これから
〜アイルside〜
「「ふぁ〜〜〜」」
体を洗ってから浴槽に浸かると、思わず気の抜けたような声を出してしまった。
それは一緒に入っているシノも同じで、心なしか顔がとろけている。
浴槽はそこまで広くなかった。ルミナさんは独り暮らしだから、こんなものだろう。
だけど、シノの体はとても小さく、二人で湯船に浸かることは簡単だった。
「熱くありませんか?」
「ん、大丈夫だ」
私が尋ねると、シノは短く答えた。
シノは今、浴槽の中で、私の膝の上にちょこんと座っていた。
後ろから抱きしめるような形。少しだけお姉さんになった気分。
………昔はよくお姉様とお風呂に入っていた。
水を掛け合ったり、どちらが長く、水に顔をつけていられるか比べてみたり………。疲れを癒やすためのお風呂で、逆に疲れるような事ばかりしていた。
いつも、ついつい長風呂になってしまい……よくお母さんに怒られていたっけ。
…………とても、大切な記憶だ。
「アイル……」
「どうしたんですか?」
昔のことを思い出していたそんなとき、シノは正面を向いたまま私の名前を呼んだ。
「ボクは……騎士が嫌いだ。サクラに酷いことをしようとするから」
『酷いこと』………シノは言葉を濁した。
『殺す』……そんな言葉を使いたくない優しい少女。それがシノだ。
「第四勇者やスタークは『良いやつ』だって思う。だけど……」
「ルミナさん………ですか?」
「ん……」
シノは一度頷いたあと……ばつが悪そうに顔の半分をお湯につけ、ブクブクと泡を立ててみせた。
「信用できませんか?彼女のこと」
正直、最初は私も警戒していた。第四勇者さんの紹介………流石にそれだけでは、信用する為の材料が少なすぎる。
だけど今は、少なくとも『信用したい』とは思っている。
今現在、彼女とサクラくんを二人っきりにしているのがその証拠だ。
「悪いやつだとは思わない」
『だけど』と、シノは続ける。
「よく分からないんだ。本音で話して無いっていうか……。ボクたちに壁を作って、わざとふざけた態度を取っているような気がする」
正直、驚いた。シノも私と同じことを考えていたとは。
「『悪いやつだとは思わない』………なら、今はそれでいいじゃありませんか」
私の声に、シノは振り返る。
「私達はルミナさんのことを、ルミナさんは私達のことをまだ知りません。出会ったばかりなんですから、それは仕方のないことです。だから………これから知っていきましょう」
「これから………か。」
「私達三人だって、最初から『仲間』だったわけではないでしょう?」
「そう……だな」
シノは小さく、だが確かに頷いた。
✦✦✦✦✦✦
「ごめんね、結局手伝ってもらって」
「これくらい当たり前だって」
食器を全て洗い終わりテーブルにつくと、ルミナが二人分のお茶を入れてくれる。
「久しぶりだなぁ、僕の家に誰か来て、こうして話すのなんて」
ルミナは両手でカップを持ち、火傷しないようのちびちびと口をつけた。
「騎士ってさ、あんまり家に帰れなかったりするの?」
「うん、最近は忙しいよ。居るかもわからない魔女を倒すために………ね。あーあ、魔女がシーちゃんやアイるんみたいな美少女なら、どこにいても見つけてあげるのにな」
『まぁ、その時は倒さずにお持ち帰りするけどね…』と付け加え、ルミナは舌なめずりをする。
「『世界の為に』………騎士も大変だな」
出されたお茶に口をつける。………あらやだ美味しい。
「さっちんはさ………アイるんのこと、どう思ってるの?」
ルミナはカップを置き、いつもとは違う真剣な表情を作る。
俺をジッと見つめる双眸には、いつものふざけた様子はない。
『アイルをどう思っているのか』……この問いかけに俺はドキリとした。
女性として、恋愛的な観点で、アイルをどう思っているのか聞かれたのだと思ったからだ。
だが、ルミナの次の言葉で、それは間違いであると知らされる。
「アイるんは、召喚士様の妹なんだよね?」
なんだ……そういうことか。
俺は何となく気まずくなり、ルミナから視線を外した。
俺達の事情は、おそらく第四勇者から聞いたのだろう。そして俺が、無能な勇者として国から追われていることも……
「召喚士様たちのせいで、さっちんはひどい目にあったんだよね?………恨んだり、しないの?」
「俺は……」
「目を見て答えて」
ルミナにそう言われ、俺は伏せていた顔をあげる。
「あいつらを恨んだことはない」
俺ははっきりとそう答えた。
アイラには『私を恨んで』………そう言われた。だけど、そんなことできるわけないじゃないか
痛い思いも、悲しい思いも、悔しい思いもした。
だけど……元の世界には無かった『本物』が、ここにはある。
