98 ドワーフの聖地
「真っ暗なのじゃ!」
3つ目の部屋は真っ暗で何も見えなかった。
「皆さんいますか!?」
「ガッハッハ。お前らがいるなら大丈夫だ。行くぞ。ガッハッハ」
ゼンジの問いかけに、ロックジョーが答えたが、笑い声は遠ざかって行く。
「行くってどこに」
その時メロンが震える声で囁いた。
『ゆ、指輪が』
「指輪がどうした?」
『わ、我の指輪が、か、かなり重くなったんだ』
「妾の指輪も少し重くなったのじゃ。でも……」
「メロンの指輪がか?」
『き、きっとドラゴンリングは、元が大きいから、小さくなっても重量は変わらないのかも』
「体積と質量があべこべだな」
「お、重いのじゃ」
「大丈夫か?」
「ダメじゃ。メロンちゃんが重くて進めんのじゃ。メロンちゃんを代わりに持ってくれぬか?」
「分かった。そこを動くなよ」
ゼンジは暗闇の中、ポーラの声が聞こえる方へ両手を出してゆっくりと進んだ。すると、何か柔らかい物に当たった。
「これか?」
「どこを触っとるのじゃ!」
「えっ!」
ゼンジの顔はだらし無く垂れ下がった。誰にも見られなくて良かったと思った次の瞬間、何かが飛んできた。
『いてっ!』
「うおっ!ってメロンを投げるなよ!」
「ガッハッハ。何を遊んどるんだ!さっさと来い」
遠くから、ロックジョーの笑い声が聞こえる。
「でも、暗くてどこに行けば良いのか分かりません」
「右だ。目を凝らして良く見てみろ。入り口が、より暗く見えるはずだ」
ダンバールの指示を聞き、ゼンジとポーラは部屋中を注視した。すると、部屋よりも暗い縦長の穴が、正面と左右、そして後ろにあるのが確認できた。
「見えました!今から行きます!」
「ガッハッハ。目の前まで来たら教えろ」
「了解!さあ、ポーラ行くぞ」
「早く来るのじゃ!」
ポーラの声は、ロックジョーの声がする方から聞こえてきた。
「なっ!もうそっちにいるのかよ!」
『何やってるんだよ。早く動かないと、〈神速〉は身に付けられないよ』
「うるせぇ!早く動くのと、早めに動くのとは意味が違うだろ!ったく、相変わらずポーラはちゃっかりしてるな。それよりも、メロンの指輪は重過ぎる!」
ゼンジはメロンを抱えて、右の縦穴へと向かった。
「はぁ。彼らは何と何の話をしていたのかしら」
何も見えないゼンジとポーラは、殿を務めるリズベスがいることに気づいていなかった。
「ゼェゼェ。つ、着きました」
「ガッハッハ。ベルトのバックルでも重くなったか?大事な物も一緒に、地面に落ちないように気を付けろよ。金の玉が2つあ……」
「行くぞ。着いて来い」
ダンバールはロックジョーの下ネタを切り捨て、暗闇の中、更に暗い縦長の穴を目指して進んだ。
「ロックジョーさんには見えてるのか?……うわっ!眩しい!」
次の部屋は暗闇から一変、光に包まれていた。
正方形の部屋の中央には台座があり、その上の玉が輝いている。
「あの玉はなんだ?LEDか?」
「宝玉には触れるなよ。次も右だ。行くぞ」
「メロンの指輪が更に重くなったな。衣のうに仕舞うか?」
『ダメだよ!外したら付けれなくなるよ』
「そうだな。このまま進むしか無いか」
ゼンジは、メロンではなく指輪を両手に乗せて、右の縦穴へと進んだ。
「ガッハッハ。随分のんびりしたが、産まれてないだろうな?」
「はぁ。まだのようです」
「凄いな。〈探知〉はそこまで分かるんだな」
『そうだよ。ゼンジも目に頼らず、気配を探れば覚えるんじゃない?』
「メロンはそればっかだな。そもそも気配の探り方が分からない。自分には向いてないんじゃないか」
「独り言はそれくらいにしろ。それでは入るぞ」
ダンバールは、メロンがぬいぐるみだと思い込んでいる。それを忘れていたゼンジは、独り言とは程遠い声量で話していた事に気付き赤面した。
ダンバールの後に続き、ロックジョー、ポーラ、ゼンジとメロン、そしてリズベスが縦穴に入った。
『いてっ』
ゼンジは、急に立ち止まったポーラにぶつかり、メロンを落としてしまった。
「ポーラどう…し……た……」
ゼンジもまた、目の前の景色に圧倒されて動きを止めた。
「はぁ。2人とも進んでください。そんな所で止まっていると危ないですよ」
そこは正方形の部屋ではなく、端が見えないほど広い、街の中だった。
一直線に伸びる道の先には、天井と一体化した黒の巨塔がそびえている。
道の脇には、ブロックのような黒い石を積み上げた家が、雑多に建ち並んでいる。
その全ての家の煙突からは、赤、緑、青、そして黄色と様々な色をした煙が、忙しなく噴き出ている。
