スティグマ
「やぁ、おはよう」
「…………何なのお前、エスパーなの?伊藤さんなの?」
宿から出ると、お約束の様に第四勇者が立っていた。
「おはようございます」
「………ふん」
シノとアイルの反応までお約束。
昨日と違う点を挙げるとするのなら、彼の後ろに馬車が止まっていること。……王都へと向かう俺達のために、第四勇者が用意してくれたものだろう。
それと……もう一つ。第四勇者の隣に見知らぬ女性が立っていることだ。
歳は俺と同じ……いや、もしかしたら少し上かもしれない。
エメラルドの瞳、それと同じ色の髪をポニーテールにまとめている。
「ねー、隊長♪」
女性が第四勇者の肩を掴むと、彼は少しめんどくさそうな顔をした。俺がいつも第四勇者に向けるような視線だ。
「隊長が昨日言ってた好きな人ってどっち!?」
女性は目を輝かせる。
ハキハキとした喋り方に明るい声音。いわゆる元気っ子だ。
「右のちっちゃくてかわいい娘!?それとも左の一途そうな娘かな!?」
「真ん中の幸薄そうな男」
「………隊長って『そっち系』の人だったの?」
アイルやシノではなく、俺を指差した第四勇者に、女性は顔を引きつらせて距離を取った。
「……………知り合い?」
念の為、シノとアイルに確認を取るが、予想通り、二人とも首を振った。
第四勇者のことを隊長と呼んでいるからには、戒める者の、それも4番隊の隊員なのだろう。
「………」
改めて女性を見る。
なんというか……騎士らしくない。
言動もそうだが、もっと根本的な部分で。
彼女は……騎士の制服を着ていないのだ。
可愛らしい普通の私服を着ていて、手にはグローブをつけている。
……長袖長ズボンで手にはグローブ。日差しに弱かったりするのだろうか、顔と首以外の素肌が見えない。
騎士らしい部分といえば……背中にある弓矢と、腰に刺している短剣だ。
「……ん?」
短剣……と言うには少し長い気がする。
それにあの見た目。剣というよりは"刀"だ。
脇差し……と言うのだろうか。長さはたぶん4〜50センチくらい。
剣と魔法の異世界にしては、えらく和風な武器。よくよく見てみると、彼女が背負っている弓もまた、どこか日本風だった。
街の風景とは合わず、多少の違和感を覚えるが……なに、別におかしい事はない。
ここは異世界。どんな事があっても不思議ではない。
第一、彼女が所属しているであろう王国騎士団の隊長は全員が日本人だ。その中に、武器に詳しいやつがいたっておかしくはない。
「なぁ第四勇者。その人だれよ」
「あぁ、紹介もまだだったね。彼女は……」
第四勇者が俺の問に答えようとしたまさにその時。
『バッ』っと、女性が勢い良く第四勇者の前に飛び出した。
「よくぞ聞いてくれました!」
胸を張り、高らかに声を張り上げる。
「いい?言うよ、言っちゃうよ?世紀の瞬間、これで第一印象きまっちゃうよ!?………それでは聞いてください!」
女性は大きく息を吸う。
「僕の名前はルミナード・アルマ!みんなはルミナって呼んでるよ!!!」
『バサっ!』っと、近くにいた鳥が一斉に羽ばたいた。………ような気がした。
「彼女を君たちの旅に同行させようと思うんだ。騎士団や王都の事情に詳しい人物が必要だろうからね。…………人選に関しては、一番暇そうなやつを選んだ」
『ひどーい』と、女性………ルミナードが講義の声を上げた。
俺みたいなお尋ね者の為に隊員を回すなんて……いや、今更か。
しかし、第四勇者は一つ大きな間違いを犯した。
ルミナードがどんな人物であろうとも、これは明らかなる人選ミスだ。
「第四勇者………」
彼の肩を掴み、わざと悲痛な声を出してみせる。
「……?どうしたんだい?」
「駄目だ、駄目なんだよ第四勇者……。彼女とは一緒に行けない」
第四勇者は、頭の上にいくつものはてなマークを浮かべる。
「だって………。"ボクっ娘"はもうシノがいるんだ…………」
そう。これが彼女と一緒に行けない理由のすべてだ。
四人パーティのうち、"ボクっ娘"が二人。これがラノベなら怒られているだろう。
「なぁアイル。"ボクっ娘"ってなんだ?」
「私は聞いたことがありませんね」
シノとアイルの会話が聞こえてくる。……あの二人が"ボクっ娘"を知らないのは仕方がない。ここは異世界なのだ。
ボクっ娘……つまりは、一人称が『ボク』の女の子のことだ。
あ、ちなみに俺が好きなボクっ娘は、ぷ◯ぷよのア◯ルです。……いや、ロー◯ンメ◯デンの蒼◯石ちゃんも捨てがたい。
……俺がそんなことを考えていると、困惑した表情の第四勇者が口を開く。
「………なんだい、その……"ボクっ娘"っていうのは」
………ズドーン!