「アイるんたちがやったことはどう思ってるの?騎士である僕が言えたことじゃないかもしれないけど………才能がないってだけで、無関係な人をたくさん殺したんだよ」
それは、ずっと俺の中で……いや、俺達の中でとぐろを巻いていた問題だ。
存在できる"勇者"の数に限りがあるこの世界では、無能な者は排除し、非凡な"勇者"が現れるまで召喚を行う。……それがこの世界のルールであり、アイラたちの『罪』だ。
「あいつらのやってたことは……『悪いことだ』って思うよ」
「………それだけ?」
俺は無言で頷く。
「話を聞いた時はムカついたし、自分勝手だとも思ったよ。だけど、俺があいつらを咎めるのはきっと違うんだ」
アイラもアイルも………きっとリープだって苦しんでたんだ。
その罪は許されてはいけない。アイルだって、いつか罰を受けるだろうと言っていた。
だけど……俺が咎めるのは絶対に違う。
殺された人々の友人でも家族でもなければ、彼女らの覚悟をも知らない俺が、無責任に正義を振りかざしたとして、それでどうなる?
「………そっか」
ルミナはもう一度カップに口をつける。
そして……再び俺の目を見た。
「それじゃあ最後の質問ね。さっちんは………この世界が美しいとおもう?」
「え……?」
俺は思わず驚きの声を洩らした。質問の意味がわからない。
そんな俺の心情を読み取ったのか、ルミナは続ける。
「この世界は……ううん、この世界の人々は、きっと誰かを傷つける事でしか幸せになれないんだ。自分たちと違う者を忌み嫌って、恐怖して………だから傷つけて。そうやって傷つけた人を集めて、みんなで指をさして笑って………『俺はあいつらよりはマシだ』、『あぁはなりたくない』………。そうやってみんな幸せを感じるんだ」
そうか、ルミナは問うているんだ。
一応は、この世界を救う勇者として召喚された俺に。
犠牲を払ってまで、この世界を救う価値はあるのか
と。
「さっちんだって、見てきたんでしょ……?」
「…………っ」
そうだ。俺はグランツで見てきた。
人と違うと言うだけで傷をつけられた、『ベーゼ』の女の子を。
悪いことをしなくても石を投げられ。
その命を散らしてなお……『良かった』と言われた少女を。
「……みんながみんな、悪い奴らじゃない」
そう言うのが精一杯だった。
「世界の美しさなんてわからない。それに、俺は勇者じゃないから世界なんて救うつもりはない。ただ俺は、俺を包んでくれた優しさを守っていきたいんだ。もう、悲しい想いなんてしたくないから。………その為なら俺自身を犠牲にしたって構わない」
「………自己犠牲じゃ誰も救えないよ」
ルミナの瞳が鋭さを増した。
「そんなにかっこいいもんじゃないさ」
自己犠牲精神なんて持ち合わせていない。だけどきっと……無能な俺は、そうまでしないと何かを成すなんて出来やしないだろう。
「綺麗な花が咲くには、『土』が必要なんだよ」
ルミナは、どこか遠くをみながらそう言った。
「場所を奪って、栄養を奪って、そうやって綺麗な花が咲くの」
遠い未来を思っているのか、それとも過去を見つめているのか。俺にはよくわからない。
「だけど、そうまでして咲いた花も、いつかは枯れてしまう。………ねぇ、その時『土』は何を思えばいいの?………サクラが『土』なら、一体何を思うの?」
「……ルミナだったら、どう思うんだ?」
僕なら………そういって、ルミナは一度目を伏せた。
「花を憎むよ。そして………僕が花になれる場所を探す。奪われるだけなんて、きっと納得出来ないから」
「そっか……」
ルミナが花になれる場所で、彼女は『土』から何かを奪うのだろうか。………そんなことが彼女にできるのだろうか。
「…………」
すっかり冷めてしまってたお茶に口をつける。………ちょうど、その時だった。
「ルミナァァァァァ!!!」
シノの悲鳴………いや、怒声が聞こえてきたのは。
「なっ……」
俺は驚き、お風呂場へと続く扉を見た。
「おい、今のって……」
ルミナに向き直り、問いかける。
「ぐふふ。シーちゃんどうしたのかな?心配だねぇ………」
先程までの神妙な面持ちはどこへやら、ルミナはいやらしく口角を釣り上げた。
「おいお前、シノたちになんかしたろ」
「どうだろうねぇ〜。ささっ、さっちんも早く!」
ルミナは俺の手を引いて駆け出した。
そして、脱衣所の扉の前で足を止める。
そして、一度大きく深呼吸をすると、勢い良くドアを開け放った。
そこにいるのは、当然シノとアイル。だが……
「ルミナ!いったいボクたちの着替えをどこへ…………って、なんでサクラもくるんだ!?」
彼女たちは、服を着ていなかった。
薄いタオルで前を隠しているだけの状況だ。………まずいですよっ!
