第6章
# 第6章:記憶屋の真実
翌朝、彼女が目を覚ます前に、僕は部屋を出た。
置き手紙を残して。
『先に出かける。夕方には戻る』
たったそれだけ。
彼女は、きっと心配するだろう。
でも、今は彼女と顔を合わせたくなかった。
あの傷を見てしまった。
三日月型の傷を。
それが何を意味するのか、はっきりさせなければ。
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メモリーアーカイブは、まだ開店前だった。
でも、僕は扉を叩く。
何度も、何度も。
やがて、奥から店主が現れる。
面倒くさそうな顔をして、扉を開ける。
「……開店は十時からですが」
「すみません。どうしても、話があって」
僕の必死な様子を見て、店主はため息をつく。
「……入りなさい」
店主は、僕を中に入れてくれた。
店内には、まだ灯りがついていない。
薄暗い空間。
店主は、カウンターに座る。
「それで? 何の話ですか」
「あの記憶のことです」
「また、ですか」
店主は、呆れたように言う。
「前も言いましたが、記憶の出所については――」
「わかっています。でも、教えてください」
僕は、カウンターに手をつく。
「お願いします。あの記憶が、どこから来たのか。なぜ、僕に売られたのか」
店主は、しばらく黙っている。
それから、ゆっくりと口を開く。
「……あなた、本当に知りたいんですか?」
「はい」
「知ったら、後悔するかもしれませんよ」
「それでも、知りたいんです」
店主は、僕を見つめる。
その目には、何か――同情のようなものが浮かんでいた。
「わかりました。話しましょう」
店主は、奥の扉を指差す。
「あちらへ」
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店の奥は、小さな事務室になっていた。
古い机と椅子。壁には、ファイルがぎっしりと並んでいる。
店主は、椅子に座るよう促す。
僕は、座る。
店主も、向かいに座る。
「まず、前提として理解してください。私は、仲介業者に過ぎません。記憶を売買する、ただの商人です」
「はい」
「私の元には、様々なルートから記憶が入ってきます。提供者が自ら売りに来ることもあれば、第三者が持ち込むこともある。そして……特別な依頼もあります」
「特別な依頼?」
「ええ。特定の顧客に、特定の記憶を売るように、という依頼です」
僕の心臓が、跳ね上がる。
「あなたが買った、あの記憶。あれは、そういう依頼で入ってきたものです」
「誰からの依頼ですか?」
「それは言えません。守秘義務があります」
「でも――」
「ただ」
店主は、僕の言葉を遮る。
「依頼内容については、話せます」
店主は、机の引き出しから、一枚の紙を取り出す。
それを、僕の前に置く。
そこには、手書きのメモが書かれていた。
『顧客:両親を亡くした青年(名前は伏せる)
記憶内容:特定の殺人事件の記憶(カスタマイズ済み)
価格:50万円
備考:顧客が記憶屋に依存していることを確認後、カタログに掲載すること。顧客が必ず購入するように誘導すること』
僕は、息を飲む。
「これは……」
「あなた専用に設計された記憶です」
店主は、静かに言う。
「カスタムオーダー。依頼主は、あなたにその記憶を見せたかった。そして、あなたが必ず買うように、高額に設定し、『特別在庫』として扱うよう指示されました」
「なぜ……なぜ、そんなことを?」
「さあ。私にもわかりません。ただ、依頼主は、あなたがこの真実を追うことを望んでいる、と言っていました」
僕の頭が、混乱する。
誰かが、僕にあの記憶を見せたかった。
両親が殺される記憶を。
そして、僕がその真相を追うように、仕向けた。
「依頼主は……誰なんですか?」
「言えません」
「せめて、ヒントだけでも」
店主は、ため息をつく。
「……あなたに近い人間です。それ以上は、言えません」
近い人間。
僕に近い人間で、あの記憶を持っている人間。
そして、僕にそれを見せたかった人間。
答えは、一つしかない。
彼女だ。
僕の脳裏に、昨夜見た光景が蘇る。
彼女の左手。
三日月型の傷。
記憶の中で、父が引っ掻いた傷と、同じ形。
全てが、繋がった。
彼女が、あの記憶の持ち主だ。
彼女が、両親を殺した。
そして、彼女が、その記憶を僕に見せた。
なぜ?
なぜ、彼女はそんなことをしたんだ?
「あなた、顔色が悪いですよ」
店主の声が、遠くに聞こえる。
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫です」
僕は、立ち上がる。
足が、ふらつく。
「無理をしないほうがいい。これ以上深入りすると、取り返しのつかないことになるかもしれません」
「もう、手遅れです」
僕は、店を出る。
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外は、明るい。
太陽が、眩しい。
でも、僕の中は、暗い。
真っ暗だ。
彼女が、犯人だった。
彼女が、両親を殺した。
そして、その記憶を、わざと僕に見せた。
なぜ?
何のために?
僕は、歩く。
どこへ向かっているのか、わからない。
ただ、足が勝手に動いている。
そして、気づくと、僕は公園にいた。
ベンチに座る。
頭を抱える。
考えろ。
落ち着いて、考えろ。
彼女が、犯人だとして。
なぜ、彼女は両親を殺したんだ?
動機は?
両親は、彼女に何かしたのか?
いや、彼女と両親は、ほとんど接点がなかった。
幼馴染だから、昔は家に遊びに来たこともあったが、それだけだ。
彼女が、僕のために殺した?
僕を、両親の支配から解放するために?
でも、それなら、なぜ記憶を見せるんだ?
僕が知らないままでいれば、彼女は安全だったのに。
わざわざリスクを冒して、記憶を見せる理由が、わからない。
そして、もう一つ。
記憶は、加工されていた。
大柄な男の姿。あれは、偽物だった。
本当は、彼女が犯人なのに、男の姿に見せかけていた。
でも、左手の痛みだけは、本物だった。
なぜ、痛みだけは消さなかったんだ?
わざと残したのか?
僕に、気づかせるために?
わからない。
何もわからない。
でも、一つだけわかることがある。
僕は、彼女に問い詰めなければならない。
直接、聞かなければならない。
なぜ、両親を殺したのか。
なぜ、その記憶を僕に見せたのか。
そして――
彼女は、僕に何を望んでいるのか。
怖い。
真実を知るのが、怖い。
でも、もう逃げられない。
僕は、もうここまで来てしまった。
引き返すことは、できない。
僕は、立ち上がる。
スマートフォンを取り出し、彼女にメッセージを送る。
『今夜、話がある。夜八時、僕の部屋に来てほしい』
送信ボタンを押す。
すぐに、既読がつく。
そして、返信が来る。
『わかった。待ってるね』
短い返信。
でも、その文面には、何の動揺も感じられない。
まるで、これを待っていたかのように。
僕は、スマートフォンをしまう。
深呼吸をする。
今夜。
今夜、全てが明らかになる。
彼女が何者なのか。
僕が何者なのか。
そして――
この三年間、何が起きていたのか。
僕は、部屋へ戻る。
対峙の準備を、しなければ。




