桜は咲き誇らない。
「必要……ない……?」
第四勇者から告げられたアイラの伝言。その内容は……
『助けは必要ない』
と言うものだった。
そしてその言葉は、この世界における俺のすべてを否定する物だった。
「助けは必要ないって……アイラがそういったのか……?」
馬鹿野郎、確認しようとするな。聞き間違いであって欲しいと願うな。……確認を重ねれば重ねるほど、目を背けられなくなるだろう。
「あぁ、そうだ」
だけど、俺は聞かずにはいられなかったんだ。
あの日俺を『必要』だと言ってくれた彼女が、今度は俺を『必要ない』と言っている。
俺が助けに行かなければ、確実な"死"が待っているというのに。
だから俺は聞き返したんだ。その言葉を受け入れられなかったから。
ーーーいや、受け入れたく無かったから。
「は…ははは。そうか……そうなんだな」
足がふらつく。ただ立っていることすら億劫に思える。
「それで……アイラの願いを聞いた今。それでも君は僕と闘うかい?」
第四勇者が鋭い視線を向けてくる。
彼の瞳は言っている。………『君の返答には人の命が掛かっている』……と。
ーーーなぁ第四勇者。お前だったらきっと言うんだろ?
『僕は勇者だ、勇者は誰かを救うためにいる』ってさ
すげぇよな。男らしくて、かっこよくて、本物のヒーローみたいでさ。
そう言えれば、どれだけ素敵なのだろう。
『助けは必要ない』と言った彼女の裏を読んで、救いに行くだけの度胸があって、願った結果を掴みとるだけの力があって。
そして……もちろん最後はハッピーエンド。
わかってる。知ってるんだ、それが一番いいって事くらい。
でも……俺には何もかもが足りない。
「俺は……俺はアイラを………」
大切な人を救いに行くだけの度胸も、願った結果を掴みとるだけの力もない。……俺はヒーローにはなれない。
俺はアイラをーーー救えない。
「俺はアイラを……助けに行かない」
俺を必要だと言ってくれたのはアイラだ。
俺に居場所をくれたのはアイラだ。
その彼女が『必要ない』と言ったのだ。ならば……それに従うべきだ。
………最もらしい理屈を並べたてた。だけど俺は、本当は怖いだけだ。
第四勇者に挑むのが……ではなく、アイラに会うのが。
『助けは必要ない』……この言葉は、きっと俺の為に言ってくれた言葉だ。そのくらいは分かる。
俺では第四勇者に一撃を加えることができないことも。
アイラが『助けてほしい』と願えば、俺は何を捨ててでも助けに行ってしまう事もわかった上での言葉なんだ。
俺が彼女を助けにいけば、間違いなく第四勇者に敗れ、命を落とすことになるだろう。だから彼女は……
………怖い。
俺には生きていて欲しいと願ってくれた彼女の想いを無視するのが。
……怖い。
彼女を救いたいとう俺のワガママだけを頼りに第四勇者に破れ、彼女の想いを踏みにじるのが。
………怖いんだ。
彼女の最後の願いを踏みにじった事によって、悲しい顔をされるのが、その視線を向けられるのが……。
だから俺は、アイラを救いに行かない。そんなことをしたって、誰も救われない。誰も喜ばない。
「君はそれで良いのか?……本当にそれで……」
正面に立っている第四勇者が、感情的な声を漏らす。
「それがアイラの望みなんだろ?……だったら、それが一番だ」
「……君の人生だ」
そう言うと、第四勇者は扉へと向かって歩き出した。
「『サクラは助けに来ない』……アイラにそう伝えておくよ」
その言葉に、ズキリと胸が痛む。
自分で救わないと言ったくせに、他人の口から聞くと、心がざわつく。
「………っ!」
爪が食い込む程に拳を握った。
あぁ、アイラは死んでしまうんだ。他でもない。俺のせいで。
彼女との日々が脳裏に浮かぶ。その笑顔を思い出すだけで、涙が流れてしまいそうになった。
瞼をギュッと閉じて、それを堪える。
泣いちゃだめだ。アイラにそう言われたじゃないか。
それにだ。自分が殺す人の為に流す涙なんて、とんでもない"偽善"だ。
ーーー俺が彼女を殺す。だから、彼女の為に泣いてはいけない。
そんな事を考えていたその時、誰かに胸ぐらを掴まれた。
目を開けると、そこにいたのは……
「…………そんな顔をするくらいならッ!」
激しい怒りを携えたシノだった。
