90 封印の洞窟《Side.黒魔女天使》
「門が見えてきた!フラン頑張って!」
フランは、ヒメを背負い走っていた。ヒメの腰のリボンには、ベティがぶら下がっている。
「あら。ヒメ様も頑張ってくださいよ」
「大丈夫!コツを掴んできたよ〜」
ヒメは自分の手を見て微笑んだ。
(嬉しい!私が魔法を使ってる!魔法は使えないと諦めてたのに。ありがとう。ヴァニラ)
『キシャ〜』
目の前の水溜りが盛り上がり、鎌首をもたげヒメたち目掛けて飛び出してきた。
ヒメは見つめていた手を、ミズチに向かってかざした。
「アイスジャベリン!」
ヒメの手から放たれた氷柱のような氷の槍は、ミズチの頭部にヒットし尻尾まで貫通させると、ミズチは水に戻って四散した。
「一丁上がり!」
「ヒメ様。ミズチが出る前の水溜りを狙ってくださいね」
「だってフランの足、早いんだもん」
「あら。慣れてください」
フランは、背中でガッツポーズをするヒメに無表情で言葉を交わすと、その他の襲い来るミズチを最小限の動作でかわし、息を切らすこともなく飄々と走り続けた。
「どうやらミズチは、明かりではなく、熱源または、動くものに向かって襲っているようですね」
「そうだね。真っ暗なのに私たちを狙って来るのはおかしいもんね!」
ヒメは、目前の水溜りに向かって手をかざした。
「アイスジャベリン!」
ミズチが出る前の盛り上がった水溜りは、氷の槍を受け、たちまち凍りついた。
「問題なし。良い感じ!」
「問題があるとすれば、門の開け方ですね」
先を急ぐ二人の前に、巨大な鋼鉄製の門が立ち塞がる。
「誰もいないね。どうやったら開くのかな?」
迫り来る門を見上げて、飛び越える事は不可能であると悟った。
「破壊します」
「そ、それは無理でしょ!」
「あら。あの小さな門扉なら問題ないでしょう」
門の左下には潜り戸があったが、その門扉には当然鍵が掛かっている事は容易に窺える。
「ヒメ様。しっかり掴まっていてくださいね」
「ちょっ!待っでぇ!!」
フランは潜り戸の手前でピタリと止まった。ヒメはフランの肩で顎を強打した。
しかしそれは、一瞬の停止である。左足でブレーキを掛け、右の拳は既に振りかぶっている。
その構えは以前、双子の兄弟がアルベルトへと放った、ハンマーのような一撃と同じ体勢であった。
「竜の暴力」(ドラゴンインパクト)
走ってきた勢いを左足に集中させ、惰力を拳に乗せたその一撃は、双子のそれよりも遥かに強力であるのは一目瞭然である。
轟音と共に鋼鉄製の門扉に、それがまるで粘土であるかの如く拳がめり込んだ。衝撃に耐えきれず蝶番が破壊されると、門扉は地面でバウンドして雨の中へと消えた。
フランは、そのまま体を前傾にすると、低空で滑るように小さな潜り扉を抜けた。
周囲を見渡し、フランは口を開いた。
「やはり、ここにミズチは出ないみたいですね」
街の外の水溜りは、静かに雨の波紋を広げている。
フランから降りたヒメは、口元を押さえ悶えている。
「ひたはんたぁ」(舌噛んだぁ)
「あら。失礼しましたポーションいります?」
「はいひょうふ。いひょう」(大丈夫。行こう)
ヒメは二、三歩進むと再び止まり、フランを見た。
「イテテ。ところで、何処へ行けば良いんだろう?」
「私の目はドラゴンの瞳。竜眼」
フランの青い目が淡く輝く。
「この先に凶々しい邪気が見えます。そこへ向かいます」
「そこにシルヴァたちがいるんだね!フラン急ごう!」
「背負いましょうか?」
「大丈夫!も〜子供じゃないんだから、一人で歩けますぅ」
ヒメは口を尖らせてズンズンと歩き始めた。
「あら。まるで、お嬢のようですね」
その後を、フランは無表情で追った。
それから二人は邪気が渦巻く西へ向かった。
〜〜〜
しばらくすると雨が激しくなり、豪雨となって視界を塞いだ。
「フラン!どこ行ったの!?シルヴァ!アルベルトさん!どこにいるの!!」
ヒメは迷子になっていた。
一寸先も見えない程の豪雨により、隣を歩いていた筈のフランを見失っていた。
「どうしよう……アバドンに雨を吸い込んでもらうのも一瞬だよね」
その時、右の方から男の声が聞こえた。
『自分を信じろ。前だけ見るんだ』
(誰!?アルベルトさん?)
ヒメは視界不良の中、目を凝らした。
すると真横をすれ違う人の気配を感じた。
薄ら人影が見えたが、無言でヒメとすれ違い後方へ遠ざかって行く。
(誰かいる!アルベルトさん?気付いてない?)
