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92 黒尽くめの者《Side.黒魔女天使》


(僕は本当に使えない!

お父様の意図も理解できない出来損ないだ!)


時は少し遡り、シルヴァがアルベルトとワイバーンの背に乗り、レガリストアントの街に向かっているところである。


いつの間にか雨が降り始め、既に街の灯りが目前まで迫っていた。


「シルヴァ様!降下し始めました。しっかりお掴まりくだされ!」


ワイバーンは、レガリストアントの門の側にある広場の上空でホバリングをした後、ロベルトの指示を受け、ゆっくりと降下を開始した。


「流石ドラゴンですな。あっという間に人間の街に着くとは」


シルヴァは一点を見つめ、アルベルトの話には答えなかった。


「フードを被りましょう。取り敢えず人間には深く関わらぬように。シルヴァ様!シルヴァ様!」


「え?何?アルベルト……もう着いたんだ」


アルベルトの呼び掛けに気付いたシルヴァは、目をパチパチとして周囲を見回した。


「まったく。シルヴァ様、もっと緊張感を持ってください!ここからは何が起こるか分かりませんからな」


「あ、ああそうだね」


二頭のワイバーンは、空き地のような場所に着地した。


(ヒメ様ごめんなさい。僕は直接誓いの印を受けたのに、我儘を言ってヒメ様の元には向かわなかった)


シルバーウルフ族は、主従関係または婚姻の儀式の時、額にキスを受ける。それは誓いの印を意味する。

誓いの印を受けた者は、その者に対し生涯忠誠を誓うのである。


そうとは知らずに、ヒメはシルヴァを救う際、額に誓いの印を贈っていた。


「明日の朝、我々と共に封印の地へ向かってもらうつもりだ」


地面に降りたロベルトは、ワイバーンを撫でるとシルヴァたちとは目を合わせる事なく話始めた。


「街の中央にある教会で休まれよ。この街の宿は、亜人など泊めぬであろうからな。明朝迎えに行く」


着陸した広場は豪華な宿の敷地内であったが、シルヴァたちのような亜人は毛嫌いされ、泊まる事は許されない。


「承知致しました」


二人は頭を下げて、青い屋根の教会へ足を運んだ。


〜〜〜


「すみません」


アルベルトは教会の扉に備え付けてある、十字架型のドアノッカーを二度鳴らした。


「……はいはい」


「シスター・ガッキーラ。まだお話の途中だよ!」


「ちょっと待っておいでよ。お客様だからね」


中から、しわがれた声と共に子供達の声がする。

扉が開くと修道服を着た、皺だらけの干し柿のような女性が出てきた。


「このような夜分遅くに申し訳ありません。我々は亜人です。泊まれる宿が御座いませんので、こちらで雨を凌ぐ場所をお貸し頂けないでしょうか」


アルベルトは姿勢を正しフードを取り、真摯に素性を明かした。


「……神に種族の違いはありません。どうぞ中へお入りください」


ガッキーラは頬を赤らめて、二人を中へと誘導した。


「シスター・ガッキーラ!王子様はどうなったの?」


「魔王を退治したの?」


15人の子供たちが、ガッキーラの周りに集まった。


「これこれ貴方たち。お客様の前ですよ」


ガッキーラは微笑み、優しく子供たちに語りかける。しかし子供たちは首を傾げている。


「どうしたの?具合悪いの?」


「ガッキーラ大丈夫?話し方がいつもと違うよ」


「顔も気持ち悪いよ」


それを聞いたシスターは、突然話し方を変え、子供たちに怒鳴り始めた。


「お前たち!ボケボケしてないでさっさと寝な!」


「いつものシスターだ!」


「お尻を叩かれるぞ!」


「逃げろ〜!」


子供たちは、ワイワイはしゃぎながら、奥へと走って行った。一連を見ていたシルヴァはクスリと笑った。


「ちゃんと寝るんだよ!まったく。恥ずかしい所をお見せしました」


「とんでもない。あの子たちは?亜人の子もいましたが」


「親を失った子供達です。この街には、他にもまだ沢山いるのですが、ここで育てるのは、あの人数が限界で御座います」


ガッキーラが下を向くことで、顔の皺がより深くなった。


「人間の中にも、貴女のように美しい心を持つ方がいらしたとは。私の目もまだまだですな」


「う、う、うつ、うつ、美しいだなんてそんな」


二人のやり取りを見ていたシルヴァは、再びクスリと笑った。


その後、奥の客室へと案内された二人は、疲れを取る為、その日は就寝する事とした。


〜〜〜


 〜レガリストアント西方 封印の洞窟〜


地底湖の何も無い空間が歪み、湖よりも暗い闇が現れた。その闇の中から、漆黒のローブを身に纏う何者かがヌルリと現れた。フードを目深に被り、手には身長よりも長い杖を持っている。その杖の先には、赤黒い蜂が象られていた。