「綺麗なのじゃ!」
「街がある……」
左側の奥は草原、右側の奥は削れた岩肌が続いている。
「そこを退け!道の真ん中で突っ立ってるな!」
後ろから声をかけられ振り向くと、バイコーンが引く荷馬車が、ゼンジたちに迫っていた。
「うおっ!」
ゼンジは慌ててポーラの手を取り、道の脇まで走った。
「はぁはぁ。危なかった。自分たちの後ろからも来てたのか?」
荷馬車はゼンジたちと同じく、縦長の穴から出てきた。
「順路は違うが、外から来ている。我々が通った道が最短だが、一部のドワーフしか使えない」
「そう言えばメロンは!」
メロンは地面にうずくまり、両手で頭を抱えていた。メロンは偶然にも、バイコーンと荷馬車に踏まれてはいなかった。
「すまないメロン」
「メロンちゃん!大丈夫じゃったか?」
『怖かったよぉ』
メロンはパタパタと翼を動かし、ポーラの胸に飛び込んだ。
「メロン指輪は重くないのか?」
『あれ?大丈夫みたい』
メロンは指輪をはめた腕を、グリングリンと回して見せた。
「本当じゃ!軽いのじゃ!指輪が元に戻ったのじゃ!」
「この広い空間は特殊で、天井だけがマグネタイトだ。だからマグネタイトの吸着力が弱まる。しかしそれとは逆に、不純物を多く含む金属は強く引かれる。それが、我らドワーフの聖地だと言う所以なのだ」
「さっぱりわかりません」
ゼンジの言葉にダンバールが続けた。
「我らドワーフは鍛治を生業としている。と言っても、酒の次に好きな趣味みたいなもんだ。煙突から煙が出ているだろう。あれは金属を鍛錬して出来る不純物だ。この地では、剣や鎧の製造の過程で不純物が自然と出て行き、天井に吸い込まれる。よってこの地で作られた物は、自ずと最高級の逸品が出来上がる」
「なる程……と言う事は、ポーラの指輪は最高級品って訳だな」
『我の指輪もだね』
メロンがボソリと付け加えた。
「ガッハッハ。これだから説明は嫌なんだ。時間がかかり過ぎる。ダンバールはそれが狙いなんだろうがな。これ以上引き延ばされると産まれてしまう。さっさと行くぞ。ゼンジ、あの塔に向かう」
ロックジョーは道の真ん中を、ズカズカと歩き始めた。
「はぁ。ヒッポが待機している手筈でしたが、もう諦めたのですか?」
「産まれてしまった。今更何をしても時は戻らない」
ダンバールは、そびえる塔を悲痛な面持ちで見上げた。
「はぁ。ヒッポがいないと登れません。ここで待っててください」
リズベスはそう告げると姿を消し、先を進むロックジョーの隣に現れ再び消えた。
ロックジョーは立ち止まり、ゼンジたちの元へ引き返した。
「ヒッポって誰なのじゃ?」
「ここに連れてくるよりも、自分たちがあの塔に行く方がスムーズじゃないか?」
「ガッハッハ。来たみたいだぞ。ゼンジ、ヒッポには乗れるか?」
左側の草原の上空に、何かが3つ視認できる。
「モンスターじゃ!飛んで来るのじゃ!」
近付くにつれ、輪郭がはっきりとしてくる。
それは鷲の顔と翼を持ち、その下には猛獣を思わせる足のある生物だった。
「あれはグリフォン!逃げるのじゃ!」
グリフォンとは鷲の前半身に、ライオンの後半身を併せ持つ、凶暴なモンスターである。
「ガッハッハ。ちと違うな。ヒポグリフだ」
目の前に降り立ったのは3頭のヒポグリフ。グリフォンと間違えるのは当たり前である。
グリフォンとの違いは1箇所。後半身が馬という部分のみ。
『ヒポグリフは、グリフォンよりも大人しいんだよ』
『ギュォン』
「ど、どう見ても凶暴そうですが?」
猛禽類の目に睨まれたゼンジは、威圧に耐えかね一歩下がっていた。それとは対照的に、ポーラはヒポグリフを触っていた。
「可愛いのじゃ!モフモフするのじゃ!」
「はぁ。3頭借りて来ました。お金はロックジョーさんにつけときましたから」
「ガッハッハ。そう言う事だ。このヒッポはテイムされている。ビビらんでさっさと乗れ!」
ロックジョーは、リズベスが乗るヒポグリフに飛び乗った。
「ゼンジ早うせい!ヒッポちゃんに乗るのじゃ!」
ポーラは既にヒポグリフに騎乗していた。
「安定の、ちゃっかりだな」
『我はそこも気に入ったんだよ』
メロンはパタパタと羽ばたいて、ポーラの元へ飛んで行った。
ゼンジはポーラの後ろに、ダンバールは残りの1頭に跨った。
『ギュオ〜ン』
3頭のヒポグリフは、黒の巨塔へと翼を広げた。
(女神様、こちら自衛官、
ダンジョンの中に街がありました!カラフルな煙が、とても綺麗な街並みです。どうぞ)