91 洞窟の誓い《Side.黒魔女天使》
闇のように深く、不気味に広がる黒い湖の表面が波立ち、鏡のように写されていた、ヒメの顔が歪み始めた。
それと同時に、水底から赤い目玉がヒメに迫って来た。
「っ!?」
直後、水面が爆ぜり、津波の如く水が押し寄せる。
同時に水柱が吹き上がると、天井にぶち当たった。
そして、今までヒメたちが居た場所には誰も居なくなった。
「ヒメ様気を付けてくださいね」
フランは震える体を押し殺し、ヒメを掴み高台となる岩に飛び移っていた。
ヒメは、フランに腰のリボンを引っ張られ、くの字の状態でぶら下がっている。
「あ、ありがとうフラン。そろそろ降ろしてくれる?うっ!?あぁぁぁぁ!」
黒い水柱は天井の鍾乳石を砕くと、それは水と共にドリルのように落下して来た。
フランはリボンを掴んだまま、器用に鍾乳石の破片をかわした。
しかしヒメはと言うと、遠心力で左右に大きく振り回されていた。
あれ程の津波の中、祠だけは変わらず残っていた。
「ハァハァ。もっと優しく扱ってよね!」
「ヒメ様……」
華麗なステップで、鍾乳石をかわしていたフランは、足を止め再び震え始めた。
足場の水が引き、水柱が消えると、鎌首をもたげた巨大なミズチが姿を現した。
「何あれミズチ!?黒い!」
ヒメはモノクルを取り出すと左目に装備して、ハートを指で摘み鎖を引いた。
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名前 : リヴァイアサン(呪い)
種族 : 海龍
分類 : 古龍
属性 : 水属性
年齢 : 1468
性別 : 不明
Lv : 不明
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モノクルにヒビが入った。その反動でヒメの目から外れて地面に落ちると、ガラスが割れて壊れてしまった。
「え?海龍?古龍?ドラゴンなの!?リヴァイアサンって何!!」
「あら。やはり古龍ですか。エンシェントドラゴンですね。体が震える訳です」
「ななな何!?レベル不明ってどういう事!」
「そのモノクルでは、看破出来ないのでしょう」
「どどどどうしてそんなに落ち落ち落ち着いていられるの!」
「諦めているのです。私の体が震える理由が分かりました。グリーンドラゴンの体は勝てない事を知っているのです。私が囮になります。ヒメ様は逃げてください」
『フシュルルルルル』
リヴァイアサンの口から冷気が漏れる。
それが水面に達すると波紋が一つ広がった。次第に波紋が幾つも現れ、湖一面に無数の波紋が現れる。
そして、それぞれの表面が盛り上がると、数え切れないほどの黒いミズチが天井へ向けて飛び上がった。
しかし、それらのミズチは天井に達する事なく、途中の空間に波紋を作りその中へ消えて行った。
「え?何?消えて行くよ?」
「きっと外へ転移してるのでしょう」
湖からは、次から次へとミズチが飛び上がり消えていく。まるで滝の逆再生でも見ているようである。
「止めないと!」
リヴァイアサンは、体中からコールタールのように、黒いドロドロとした液体を滴らせている。
リヴァイアサンがゆっくりと顔を上げると、口から何かが垂れ下がるのが見えた。
「シルヴァ様」
なんとシルヴァが牙の隙間に腕を挟まれ、ぶら下がっていた。全身真っ黒で、右目を閉じ顔を歪めていたが、闘志の消えない赤い瞳は、間違いなくシルヴァのそれであった。
「彼女がシルヴァ?シルヴァ!」
牙に挟まった腕から血が流れているものの、ヒメの声に反応すると、シルヴァは顔を上げパクパクと口を動かした。
「(逃げて)」
声にはならないその声は確実にヒメに届いた。
「リヴァイアサン!こっちに来なさい!その呪い私には効かないから!」
『グオオォォォォ!!!』
耳を塞いでも、脳が揺さぶられる程の唸り声を上げた。
ソニックボイス。
声の衝撃波により地底湖全体が揺れ、二人は立っていられなくなり地面に倒れ込んだ。地面にはヒビが入り、天井の鍾乳石が落下し始めた。
ヒメはバタバタと動き回り、かろうじてかわしていたが、地面で砕けた鍾乳石の破片が、顔目掛けて飛んで来た。
「痛っ!」
咄嗟に右手を出す事で、致命傷は免れたが、破片が手の平に突き刺さった。
「ヒメ様」
「っ!!平気!これくらいアルベルトさんの傷に比べれば大した事ないよ」
鍾乳石の落下が終わると、波立つ水面が再び鏡のように静まり返った。
湖の中央にあった祠は、跡形も無く破壊されていた。
『グウゥゥゥ』
リヴァイアサンは低い唸り声を上げ、倒れるヒメの目の前に顔を近付けた。
「ヒメ様。……竜の暴力」