「ククク。憎悪が心地良いですねぇ。果たしてどちらのものなのか。ククク。愚問でした。お二人のものですね」


人間なのか亜人なのか、男か女か、その中性的な声からは判断できない。黒尽くめの者は祠に向けて歩を進めた。水面からは僅かに浮いている。しかし地底湖には足音が響き渡り、杖が硬質な床を叩く音が追従する。


「ククク。少々予定変更です。人間共に良からぬ動きがありましてね」


黒尽くめの者が、顔を上げるが表情は確認できない。正確には、フードの奥に黒い仮面を着けているからである。左目の部分にのみ、日の丸のごとく、真っ赤な丸が描かれた、見る者は畏怖の念を抱くであろう奇妙な仮面を。


「こちらを破壊させて頂きます」


祠に長杖の先端を軽く当てると、祠の右半分が音もなく崩れ去った。


「ククク。全て破壊するつもりでしたが、抵抗する力がまだ残っていましたか。まあ良いでしょう。私はこれにて失礼します」


長杖の先端を足元の空間に叩き付けると、硬質な音が響き渡った。

すると、後方で蠢いていた闇が、黒尽くめの者に迫り飲み込むと霧散した。


地底湖には再び不気味な静寂が訪れた。


しばらくの静寂の後、壊れた祠と同じく、湖の右半分の表面から、冷気が立ち上ると無数の波紋が立ち、膨れ上がる。

その膨らみは、青いミズチとなり水面から飛び上がると、天井手前の空間に波紋を作り出し、次々と消えて行った。


〜〜〜


「何だか外が騒がしいねぇ」


ガッキーラが窓から外を見たが、雨が降る他変わり無かった。


「おかしいねぇ。ひっ!?」


突如、窓ガラスを割り、蛇の形をした水のモンスターが続々と飛び込んできた。

ミズチである。その数9匹。


「街にモンスターが!?」


ガッキーラは寸前でそれをかわしたが、割れたガラスが頬を掠めた。


「シスター・ガッキーラ!今の音は何?」


奥の扉を開けて、一人の男の子が立っていた。


「ワイアット!!ボケボケしてないで奥に逃げるんだよ!」


一匹のミズチは、水を撒き散らしながら体をくねらせ、ワイアットに近付くと大きく口を開けた。


『キシャ〜〜』


「ワイアット早く逃げないか!」


震えるワイアットは、竦み上がり動ける状態ではなかった。


「出でよ、王の牙」


突然扉の向こうから、ワイアットの頭を超えて、炎の狼の牙がミズチ目掛けて飛びかかった。

炎がミズチに噛み付くと一瞬で蒸発し、炎の牙もまた跡形もなく消えていた。


「少年!大丈夫?」


扉の奥からシルヴァが現れた。


「ガッキーラさん動かないで!!出でよ!」


シルヴァが右手を前に突き出すと、手の平に赤い魔法陣が現れた。シルヴァは、そのまま手の平を床につけ、ミズチを睨むと声を上げた。


「王の爪!」


すると床から、狼の爪を象った炎が突き出した。床に四本の爪痕をガリガリと残しつつ、残りのミズチに向けて一斉に放たれた。


ガッキーラの目の前のミズチは、炎の爪を受けた瞬間跡形もなく消え去った。そして、ガッキーラの目の前で炎の爪は消え、爪痕が通過した床の炎も同時に消えた。


「ガッキーラさん怪我してる!アルベルト!」


「はい。これを。ポーションです」


後方で待機していたアルベルトは、懐から瓶を出しガッキーラに振りかけた。


「ありがとうございます」


しかしガッキーラは床を見て、長い息を吐き出した。


「ガッキーラさんごめんなさい!ボロボロにしてしまいました」


「気にしなくていいよ。命の方が大切だからね」


「すみません。でも先程のモンスターは、一体どこから?」


その時扉が乱暴に開けられた。


「銀狼はいるか」


ロベルトであった。

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