37 迷子の自衛官
「大丈夫ですか?」
ゼンジは魔法陣の痕と思われる、円形に広がる縁に立っていた。
その縁には、何かの燃えカスが残っていたので、入っていいものか迷った挙げ句、それの外側から声を掛けることにした。
「……」
六台集まる幌馬車の中心には、両手を地面に付き肩で息をする青色の髪をした女性がいた。その横でノックが心配そうに顔を覗き込んでいる。
「中に入っても良いですか?」
「……」
しかし中心にいる女性は、こちらを見たものの返事をしなかった。
「ウォ〜ン。入っても良いぞ!」
彼女の代わりにノックが答えた。
「では、お邪魔します」
ゼンジたちは、恐る恐る魔法陣の痕の中へと足を踏み入れた。
特にこれと言った変化は無く、そのまま歩き続けて幌馬車へと近付いた。
六台とも幌を掛けただけのもので、前部から後部までトンネルのように筒抜けであった。
その内の一つの馬車をゼンジが覗くのと同時に、中から人が飛び降りてきた。
その人物は中肉中背で、見た感じ二十代後半であろう人間の男性であったが、その格好は率直に汚かった。
動きやすそうな軽装の服やズボンには、何かの粉や乾燥した液体等がへばりついており、くすんだ金髪はボサボサで、顔もスス汚れていた。そして無精髭が不潔さに拍車をかけている。
「もう駄目かと思いました!あなた方は命の恩人だ!この御恩は一生忘れません!是非御礼をさせて頂きたい!無事、村へと帰れたらの話ですが…
と言うことで、モノは相談なのですが、私共の護衛を、引き受けては頂けないでしょうか?勿論御礼とは別に報酬も支払わせて頂きます。如何でしょうか?」
見た目とは裏腹に、とても感じが良く元気があり、軽快に話すその様は、まさに商人のそれであり、ゼンジたちは意外にも好印象を受けた。
「自分は構いませんが、え〜っと」
「大変失礼しました。私、商人のテープルと申します。このキャラバンの責任者で御座います」
(変な名前。笑っちゃ悪いな)
ゼンジは笑いを堪えて話の続きをした。
「テ、テープルさん。結論から申しますと、護衛はさせて頂きます。自分たちも土地勘がなく、道に迷っておりました。村へ案内して頂けるのでしたら、こちらとしても助かります」
「そうですか、それは有難い!Dランクのマンティコアを一撃で、しかも七匹を一瞬で倒してしまう冒険者など、今まで見たこともありません。更にはその物腰の柔らかさ。珍しい格好も然り。きっと名高い冒険者なのでしょう」
相手には自己紹介をさせたのに、自分はしなかった事を申し訳なく思い、慌てて自己紹介をした。
「こちらこそ失礼しました。ゼンジ、カガミ ゼンジと申します。自分は冒険者ではありません」
慌てていたのもあり、咄嗟にフルネームで名乗った。
しかしこの自己紹介にポーラとメロン以外の全員が驚いた。その中でもテープルは、黒く汚れた顔を真っ青に変えた。
「き、貴族様でしたか!これは大変失礼致しました。報酬などと、差し出がましい申し出をしてしまい」
物凄い勢いで土下座をしたテープルは、声を裏返し平身低頭で謝り始めた。
それに慌てたゼンジは、喋っている途中ではあるが、勘違いをしているテープルに訂正した。
「テープルさん!自分は貴族ではありません!」
それでもテープルは頭を上げなかった。
「いや、しかしその丁寧な話し方、やはり冒険者にはない教養が感じられます。商人として、まずそこに気付くべきでした!大変申し訳ございませんでした!未熟者の私を何卒お許し下さい!!どうか、どうか、お命だけは!」
(何ぃ!?貴族ってそんなにやばいのか!?あの城の奴らと一緒なのか?)
