我慢しすぎるから
「それじゃあ、気をつけてね」
コール家の玄関で、アイルの母親……アイリス・コールは、我が娘に愛おしげな視線を向けた。
俺がオスカーさんと話している間に、二人は和解できたようで、はじめに見せた険しい表情が嘘のようだ。
「すみません、俺がアイルを巻き込んでしまって……」
アイリスさんに視線を向ける。そういえば、この人とはあまり話せなかった。
「いいの。アイルが自分で決めたことだわ」
そう言ったアイリスさんは肩の荷が降りたような……いや、いっそ清々しささえ感じられた。
「アイル」
我が子に向けられる『母』の視線。力強く……そして優しい。
「………」
それに答えるように、アイルはジッと母を見た。
「貴方が選んだ道を、まっすぐに行きなさい。世界の為だとか、誰かの為だとかじゃなく、自分の道をしっかりとね」
そして、アイリスさんは俺を……いや、俺が下げているペンダントを一瞥する。
「アイルは昔から我慢しすぎるから………お姉ちゃんに遠慮なんかしたら駄目よ?」
「………うん!」
アイルは笑顔で答える。年相応の少女の笑顔で。
「娘をよろしくお願いします」
アイリスさんがこちらを見て深々と頭を下げる。
………俺はこの人に頭を下げられるような、大層な人間じゃない。
アイルを守るどころか、いつも誰かに守られている。
だけど俺は……
「わかりました。任せてください」
精一杯強がってみせた。
✦✦✦✦✦✦✦
「そういえばさ」
コール家からの帰路。呼びかけると、隣を歩くアイルの足が止まる。
「なんですか?」
「いや、大したことじゃ無いんだけどさ……どうして俺も一緒だったのかなって」
両親の顔が見たかった。それだけの理由であるなら、俺が一緒に行く必要はない。
それに、アイルとアイラが国に追われている原因は俺だ。両親がそんな俺を良く思っているとは、考えにくかっただろう。
それなのにアイルは『俺と一緒に行きたい場所がある』と言った。それが少し………疑問だった。
「自慢したかったのかも知れません」
「………自慢?」
『はい』と、アイルは頷く。
「『私とお姉様が救ったのは、こんなに素敵な人なんだよ』って」
そう言って見せたアイルの微笑みは、俺の頬を染めるのに十分な可愛らしさだった。
「そっか……」
俺は染まった頬に気付かれるのが恥ずかしくて、少しだけ俯いた。
「どうかしましたか」
「何でもないけど」
アイルが不審そうな顔でこちらをみる。
やめろ、近づくな。もっと照れてしまう。
「何でもないのならいいのですが………あ、そうだ」
そこでアイルは、何かを思い出したような仕草を取る。
「サクラくんはお父さんと何を話していたんですか?」
「え、あー………」
別に隠す必要も無いかもしれないが、俺は少しだけ答えに悩んだ。
俺とオスカーさんの会話を、果たしてアイルに聞かせていいのだろうか?
オスカーさんは俺に『魔女を守ってほしい』とお願いしてきた。
その理由も、意図も俺にはわからない。だが………
『魔女を守る』……それはきっと、アイルのこれまでと"矛盾"してしまう。
いや、アイルだけではない。
アイラも、第四勇者も、きっとルミナだって……魔女を倒す為に何かしらの犠牲を払ってきたはずだ。
今は………言えない。誰にも。
少なくとも、俺がこの目で真実を知るまで………
「何か………言いにくい話をしていたんですか?」
答えに窮していた俺を見て、アイルは怪訝そうな眼差しを向ける。
「あ、いや……そんなことはないんだけども……」
「むむ……、気になります」
アイルは頬をふくらませる。だから可愛いってば。
「うーん……」
このまま黙っていてもアイルの疑念を膨らませるだけだ。ここは適当な嘘をつくのがまるそうだ。
「話してもいいんだけど、アイルさんには難しい話だしなぁ……」
「む、なんですかそれ。なんでもいいから聞かせてください」
含みを持たせた言い方に、アルイはわかりやすく反応する。
「本当に聞くの?」
「もちろんです」
「実は………」
まるで隠されていた真実を暴くように、意味も無く真剣な表情で、重々しく口を開く。
「女性の好みの下着の色について話していた」
「…………は?」
『ピシッ』………アイルの頬に亀裂が走る、
「やっぱり黒だよな。だけどなアイル、白も捨てがたい………イヤっ!捨てちゃいけないんだよっ!」
「………本当にそんな話をしていたんですか?」
アイルの問いに、俺は力強く頷く。
「なんなら、アイルの下着の色を予想して……」
「もういい!もういいですからっ!」
アイルは頬を染め、自らのスカートを抑える。
「アイルが聞いたんじゃないか」
「……男の人ってそんな話しばかりなんですか?」
「まあ、そうなんじゃね?」
「サクラくんだけじゃ無いですか?」
「いやいや、みんなしてるって、おそらくきっとメイビー」
小さなため息をついて、呆れた様子でアイルは歩き出す。
……何とかごまかせたようだ。
本当の事を言うわけなはいかなかったからな。
「幻滅した?」
少しだけ先を歩いていたアイルの隣に並ぶが……彼女は反応しない。
「アイル?……おーい、アイルさーん?」
「…………」
ガン無視。本当の事を話さない為の嘘とはいえ、流石に品がなさすぎたろうか。
「………………です」
「ん?」
アイルが小声で何かをつぶやく。
「なんて?」
俺が聞き返すと、アイルは頬どころか、全身を真っ赤に染めて………
「今日は白です。その…………下着」
とんでもない告白をしてきた。
「お、おう」
俺はそれしか言えなかった。
そして、『タラリ』と鼻血を流したのであった。




