中身の分からない箱
椿を轢いた運転手は、お酒を飲んでいたらしい。
葬儀の途中、運転手からかけられた謝罪の言葉は、上手く俺の中に入っては来なかった。
どんな言葉も言い訳に聞こえた。お金の話しもよく分からなかった。……椿が死んだという実感が、未だに無かった。
『息子を返せ』
父親は力の限り運転手を殴った。……死んだのが椿だから、こんなに怒るんだ。
『忘れないでほしい』
母親は涙ながらにそういった。
罰を受けてほしいとは思わない。ただ、貴方の軽率な行動で命を落とした人がいる事を忘れないでほしいと、そう言っていた。……死んだ椿のことを、両親は絶対に忘れないのだろう。
ーーーねぇ、父さん。死んだのが椿じゃなくて俺だったら?そんなふうに怒ってくれた?
ーーーねぇ、母さん。死んだのが俺でも、俺の事を覚えておいてくれる?
そんなどうでもいい事を考えていたせいで、葬儀中に俺が泣くことは無かった。
……ただ俺は分かっていなかったのかも知れない。馬鹿な俺は、椿が『死んだ』という事を正しく理解できなかったのだ。
だから泣かなかった。
どうして学校の人たちが来ているのか。このお経は誰の為に唱えられているのか。………目の前の棺には、一体誰が入っているのか。
俺の身長では、上から棺の中を確認する事はできない。あの中に本当に弟が入っているのかなんて分かりはしない。
それから俺は、誰が入っているのかも分からない棺に手を合わせた。
もとが人間だったのかも分からない骨を拾って壺に入れた。
………そうして家に帰った。
父親はすぐ眠りについた。全てを忘れるかのように、深い深い眠りに。
母親は椿のアルバムをめくった。その表情には、何もなかった。虚しさも、辛さも、悲しみさえも。……ただ無表情でページをめくり続けていた。
そして俺は、子供部屋の隅で一人で泣いていた。
寂しかった。一人では広すぎるこの部屋が。
そして何よりもムカついた。一人になって初めて、弟の為に涙を流せる自分に。
葬儀中は、ずっと下らない事を考えていた。最後の最後まで、ちっぽけな承認欲求と劣等感に駆られ、大好きなだった筈の弟の死ですら、素直に受け止めることが出来なかった。
俺達家族は、俺が中学に上がると同時に都会へと引っ越した。
この街には、椿が多すぎるから。
椿を失った悲しみも怒りも全部、都会の喧騒が忘れさせてくれることを祈った。
引越し先は、殆ど誰にも告げていない。親戚や、俺の担任の先生。それに、父親がお世話になった上司くらいだ。
椿が死んだあの日から、俺はミカちゃんともあっていない。そもそも、あの公園にすら行っていなかった。……いや、行けずにいたんだ。
✦✦✦✦✦✦✦
都会の中学に入ってから、俺は必死に『何か』を頑張り始めた。
夢や目標があった訳じゃない。頑張っている『何か』も、特に定まってはいなかった。
とりあえず勉強を頑張ってみた。これまでサボっていた分、かなり大変な思いをした。
とりあえずスポーツも頑張ってみた。あまり芽は出なかったけどがむしゃらに頑張った。
別に俺は、優秀だった弟の様になりたかった訳じゃない。椿の代わりになろうだなんて、これっぽっちも思っちゃいない。
ただ俺は……誰かに見てほしかった。お前が必要だと言われたかった。
椿を失った両親には、もう俺しか残されていない。そんな俺が頑張らなくてはいけない。必要だと言われるような存在で無くてはならない。
椿になんてなれなくてもいい。俺は俺のままで、椿の分まで頑張って行ければそれでいい。
そうすればきっと………みんな、俺の事を見てくれる。