「どこに行くの!?」
『……振り向くな!前を見ろ!』
しかし男の声は確かにそう告げると、雨の中へと消えて行った。
「待って!」
ヒメは追いかけようとした。
しかし、力強い意思のこもった男の声を噛み締めた。
(アルベルトさんの身に何か起きたのかも!急がなきゃ!)
そして影が現れた方へと急いだ。
少し歩くと今度は前方から声が聞こえた。
「ヒメ様。ご無事でしたか」
そこにはいつもの、無表情のフランが立っていた。
「フラン!良かった!」
「やはり次からは背負いましょうね。迷子になるんで」
「もぉ〜!フランの意地悪!」
フランの後ろの岩肌には、ポッカリと穴が空いていた。
「ここは?」
「どうやら、シルヴァ様はこの中のようです」
「真っ暗だね……そうだ!ちょっと待って」
ヒメはアバドンのがまぐちから、ジュドウから貰った袋を一つ取り出した。
「これかな?点け方分かる?」
袋の中から、上等なカンテラを取り出しフランに渡した。
「あら。これは魔力を流すのです」
フランが手に取り魔力を通わせると、カンテラは煌々と輝き出した。
「凄い!便利だね!……これは何!?」
足元には岩が幾つも転がっており、所々何かの模様が描かれてる。その中にはポッカリと、大きな穴の空いた岩もあった。
「これが封印の紋様です。きっと外から力尽くで開けたのでしょう」
「どうして分かるの?」
「奥に血痕が向かっています」
カンテラで足元を照らすと、真新しい血が奥へと続いていた。
「本当だ!急がないと!」
「待ってください。何かいます」
今度はカンテラを奥へ向けた。
「アルベルトさん!!」
そこには、上半身裸で這いつくばる、血濡れのアルベルトがいた。
「そ、その声は……ヒ、ヒメ様。ですか?」
「喋らないで!」
ヒメは袋の中からポーションを取り出し、アルベルトに振りまいた。
背中の傷は塞がったが失った血までは戻らない。
青白い顔で朦朧とした意識の中、アルベルトが口を開いた。
「ヒメ様。奥にシルヴァ様が……あ、あの気配は蛇などではありません。こ、このままではシルヴァ様が!」
「分かった!もう喋らないで!」
「ヒメ様!シルヴァ様と逃げてください……」
アルベルトは目を閉じると、力なくその場に伏せた。
「アルベルトさん!アルベルトさん!」
フランがアルベルトの首元に手を当てた。
「気を失ってるだけです」
「良かった。シルヴァを助けに行くよ!」
フランがアルベルトを抱き上げ、壁際へと移動させた。
「この傷は!」
アルベルトの胸には、真横に何かの爪痕があった。しかし気を失う程の傷ではなかった。
原因は火傷である。
爪痕の更にその上から火傷を負っていた。そしてその火傷は上半身の前面、全てにあり、顔の左半分も酷くただれていた。
「酷い……」
ヒメは再びアルベルトにポーションをかけた。
「ここでもう少し待っててください。ベティ、アルベルトさんを守ってくれる?」
意識の無いアルベルトにそう告げると、水と二本のポーションを隣に置き、フランと共に奥へ向かった。
ベティはアルベルトの真上の天井にぶら下がると、アイマスクを目元にズラして眠り始めた。
〜〜〜
洞窟の奥には階段があり、人工物であろうことが窺えたが、今の二人にはそれは些細な事であった。
階段が終わると空気が変わった。
目の前には湖が広がっていた。
しかし水はドス黒く、コポコポと気泡を作り、弾けては中から煙を吹いている。
壁一面には発光生物でもいるのか、淡い光を放っている。見上げる程の天井からは、クリスタルのような鍾乳石が氷柱のように垂れ下がり、中には長い年月を経て地面と繋がり石柱になっている物もあった。
そこは、刺すような冷気と殺気が充満した地底湖であった。
「何だか気味が悪いね。フラン?」
いつも無表情のフランが目を細め、両腕を掴みながら震えている。
「ヒメ様。中央です」
湖の中央には、石を積み上げた小さな祠があったが、右半分が崩れていた。
「祠?壊れてる?」
しかしフランはガタガタと震え、答える事はしなかった。
「フラン大丈夫?」
「体が勝手に震えます」
フランの背中を優しく摩り、禍々しい湖に向かって大声で叫んだ。
「シルヴァ〜〜〜!!」
ヒメの声が何度も響き渡る。
しかし返事はなかった。
「何処にいるの?」
ヒメは湖の側まで近付くと、黒い湖を覗き込んだ。
不安げな自分の姿が写っている。
しかしその先の奥深くから、真っ赤に光る巨大な二つの目玉がヒメを睨みつけていた。