兄の教え
俺たち三人は、グランツの街を歩いていた。アイルの用事とやらを済ませるためだ。
俺はまだ用事とやらの詳細を聞かされていなかったので、黙ってアイルについていく。
そして、しばらく歩いていると………広場のような場所についた。
アイルが足を止めないところを見ると、ここが目的地では無いのだろう。
その広場では、多くの子供が遊んでいた。
笑い声や泣き声………様々な声が聞こえてくる。
良きかな、良ききかな。子供は元気が一番。
「ん?………あれ?」
だが、そんな喧騒の中、一箇所だけ、切り取ったように静かな場所があるのを見つける。
そして、その場所の中心には……一人の女の子がいた。
誰と話すでもなく、一人で備え付けのベンチに腰掛け、うつむいている。浅葱色の髪をした、大きなリボンが特徴の少女だ。
そして俺は、その少女を見るのが初めてではなかった。
その少女は…………ベーゼと忌み嫌われ、世界から理不尽を押し付けられる少女…………ニーナだった。
俺は進路を変更し、ベンチに座っているニーナに向かって歩き出した。
シノとアイルが立ち止まり、顔を見合わせて怪訝な表情を浮かべる。
そして、ニーナのすぐそばまでついた俺は、彼女の横にドカリと腰を下ろした。
「やあ、お嬢様。お一人で何をしているのかな?」
俺は、努めて明るい声で挨拶をした。今だけ俺は、パリジャンだ。
だが……ニーナから返事はない。
「おっと、俺の名前は桜。さすらいの旅人さ」
よくよく考えたらパリジャンってなんだろ、紳士だったらなんでもいいのかな。それにしても、さすらいの旅人は流石に間違えた気がする。
「き…………」
そこで、初めてニーナが返事をした。
「き?」
「きゃあーーーー」
わりと棒読みの悲鳴だった。まるで、『そうしろと言われたからとりあえずしました』みたいな感じ。
「え、ちょっと急にどうしたんですか?」
思わず敬語で問いかけると、ニーナはこちらを見た。
その瞳の色は………綺麗な緑色だった。なるほど、これが彼女本来の色か。
「んっとね、おにーちゃんが、知らないひとにはなしかけられたら、悲鳴を上げなさいっていってたの!」
ニーナは、年相応の元気な声を出す。
「誘拐に気をつけろってことか…………それで、お兄ちゃんはどこに?」
「おにーちゃんはねぇ………今お仕事してるの!」
「仕事?」
まだ幼いのに仕事か……お金に困ってる様子だったしなぁ
「うん!今は王都にいて、しばらく戻ってこないんだけどね………。ちょっと寂しいけどニーナはいい子で待ってるの」
妹のために、王都まで行って出稼ぎ。素敵な兄ちゃんだ。
「そっか」
こいつの兄貴は、いま頑張ってんだな。
そこまで話したところで、遠くから様子を伺っていたアイルがこちらに近づいてくる。
「こんにちは、私はアイルです」
アイルは、俺には向けたことのない、素敵な笑顔でニーナに語りかける。
「わわっ、キレイなおねーさん!?私の名前はニーナです!」
そう言ってニーナは、ペコリとお辞儀をした。
「これからよろしくね、ニーナちゃん。ニーナちゃんはこんなところで何をしていたの?」
「んっとねー、ニーナ、みんなを見てたの!楽しそうに遊んでるみんなを!」
「………ニーナちゃんは一緒に遊ばないの?」
「だめだよ。ニーナ、普通じゃ無いもん」
ニーナは少しも悲しそうな顔をしていなかった。
自分が普通じゃないから………ベーゼだからみんなと遊べないことを少しも悲しんでなんかいない。
ただ……当たり前だと受けいれている。ニーナの顔にはそう書いてあった。
「…………っ」
それを聞いたアイルは、奥歯を噛みしめる。
「大丈夫、ニーナは悲しくなんてないよ!」
そんなアイルの様子を見たニーナが、慌てて否定する。
「お兄ちゃんが言ってたの、今は暗い洞窟の中だけど、ニーナがいい子にしてればきっと出られるって。ニーナがいい子にしていれば最後は幸せになれるって。…………『神様はいるんだよ』って!」
そして、ニーナはひまわりのような笑顔をアイルに向ける。
………ベーゼとして迫害を受けるこの子にとって、兄の教えは、どれほどの救いになっているのだろうか。
そうか、だからニーナは明るいんだ。誰とも遊べなくたって、友達なんか出来なくたって、優しいお兄ちゃんがいたから。
その兄は今、妹のために働き、その妹は………兄の帰りをいい子で待っている。いい子でいれば、きっと救われるから。
「神様は………きっとみてくれています」
アイルはニーナにそう言った。神に祈らない彼女が。
「サクラくん」
「はえ?」
急に名前を呼ばれたので、間抜けな返事をしてしまう。
「遊びましょう。ニーナちゃんと」
そして、大真面目な顔でそんなことを言い出した。
「別に構わないけど、用事は……」
「そんなもの、いつでもできます。ほら、シノもこっちに来てください!」
アイルがシノに向かって手を振った。
シノは、『まったく……』とため息をついてからこちらに向かって歩いてくる。
