夜の来訪者。
「………っ!」
嫌な寒気を覚え、ベッドから飛び起きる。
たしか俺は……ニーナと遊んだあと、そのまま宿に戻り、眠りについたはずだ。
外はまだ暗く、隣のベッドではシノとアイルが寝息を立てていた。
俺は…二人を起こさないように、音を殺して部屋を出ると……そのまま夜の街に繰り出した。
一人で外に出るなんて、命を狙われている自覚がないのかもしれない。
アイルとシノにバレたら怒られそうだなぁ。
慣れない夜の街を歩いていく。慣れていないのに、迷う事なく歩くことができた。
そして……ついに目的地にたどり着く。奇しくもそこは、昼間にニーナと遊んだ広場だった。
広場を見回してみると、予想通りの人物がいた。
「やっばり……。暇人かよお前」
その人物とは………
「やぁサクラ。最近は良く眠れているかい?」
第四勇者だ。
「お前のせいで絶賛寝不足中だよコノヤロウ」
後ろ頭をガシガシとかく。
「つか、なんの用だよ。こんな時間に呼び出したりして」
……眠っていた俺が寒気とともに目を覚したのは、フィーアの膨大な魔力を感じたからだ。そして、迷わずここに来れたのも、単純に彼の魔力を目指して歩いてきたから。
「サクラに会いたかったっていうのは理由にならないかい?」
「却下で」
「辛辣だなぁ」
こいついつも同じこといってんなぁ……
「んで、なんの用事?」
眠たいからか、俺の口調は少し荒い。
「サクラに会いに来たってのは本当だよ。………どうだい?この街は」
「どうって言われてもなぁ。観光に来たわけじゃないし……」
「それもそうか」
そう言ってフィーアは少しだけ笑った。
「あ、でも……」
ある事を思い出した俺は、顎に手を当てる。
「物騒な話は聞いたな。少女誘拐事件がどうこうって………」
少誘拐事件。その単語を聞いたフィーアは、顔を険しくさせる。
「知っているなら話は早い。あの事件は何かおかしい、十分に気をつけてほしい」
「………おかしい?」
俺は眉をひそめた。俺が聞いたのは、この街グランツでち小さな女の子が誘拐されているということだけだ。詳しい話を聞いたわけじゃない。
「僕が聞いた話によると、最初の被害者が出たのは……二月ほど前のようだ」
『そして……』と、フィーアは呼吸を整えてから続けた。
「時期がちょうど被るんだよ、彼がこの街に来た時期とね」
「…………彼って誰だよ。勿体つけんな」
「第三勇者だよ」
フィーアはその目を細める。いつもの戯けた様子など、微塵もない。
というか、まて。こいつ何がいいたい?
ドライが来たときと同時期に誘拐事件が始まったということは………
「誘拐事件の犯人が……勇者だっていうのか?」
それは、大問題だ。世界を救う勇者が、犯罪を犯すだなんて。
そうでなくても、グランツはギルドの街。騎士団所属の勇者がそんな事件を起こしたとなれば……どうなるか想像するのは簡単だ。
「そこまでは言わないが……。なぜ犯人は、わざわざ勇者がいる街で犯罪を犯す?捕まえてくださいと言うようなものだよ」
あ、それもそうだ。リスクが大きすぎる。
「この街でなくちゃいけない理由があるってわけか………。」
「あぁ、おそらくね」
フィーアは俺に同意したあと、顎に手を当てて、思案するように遠くを見ながらつぶやいた。
「だが……なぜ犯人は捕まらない?この街には勇者だけでなく、栄光の王もいるって言うのに……やはり、何かがおかしい」
そうか、犯人はこの街で、二ヶ月も逃げきっているんだ。
………あんなムンチャイがいる街で。
「まあ、とにかく気をつけてくれ。特に……シノちゃんは可愛いからね」
フィーアは俺に顔を向ける。
シノが可愛い?なかなかわかっとるやんけ。
「じゃあ、本題と行こう」
「本題?俺に忠告に来たってわけじゃ……」
俺が言い終わる前に……すでにフィーアは動いていた。
俺に向かって一気に距離を詰めてくる。そして………
いきなり、俺の顔めがけて、右拳を突き出して来た。
「……っ!あぶね……!」
すんでのところで、俺は左に避ける。その場にとどまっていたら、間違いなく強烈なのをもらっていた。
「へぇ、上手く躱すもんだね」
フィーアは感心した声を上げる。
あいつ、一体なんのつもりだ。
「急に何してんだよ。俺の顔がかっこいいからって、ジェラシーか?」
本当に、ギリギリだった。フィーアの魔力が右手に集まっていなければ………動きの予兆が見えていなければ……避けることはできなかっただろう。
「面白い冗談だね。………なに、サクラに修行をつけてあげようと思ってね」
「………修行をつけるのと、いきなり顔を殴ろうとするのはイコールになるのか?」
「いや………どのくらいなら避けられるのかなーって、確認も兼ねてね」
「………避けられなかったらどうなってた?」
「…………」
「だまんなよ!」
おい、こいつ本当に勇者ですか?サイコパス疑惑ありますよ?
