35 バレットタイムと小銃の相性
ゼンジたち三人は、モヤの中に見えていた木の前まで来ていた。
「暗くて先が見えないな」
『あそこは水に濡れない?早く行こう!』
「何だか少し、不気味ですね……」
三人が言った通り、太い木が無造作に生えていたが、大きな葉が屋根のように覆っているため、雨が落ちる量は格段に減っていた。
しかし、足元にはモヤが広がり不気味さを醸し出していた。
ゼンジは、咥えていた干し肉を食べ終わり、衣のうからりんごを取り出した。
『良い香りがするね。我にもちょうだい』
「良いけど、ぬいぐるみでも食べれるのか?」
『当たり前だよ!ぬいぐるみを何だと思ってるんだよ』
「ぬいぐるみだろ?」
ゼンジはりんごをメロンに放った。
メロンは両手で器用にキャッチすると、良い香りだと言って目を見開き、りんごにかぶりついた。
『美味し〜〜〜ぃ!!!何コレ!シャリシャリの歯応えに、甘みと酸味のコントラスト!』
メロンは夢中でりんごを頬張り、リスのように頬を膨らませた。
「りんごだよ。食べたこと無いのか?』
『うん。初めて食べた!もう一個ちょうだい』
「後ひとつだぞ。ほら」
『ありがと〜』
今度は味を楽しむように、大切に少しずつ食べ始めた。
「ん?向こうに何かの足跡があるぞ」
少し右の地面に、複数の人間の足跡や、馬の蹄跡と幾つもの溝が森へと続いていた。
「馬車?誰かが先に入ったのでしょうか?」
「かもな……よし!森に入るぞ!周囲の警戒を怠るな!」
ゼンジはりんごを食べ終わると、芯を放り投げ、肩にかけていた小銃の安全装置を『ア』の位置から『タ』の位置へと切り替えた。
そして大楯を前面に構えた。
「そうだメロン。ブラックドラゴンが側近だって話がまだ聞けてなかったな」
『ん?ああ。ゼンジたちがブラックドラゴンだと言ってるのは、きっと我の側近の……」
「助けてくれぇ〜!」
森に足を踏み入れようとした瞬間、遠くから微かに叫び声が聞こえた。
「何だ!?」
ゼンジたちは右を向くと、森の中から一人の傷だらけの冒険者が出てきた。
「人間だ!」
異世界に来て二度目の人間との出会いだった。
その人間を追うように、一匹のモンスターが現れた。モンスターは、二足歩行の犬で、軽鎧を着て、手には片手斧を持っていた。
「モンスターに襲われてる!?動くな!発砲するぞ!」
(あの城の奴らは許さないが、この人は関係ない。助けないと)
大声で叫ぶゼンジをポーラは止めた。
「ゼンジ、ハッポウするのは待ってください!」
「何故だ?モンスターに殺されるぞ!」
しかしゼンジの予想とは裏腹に、冒険者は振り返り森に向かって構えた。その隣に、犬の顔のモンスターも並んで振り返り、片手斧を森へと構えた。
「あれ?どう言う事だ?」
「犬の顔をしてますが、モンスターではありません。獣人です。他にも猫や竜、魚等、様々な種族がいるので気を付けてくださいね。それらを総称して亜人と呼んでいます」
「サハギンも亜人なのか?」
「サハギンはモンスターですよ。亜人は理性が有るので、見分けるのはさほど難しくありません。最終的には会話で判断してください」
「了解!城以来の人間だから、失礼の無いようにしないとな」
ゼンジは構えた小銃を下ろし、手を振りながら大声で話しかけた。
「おーい!大丈夫ですかー?」
「「!!!」」
森から出てきた二人は、バタバタ慌て始めた。犬の顔の獣人は、腕を上げてバツのサインを作り、人間の冒険者はゼンジたちを見て、鬼の形相で口の前に人差し指を立てた。
(何だ?喋るなって事か?)
「助けてくれぇ〜!」
再び森の中から悲鳴のような救助を呼ぶ声がする。
(他にもいるのか?)
