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【完結】記憶の檻  作者: ドネルケバブ佐藤


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第4章

# 第4章:男の影を追う


 翌朝、僕は彼女が帰った後、すぐに動き出した。


 あの男を探す。

 それが、今の僕にできる唯一のことだった。


 でも、どこから始めればいいのか。


 僕には、手がかりがほとんどない。

 あるのは、記憶の中の光景だけだ。


 大柄な男。

 ゴツゴツとした手。

 無言で、淡々と殺人を実行する冷徹さ。


 それだけ。


 名前も、顔も、わからない。

 記憶の視点は一人称だから、男の顔は見えなかった。


 でも、何かあるはずだ。

 何か、見落としているものが。


 僕は、もう一度あの記憶を再生しようかと考えた。


 でも、バイアルは空だ。

 記憶は、一度しか再生できない。それが、記憶屋のルールだった。


 同じ記憶を何度も再生すると、脳に深刻なダメージを与える可能性がある。だから、バイアル一本につき、一回限り。


 店に戻れば、また買えるかもしれない。

 でも、同じ記憶が売っているとは限らない。


 それに、50万円。

 もう一度買うには、躊躇する金額だ。


 僕は、別の方法を考える。


 警察は?

 いや、無理だ。


 違法な記憶屋で買った記憶を証拠に、三年前の事件を捜査してくれとは言えない。そもそも、両親の死は「未解決事件」として処理されている。


 発見されたとき、リビングは荒らされ、窓の鍵は壊されていた。物が散乱し、金庫も開けられていた。外部からの侵入による強盗殺人。警察は、そう判断した。


 でも、犯人は捕まらなかった。


 凶器も見つからなかった。指紋も、足跡も、何も残っていなかった。

 あまりにも完璧すぎる犯行。


 そして、僕の証言は、役に立たなかった。


 あの夜、僕は家にいた。

 でも、何も覚えていなかった。


 警察に何度も聞かれた。

「何時ごろ帰宅したのか」

「物音は聞かなかったか」

「不審な人物を見なかったか」


 でも、僕は答えられなかった。

 頭が真っ白で、記憶が曖昧で、何も思い出せなかった。


 警察は、僕を疑った。

 それは、わかっていた。


 でも、僕には証拠がなかった。犯行のアリバイも、動機を裏付けるものも、何もなかった。


 そして、僕はあまりにも不安定だった。

 長年の虐待で、僕の精神状態はボロボロだった。質問に答えるたびに、泣き出したり、黙り込んだり、支離滅裂なことを言ったりした。


 警察は、最終的に僕を「精神的に混乱した被害者」として扱った。

 証言の信用性がない、と。


 だから、僕は容疑者にも、証人にもなれなかった。


 事件は、未解決のまま終わった。


 今でも、ファイルは残っているはずだ。

 でも、捜査は打ち切られている。


 僕は、パソコンを開く。


 まず、三年前の新聞記事を検索する。

 両親の死についての記事。


 小さな記事が、いくつか見つかった。


『住宅街で強盗殺人 夫婦が死亡』

『侵入の痕跡あるも犯人逃走 捜査続く』

『強盗殺人事件 有力な手がかりなし』


 そして、半年後。


『未解決事件として処理 遺族の証言得られず』


 それだけ。

 犯人は捕まらず、事件は迷宮入りした。


 次に、殺し屋について調べる。


 プロの殺し屋。

 依頼を受けて、人を殺す人間。


 都市伝説のような存在だと思っていた。

 でも、裏サイトを探せば、そういう人間と接触できるという噂もある。


 僕は、裏サイトを漁る。

 記憶屋を見つけたのと同じサイトだ。


 暗号めいた書き込みが並ぶ掲示板。

 その中に、それらしいものを探す。


『始末屋、承ります』

『クリーンな仕事をお約束します』

『痕跡を残さない技術』


 胡散臭い。

 詐欺かもしれない。


 でも、ここにしか手がかりがない。


 僕は、いくつかの書き込みをメモする。

 連絡先。暗号化されたメールアドレス。


 でも、連絡するのは怖い。

 もし本物の殺し屋だったら、どうなる?


