約束の日
チュン、チュンチュン………
小鳥のさえずりが聞こえる。
「ん……ん?」
その音と朝日の眩しさに、俺は目をさました。
「もう朝か……」
上半身を起こし、布団をまくる。すると………
「………?」
隣に誰かいる。昨日は一人で寝たんじゃ……あれ?
寝起きのせいか、記憶の整理がつかなかった。
「………んっ」
布団をまくられ、瞼に光を浴びた少女……アイルは小さく身じろぎをした。
そして、段々と瞳が開いていく。
「ん………ん?」
アイルは、細めた目でしばらく俺を観察する。
そして、ようやく視界と意識がはっきりしたのだろう。
「さ、サクラくん!?」
彼女は、自分と俺が同じベッドで寝ていたことに、ようやく気がついた。
「な……っ!まさか寝込みを……?」
アイルは俺から布団を奪い取ると、その布団で体を隠すようにして、部屋の隅へと移動した。
「いや、寝込みもなにもさ……もう朝じゃん」
俺は窓を指差し、冷静に指摘する。
このときになると、すでに昨日何があってアイルのベッドで寝ていたのかを思い出していた。
そうだ、シノ………いや、シビラがもう一つのベッドを使ってしまったから、仕方なくアイルの方にお邪魔しちゃったんだ。
だが、そんな経緯をアイルが知る由もなく……
「いえ、そんなのは関係ありません。……きっとお姉様の事を考えるあまり、ついに同じ顔なら誰でもいいやという気持ちで……」
妄想の世界への大冒険を始めていた。
「ちょっとまて、帰ってこい。誤解を一つ一つ解いていこう」
俺は両手を前に出し、待ったをかける。
一度一緒に寝たから問題ない。というのは流石に安直だったか。
そもそも、意識のない女性のベッドに潜り込んだのが良くない。サクラ反省。めっちゃ反省。
「誤解もなにも、意識のない女性のベッドに入り込んだという事実はたしかです!」
うぐ……。すみません、そのとおりです。
「それは…ごめんなさい。でも!ちゃんと事情が………」
アイルに弁解しようとした……丁度その時だった。
「ふぁ〜……」
眠たげなあくびが聞こえてきたのは。
「朝から何を騒いで………なんでサクラとアイルが同じベッドにいるんだ?」
その声は、その口調は、間違いなくシノのものだった。
「シノ………なのか?」
俺は思わず問いかけてしまう。
するとシノは、不機嫌そうな目を向けてきた。
「当たり前だ。変な質問をして誤魔化すな」
いつもと変わらぬその態度に、昨日出会った彼女のもう一つの人格……シビラは、俺の夢だったのではないかと一瞬思ったが……あれが夢だとするのなら、アイルのベッドで寝ていたことの説明がつかない。
「なぁアイル、ボクがサクラと寝たら怒ったよな?」
シノの咎めるような視線が、今度はアイルに向く。
「それは…その…」
アイルは曖昧にはぐらかすが……
「怒・っ・た・よ・な?」
シノは逃さない、言葉を一つ一つ区切る。
「……すみませんでした」
アイルがシノに頭を下げる。いつの間にか正座だ。
うん……。本当にごめんなさい、アイルは何も悪くないんです。
「ふんっ」
シノは腕を組んで、そっぽを向いてしまった。
怒っているというよりは……少し拗ねてる?いやいや、拗ねる理由なんて無いか。
「ずるいぞ、ボクだけ仲間はずれなんて……」
シノは誰に言うでもなくつぶやいた。あれ、もしかして本当に拗ねてる?
そんなシノの様子を見て、昨日のシビラのセリフを思い出す
『きっと私は私が好きなんだね』
あの子とは…目の前にいるシノの事だ。くそ、変に意識してしまう。
「ほら、ニーナとの約束もあるんだし、とっとといくぞ」
俺は赤くなった頬を隠すようにシノから目をそらした。
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「そういえばさ、ここんとこアイルがずっと言ってた用事ってなんだったの?」
広場へと向かう道すがら、なんとなくアイルに訪ねてみる。
「あぁ、あれですか。サクラくんに修行をつけてあげようと思ってたんですよ」
アイルは目を閉じて、ピッと、人差し指を空に向けた。
「あぁ、修行か……」
「あれ、あんまり乗り気じゃありませんか?」
アイルは俺の、低いトーンの声に反応する。
「乗り気じゃないっていうか、昨日フィーアにしごかれた」
そう言って俺は、アイルに向かって自分の肘を突き出した。昨日、フィーアと修行をした際に怪我をした場所だ。
……俺がフィーアの名前を出すと、シノの肩がピクンと跳ねた。
「いつあいつと会ったんだ」
言葉に少し棘がある気がする。
「シノたちが寝たあとだよ、あいつから会いに来たんだ」
シノの質問に完結に答える。
「ふーん……」
腕を組み、明らかに不機嫌そうな息を吐くシノ。
「どうしたんだ?」
「ボクはあいつが苦手だ。何を考えてるかわからないし、いい子ぶってる感じがする」
何を考えているのかわからない……確かにその通りだ。魔女を殺すと言った言葉に嘘はないように見えるし、それが彼の目的であるのは間違いないのだろうが、それ以外は謎に包まれている。最初に俺を見逃した理由もハッキリしていないし。