「お〜い!大丈夫ですかぁ〜!?」
ゼンジは森へと大声で答えたが、冒険者と亜人が手を振って走り寄ってきた。
そして小声で怒鳴り始めた。
「ハァハァ。しー!しー!お前!静かにしろよ!喋るなって合図が理解できんのか!!」
「ウォ〜ン!み、見つかったら、ど、ど、ど、どうするんだ!」
冒険者の二人はかなり慌てている。
「お話中すみません。あそこにいる人もお仲間ですか?」
ポーラが話の途中で森を指差した。
そこには木の影から顔を出して、こちらの様子を伺っている人影が見えた。
よく見ると覇気のない男性の顔で、ゼンジたちに向けて小声で何かを言っている。
「助けてくれぇ〜!」
「本当だ!助けを求めてるぞ!貴方たちの仲間ですか?」
ゼンジはそう言いながら冒険者二人を見た。すると二人の顔には恐怖が張り付いていた。
「み、み、見つかった!」
「ウォ〜ン!だから言ったんだ!もう逃げ場はない!」
『あいつは』
「何だ?メロンも知ってるのか?」
「モンスターだよ!ノック!近寄らせるな!」
「ウォ〜ン任せろ!トマホーク!」
そう言ってノックと呼ばれた犬の獣人は、木の影から出た顔に向かって片手斧を投げた。
ビュンビュンと音を立てながら回転する片手斧は、木の影から出る顔に真っ直ぐ向かって行った。
「助けてくれぇ〜!」
飛んでくる片手斧を見て、悲鳴を上げる男。
しかし当たると思われた直後、人間とは思えないほど大きな口をバックリと開けた。そこには猛獣のように、鋭利な牙が並んでいる。その牙で片手斧を咥えると、そのまま粉砕した。
「ウォ〜ン。新調したばかりなのに」
人間の顔に猛獣の牙を並べて、ニヤケる男は木の影から、のそりと体を現した。
「助けてくれぇ〜!」
人間の顔に付いているその体は、まるでライオンだった。そして、背中にはコウモリに似た黒い翼が生えており、尻尾にはサソリのそれが付いていた。
「モ、モンスターじゃ!逃げるのじゃ!」
次の瞬間モンスターが口を大きく開け、けたたましい鳴き声を上げた。
『キュォォォォォォ!』
「何だこの甲高い声は!?」
ゼンジの頭の中で、ロックが解かれる音がした。
正当防衛が発動したのだ。
(錠が外れた!今の叫び声が攻撃判定なのか?)
「頭が割れそうじゃ!」
『あいつはマンティコアだ!人の顔と声で、獲物を誘き出し食べるんだよ!』
「か、体が動かんのじゃ……」
ゼンジたちは体が麻痺して、身動きが取れなくなっていた。
『バインドボイスだ!しばらく麻痺するんだよ』
「なるほど。って呑気に喋ってる場合か!どうするんだ!動けないぞ!」
マンティコアは痺れて動けない四人を見て、薄気味悪い笑顔を作り、ゆっくりと森から出て来た。
「助けてくれぇ〜!」
薄気味悪い笑顔のまま、また同じ言葉を口にした。
「ノック!こっちに来るぞ!」
「ウォ〜ン。ゴードン動けるか?俺は無理だ!」
「動かんのじゃ!食べられるのじゃ!」
それを見たマンティコアは、コウモリの翼を大きく広げた。
「くっ!動けぇ!!」
『我に任せて!』
メロンは両手をゼンジに向けた。
『マスターキュア』
メロンの両手が輝くのと同時に、ゼンジも全身がぼんやりと発光した。
「動く!?」
キュアとは、今回の麻痺のように、軽い状態異常に対する回復魔法である。
マスターを付けているのは、メロンが雰囲気を出すためだけであり、それ以上の効果が出るものでは無い。
ゼンジは小銃を素早くマンティコアに向けた。
マンティコアは四本の足で地面を蹴り、翼で一度羽ばたくと、ゼンジたちに向け低空で迫った。
そのスピードは凄まじく、瞬きの間に眼前へと現れた。
「バレットタイム!」
ゼンジの言葉でスキルが発動し、周囲の速度はスローモーションへと変わった。
マンティコアも空中で止まっているかのように、しかしゆっくりとゼンジへと近付いていた。
(危ねぇ!もうこんな所まで来てる!)