 僕が探っていることがバレたら、次は僕が殺されるかもしれない。


 そう思うと、手が震える。


 僕は、パソコンを閉じる。


 やっぱり、無理だ。

 僕には、こんなことできない。


 でも、諦めきれない。


 あの男を知りたい。

 あの強さが、どこから来るのか。


 僕は、部屋をうろうろする。


 そして、ふと思いつく。


 記憶屋だ。


 店主なら、何か知っているかもしれない。

 あの記憶を売った経緯。記憶の持ち主のこと。


 もちろん、教えてくれる保証はない。

 でも、聞くだけならタダだ。


 僕は、決意する。


 もう一度、あの店へ行こう。


---


 繁華街の裏路地。


 メモリーアーカイブの看板が、薄暗い路地の中で静かに光っている。


 僕は、深呼吸をして、店の扉を開ける。


 店内には、客が一人もいなかった。

 カウンターには、いつもの店主が座っている。


 彼は、僕を見て、わずかに眉を上げる。


「いらっしゃい。また、カタログですか?」


「いえ、今日は……相談があって」


 僕は、カウンターに近づく。


 店主は、何も言わずに僕を見つめる。


「昨日、買った記憶のことなんですが」


「ああ、あれ」


 店主は、少し表情を曇らせる。


「どうでしたか? 強烈すぎましたか?」


「……はい。でも、それ以上に、気になることがあって」


「気になること?」


「あの記憶の持ち主について、何か知っていますか?」


 店主は、しばらく黙っている。


 それから、ゆっくりと口を開く。


「お客さん、うちのルールは知っていますよね?」


「はい」


「記憶の出所については、一切お答えできません。それが、この商売の鉄則です」


「でも――」


「もし、それを知りたいなら、警察に行ってください。ただし、その場合、あなたも違法な記憶を購入した罪に問われますが」


 店主の声は、冷たい。


 僕は、言葉を失う。


 店主は、ため息をつく。


「……忠告しておきます。深入りしないほうがいい」


「どういう意味ですか?」


「あの記憶は、特別なんです。普通の記憶とは違う」


「特別?」


「ええ。あれは、誰かが意図的に流通させたものです。誰が、なぜ、それは私にもわかりません。でも、あなたに売ったのは、偶然ではないかもしれない」


 僕の背筋が、凍る。


「どういうことですか?」


「さあ。ただ、あなたが昨日来たとき、私はあの記憶を出すように指示されていました」


「指示? 誰に?」


「それは言えません」


 店主は、そこで会話を打ち切るように、奥を向く。


「もう、帰ってください。これ以上は、何も話せません」


 僕は、店を出された。


---


 路地を歩きながら、僕は混乱していた。


 誰かが、意図的に。

 僕に、あの記憶を見せたかった。


 でも、誰が? なぜ?


 そして、店主は「指示されていた」と言った。


 誰かが、店主に指示を出していた。

 僕が来るのを、予測していた。


 それとも、僕が来るように、誘導していた?


 考えれば考えるほど、不安が募る。


 僕は、一度帰ろうと思った。


 でも、足は別の方向へ向かっていた。


 実家だ。


 両親が死んだ、あの家。


 今は、誰も住んでいない。

 遺産相続の手続きが済んでいないから、そのまま放置されている。


 僕は、そこへ向かう。


 何か、手がかりがあるかもしれない。

 あの男の痕跡が、残っているかもしれない。


---


 実家は、駅から少し離れた住宅街にあった。


 二階建ての、古い一軒家。

 庭は荒れ放題で、雑草が伸びている。


 僕は、ポケットから鍵を取り出す。

 まだ、持っていた。


 玄関の鍵を開け、中に入る。


 埃の匂い。

 長い間、誰も入っていない空気。


 僕は、リビングへ向かう。


 ドアを開ける。


 そこには、三年前とは違う光景があった。


 ソファ。テーブル。テレビ。

 家具は、そのまま残っている。


 でも、配置が違う。


 あの夜、警察が来た後、現場検証が行われた。

 その時に動かされたものが、そのままになっているんだ。


 床には、まだ埃の跡が残っている。

 警察が指紋を採取した跡。


 窓を見る。

 鍵の部分が、壊れたままだ。


 あの夜、犯人が侵入したとされる窓。


 でも、記憶の中では、男は玄関から入ってきた。

 鍵は開いていた。


 なぜ、窓が壊れているんだ?


 犯人が、偽装したのか?


 それとも――


 僕は、記憶の中の光景を思い出す。


 あの男は、ここに立っていた。

 そして、母と父を殺した。


 僕は、リビングを歩き回る。


 何か、ないか。

 何か、残っていないか。


 でも、何も見つからない。


 警察が一度調べているから、当然だ。


 僕は、ソファに座る。


 ここに、母が座っていた。

 ワインを飲んでいた。


 そして、男が背後から首を絞めた。


 僕は、目を閉じる。


 記憶を、思い出そうとする。


 でも、細部が思い出せない。

 もう、曖昧になっている。


 やっぱり、もう一度記憶を見るしかないのか?


 その時、玄関のドアが開く音がした。


 僕は、飛び上がる。


 誰だ?


 足音が、廊下を進んでくる。


 僕は、固まる。


 そして、リビングのドアが開く。


 そこに立っていたのは――


 彼女だった。


「……いると思った」


 彼女は、困ったように微笑む。


「GPSで場所わかっちゃうんだよね。ごめんね、勝手に見て」


 彼女は、スマートフォンを掲げる。


 僕のスマートフォンには、彼女が設定した位置情報共有アプリが入っていた。

 「何かあったときのため」と、彼女が言って入れたものだ。


「どうしたの? 急に実家なんかに来て」


 彼女は、リビングに入ってくる。


「……ちょっと、思い出したくなって」


「そう。でも、ここ、埃っぽいよ。体に悪いから、あまり長居しないほうがいい」


 彼女は、窓を開ける。


 新鮮な空気が、部屋に流れ込む。


「ねえ、何か探してるの?」


 彼女は、僕を見る。


 その目は、優しい。

 でも、どこか探るような光も、ある。


「いや、別に……」


「そう。ならいいんだけど」


 彼女は、僕の隣に座る。


 そして、僕の手を取る。


「無理しないでね。辛かったら、私に言って」


「……うん」


 僕は、頷く。


 彼女の手は、温かい。


 でも、その手が、どこか重く感じる。


 まるで、僕を繋ぎ止めているかのように。


「帰ろう? ここにいても、辛いだけだよ」


 彼女は、立ち上がる。


 僕も、立ち上がる。


 そして、彼女の後をついていく。


 リビングを出て、廊下を歩く。


 彼女が、窓を閉める。


 その時、僕の目に、彼女の左手が映る。


 包帯は、もうない。


 代わりに、白い手袋をしていた。


「その手袋……」


「ああ、これ? 包帯取ったんだけど、まだちょっと傷が気になるから」


 彼女は、手袋をした左手を軽く振る。


「すぐ治るから、大丈夫」


 彼女は、笑う。


 僕は、その手袋を見つめる。


 その下に、何がある?


 傷が、あるのか?


 それは、どんな形をしているんだ?


 僕の中で、疑念が、再び頭をもたげ始める。

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