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「それじゃあいくよー!」
街の広場に、元気な声が響く。
声の主はニーナ。彼女はいま、大きな木に正面から寄りかかって、その顔を隠している。
「だるまさんがー…………」
ニーナが次の言葉を発したとき。俺、アイル、シノが一斉に走り出す。
「転んだ!」
次の声と同時に、ニーナが勢い良く振り向いた。
その瞬間、俺たち三人はピタリと動きを止める。
まあ………何をしているかというと、だるまさんが転んだです。はい、みんなで遊んでます。
ニーナは『むむむ』と唸りながら、俺達を見つめる。
しばらく見つめたあと、動きが無いと判断したニーナは、また正面を向いて、大きな木に顔をくっつけた。
「だるまさんがー…………」
その瞬間、再び俺達は駆け出した。
アイルが少し先を走り、俺とシノはその後ろに並んでいる。
「転んだ!」
その声に、またしても俺達三人は動きを止め、ニーナがそれをまじまじと見つめてくる。
するとその時………俺と、ギリギリアイルにまで届くくらいの声をシノが出した。
「………アイル」
「………」
シノの呼びかけを、アイルは無視する。
アイルの体が壁となり、シノはニーナの視線から外れているが、アイルが口を動かせば、ニーナに指摘され、ゲームオーバーになってしまうからだろう。
………無視するアイルに、シノは構わず続けた。
「サクラがアイルのお尻を見て興奮してるぞ」
「………はぁ!?」
アイルは………今度は無視できなかった。
「サクラくん!!私の体を通して、頭の中のお姉様にいやらしいことでもしてたんですか!?」
アイルは勢い良く振り返り、真っ赤に染まった顔を向けてくる。
………というか、どういう理論ですかそれ。
「ちがっ………!俺は別に!」
慌てて首をふる。
だって、ほんとに見てないんだもん。……ほんとだよ?
「証拠はあるんですか?お姉様にいやらしいことしてないって証拠は!」
いったいこの子は何に怒ってるんだろうか、わけわかめ。
「証拠もなにも……俺は別に………」
と、そこで
「あー!サクラおにーちゃんとアイルおねーちゃん動いたぁ!」
ニーナが俺達を指差し、嬉しそうな声を上げた。
そこで、俺とアイルは……ハッとする。
二人同時に、シノの方を向くと………
「ふんっ」
憎たらしく鼻で笑う彼女の姿があった。
「悪女だ………」
「悪い女ですね………まんまとやられました」
そう、全てはシノの作戦だったのだ。あのやろう、巧みに俺とアイルを蹴散らしやがった。
「じゃあ次行くよー!だるまさんがー…………」
「悪いな、ボクの勝ちだ」
そう言って、シノは走り出す。
「転んだ!」
その声を合図に、シノはピタリと体を硬直させる。
ニーナとの距離はあと僅か、おそらく次でシノの勝ちが決まる。
……よし、邪魔してやろう。シノだけ優越感に浸るなんて許さねぇ。
「おーい、シノぉ!」
俺は大きな声を出した。もう負けてるんだから自由に行動できる。
「スカートめくれてんぞー」
広場中に響くような声を出した。
俺の声を聞いて、広場にいた子供たちの視線が俺達に集まる。
だが………
「………」
シノはピクリとも動かない。聖闘士に同じ手は通用しないってか。
だが、これならどうかな?
「なぁ、アイル」
今度はシノではなく、アイルに声をかけた。もちろん、シノにも聞こえる声量で。
「なんですか」と首を傾げるアイルに、俺は言葉を続けた。
「シノがお前のこと………『貧乳』って言ってたぞ」
俺の言葉を聞いたシノが、ピクリと動いた気がする。
「ほぉ?詳しく教えてください」
アイルは目を細めている。若干怖い。
「ほかにも……『哀れ乳』、『貧乳お化け』、『永遠の0』っても言ってた気がするなぁ」
「……………シぃノぉ?」
そこまで聞いたアイルは、普段の彼女からは考えられないくらい低い声を出した。
その迫力に押されたシノは……
「サクラっ!嘘つくな、そこまでは言ってないだろう!?」
悲痛な声を上げた。上げてしまった。
「あー、シノも動いた!ニーナの勝ち!」
ニーナは嬉しそうにその場で飛び跳ねた。うん、可愛い。
「……ちっ」
シノは小さく舌打ちをする。
「サクラくん、作戦大成功ですね」
そう言ってアイルが右手を上げた。
「あぁ、なかなかの迫力だったよ」
アイルの手に自分の手を当てる。いわゆるハイタッチ。
「って、あれ?」
「……どうしたんだアイル?」
アイルが怪訝そうな顔をしたので、聞いてみると………
「『そこまでは言ってない?』…………あれ?」
アイルのその言葉にシノは顔を青くする。
「そこまではってことは……」
「さ、さぁニーナ!次はどんな遊びをするんだ!?」
シノはアイルの疑念を断ち切るように、大きな声を出す。
「んっとねー、次はぁ………」
ニーナは顎に手を当てて、次の遊びを考える。
「私ってまだ、可能性ありますよね?」
アイルは自分の胸に両手をあて、俺に訪ねてくる。
「………あるんじゃね?」
俺は適当に、そう答えておいた。