「そんな顔をするくらいなら、『助けにいく』って言えばいいじゃないかッ!!!」
彼女は間違いなく激昂している。だがその双眸は……僅かに潤んでいた。
「大切な人なんだろ!?救いたい人なんだろ!?だったらどうして助けに行かないんだっ!!」
「…………俺に彼女は救えないよ。どうやったって第四勇者には勝てない」
まっすぐに俺を見つめるシノの瞳を、俺はまっすぐに見つめることが出来なかった。
シノは正しいから、正義の人だから。アイラを見殺しにする俺が許せないんだ。
だからこそ、実の妹であるアイルよりも先に、俺への怒りを顕にした。
「勝てる勝てないなんて関係ないだろ!サクラはいつも、『誰かを救おう』としてきたじゃ無いか!」
シノがぐいっと俺を引き寄せ、顔が付きそうな距離で叫ぶ。
「でも……誰も救えなかったじゃ無いか。そうだよ、俺には誰も救えないんだ……」
「そんなことない!サクラはボクを救ってくれたじゃないか!」
……俺がシノを救った?そんなことあっただろうか。
俺はいつも誰かに守られて……自分じゃ何もできなくて……。
「……俺がシノを救ったことなんてない」
「………っ。………救ってくれたじゃないか、初めてあった森でも、第三勇者との戦いの時も……」
……やめろ。そんな目で俺を見ないでくれ。
「だから、アイルのお姉ちゃんもサクラが助けてあげれば………」
「……俺には誰も救えないんだよッ!」
シノの手を振りほどき、俺は叫んだ。
「森でシノを救った?違うだろ、救ったのはアイルだ。アイルが来てくれなきゃ、俺達は騎士に捕まってた!……救ったなんてのとは真逆なんだよ、シノは俺を助けたせいで……そのせいで騎士に捕まりそうになったんだッ!」
そうだ、俺のせいだ。俺を匿ったりしたから、シノまで危なくなったんだ。
「第三勇者との時だってそうだろ!?スタークが助けてくれなかったら?第四勇者が助けに来てくれなかったら?……全員死んでただろうがッ!」
心のままに叫ぶ。一度吐き出した言葉は、一度吐き出した感情は止まらない。
「救うなんてのは真逆だ、アイラだって、俺のせいで死ぬんだッ!」
流れ出る激情は自我を曖昧にし、視野を狭める。だから俺は……自分が何をしてしまったか気がつくのに、数秒かかってしまったんだ。
我にかえって目の前を見ると……俺に怯えるシノがいた。
シノは男性恐怖症だ。俺にだけは、怯えずに接することが出来ると言っても、この距離で大声を上げればどうなってしまうか……考えるまでもなかった。
それなのに……。何をやっているんだ俺は。
「シノ、ごめん……怖がらせるつもりは……」
彼女に向かって手を伸ばす。すると……
「ひっ……」
更に怯えた様子で、シノは瞳を閉じた。
その姿はまるで……いや、まるっきり一緒じゃないか。
ビール腹の男に怯える、あの日のシノに……。
「………っ!」
目を伏せ、奥歯を噛みしめる。シノにあんな顔をさせた自分が、酷く恥ずかしかった。
「サクラ」
そんな声とともに、右肩を叩かれる。
条件反射でそちらの方を向くと……。
『ドカッ』
鈍い音とともに、頬に鋭い痛みが走り、俺は倒れ込んだ。
肩を叩いた人物……第四勇者に殴り飛ばれたのだと気がついた時には、すでに尻もちをついていた。
「……なにすんだよ」
痛む頬に手を当てながら、第四勇者を睨み上げる。
「青春っぽいだろ?」
右の手首を抑えながら、彼は答える。
いつもの冗談めかした口調。だが目は笑っていない。
それどころか、まるで下等な生物を見下すような視線だ。
……それがとても、腹立たしかった。
「喧嘩……売ってんのかよ」
見下しやがって。どうせお前には俺の気持ちなんて分からない。
「これは前売り券だよ。………買うと言うのなら、明日、闘技場で待っている」
「………だれが買うかよ」
俺はそう吐き捨てると、急いで立ち上がり、扉へと向かった。
……居心地が悪かった。とにかくこの場所から逃げ出したかった。
ドアノブに手をかけ……チラリとシノの方を向くと、彼女と目があった。
「…………」
何か言いたげなシノを無視し、ドアノブをひねった。
逃げるように部屋から出ていった俺を飛び止める者はいない。
シノも、第四勇者も、ルミナも。
そして……アイルさえも。




