それだけはダメ
「ちょっとこっちにきて」
とても怒っている様子のシノに腕を掴まれたのは、アイルと二人でルミナの家に帰ってきたときだった。
隣にいるアイルには目もくれず、俺を玄関から連れ出そうとする。
アイルに目配せすると、彼女は小さく頷いた。
なので俺は、抵抗することなくシノに従う。
シノは俺の手を引いたまま黙って寝室へと移動した。
ここには初めて入る。ルミナの…女の子の家の、それも寝室だなんて、普通なら興奮したりするものなのだろうか。だが今は、並々ならぬ様子のシノが気になってしまう。
確認するまでもない。シノはとても怒っている。
理由は……きっと俺にあるのだろう。
この家を飛び出す前、汚い言葉をかけ、彼女を怯えさせてしまったのだから……。
「……私が悲しんでる」
そう言いながら振り返ったシノの顔は……シノのものでは無かった。
「とってもとっても悲しんでる」
………いや、今のは少し語弊がある。
可愛らしい目も、頬も、口も、桜色に輝く髪も、全てがシノのもので間違い。
だが、表情……雰囲気とでもいうのだろうか。それがシノのものでは無かった。
「……百歩譲って、『悲しい』ことは別に構わない。それですらも、あの子が持てなかった大切な感情なのだから。だけど今、私は自分を責めている」
そこでようやく理解する。目の前にいる彼女は、シノであってシノではない。つまり……
「お前……シビラか?」
シビラ・ハーゲン。シノと体を共有するもう一つの人格だ。
「自分を嫌いになっちゃうのだけは絶対にダメ。自分を軽く見てしまうのは絶対にダメ。そうしないとまたあんな事を……」
シビラは俺の質問に答えることもなく続ける。……シビラの言っている言葉の意味がよくわからない。
「シビラ、一体何を……」
「ねぇ、君。何があったのかは知らないけど。もっとちゃんとしてほしいな。……私に何かあったらーーー絶対に許さないから」
シビラの瞳には、"色"が無かった。広がるのは無限の暗闇だけ。姿形はシノなのに、何もかもが違いすぎる。
思わず、その迫力に気圧されてしまう。全身から汗が吹き出す。
「わかった?」
「……わかった」
シビラの言葉をすべて理解した訳ではない。だが、その"圧"に押され、思わず返事をしてしまう。それほどまでに……怖かった。
「よろ……しい。それじゃあ後はよろしく」
そういうと、いつの日かと同じように、シビラは意識を失ってしまう。
倒れそうになるシビラの体を、俺は慌てて支えベッドに寝かせてやる。
そして、しばらくすると……
「ん………?サク……ラ?」
今度は、間違いなくシノだった。




