悪魔の子
「おや、随分とお早い帰りですね」
宿に戻った俺達を出迎えたのは、メガネをかけた、細身の男性だった。
この宿の管理人………確か名前は………
「はい、ガスパーさん。私達はもう部屋で休もうと思います」
そう、ガスパーさんだ。何でも、この宿を一人で切り盛りしているとか………
苦労しているのだろう、彼の頭は白髪混じりだった。
「作用でございますか。ささっ、部屋の片付けは済んでおります、どうかごゆるりと」
にこやかな営業スマイル。なんだか好印象。
俺のせいで迷惑が掛からなければいいな………そんなことを考えながら、俺は部屋へと戻った。
部屋に戻った瞬間……ドッと疲れが襲ってきて、だらしなくベッドに倒れ込んでしまう。
「サクラくん、だらしないですよ」
「お前が言うな」
昨日のアイルだって、相当にだらしなかったはずだ。
「私はいいんです、普段がしっかりしていますから。それよりも、本当に大丈夫ですか?急に体調をくずしたみたいですけど……」
アイルは、心配そうにこちらを見てくる。
ムンチャイの魔力に当てられたときのことを言っているのだろう。
「たしか、ムンチャイが出てきたあたりだったよな」
シノはベッドに腰掛けながら会話に参加してきた。
「ちょっと………な」
俺は曖昧にごまかす。
あの場で平然と立っていたシノとアイルに、うまく説明する術を持ち合わせていなかったからだ。
「ふーん、そっか。それにしても、ムンチャイってそんなにすごい感じしなかったな。優しいおじさんって感じがしたな、ボクは」
シノはそう言って、頭の後ろで手を組んだ。
そうか……シノにはそんな風に映っていたのか。
俺はあの威圧感に押され、呼吸すら困難に陥っていたというのに……
「シノ、言動で判断してはいけませんよ。彼は……この世界の人間で唯一、勇者と並ぶ力を持つと言われているんですから」
「うげっ、ホントか。あのおっさんそんなに強いのか」
シノにが顔を歪める。
勇者と並ぶ力………ねぇ。
フィーアとムンチャイの魔力量が同じくらいだと思った俺の感覚は、あながち間違いじゃなかったんだな。
「それに、彼には様々な伝説があるんです」
「伝説?」
「はい。すべての武器を使えるのに、素手で戦った方が強いとか。睨んだだけで魔物が逃げていくとか!あとは………空を飛べるなんて話も!」
アイルは、まるで自分の事のように、自慢げに語る。
「流石に最後のは嘘だろ」
アイルに対して、シノは冷かな目だ。
………ムンチャイが空を飛んでいるところを想像してみる。
あのいかつい顔で、腕を組んだまま鳥たちと空の旅。(おさげを揺らして)
………だめだ。まだ笑うな。
「たしかに、空を飛べるというのは嘘っぽいですが………。でも!彼がすごいのは本当なんです!」
「随分と尊敬してるみたいだな」
頭の中でムンチャイを飛ばして遊んでいた俺は、アイルに問いかける。
「それはもちろん!だって、かっこいいじゃないですか!」
アイルが目をキラキラさせながら詰め寄ってくる。
こんな美少女を虜にしてしまうような魅力が、あのおっさんにあったのだろうか。
どちらかと言えば、男に好かれる感じがしたけどなぁ
「荒くれ者が集うと言われるギルドが、一つの組織として纏まっているのも、ひとえに彼の凄さなんです!………いやぁ、かっこいいですよね。その拳だけで自分の道を切り開いてきた、彼はまさに『王』なんです!」
そう言ってアイルは空中にパンチを繰り出す。いわゆるシャドーボクシング。
「あはは。………まあ確かに、性格も良さそうだったけど」
俺がそう言うと、アイルとシノが少し、シュンとした。
「ベーゼの女の子にも、優しい対応でしたね」
そうだ。ムンチャイはあの場において、俺達以外で唯一、ベーゼの女の子に敵意を表さなかった。
ん?俺達以外で……?
「そういえば、シノとアイルはベーゼについてどう思っているんだ?この世界で、彼女たちは相当疎まれてるみたいだけど………」
ベーゼとは忌み子。この世界における迫害の対象。
違う世界から来た俺はともかく、この世界の住人であるアイルとシノにとって……
こういう言い方はしたくないが、ベーゼを迫害するのは普通のこととして育ってきたんじゃないのか?