俺の頭の上に落雷。………こいつ、ボクっ娘を知らない?
いや、そんなはずはない。少しでもアニメを見たり、ネットサーフィンを嗜んでいたらすぐに入ってくる知識だ。
「あのさ……」
以前困惑したままの第四勇者に問いかける。
「………ごち○さって知ってます?」
「………知らない」
ごち○さを知らないだと……?
いや、そんな事があり得るのか?日本国憲法によって、視聴が義務付けられるアニメだぞ?
こいつは……同じ世界の人間というだけで、俺とは違う生き物なのかもしれない。
「すみませんなんでもないです。さぁ行きましょうルミナさん」
圧倒的なアウェー感。第四勇者は間違いなくリア充だ。消えてしまえ。
「ねぇ君!」
ルミナが第四勇者を押しのけ、俺の目の前に立つ。
「名前、教えてよ!」
そうか、こちらはまだ名乗っていなかったっけ。
「俺は双葉桜。よろしくな、ルミナ」
「うん!よろしくね、さっちん!」
そして、ルミナと握手を交わす。
って、………ん?『さっちん』?
「おい、さっちんって………」
俺が問いかけようとした瞬間、もう目の前にルミナはいなかった。
「ねーねー、君たちは?」
目を輝かせ、アイルたちの名前を聞いている。
「私はアイル。アイル・コールです」
「………………シノ」
アイルは丁寧に、シノは少しだけ面倒くさそうに答える。
「アイるんにシーちゃんね、よろしくぅ!!!」
ルミナは二人の手を強引に握り、ブンブンと振った。
「元気だな……」
「それが彼女の取り柄さ。素敵だろ?」
「ま、明るくはなりそうかな」
三人娘を見つめながら、第四勇者と他愛のない会話をする。
「そろそろ出発したほうがいいんじゃないかい?」
「それもそうだな。………アイル、シノ!そろそろ行くぞー」
ルミナに絡まれている二人に声をかける。
「はーい。それじゃあ行きましょうか、ルミナさん。……………ルミナさん?」
アイルが不審な顔でルミナを見る。
理由は単純。いつまで経っても、ルミナが二人の手を離さないからだ。
「うふ……うふふ。美少女の手、ぐふふ。すべすべなんですけど……」
遠目からでもわかる。ルミナは今ゲスい笑いをしている。
酔ったオヤジかこいつは。
そんな様子を見かねたのか、第四勇者が呆れたような声を出す。
「ふぅ……。御者も待たせているし、何より二人が嫌がっているだろう。そろそろ手を離してあげなさい。…………ルミナード」
「…………」
その瞬間、ルミナの動きが……いや、時間が止まった。
『みんなはルミナってよんでるよ!』……先程の彼女の自己紹介を思い出す。高らかに、そしてドヤ顔で行っていた自己紹介を。
指摘は……しないでおこう。うん、そういう日もあるさ。
そして………そんな考えは、純粋無垢なシノさんには無いわけで。
「『ルミナ』って呼んでないじゃないか」
おいバカ、そっとしておいてやれ。そう心の中でつぶやく。
「………?どうしたんだ?」
微妙な表情のアイルに気が付き、シノは小首をかしげる。
当のルミナ本人は……
急に、二人の手を離し、再び第四勇者の隣にまで移動した。
そして……
「ぼ、僕の名前はルミナード・アルマ!みんなはルミナって呼んでるよっ!!!」
頬に汗を垂らしながらもう一度そう叫んだ。
時を……飛ばしやがった。スタンド能力者かこいつは。
「じゃ、じゃあそろそろ行こうか!ほら、さっちんも早く!」
