精霊の導き、聖女転生
「あ、もう外明るくなってる。準備しないと」
昨夜からアニメの一気見をしていた奏は一睡もすることなく朝を迎えた。
「お母さん、行ってきます。」
徹夜をしたせいかボーッとする頭に喝を入れ、家を出る。いつもと変わらない朝…だと思っていた。
「かなで、おはよー!おすすめしたアレみた?」
「なな、おはよ~、徹夜で見たよぉ」
「徹夜したんだ(笑) 確かにくまできてるね~、ボーッとしすぎて転ばないでよぉ?……かなで?」
奏は何も無い路地の方をじっと見つめて動かない。
ななはその姿を見て理由の分からない強い不安感に襲われた。
「かなで……」
ななが奏の肩に手を伸ばそうとすると、その手を遮るかのように奏が呟く。
「……シカ…綺麗…。」
翡翠色に淡く光り透き通る、他者には認識する事の出来ない謎の生き物が奏のほうを眺める。何かを訴えるようなその瞳に導かれ、奏は路地の方へ足を進める。周りを行き交う人々の声が遠のいて、奏の名前を呼ぶななの声も届かない。なぜだか分からないけれどついて行かなければならない気がして、奏は心を囚われたかのように謎のシカを追う。
「かなで!どこ行くの!ねぇ!何かいるの?!」
奏は謎の生き物を追って、突然現れた空間の歪みに消えた。ななの声は届かなかった。
「まぶしっ…!」
強い光を感じてゆっくり目を開けると、そこは奏の知らない場所だった。真っ白な空間に淡く光る大樹、その上に女性と見間違えるほど美しい男性が座っている。
「急に呼び立ててしまってすまない。我は生命神、名をルミナリアという。」
「神様…?」
「突然だが、其方には聖女として異世界に行っていただく。こちらの世界の人間の体では世界を渡る際に浴びる強力な魔素に耐えられぬ故、我が向こうの世界に用意した体に転生する形になるが…」
奏は突然のことに考えが追いつかない。
「私は死んでしまったんですか…?」
「いや、死んだと言うよりは召喚に近いな。我が其方を天界へ召喚し異世界へ転生させる故、こちらの世界で其方は失踪したという扱いになるだろう。」
「拒否して帰ることはできますか。」
震える手をぎゅっと握って聞く。
夢かとも思う出来事だが、手の震えや帰れないのではないかという不安が夢では無いことを奏に教えている。
「すまないが、帰すことは出来ない。空間に歪みを作って聖女を召喚するのだが、神々でも150年に1度ほどしか使えぬ大魔法なのだ。召喚を行うのは向こう側の世界…シーマルティアで魔神の封印が弱体化する周期と合わせていてな、これから其方を転生させて5年後にその時が来る。」
「…かえれ…ない?」
ルミナリアの声が遠くなる。段々と鼓動と呼吸が早くなるがそれを鎮めながら考える。
もう帰ることはできない、怒りをぶつけた所で何も変わらない。それを悟った奏は異世界で生きる覚悟を決める。
私はこれまで、父が不倫相手と出て行った時も、母が病気で亡くなった時も図太く生きてきた。心残りといえば、ななに別れを言うことも今後会うこともできないということだけど、ななもきっと私が笑って日々を過ごすことを願ってる。だから私はどこでだって図太く、私らしく生きてやる。
「勝手に召喚したんですから少しくらい私の願いを聞いてくれたっていいですよね?」
覚悟を決めた奏は異世界で生き抜くためにルミナリアに交渉する。
「ふむ…いい顔になった。限度はあるができる限り聞こう。」
「では、健康な体と自分の身を守れるだけの力、あとは…鑑定とアイテムボックスに似た力があればそれも欲しいです。」
異世界は日本と環境が違い、もちろん衛生面も違いがあるだろうという考えから健康を、魔神が存在するというルミナリアの言葉から身を守るための力を、そして、信用できる人間を選んだり、戦いの中で有利にことを進めるために鑑定を、アイテムボックスはアニメで見て便利そうだからという理由から願った。
「当然の願いだな、よかろう、其方の願いを聞き入れよう。」
「どうも。」
「君も覚悟が決まったみたいだし、もうこの話し方やめていいかなー?」
「…は?」
ルミナリアの口調、表情ともに一気に気の抜けたものに変わった。
「君もこっちの方が気を遣わなくていいでしょ?あ、敬語とかいいよ、疲れちゃうからね」
「神様って思ったよりテキトーなんだ」
「そうじゃない神もいるけどね~」
口調が崩れたことによって奏も思っていることを言いやすくなり普段の態度が露になる。
「君なら神殿で祈りを捧げればいつでも僕に会えるから、何かあったら神殿に行くといいよ。じゃあ、そろそろシーマルティアに送るね~!」
「え…えっ? ちょっ…早くないっ!?」
「いーってらーっしゃー…あ…。」
「……え?」
ルミナリアに望んだスキルをもらい異世界に転生させてもらって、奏は第2の人生を謳歌するはずだった…が…、異世界で目を覚ましたら……、空から地上へ落ちていく最中だった。
「あんのテキトー男神ぃぃぃぃぃ!!!!」




