繋いだ手と手
「疲れました……」
フィーアが用意してくれた部屋に着くなり、アイルは頭からベッドに倒れ込んだ。
柔らかいベッドがアイルの体を受け止め、ボフッ、っという音がする。
「おいおい、城の使用人ともあろうものが、そんなだらしなくて良いのか?」
「いいんれす。いまは、さくらくんとなかよくとうぼうちゅうれすから」
アイルは顔をベッドに埋めたまま、モゴモゴと喋った。
「実はボクの方がしっかりしてるんじゃないのか?」
そんな様子を見ていたシノが俺に話しかけてくる。
「いつもはこんなじゃ無いんだがなぁ、本当に疲れてるんだろ」
そう、アイルは相当に疲れているはずだ。
直接聞いたわけではないが、森で再開するまで、ずっと俺を探してくれていたであろうし……
更には、メルクリアとの戦闘。あんな強敵と拳を合わせたのだ。体だけでなく、心もすりへっているはず。
「とりあえず、何をするにも明日からです。今日はもう寝てしまいましょう。シノは私と同じベッドでいいですよね?」
アイルの問いかけにシノは頷く。
フィーアが用意してくれた部屋にはベッドが2つだけだった。
まあ、それは仕方ない。フィーアは俺とアイルの二人だけだと思っていたのだから。
幸いなことに、シノは体が小さいし、少々狭くは感じるかもしれないが……問題は無いだろう。
「なぁ……アイル」
「なんですか?」
「明日はどうするんだ?」
「とりあえず……この街を見て回りましょう。私達には情報がなさすぎます」
「そうだな……」
たしかに、俺達は何も知らない。
街を見て回るのは……少々リスクがあるかもしれないが、必要なことだろう。
特に……第三勇者の存在だ。
フィーアも気をつけろと言っていたし、ドライがこの街のどのあたりに住んでいるのか、その程度は知っておく必要があるはずだ。
「大丈夫ですよ、サクラくんは私が守りますから」
そう言ってアイルは、両手を握ってみせる。
ドライのことを考えている間に、険しい顔になってしまっていたのだろうか、気を使わせてしまったのなら申し訳ない。
「ありがとうアイル。頼りにしてる」
俺がアイルに向かってそう言うと………
「ボクもいる」
シノが口を開いた。
なんと……頼もしい二人だろうか。
「もちろん、シノも頼りにしてるよ」
今夜はきっと………素敵な夢が見れそうだ。
「じゃあ、明日に備えて寝るとしますか」
「ですね」
「そうだな」
二人の返事を聞いてから
俺は電気を消し、眠りについた。
✦✦✦✦✦✦
「………、………」
微睡みの中、誰かの声が聞こえる。
「……ラ、おき……」
聞き覚えのある声。この声は………
「起きろ!」
そして、声が聞こえた次の瞬間。
「痛……っ!」
顔に何かが当たる衝撃を受け、俺は完全に目をさました。
顔の近くに、枕が落ちてある。顔に当たったなにかとは……枕だったのだろう。
「やっと起きたか」
上半身だけを起こし、声のした方を向く。
部屋が暗かったこともあり、最初はよく見えなかったが……
しばらくすると、目が慣れてきて、はっきりと見ることが出来た。
俺を起した人物は……
「シノ……?」
俺が名前を呼ぶと、シノが。
「しー、アイルが起きちゃうだろ」
人差し指を口に当て、小さな声を出した。
「………まだ夜だろ?どうしたんだ?」
シノの言葉に従い、こちらも小声で話す。
「ちょっと、確かめたい事があるんだ」
そういったシノをまじまじと見て、気がつく。
シノの美しい髪は今……いつものように2つに結ばれてはいないことに。
ベッドに入っていたのだ。当たり前ではあるのだが……
いつもと違う姿に、少しだけ、ドキリとしてしまう。
「……何見てるんだ?」
「べ、別に見てない」
俺はそう言ってシノから視線をそらす。
「それならいいけど………それよりもちょっと空けてくれないか?」
シノが指をさしたのは、俺が横たわっているベッドだった。
とりあえずシノの言葉に従い、伸ばしていた足を折って………あぐらをかいて、ベッドの端に移動する。
「ありがとう」
そう言って、シノは……
俺と同じベッドに座った。可愛らしく女座りで。
その行動に、俺は息を呑む。
この距離は……近い。手を伸ばせば届く距離にいる。
男性恐怖症であるシノにとってこの距離は………
怖いはずだ。
「シノ………お前……」
「う、うるさい!何も言うな!」
静かにしろと言ったのはシノの方なのだが……シノはそれなりに大きな声を出した。
チラっと、横目でアイルの方を見るが……