「同感。俺もあいつ嫌い」
「ま、まあいいじゃないですか!兎にも角にも、彼がサクラくんの修行を見てくれたのなら、わざわざ私が出張る必要もありませんね」
フィーア嫌い組に向かって、アイルはわざとらしく明るい声を出した。
「で、どうだったんですか?成果は」
アイルの質問を受けて、俺は右手を開いたり閉じたりさせた。
「うーん、どうなんだろう。あいつには上出来って言われたけど、自分じゃわかんねぇや」
「それもそうですね、やっぱり一度、私も見ておいた方が……」
アイルが顎に手を当てて、何かを思案している間に、俺とアイルの隣を小さな影が通り過ぎていった。
「おい、どうしたんだよシノ。急に早歩きになって」
小さな影……シノに向かって声を上げると、彼女は振り向かないまま答える。
「急がないと、ニーナを待たせちゃうだろ」
「ふふっ……」
その声を聞いたアイルは微笑み、シノと足並みを揃えて歩き始めた。
俺も急いで隣に並ぶ。
「シノはニーナちゃんが大好きなんですね」
「うるさい」
ニヤニヤしたアイルを、仏頂面のシノが一蹴する。
「ほらほら、素直になっちゃってください。うりうり、大好きなんでしょう?」
アイルがシノのほっぺをつつく。シノのほっぺはとても柔らかそうだった。
シノはアイルの手を不機嫌に振り払う。
そして、頬を赤らめながらうつむいてしまった。
「仕方ないじゃないか……初めての友達なんだから」
そんなシノを見て、今度は俺がニヤついてしまう。
「…………」
ニヤついた俺を、ジト目で見つめるアイル。
「小さな女の子を見つめてニヤけるサクラくん、変態さんみたいですね」
「や、やかましい」
今度は俺が照れ隠しをする番だった。シノと違って全くかわいらしくない。
「………まあ私も、シノの気持ちはよく分かります。ニーナちゃん、良い子ですもんね。家族想いのとても素敵な子です」
そう言ってアイルは胸に手を当てる。もしかしたら、大好きな姉のことを考えているのかもしれない。
「彼女たちが信じる神様なら、私も信じてみようかなと思います」
……ニーナは一日で、俺達にとってとても大切な存在になった。
シノには大切な友達。アイルは神を信じてみようとまで言っている。
そして俺には……とても眩しく見えた。
家族の愛を知らない俺にとって、彼女が家族に向ける無償の愛は、とても眩しく。
早く、ニーナにあいたい。自分にはないあの輝きを近くで見たい。
……もうそろそろで昨日の広場につく。目的地が近づくにつれて、段々と俺達の足は早く動いた。
そして……目的地についた。昨日4人で座ったベンチのもとまで行き、あたりを見回して見るが………いない。
「あれ、いないな」
「時間の約束はしていませんでしたからね」
冷静にアイルは指摘する。
「あぁ、そっか。それならゆっくりまとうか」
そう言って俺はベンチに腰掛け、アイルも俺に続く。
シノだけは、未だそわそわした様子であたりを伺っていた。
そんなシノの様子に、俺とアイルが再び微笑みかけたときだった。
知らない男女が俺達に向かって歩いてきたのは。
「アイル、知り合いか?」
眉を細めて、小声でアイルに確認する。
「いえ」
アイルは短く答えた。彼女は近づいてくる男女を油断なく観察している。
騎士には見えないが……俺の命を狙ってやってきた可能性は十分にある。
彼らがあと数メートルの位置まで近づいてきたときに、アイルと俺は立ち上がった。そしてアイルが、彼らを静止させる意味も込めて、言葉を放つ。
「私達に何か用ですか?」
アイルの攻撃的な視線を受けてか、彼らはその歩みを止めた。
……アイルには悪いのだが、俺はこのときすでに、彼らには敵意が無いと判断していた。
彼らの体からほとんど魔力が出ていなかったからだ。まったく身構えている様子がない。
「少し、話を聞かせてほしいんだ」
男性の方が口を開く。
心に余裕ができた俺は、二人をじっくりと観察する。
二人の年は……三十半ばくらい?子供がいたとしたら、丁度ニーナと同じくらいなのでは無いだろうか。
まず男性の方を見る。白髪が多い。苦労しているのだろう。服や靴も、高価そうには見えない。
女性の方は………あれ?目にうっすらと涙の跡?
「話って、なんでしょうか?」
未だに彼らを警戒しているアイル。
「私達の娘が昨日、家を出ていったきり帰ってこないんだ。最近は誘拐事件も発生しているらしいし、心配でね。……どこかで見ていたりしないかな?」
「……特徴を教えてもらえますか」
アイルと彼らの会話を聞いて、嫌なことを考えてしまう。起こってほしくない、最悪のこと。
「このあたりでよく遊んでいた子でね。身長はこれぐらい」
そう言って男性はシノより少し低いあたりに手をおいた。
………嫌な汗が増える。
「髪は浅葱色で、大きなリボンをつけているね。そして名前は………」
シノも俺と同じことを考えてしまったのだろうか。その表情はひきつっている。
「ニーナっていうんだ」