「やめてください!テープルさん!自分はただの公務員です」
「ノック何とか言ってくれ!って、ノックお前もか!!!」
ノックを見ると尻尾まで丸めて、美しい土下座をしていた。
「ちょ!おい!ノック!え〜っと……」
(こうなったら貴族で通すか?…いやダメだ。嘘をついて、変な義務でも発動すると厄介だ)
「さっきの自己紹介もとい!!自分はゼンジだ!貴族でも冒険者でもない、迷子のゼンジだ!よろしく!」
敬語はやめた。そして意味のわからない自己紹介を行った。
「迷子のゼンジ様。申し訳ありません。どうかお許し下さい。お命だけは」
それでもテープルは、顔を地面に擦り付け、ひたすら謝り続けた。
「ぷっ!ぷははははは!迷子のゼンジとはなんじゃ!良い歳して!あはははは」
しかし、笑うポーラに驚いたテープルたちは、頭を上げて二人を見た。
「おい!お前も迷子だろうが!良い歳して!」
「あはは……は…は?良い歳してとはなんじゃ!妾がババァだとでも言いたいのか!?」
「誰もそんな事言ってないだろ!喋り方!」
「……迷子は少し黙っててください。テープルさん!私たちを助けてください!町まで連れて行ってください!」
そう言ってポーラは頭を下げた。
同じくゼンジも踵を鳴らして気を付けをした後に、脱帽時における10度の敬礼を行った。
今度は呆気に取られたテープルは、とうとう笑い出してしまった。
「ふっくくくっ……失礼しました。ふふ。宜しいのですか?…それでは契約成立です。村まで御案内致します」
テープルは口元に手を当てて、クスクスと笑いながらその場に立ち上がろうとしたが、立てなかった。
「腰が抜けて立てそうにありません。ふふふ。良かった…貴方たちが良い人たちで。こう見えても人を見る目には自信があるのです。やはり私の目に狂いはなかった」
テープルの目には涙が溜まっていた。
「ホッとしたら涙が出て来ました。本当に良かった…」
テープルは涙を拭った。
「みっともない所をお見せしてしまいました。それでは皆さん、まずは食事をしましょう。安心したらお腹が空きました。迷子のゼンジ殿もどうぞ。出発はその後で」
テープルは近くの幌馬車へと歩いて行った。
「ポーラありがとう。助かったよ」
「私は何もしてませんよ。それより、村に着いたら冒険者になるのも良いかもしれませんね」
「冒険者ってなんだ?」
「それは食事の後にでも話ましょう。私ももうお腹ペコペコです。それに、今はあの人たちと話をした方が良さそうですよ」
ポーラはそう言って幌馬車を指さした。
ゼンジが目をやると、テープルが向かう幌馬車から、犬耳が生えたノックに似た獣人が顔を出していた。
「お!?お、おう。そ、そうだな……あれは獣人だよな?」
「そうですよ。モンスターではありません」
「だよな!顔は人間の顔だしな!」
しかしノックに似た獣人はゼンジと目が合うと、慌てて幌馬車へと頭を下げて見えなくなった。
「ん?何だ?」
すると今度は魔法陣の中央にいた、青い髪の女性が近付いてきた。
「……」
女性は無言のまま頭を下げた。
「君が結界士なのか?」
「……」
ゼンジの問いかけに、無言のまま首を横にブンブンと振った。
「そっか。魔法陣の中心にいたみたいだから、君が結界士なんだと思ったよ。じゃあ、あそこの彼がそうなのか?」
ゼンジは再び幌馬車から顔を出す獣人を見て言った。
「……」
すると女性はまたしても顔を横に振った。
「……」
下を向く彼女の後ろから、食事を運んできたテープルが声をかけた。
「彼女は奴隷です」
「「「え?」」」
ゼンジとポーラが驚く中、ノックも驚いていた。
「彼女は、リオさんは、知り合いの奴隷商から借りている奴隷です。リオさんは主人の許可が無いと話すことが許されないのです」
「そんな……この世界には奴隷がいたのか」
ゼンジはリオが話せない理由よりも、奴隷制度があることにショックを受けていた。
「それと、リオさんは結界士ではありません。符術士です」
「符術師?」
「……」
「符術師って、お札を使うやつですか?」
「そうです」
ゼンジは周囲を見渡した。魔法陣の痕に入る時に見た燃えかすと同様の物が、全部で六個確認できた。それが魔法陣の円に等間隔で置いてあった。
「お札を六枚使って結界を張っていたのか?」
(きっと、六芒星の頂点に置いていたんだろうな)
「……」
リオは恥ずかしそうに頷いた。
「ウォ〜ン!テープルさんが結界を張らせて囮になるから逃げろって言ったんだ。だから俺はてっきり結界士だと思ってたんだ!」
「ノックは知り合いじゃないのか?」
「知らない。俺とゴードン、そしてあそこから顔を出してる、弟のリッキーはパーティーだが、彼女はソロで雇われたんだと思ってた」
「……」
ゼンジは小声でメロンに聞いた。
「おいメロン、パーティーって何だ?」
それにメロンも小声で答えた。
『簡単に言えば、冒険者のチームってことだよ』
(なる程)
「三人パーティーなのか?」
「そうだ!あんたも俺たちのパーティーに入るか?
俺たちはギルドランクEの、ハウンドドッグだ!」
「遠慮しとくよ。自分は冒険者もギルドランクも何のことだか、よく分からないからな」
(パーティー名ダサいし…)
「ウォーン。あんたの強さなら大歓迎だ!考えてくれよな」
ノックがサムズアップして、犬歯を光らせた。
「みなさん食事の用意が出来ました。こちらへどうぞ」
「それはそうと、冒険者にはどうやったらなれるんだ?」
「その辺にせい!ゼンジは無駄に話が長いんじゃ!その続きは食事の後じゃ!」
「このッ!!無駄って!喋り方!」
「……イライラするのは、お腹が空いてるせいですよ。食事を頂いて、落ち着いてくださいね」
「ポーラのせいだよ!!」
(女神様、こちら自衛官、
貴族やら奴隷やら、この世界の制度は恐ろしいですよ!自衛官の規則の次にですけど……どうぞ)