どうやら起きてはいないようだ、相当に疲れていたのだろう。
「シノの方こそ、静かにしないとアイルが起きるぞ」
俺が軽く注意すると、シノは恥ずかしそうにうつむいた。
「サクラ、ちょっと手を出して」
「……?これでいいのか?」
シノの意図はわからないが、とりあえず従ってみる。
手のひらを広げて、シノの方に向ける。
シノが怖がらないように、近付け過ぎず、低い位置を意識して。
するとシノは………
恐る恐ると言った様子で……
俺の手を触ってきた。
人差し指の先だけで、俺の手のひらをつついてくる。
そして……その動作をしばらく繰り返したあと……
「………っ!」
目と口をキュッと閉じて、意を決したように、俺の手に、自分の手を重ねてきた。
「シノ、何やって………」
シノは男性恐怖症。男性に触ることには恐怖を伴うはずだ。
実際、俺の手に重ねられたシノの手は、かすかに震えている。
だから俺は、急いで手を引こうとした。
だが………
「まって……」
それを拒むように、シノが手を握ってくる。
「サクラの言ってたとおり、ボクは……男の人が怖いんだ」
シノの手は……とても柔らかい。女の子の手だ。
「でも……サクラなら大丈夫な気がするんだ。だからもう少し、このまま……じゃ、ダメか?」
シノが、上目遣いで問うてくる。
そんなの……答えは決まっている。
「こうしていることで、シノの男性への恐怖が少しでも和らぐのなら……お安い御用さ」
「ん……ありがと」
聞きたいことは、山ほどある。
本当にこうしていて大丈夫なのか?
なぜ男性が怖い?
森で出会った、ビール腹の男との関係は?
だが……そのどれも、今聞くべきでは無い。
しかし……話すことがないなぁ、どうしよう。
そんなことを考えていると……シノが口を開いた。
「あのとき……出てきてくれて、助けてくれて、ありがとう」
あのとき……というのは、ビール腹の男に啖呵を切ったときだろうか。
「ちょっとだけ………かっこよかった」
シノは恥ずかしそうに目をそらしながら、小声で呟く。頬が少し赤い。
そんなシノの言葉を聞き、様子を見て……俺は……
何も言えないまま、シノを見つめてしまう。多分、俺の頬も赤い。
そんな時間がしばらく続き。
「な、なにか喋れ……」
シノが力ない声をだす。
「うわ…っと、ごめんごめん。……でも、結局その後はシノに守られて、アイルに救ってもらったんだよな……ちっともかっこよくないよ」
男として情けない……情けなさすぎる。女の子二人に守ってもらった。この世界に来て何度目だろう。
「んーん、かっこよかった」
シノはそう言って、首を振った。
「ボクを救ってくれたのはサクラだ。感謝してる」
「シノ………ありがとう」
それからは……色々なことを話した。
元いた世界のこととか、この世界のこととか。
どうでもよくて、とても楽しい話を。
楽しくて、つい夢中になって、いつまでも話してしまった。
だから……あんなミスをおかしてしまった。
✦✦✦✦✦✦
「な………ななな………っ!」
俺が………
「なんでサクラくんとシノが一緒に寝てるんですかっ!?」
いや………俺と、シノが目をさましたのは……
「それも…手を繋いで!」
アイルの大きな声が原因だ。
俺とシノの手は、未だしっかりと握られていた。
手を握ったまま、いつの間にか眠ってしまっていたのだ。
……シノはもう、震えてはいなかった。
アイルの顔を見る。あー、ものすごく怒ってますねこれ。
「お、おはようございます、アイルさん」
「ん。アイル、おはよう」
俺とシノが、続けて挨拶をする。
うん、挨拶大事。
「おはよう……じゃありません!シノは私と寝ていたはずでしょ?男女で寝るなんていけません!」
アイルが責めるような口調で言ってくる。
「……前に俺とアイルで寝たよな?」
「ぎくっ……」
シノがアイルを指差す。
「あっ、今『ぎくっ』って言った」
「言ってません」
明らかに言ったのに、アイルはしれっとした顔で否定する。
「とにかく、サクラくんにはちょっとだけお話があります」
そう言って、アイルは俺を睨みつける。
「え?俺だけ?」
一緒に寝てしまったのは俺の注意不足もあるが……そもそも俺のベッドに来たのはシノの意志なのに……
「当たり前です」
……どこの世界でも、悪いのは男なんですね……
「シノぉ……」
助けを求めて、シノのほうをみる。
「がんばれ、応援してるから」
そう言って、シノは……
握っていた手を離し、ひらひらと俺に向かって振ってくる。
満面の………笑顔で。