目前まで迫っているマンティコアの眉間に、照準を合わせて発砲した。
回転しながら雨を弾く弾丸は、マンティコアの眉間に当たった。
その瞬間スローモーションが解け、周囲の動きが加速した。
勢い良く飛んでくるマンティコアに、ぶつかりそうになったゼンジは、慌ててその場にしゃがみこむ。
頭上をマンティコアが通過して行き、後方の地面に胴体で着地すると、そのまま何度も転がり滑りながら止まり、立ち上がる事は無かった。
「ふぅ〜。小銃が効いて良かった。しかしどうしてメロンは動けたんだ?ぬいぐるみだからか?」
まだ動くかもしれないマンティコアを見つつ、メロンに質問した。
『違うよ!この指輪は王の証だ。状態異常は効かないんだ』
「そうか。王様だもんな」
ゼンジは動かないマンティコアから視線を外し、冒険者たちをチラリと見た。
2人とも麻痺が解けていないのか、全く動こうともしなかった。顔は引き攣ったままである。
「大丈夫ですか?体は動きますか?」
ゼンジが冒険者に声をかけると、二人はその場にへたり込んだ。
そしてマンティコアとゼンジを交互に見ながら叫び出した。
「な、な、な、な、何だ今のは!何をしたんだ!」
「ウォ〜ン!ありがとう!助かったぁ〜」
人間の冒険者は驚き、犬の亜人は涙を流して喜んだ。
マンティコアを倒したことにより、全員の麻痺は解けていたものの、恐怖と、すれ違い様に倒していた事に驚き固まっていたのだった。
そして、ノックの犬の顔や体が徐々に変わり始めた。
結果から言えば人間になったのだが、尻尾と垂れた犬耳が残っていた。
「狼男なのですか?」
「いや、犬の獣人だ。ウォ〜ン。スキルで獣化してたんだ」
「おいノック!のんびり話してる場合じゃないぞ!」
「どうしたのじゃ?」
「ウォ〜ンそうだった!森の中にはまだ、商人が乗った馬車があるんだ!俺たちはその護衛として雇われたんだが、マンティコアに襲われて壊滅状態になった」
『それで、貴様らは馬車を囮にして逃げ出したんだね?』
「違う!!囮に…囮になってくれたんだ」
「そうなんだ、護衛は俺たち二人の他、ほぼ全滅した…ってウォ〜ン!ぬいぐるみが喋った」
(しまった!メロン動くなよ!)
ゼンジはメロンに目配せをした。
『何?』
メロンは首を傾げてキョトンとした。
「この野郎!察しろ!」
「痛いよぉ〜!」
再び森の中から声が聞こえた。
一斉に森へ視線を向けると、木の影から人が覗いていた。
「まだいるんですか!?」
「そうなんだ。ここはマンティコアの住む森。通称、囁きの森だ」
「許してぇ〜!」
「怖いよぉ〜!」
3体それぞれ別々の木の影から、顔を出していた。
「気持ち悪いのじゃ!」
一体のマンティコアが木の影から出てきた。
「来るぞ!耳を塞げ!」
そう言ってゼンジは両耳を塞いだ。
『キュォォォォォォ!』
ビリビリと身体に響く叫び声を受けたが、ゼンジは耳を塞いでいたため、麻痺する事は無かった。
翼を広げたマンティコアに対し、紐で肩にぶら下がっていた小銃を構え直した。
「バレットタイム!」
再び時間の流れが遅くなった。
ゆっくりと流れる時の中で、ゼンジは躊躇することなく、素早く三体のマンティコアの眉間に三発ずつ発砲した。
三発目を発砲した直後、スローモーションが解除され、三体のマンティコアは頭を大きく退け反らせ、その場に倒れて動かなくなった。
ーパッパッパッパカパ〜ンー
「ふぅ〜」
(バレットタイムは、およそ3秒だな)
「ウオ〜ン!一瞬で三匹も倒すなんて!!」
「…何をしたんだ」
「やりおるのじゃ!」
三人とも興奮した様子ではあるが、体は動かさず目だけゼンジを見ていた。
三人とも、しっかり麻痺していたのだ。
「お前ら…耳を塞げって言ったよな!」
ゼンジは冒険者への敬語をやめていた。
(女神様、こちら自衛官、
冒険者ってマヌ…いや何でもないです。どうぞ)