キレイな人。
「ん……?サク……ラ?」
微睡みながら俺に向けられた目は、間違いなくシノのものだった。
「ボクは一体いつ寝たんだ……」
シノは状態を起こし、右手で頭を支える。
シノにはその体をシビラに預けている間の記憶が無いのだ。
「シノ、大丈夫か?」
「あぁ……。最近、知らない間に寝てることが多いんだ」
知らない間に眠り、記憶にない場所で目が覚める。それはきっと『怖い』ことだ。
シノに、もう一人の人格であるシビラの事は言わない約束だが、いつの日にかちゃんと説明しておいたほうが良いのでは無いのだろうか。
ーーーあれ?そう言えば、なんでシノはシビラの事を知らないんだ?
俺はDID……つまり『多重人格』についてはあまり詳しくない。ドキュメンタリー番組や、ゲームで得た知識がある程度だ。
シノ本人に、自分が多重人格である自覚はない。そしてその事が、正常なのか異常なのかはわからない。
だけど、主人格であるシノ以上に、シビラが何かを『知っている』状況はどこか変に思える。
副人格であるシビラは、主人格であるシノが『耐え難い現実』から逃れるために切り離した人格であるはずだ。
切り離した人格であるシビラが、なぜシノよりも様々な事を知っている?
耐え難い現実から逃れる為にシビラを切り離したのなら、なぜ今もシノは『男性恐怖症』のままでいる?
それに……『あの子が持てなかった大切な感情』『またあんなことを』など、意味深な事をシビラが言っていた。あれにはどんな意味があるというのか。
更にはシビラから感じられた、シノへの異常な執着心。謎は深まるばかりだ。
「……」
足りない頭で考えながら、シノの顔を見つめる。
やはり俺はシノの事をなんにも知らない。その過去を聞けば、少しは疑問も晴れるのだろうか。
だが俺の知的好奇心を満たすために、彼女の傷口をえぐるような真似は絶対にしたくない。
……………ダメだ。足りない頭で考えても、何一つ進展しない。
「……サクラ?やっぱり、怒ってるのか?」
随分と険しい顔をしてしまっていたのだろう。シノが躊躇いがちに問うてきた。
「サクラ………ごめん。ボク、サクラに酷いことを……」
「シノ」
彼女の名前を呼ぶことで、彼女の謝罪を中断させる。
あの時。俺がアイラを救いに行かないとみんなの前で言ったあの時に、シノは俺に対して怒りをぶつけた。
『何故救いに行かないのか』と。
『大切な人なのだろう』と。
………『シノを救った俺ならば、アイラの事も救え』と。
シノは正しいから。正義の人だから。
傷ついている人を見たら放っておけない。強くて、真っ直ぐな人だから。
だがら、醜い俺に対して怒りをぶつけたんだ。
恩人であるアイラを見捨てるという選択をした俺が許せなかったのだろう。
……一方の俺はどうだ?
自分に自信が持てず、ふてくされ、シノに理不尽な怒りをぶつけたんだ。
シノが俺に謝ることなんてない。悪いのは全部俺だ。
それに最後には……シノを怖がらせてしまった。
シノは男性恐怖症だ。その事は知っている。
頑張って頑張って、ようやく俺にだけは恐怖を覚えないでいてくれたのに。
俺はシノに、醜い感情を投げつけ、心のままに喚き散らし、そして……怖がらせてしまった。
シノは俺の恩人なのに。
ーーー初めて会った日を思い出す。
森で一人倒れていた俺を、シノは助けてくれた。
意識が無かったと言っても俺は男性。恐怖の対象であったはずだ。
それなのにシノは俺を担いで、安全な場所まで運んでくれた。
ーーー俺はシノの事をなんにも知らない。その過去を聞けば、少しは疑問も晴れるのだろう。
シビラに対して抱いている疑問も、少しは解けて来るのだろう。
だが、俺は知っている。シノがとても……『キレイ』な人だと言うことを。
見た目はもちろん、彼女はその在り方がキレイなのだ。
だから……それでいい。彼女の過去なんて知らなくても構わない。
「シノ」
もう一度だけ、彼女の名前を呼ぶ。