「まあいいじゃないか。気を取り直して修行といこう」
そう言ってフィーアは、両手を『パン!』と鳴らした。
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「はぁ……」
フィーアにみっちりしごかれたあと、俺は帰路についていた。
修行の成果は……まあ、機会があればということで。
暗がりの中、薄っすらと宿を視界に捉えたところで……
「あれ?」
宿の前で、一人夜空を見上げる少女がいることに気がつく。その少女は、美しい桜色の髪をしていた。
「シノ?こんなところで何してるんだ?」
「…………」
俺の声は届くはずの距離だったのに、シノからの反応はない。
「シーノー?」
隣に立ち、覗き込むようにして名前を呼ぶ。
そこでようやく、シノはこちらに気がついたようだ。
「シ……ノ……?私のこと?」
シノは首を傾げる。こうして正面から顔を合わせて初めて気がついたが………いつもと様子が違う。何が違うって、雰囲気?まとっている空気?なんかそんな感じ。
「私のことって、シノはシノだろ?」
「………君が名付けてくれたの?」
「………?そうだけど」
……シノは寝ぼけているのだろうか。夜も遅い時間だ、数時間後には朝日も登る。
「シノ………シノ………。うん、暖かい感じがするね。………私もきっと気に入ってるよ」
………姿形は全く一緒なのに、やはりシノとは違う感じがする。言葉の一つ一つ、話し方の一つ一つに違和感を覚えてしまう。
「………君は、誰だ?」
「誰って、シノでしょ?」
「シノは自分の事を、私とは呼ばない」
「ふーん……」
シノは唇に手を当てて、妖艶に笑った。やはり、普段からは考えられない表情。
「もしかして……」
そこで俺は一つの可能性に思い当たり、その可能性を提示することにした。
「DID………か?」
「でぃーあいでぃー?」
シノは首を傾げる。そうか、ここは違う世界だ。
「DID……つまりは多重人格。耐え難い現実に直面したとき、人は別の人格を作り、それに耐えようとすることがあるらしい」
別に、俺も詳しいわけではないが……日本でテレビでも見ていたら、多重人格という病気があることくらいは知ることになるだろう。
「君は、シノが作り出したもう一つの人格じゃないのか?」
「んー、じゃあそれでいいよ」
「………適当だな」
「私達の関係を、君に上手く説明できそうにないからね。………私が表に出ることも、めったに無いと思う」
「そうか……」
少し、悲しかった。俺はシノの事を何も知らない。
「ふふふ」
俺が顔を伏せていると、急にシノは笑った。
「……?」
俺が不審な目を向けると、シノは言葉を綴る。
「可笑しいな。初めてなのに、君と話すとドキドキするよ」
シノは胸を抑える。
「きっと私は君が好きなんだね」
少しはにかんでシノは……いや、彼女は笑った。
あの子………つまりシノが俺を好きって?え、恋愛的な意味で?お兄さん期待しちゃうよ?
いやいや、そんなわけ無い。名付け親だからとか、きっとそんなんだ。
「君の……名前は?」
照れているのを隠すように、俺は彼女に問いかける。
「私?べつにシノでいいよ?」
「いやいや、そういうわけにもいかんでしょ。別の人格なら、ちゃんと区別しないと」
彼女は『そうかなぁ』っとつぶやく。そして……
「君が望むなら教えるよ。隠す必要もないしね。………私の名前はシビラ・ハーゲン。以後、お見知りおきを」
そう言って彼女………シビラはスカートを両手でつまみ上げ、礼儀正しく挨拶をしてきた。
うーん、シノと同じ顔でそんなことされると違和感がすごい。
………きっと彼女は、男性恐怖症である、主人格のシノが、現実から逃げるために生み出したもう一つの人格なのだろう。
今、シノの精神状態は安定して見えるから、シビラはたまにしか出てこないのかもしれない。
「これからよろしくな、シビラ。っても、あんまり会うこともないのかな?」
「そうだね。私が出てくることはあんまりないかな。それよりも、今日はなにか……とてもつかれるようなことをしたの?」
「つかれることか……。んー、いっぱい遊んだな。走ったり隠れたり、それはもう壮絶だった」
俺の声を聞いたシビラはその表情を驚きに染めた。
「遊んだの?私が?」
とても信じられないという様子のシビラ。
「あぁ、そりゃあまあ大はしゃぎだったよ。でも、シノくらいの年なら普通だろ?」
「ふふっ、そう。それが当たり前だよね」
シビラは、心から嬉しそうに笑った。そして……独り言のように何かをつぶやく。
「良かったな………普通の女の子になれたんだ……」
その声は俺に向けられたものでは無かった。だから……聞き返すようなこともしなかった。
「もうそろそろ、いい子は寝る時間だよね」
シビラはドアに手をかける。
「そんな時間はとっくに過ぎてるよ」
「うふふ、そうだよね」
シビラは笑いながらドアを潜り、俺達の部屋に向かうため、階段を登り始めた。窓から差し込む月明かりによって、彼女の髪が美しく輝いた。
俺は黙って彼女のあとを追う。
部屋のドアに手をかけたところで、彼女は不意に立ち止まり、振り向いてきた。
「私のことは、私に言わないでね」
シビラは人差し指を立てて、唇に当てる。
「あぁ、わかったよ」
「よろしい」
シビラはドアを開け、部屋に入っていくと……空いてあるベッドに入り、すぐさま規則正しい寝息を立て始めた。
早すぎる。眠るまでの時間が。
「……シビラ?」
同じ部屋にいるアイルを起こさないように小声で話しかけるが………返事はない。
困った、シビラは空いているベッドで眠りについた。もう一つのベッドはアイルが使っていて、この部屋にはその2つしかない。
床で寝ることも考えたが………ニーナとの遊び、フィーアとの修行で疲れている俺は、どうしてもベッドで眠りたかった。
「仕方ない………」
そう言って俺は、アイルが眠る方のベッドに近づく。
「失礼しますよっと」
アイルはもともとシノと寝ていたわけだから……一人分の隙間がすでにできている。
俺はそこに体を滑らせた。少し窮屈だが……床よりマシだ。
女の子と同じベッド………まあ大丈夫。アイルとは一度一緒に寝たし。問題ない。
うん、問題ない。変に意識しなければ良いだけだ。
問題………ないのかな?
……そんなことを考えている間に、俺の意識は闇へと落ちていった。