「どうも思ってない。ボクがベーゼを見たのは初めてだったんだ。見たことも無いのに嫌うのはおかしいだろう?」
シノはきっぱりと言い放つ。
きっとこの少女は………とても強い。
周りに流されず、自分を貫く強さを持っている。
俺がもし、この世界の住人で、生まれたときから………『ベーゼは悪いやつらだ』と、そう教わって育っていたら、今のシノと同じことが言えただろうか
「すごいな、シノは」
「……ん?なんでだ?」
シノが首を傾げ、ツインテールが揺れる。
「何でもないよ。………アイルはどう思っているんだ?」
俺はすぐさまシノから視線を外す。シノはわけがわからないといった様子で、少し不貞腐れていた。
アイルは、シノの様子には気がついていないようだ。
「私も、彼女たちには負の感情を持っていません。…………望まぬ力を持って生まれたという点で、私も同じですから………」
「………同じ?」
「い、いえ!なんでもないんです!……聞かなかったことにしてください!!」
そう言ってアイルは、両手をブンブンと振った。
………誰が見てもわかる、作り笑顔で。
「そっか。」
何が同じなのか。俺もシノも聞き返さなかった。
望まぬ力………か。
メルクリアとアイルの会話を思い出す。
望まぬ力をとは……きっと彼女の『加護』のことだろう。
俺はアイルの加護がどんな力なのかを知らない。
アイルは、誰も救えない力だと言っていたが………
とりあえず、アイルが自分から加護の話をしない限りは黙っておこう。おそらく、シノも同じ考えだ。
「そういえば、ニーナちゃん………でしたっけ?とても綺麗な瞳をしてましたね!」
アイルが明るい声で、わかりやすく話題を振ってくる。
「あれが『緋色の瞳』なんだな。話には聞いていたが……確かに人間離れしてる」
あぁ、優しいシノ。アイルの会話に乗ってあげる。
「『緋色の瞳』って、なんだ?」
あぁ、可哀想な俺。二人の会話に混ざるには、知識がなさすぎる。
「『ベーゼのみが持つ特殊な瞳のこと』です。」
アイルが人差し指を立て、目をつぶりながら説明する。まるで、本で読んだ知識をそのまま話しているようだ。
「人とベーゼの一番の違いは、その瞳なんです」
「………あんな瞳してたら嫌でも目を引くよな」
ベーゼの少女の瞳を思い出す。
あの、燃えるような紅を。
「それは少し違う」
シノが首を振る。
「ベーゼだからって、いつもあんな瞳をしてるってわけじゃない。感情が高ぶったときだけ、緋色に輝くんだ。きっとあの子も、普段は違う色をしてる」
シノは続ける。
「それに、瞳の色を変える、薄いレンズみたいなものもあるんだ」
「へぇ、カラコンみたいなもんか」
この世界にも、とても便利なものがあるらしい。なるほど、それをつけていれば、感情が高ぶったときでも、周りにはバレないと。
「から………こん?って言うのは知らないが………それがなかなか高価なんだ」
「つまり、ベーゼの子供に、そんな貴重なものを渡す親は少ない………と?」
俺の問に、シノが頷いた。
続いて、アイルが口を開く。
「ベーゼとしての力を使うときも、その瞳は輝くと言われています。………ベーゼの中には、勇者と並ぶほどに強い人たちもいるらしいですよ」
「なるほどな…………って、ん?」
アイルの説明に少しだけ違和感。
「勇者と並べる人間は、この世界で唯一ムンチャイだけじゃなかったのか?」
俺が問いかけた瞬間。アイルとシノは難しい顔する。
静寂が部屋を支配する。空気がとても重たい。
しばらくの沈黙のあと、恐る恐ると言った様子で、口を開いたのは…………アイルだった。
「ベーゼは…………悪魔の子とも呼ばれているんです」
「…………っ!」
アイルの言葉を聞いた瞬間。俺は思わず立ち上がった。
「ベーゼは………人間じゃないってことかよ」
「…………」
アイルは答えない。優しい彼女に、答えることはできない。
代わりに、アイルを気遣ったシノが答えてくれた。
「多くの人は、そう思ってるんだ」
「くそっ!」
…………って、あれ?
ちょっと待て、ベーゼの中には勇者と同じ力を持ったやつがいる?
いったいこの世界に、ベーゼはどれくらいの人数いるんだ?
確かこの世界は、魔女と戦う戦力を集めるために、異世界から才能ある者………つまりは勇者を集めていたはずだ。
それなのに、一部のベーゼは勇者と並ぶ力を持ってるって、おかしくないか?
わざわざ勇者を呼ぶ必要なんてない。ベーゼにお願いして、魔女や魔物と戦ってもらえば…………
あぁ、そうか。この国のトップは、それができないんだ。
今まで迫害し、ひどい仕打ちをしてきたベーゼに、頭を下げる事ができないんだ。
………くそったれめ、どこまで腐ってるんだ。
俺は憤りを覚え、ベッドに腰掛けた。
「悪い…………。二人に当たるつもりは無いんだ」
落ち着け俺。心は熱く、頭は冷静に。
「大丈夫です。他人の為に怒れるサクラくんは、素敵な人です」
そう言ってアイルは俺に微笑みかける。
………勇者に頼らなくても、ベーゼに頼ればいいじゃないか。という考えは俺の胸に秘めておいた。
「ありがとう、アイル」
俺もアイルに微笑みかける。俺は今、うまく笑えているだろうか。
「ははっ、ぶっさいくな笑顔だな」
シノがこちらを指差して笑ってきます。
訂正。シノは優しくなんてありません。
「うるせぇ!チャーミングだったろうが!!」
「その顔でチャーミングなら、森に出る魔物だってチャーミングだぞ」
………きっとシノは空気が重くなりすぎないように、気を使ってくれたんだ。ありがとう、シノ。
「………ったく、世界が変わるとチャーミングの定義も変わるらしいな」
そう言って俺は、頭の後ろを掻いた。
………それにしても、綺麗な瞳だったなぁ………
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〜アイラside〜
青い瞳が、真っ直ぐに私を見つめてくる。
その瞳を持つ人物は、美しい金髪を、短く切りそろえていた。
その姿は………私、アイラ・コールと瓜ふたつ。
いや、ドッペルゲンガーだとか、双子の妹のアイルが帰ってきたとか、そういうことではなく……
──ただ鏡を見ていただけなんだけどね!
