。学年があがって、学校を卒業したあとも、永遠にわたしの人生にはかかわって欲しくない。もしそうなってくれたら、あなたという汚点を自分のなかからすぐにも消してしまえるのに」

 両手で顔をおさえ、お嬢さまがその場で崩れ落ちるように膝をついた。俺はあわてて彼女に駆け寄ると、数瞬の逡巡ののち、肩を支えることにした。

 こちらから触れたことで、彼女はびくりと体を震わせたが、そのまま体格に似つかわしい慎ましやかな重みをあずけてきた。

「大嫌い。あなたのことが大嫌い。こんなこと、伝える価値すらないのだけど。い、言いたいことがいえて、胸がすっきりとしているわ。わたしがどれだけあなたのことを厭わしく思っているか、完璧に伝わったことでしょう。どれだけあなたを気持ち悪くて不快で、どうしようもなくけがらわしく感じているか、すっかりわかったでしょう。理解したなら離れなさい。さわらないで。消え去って。その腕の力を弱くして。嫌い。嫌い。嫌い。命じます。わたしと他人になって。あなたと無関係になりたい。一切まったくなんの接点もない人間になりたい。ああ、わたしってすばらしい。大嫌いな人間にきっぱりと言ってやれるのだから。自分の気持ちをこんなにまっすぐにいえるのってほんとうに素晴らしい。健康ってすばらしい」

 泣きじゃくりながら、彼女が俺の胸あたりに顔をこすり付けている。

 こんなふうに言われてしまったら、もうしかたないだろう。これでも男だ。俺は意を決することにした。

「落ち着いて。ちゃんと伝わっているから」

 ゆっくりと、彼女が顔をあげた。涙でくしゃくしゃだ。ひとまずハンカチで頬をぬぐってやると、したから普段の取り澄ました人形の美貌よりも、ずっと人間らしく好ましい顔が現れてきた。

 ――情動性天邪鬼症候群。

 正式名称はこんなだったか。平時は常人と変わりないのに、感情がある程度以上昂ぶると、考えていることと逆のことを言ってしまう病気。本人には制御できず、その状態になると筆談やキーボード操作などによる文章作成も含め、言語にかんするほとんどすべてのことに大なり小なり影響が出る。原因は不明。

 そんな世にも珍しい病気の、典型的で代表的な罹患者が彼女である。このお嬢さまが校内で有名人なのも、家の財力や容姿ばかりが理由ではない。俺自身は見ていないが、小学校高学年ぐらいのときには、テレビ番組の取材を受けて、発作時の様子が全国に紹介されたこともあるのだとか。

 たしか、単純なジェスチャーの類であれば問題なくできたはずだ。俺は、肯定なら首を縦に、否定なら横に振ってくれと彼女に言い含め、自分から質問をすることにした。

「俺のことが好き?」

「嫌い。大嫌い。つい最近から、むしろ憎んでいます」

 こくこくと、首を縦に振っている。

「恋人になってもらえる?」

「絶対にいや。心底からいや。あなたの恋人になるぐらいなら死にます」

 ものすごく必死に、首を縦に振っている。なんというかはや、ニヤニヤ笑いを我慢するのがつらい。

 ここまで来たら、俺は尋ねずにはいられなかった。

「キスしていい?」

「それは……しないで」

 覚悟を決めたように、彼女が目をとじた。

 さすがにせっかちだったと反省したのは、くちびるを離してのち、まだ緊張したように体を硬くしている彼女を見たときだ。

 申し訳ない、調子に乗りすぎたと謝罪する俺に、彼女は目を潤ませながらようやく笑みをうかべた。そうして、そのごケンカをする際には、必ず仲直りのきっかけとして使われるようになる一言を口にしたのだった。

「許しません。絶対」

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