直視しちゃいけない。それはわかっているのに、まるで固定されたように視線が動かない。
タオルで隠しているだけだから、当然肌の露出がおおい。更にお風呂あがりだ。……お風呂あがりだ!
髪はしっとりと濡れていて、肌も赤みを帯びている。
エッチコンロ点火。
あ。
やべ、鼻血でてきた。
「サクラくん……。その、恥ずかしいです」
「ご……ごめん」
アイルが体をもじもじさせる。可愛すぎるっぴ!
「ボクたちの着替えは!?ここに置いていたはずだろ!!」
シノがルミナに向かって叫ぶ。
当のルミナは……恍惚とした表情だ。
「ごちそうさまでした。」
「食べたのか!?」
そんなルミナとシノの様子をみて、俺は小さく微笑んだ。
「サクラくん?」
「いや、何でもないよ」
嬉しかったのだ。先程まで重たい話をしていたルミナが、こうやってアイルたちと笑いあっているのが。
いつものふざけたルミナ。先程みた真剣なルミナ。どちらが彼女の素なのかはわからない。もしかしたら、こうして笑っているルミナのほうが、キャラを作っているのかもしれない。
だけど……この笑顔だけは本物だと信じたかった。
「なぁルミナ」
呼びかけると、シノとルミナがこちらを見た。
シノはタオルを片手で抑え、もう片方の手でルミナに攻撃を加えている。……あんまり動いたらタオルが落ちそうだ。
「どうしたのさっちん、良いものをありがとうって?」
「…………それはそれで感謝してる」
『えっへん』と、ルミナは胸を張った。
「って、そうじゃなくて」
俺は頭の後ろをかいた。
この雰囲気のなか、真面目な話をするのは少し恥ずかしい。
「誰かが『土』なら、俺は花を恨むかもしれない」
『なんの話だ?』『わかりません……』アイルとシノは首を傾げていた。
そんな中、ルミナだけが真剣な表情を作る。
「だけど……俺が『土』なら……綺麗な花だったなって思いたい。憎むでも、恨むでもなく……その美しさだけを眺めていたい」
「サクラは……それでいいの?幸せなの?」
『あぁ』と、小さく頷く。
「どんな花でも枯れてしまう。次に咲く花はもう違う花だ。………だけど、その花もきっと綺麗だって思うから」
人も国も、きっと世界だって。『奪う』のが一番早い繁栄の方法だ。
奪った方はそれでいい。幸せになれる。
だけど奪われた方は?
……奪われた方が『恨み』や『憎しみ』を持って……『繁栄』を望んでしまったら、きっと今度はほかの誰かから『奪う』。
だから、誰かが止めなくちゃいけないんだ。その悲しみの螺旋を。
「………それはきっと、とっても難しい事だよ」
ルミナは俺の瞳を見据えてそう言った。
「誰かの幸せは喜べない。人間はそう出来てるんだ。…………でも、サクラみたいに思えたなら、それはきっと素敵な事なんだろうな」
そう言ったルミナが俺に向けてくれた笑顔は……今までで、一番輝いていた。
「ごめんねシーちゃんにアイるん。すぐ着替え持ってくるから」
ドアに手をかけると……
「僕は……そうは出来なかったな………」
ルミナは小声で何かをつぶやき、着替えを取りに出ていった。
「もうちょっと遊ばれると思いましたが、意外でしたね」
「そうだな……って、サクラも早く出ていけ!」
そして俺は、シノに追い出されたのであった。