「お……おう?」
困惑する俺の手を引き、無理やり馬車に押し込む。
「アイるんとシーちゃんも!」
ルミナに急かされ、二人も第四勇者に短く挨拶をして乗り込む。
「出発してよろしいんですか?」
「はい!なるはやで!」
ルミナの了解を得ると、馬車はゆっくりと進み始めた。
「サクラ!」
声に振り向くと、小さくなっている第四勇者が手を振っていた。
「またすぐに会える。それまで、しっかりやりなよ」
「おう」
俺の声は第四勇者には届かなかったかも知れない。だから小さく、右手を上げた。
振り向いて確かめたわけじゃない。だけど。
『ふっ、サクラらしいね』
そう、第四勇者が薄く笑ったような気がした。
「………」
隣に座るルミナを見る。
彼女は今も、アイルとシノにちょっかいを出していた。
………なんというか、大丈夫そう。すぐに仲良くなれるだろう。
一瞬、助けを求めるようなアイルの顔が見えた気がするが……そんなものは気にも止めず、流れていく町並みを見る。
見覚えのある場所。あまり記憶にない場所。様々な景色が流れていく。
思い出を語るには、この街にいた時間はあまりにも少ない。
景色も、人もまだまだ新鮮に見える。
だけど……
感傷に浸るには十分すぎる出来事が起こった。
ベーゼに対する世界の理不尽を知った。
大切な人を守れない自分の無力を知った。
俺はもう……何も無くしたくない。今この手にあるもの全てを大切に守っていきたい。
俺には『力』が無い。
そんなことはわかっている。努力でどうこうできるとも思わない。
だけど。………それでも。
「……………」
"栄光の街グランツ"………この街で刻まれた記憶を、穿たれた傷を、俺達は一生忘れないのだろう。いや、忘れれるわけがない。
だけど……進もう。
悲しい記憶に潰されるのではなく、引きずってでも進んでいこう。
忘れることで乗り越えるのではなく、抱えたまま進んでいこう。みんなで。
「なぁ、ルミナ」
「どったのさっちん」
名前を呼ぶと、ルミナが美少女二人へのちょっかいを一旦やめる
「いや、なんでもないよ」
「………………」
本当は何でもなく無い。
早くルミナも大切な仲間に、俺にとっての『かけがえの無い人』になってほしい。
そしてルミナにとっての俺も、そんな存在になりたいと……そう思っていた。
だけど、ルミナみたいな可愛い娘の前で、そんな事を言うのは恥ずかしいじゃあありませんか。
「…………ふふっ」
それまで俺の瞳をジッと見ていたルミナが小さく笑った。
「僕も、早くみんなの『かけがえの無い人』になりたいな」
急に真面目な顔で、少しだけ頬を赤くしながらルミナはつぶやいた。
「あれ、今声に出てた?」
「顔に書いてたよ」
「え、俺ってそんなにわかりやすい?」
アイルに訪ねてみる。
「そんな事は無いと思いますが……」
アイルは記憶を辿りながら答える。
「ルミナさんの感は良く当たるのです!」
得意げに胸を張るルミナが、幼い少女のように見えた。
「ガキっぽい……」
シノはため息まじりに呟く。『面倒くさい相手が増えた』……シノの顔にはそう書いてあった。……あ、俺もわかった。
「あー!シーちゃん今面倒くさいやつって思ったでしょー!?」
「お、思ってない」
「うそだー!わかるんだかんねー!!」
「うっ……」
そんな二人の様子を見て、俺とアイルは小さく笑いあった。