「よし。今日もアイルみたいに可愛い!」
誰に言うでもなく、そうつぶやき、自分を頬を『パンパン』と叩き、気合を入れる。
すると……
「アイラー、例の人来たよー」
部屋の外から、気の抜けた声が聞こえてきた。リープの声だ。
「んー!わかったー!」
そう言って部屋を出ると………部屋の前には、予想通り、リープがいた。
「リープはもう会った?」
「いや、まだ」
そう、私達は今から人と会う約束をしているのだ。
私の身の回りの世話をしてくれていたアイルの代わりに、新しいメイドさんが来てくれます。やったね。
「ここだよね?」
ある扉の前でリープに確認すると、彼女は無言で頷いた。
「よし!」
私はそう言って、ドアを勢い良くあけた。
「はじめまして、私はアイラ!」
そして、扉を開けると同時に、元気よく挨拶した。第一印象大事。ちょーだいじ。
「私のことは呼び捨てにしていいし、別にタメ口でも………」
私の言葉は、そこで止まった。
新しいメイドさんの姿が、あまりに衝撃的だったからだ。
いや、割と普通に可愛い感じで、特徴といえばメガネをかけているってくらいなんだけど………なんというか………胸が大きい。
「ボインだ」
「ボインね」
私の品のない呟きに、リープも続く。
「たわわだよ」
「たわわね」
「メロンだよ!!」
「メロンね」
そして私は、自分の胸を触ってみる。アイルと同様の、膨らみの乏しい胸を。
「………まな板だよ」
「………ぷっ」
それまでは私に同意していたリープがふいに吹き出した。
「あー、笑ったぁ!自分が人並みにあるからって調子に乗って!」
「笑ってませぇーん」
リープが憎たらしい顔をする。
「あ………あのぉ」
そこで、ボインちゃんが申し訳なさそうに声を出した。
「わわっ、ごめん。自己紹介の途中だったね。私はアイラでこっちがリープ。」
「よろしく〜」
リープはめんどくさそうに、片手をひらひらとふった。
「それで、たわわちゃんの名前は?」
「わた………しの名前は………。シャルドネ・シラー………です。今日……から、アイラ様のお世話係になりました………です。」
たわわちゃん………もといシャルドネちゃんは、メガネの下にある紫色の瞳を、あっちこっちに移動させる。
人と話すのが苦手なのかな?
「敬語は、いらないよ。仲良くしよう!」
「そんなわけにはいきません………です。」
シャルドネちゃんはか細い声を出した。
「私は先輩になるから呼び捨てにしないでねー」
それとは対象的なハキハキと喋るリープ。
「こら」
そんなリープの頭に手刀をおみまいする。
「いたっ!」
シャルドネちゃんの健気さを、この猫にも分けてあげたい。
「まあ、敬語の方が楽なら、無理は言わない。楽な方でいいよ」
「ありがとう………ござい………ます」
シャルドネちゃんは、うつむきながらお礼を言ってくる。
「ええっと、シャルちゃんでいいかな?」
そう言うと、目を合わせずに、シャルちゃんは頷いた。
「じゃあ、はい!」
シャルちゃんに向かって、手を差し出す。
友情の始まりは握手から。
だが……シャルちゃんは………
「………………」
私の手を取ることはなかった。
それを見たリープが、少し怪訝な顔をする。リープの悪い癖だ。他人の事をいちいち疑ってしまう。ただ、握手を拒んだだけなのに。
「あれ。もしかして、嫌いだった?」
シャルちゃんは、コクリと首肯した。
「そっかー、握手が嫌いなら仕方ないね」
………握手が嫌いって、なんだろう。初めて聞いた。
そしてそのすぐ後、シャルちゃんの口がモゴモゴと動いているのが見えた。
「握手じゃなくて……お前だよ」
「ん?何か言った?」
「何も言っていない………です。」
私の耳まで、その声は届かなかった。
リープの方を見てみると、彼女も首を横に振った。
獣人である彼女の聴力でも聞こえなかったのだ。完全に独り言なのだろう。私は気にしないことにする。
「それならいいや、とりあえずよろしくね!」
この子と、早く仲良くなれればいいなぁ