震える体に喝を入れ、フランはリヴァイアサンの右の頬に拳を叩き込む。激しい音に合わせて、コールタールのような黒い水が飛散する。
しかし、リヴァイアサンは微動だにしない。
目の前にある赤黒い右の瞳が、虫けらでも見るかの如くフランを見下ろす。震えるフランが目を合わせると縦長の瞳孔が細くなり、金縛りのように動けなくなった。
「ヒメ。様……逃げ。て」
しかしヒメは立ち上がると、逃げるどころかリヴァイアサンに喧嘩を売った。
「海蛇ぃ!シルヴァを離しなさい!」
ヒメは、リヴァイアサンを血濡れの右手でビンタした。
頬を叩かれたリヴァイアサンの瞳が、大きく見開かれ縦長の瞳孔が更に細くなる。
それを見たヒメの視界が、真っ白に染まった。
〜〜〜〜〜
ターコイズブルーに輝く湖の上に、鮮やかな青い鱗のドラゴンと、一人の少女が立っていた。
『ワシの名は〈海龍 リヴァイアサン〉海を統べる者だ』
「私は〈北野 姫〉貴方と血の契約を行う者です」
『ヒメに忠誠を誓う』
「宜しくねリヴァイアサン」
『感謝する』
〜〜〜〜〜
「……様。ヒメ様」
フランが泣いている。
「フラン。何故泣いてるの?」
朧げな意識の中、無表情で涙を流すフランを見て、次第に状況を理解し始めた。
「あら。これは湖の水ですよ」
「私のために、泣いてくれてたんじゃなかったのね……」
引き攣った顔でフランに微笑む。
「シルヴァ!シルヴァは無事なの?」
「はい。今は眠ってますが」
横を向くとシルヴァが倒れている。
「ポーションをかけました。傷は塞がっています」
「はぁ。良かった!ありがとうフラン!」
「あら。私は何もしていません」
「あっ!リヴァイアサンは!?」
辺りを見回すと、先程までとはうってかわって、ターコイズブルーの荘厳で美しい湖が広がっていた。
「ヒメ様の壊れたモノクルに吸い込まれました。ヴァニラ様の時とは明らかに違います。何が起きたのか説明して頂けますか?」
ヒメは『血の契約』の説明をした。
〜〜〜
「なる程。ヴァニラ様の場合は元々ペンダントから出られない。言わば封印されている状態で契約をした事は以前聞きました。
しかし今回のリヴァイアサンは、呪いを解き契約をしただけ。封印はシルヴァ様が解いていたので、自由の身だったリヴァイアサンは、どこに行ったのかは分からないと」
「うん」
「壊れたモノクルに吸い込まれたのは、私が言うまで知らなかったのですね?ただ、モノクルは、このアーマーリングに変形しました」
フランからアーマーリングを受け取った。
それは、一本の指全体を覆う甲冑のような指輪で、指先はドラゴンの爪の如く尖っていた。
「私も既に知っている『血の契約』の話を長々とされてましたが、要するに何も分からないという事ですね?」
「そうです。なんかオブラートに似てきてない?」
「フラン?」
気を失っていたシルヴァが目を覚ました。そして右目に手を当てたまま体を起こした。
「シルヴァ様。良かった気付かれましたね」
「蛇は!?」
「ヒメ様が退治なさいました」
「ヒメ様?あっ、そのぉ…お初にお目にかかります!僕たちの村を救って頂き、誠に……」
「良かった!」
ヒメはシルヴァに抱きついた。
「貴女は覚えてないだろうけど、会うのは二度目だよ!」
「そうです!まだ二回しか会ってない!二回とも僕を救ってくれた!何も知らない僕を……そんな僕なんかのために、こんな危険な場所にまで来て!怪我までして!どうして!」
「私の命を救ってくれた、大切な人たちの、大切な人だから。それに私がそうしたかったからね。そうだ!アルベルトさんが大怪我してるの!迎えに行かなきゃ!」
「私なら大丈夫です」
アルベルトがベティを肩に乗せ、階段から降りて来た。胸の傷も、火傷の跡も綺麗に無くなっていた。
「アルベルトさん!ポーション効いて良かった!」
「ありがとうございました。しかしこれは魔界で調合されたハイポーション。ジュドウ様のものですな?私に使うなど勿体ない。これがあればヴォルフ様の目も腕も治っていた事でしょう。お返しいたします。ヒメ様が使われてください」
アルベルトは、二つのハイポーションをヒメに返した。
「ハイポーション?傷が治ったから良かった!」
ヒメはハイポーションを飲み干した。右手の傷が跡形も無く塞がった。
「これで握手が出来るね!」
ヒメはシルヴァに右手を出した。
目を閉じていたシルヴァは、ゆっくりと目を開けるとヒメを見つめた。そして涙を流した。
すると突然シルヴァが片膝をついた。
「ヒメ様!僕はシルバーウルフ族の
〈シルヴァ・ガル・レボォーネ〉ヒメ様に忠誠を誓い、全てを捧げます!」
「ちょ、ちょっと全て捧げないで!」
アルベルトは、静かに涙を流していた。




