見える者、見えない者。
栄光の王………モハメド・ムンチャイは、険しい顔で周りをゆっくりと見渡す。
そして……ベーゼである女の子を視界に捉えたところで、その動きを止めた。
「なるほど………ベーゼの少女か」
少女と、その兄を見ただけで、大体の事情は察したようだった。
「誰だね、こんな幼子を傷付けたのは」
栄光の王の声には、確かに熱が篭っていた。
少しだけ、安心する。
この街のトップは……ベーゼに対して理解がある様子だ。
しばらくたったが、モハメド・ムンチャイの問いかけに答えるものはいなかった。
それはそうだ。この場にいる殆どが……あの兄弟を傷付けたのだから。誰か……と言われると難しい。
そしてそれは、俺も同じ。
ただ見ていただけの俺だっておんなじだ。
何も言わない周りに対して、モハメド・ムンチャイは小さくため息をついた。
そして、ベーゼである少女に向かって、その足をすすめる。
その行動を見て少女の兄は立ち上がり、妹の前に立つ。
そして、モハメド・ムンチャイを睨みつけた。
「あなたも………この妹をいじめるんですか?望まない力を持ってしまっただけの女の子を……」
少年はモハメド・ムンチャイに問いかける。
その声を聞き、眼差しを受け、栄光の王は………
少年と目線を合わせるために……
跪いた
その行動に、その場にいた殆どが息を呑んだ。
当たり前だ。ギルドのボスが、この街の象徴が、ベーゼである少女と、その兄の為に膝をおったのだから。
「え……?」
その行動に、少年は動揺している。
そして、モハメド・ムンチャイは、少年の頭にそっと手を伸ばして……その頭をごしごしと撫でた。
「君、名前は?」
「………カイト、です」
「カイトか………うん、君は強い子だね」
そう言ってモハメド・ムンチャイは『ニカッ』っと歯を見せて笑った。一組織のボスとは思えない、朗らかな優しい笑顔。
「あなたは………この妹を……ニーナをいじめないんですか?」
「君たちは、いじめられるような、悪いことをしたのかい?」
モハメド・ムンチャイの問いかけに、少年は首を振る。
「なら、そんなことしないよ」
「本当ですか?」
「本当だとも。むしろ、すまない。私が不甲斐ないばかりに、君達に辛い思いをさせてしまったね」
「みんながみんな、おじさんみたいに優しかったら良いのにな……」
少年は、俯いて呟く。その言葉は、モハメド・ムンチャイに向かって発してはいない。
もっと大きなもの……彼らを包む理不尽そのものに対してといった様子だ。
そんな少年の様子を見たモハメド・ムンチャイは、一瞬だけ険しい顔を見せたが………すぐに優しい顔に戻る。
「アリアード、彼の傷の手当と、何か……食事をお願いしたい」
モハメド・ムンチャイは立ち上がり、声を発する。
「了解」
声のした方を向くと……30くらいの男性が立っていた。
髪は赤く、耳にはピアスがついている。なんとなくチャラい印象。
アリアードと呼ばれた男は、ベーゼの兄弟の元まで移動し、目線の高さを合わせてから少し話したあと、その手を引いてどこかへと消えていった。
残されたのは静寂。そしてその静寂を破ったのは……
「さてと………」
栄光の王だった。
彼はゆっくりと立ち上がり、周りにいる人間を見渡した。
その場を緊張が支配する。
彼はベーゼに理解があったようだし、子供を傷付けたという事実を見過ごすような人物にも見えない。
その場にいる全員が、息を呑み、彼の次の言葉を待つ。
吐き出されるのは罵声か、怒号か。
だが、彼が口にした言葉は、意外なものだった。
「以後、このような事が無いことを願っているよ」
モハメド・ムンチャイはとても落ち着いていた。
まるで怒りなんて感じさせない、ごく自然な声。
皆が、その様子に……緊張をとき、安堵の息を漏らす。
だが………俺には……
俺にだけはわかってしまった。
栄光の王は……。モハメド・ムンチャイは、落ち着いてなんていない。
彼は、湧き上がる激情を、氷のような理性で冷ましているだけにすぎない。
……なんで、そんな事がわかるのかって?
理由は簡単、俺には魔力が見えるから。
目を凝らすまでもなく、彼の包む魔力を視認する事ができる。
彼の魔力は………その怒りを表すように、彼の体を覆っていた。
まるで………獣のように蠢いている。
これは、やばい。
なんというか……とても『圧』を感じる魔力だ。
息が詰まるような感覚に襲われ、全身の毛穴から嫌な汗が吹き出す。
周りを見てみるが、アイル、シノを含めて、彼の魔力に気がついている人物はいなさそうだった。
見えなくても、感じる事は出来るはずなのだが……それにも個人差があるのだろうか。
それとも、集中していないとわからないとか……
何はともかく、あの男はやばい。
あの男の魔力は……
魔女を倒すと言ったときのフィーアの魔力。その量と同じか……もしかすると……
「ちょっと、大丈夫ですか?」
「おい、大丈夫か?」
左右から声をかけられる。
アイルとシノだ。
二人に心配される程に、俺は狼狽していたのだろうか。
だが、返事をすることもできない。
そして……モハメド・ムンチャイの様子に安堵していた群衆の中。
ただ一人、恐怖を覚えていた俺は………とても良く目立ったのだろう。
まるで、真っ白い服に、一点の汚れがついたときのように。
「ん………?」
栄光の王がこちらを向く。
俺は、無意識に体を震わせ、思わず後ずさってしまった。
ただ目が合っただけだ。なのに、それだけで……まるで刃物を突きつけられたかのように、体が緊張する。
そして、モハメド・ムンチャイはゆっくりと俺に向かって歩き始める。
周りにいた人間が、栄光の王に道を開ける。
一歩、また一歩と歩いてくる彼の姿が、俺には……
まるで死神のように見えた。




