栄光へと
「サクラ、こいつは信用していいのか?」
兵士のいなくなった森で、シノはアイルを見つめながら呟いた。
「大丈夫、信用していい。」
シノは「わかった」と言って、結界を解いた。
「大きな音がしたので来たのですが……正解でしたね」
アイルが口を開く。
大きな音……というのは、ビール腹の男の魔法と、シノの結界がぶつかったときの音だろう。
「アイル……助けてくれて、ありがとう」
「サクラくん」
感謝を述べると、アイルはこちらに歩み寄ってきた。
そして……何かを俺に向かって差し出してくる。
「忘れ物を、届けに来ました」
その何かは……アイラに預かったペンダントだった。
「これは……」
「ナナリーの部屋に落ちていました。」
「そっか……」
俺はアイルからペンダントを受け取る。
やはり、ナナリーに体当たりをしたときに外れてしまったのだろうか。
これを……この世界における、俺の心の支えを届けてくれたアイルには、感謝の気持ちでいっぱいだ。
だが……もう一つ。もう一つ忘れ物があったはず。
「アイル……。ナナリーの家に、もう一つ、忘れ物はなかったか?」
俺が問いかけると……
アイルは一瞬驚いた顔をしてから………
躊躇いがちにもう一つの忘れ物を差し出してきた。
先程のペンダントと同様に、アイルから、もう一つの忘れ物……ナイフを受け取る。
「ごめんな、アイル。せっかく貰ったのに、忘れちゃって……」
「いえ、気にしなくて良いんです」
「それと……もう一つ、その………アイルに言わなくちゃいけない事があるんだ」
「……なんですか?」
アイルに言わなければいけない事。それは……
「アイル。俺達は……ここでお別れだ。」
俺達の旅はここまで、だということだ。
「わかりました。」
以外だったのはアイルの表情。
もっと驚くものだと思っていたが………
アイルは、その言葉を予想できていたかのような、すでに覚悟を決めていたかのような表情をしたのだ。
「短い間だったけど、ありがとう。これからは……一人で頑張るよ。大丈夫、アイラにも、アイルにも、思い出を貰ったから」
そう言って俺は……ペンダントとナイフを握りしめる。
「だからアイルは……自分の好きに生きてくれ。俺といたら………苦しい思いをするんだろう?姉に言われたからって、無理をする事なんて……」
「ちょっとまってください」
俺が言い終わる前に、アイルが口を開く。
「私が苦しい思いをするって……どういうことですか?」
「………ナナリーに言われたんだ。アイルはいつか……俺だけを救うことの罪悪感に、押しつぶされるって」
今までアイルはたくさんの人を見殺しにしてきた。この世界のために。
その事について、思う所がないわけではないが……
その苦悩を、覚悟を、俺は想像することすらできない。だから……あーだこーだいう気は、今は無い。
「俺と一緒にいれば、嫌でもその罪悪感と向き合わなくちゃいけない。そんなの……辛すぎるだろ?」
その罪と向き合うには……この少女は優しすぎる。
「だから……俺達はここで……」
「勝手に決めないでください………っ!」
またしても……言葉の途中でアイルが口を開く。
そして……アイルは初めて見る顔をしていた。
「確かに、私の手は汚れています……っ!その罪とは死ぬまで向き合わなければいけないでしょうし、いつか報いを受けるでしょう……」
アイルの顔は……
「でも……私の罪と、サクラくんは関係無いじゃないですか……っ!」
怒り。
「サクラくんを守りたいって思っても……いいじゃないですか。最初はお姉様に言われたからついていきました……でも今は、自分の意志で、貴方を守りたいと思っているんです」
俺は……こんなに感情を顕にしたアイルを、初めて見る。
「アイル……俺は、君に守りたいと言ってもらえるような奴じゃ……」
「サクラくん」
それまでとは違い、アイルが優しい声を出す。
優しくて……包み込まれてしまいそうな声。
「サクラくんは、私が怖いですか?」
「……え?」
なんの脈絡もないアイルの質問に、驚きの声をあげてしまう。
「ナナリーに襲われた貴方は……私に襲われた時の恐怖も思い出した筈です。サクラくん、私が怖いですか?」
確かに命を狙われた。悪意を持ってたち塞がられた。
だけど……目を瞑ると思い出すのは……
『クサいセリフですね。』
これは……俺がアーデルにペンダントを売らなかったとき。
この時のアイルは、どこか嬉しそうな顔をしていた。
『もー、何をやっているんですか』
これは……俺がアイルの髪を染めていたとき。
出会ったばかりの俺に……女の子の命とも言える髪を、触らせてくれた。
そして……
『素敵な名前ですね』
アイルは俺の名前のことを素敵だと言ってくれた。
日本人の名前の良し悪しなんてわからないくせに。
心からそう思っているという顔で、まっすぐに俺を見て。
そんなアイルを……俺が………
「怖いだなんて思うわけ………無いだろッ………」
命を狙われていたときの恐怖なんて、少しだって思い出せない。
あの夜の恐怖を忘れさせる程に…アイルと過ごした時間は……
短かったあの時間は……
とても………輝いていた
「サクラくんが、サクラくんの意思で、私と別れたいと言うのなら、何も言いません。だけど……私の為にだとか、そんな理由なら……絶対に許しません。私がずっと……サクラくんを守ります。」
優しいのに……とても力強い声。
「わかったよアイル。俺はもう、アイルの気持ちを勝手に考えたりしない。」
そして…俺は、アイルに向かって、小指を突き出す。
「……指切りしよう。」
小指を差し出す俺を見たアイルは……
「……?」
不思議そうに小首をかしげた。
「ってそっか……ここは異世界……指切りの文化が無いのか……」
日本では当たり前にしていた行為なので、ついついここでもやってしまった。
「俺の世界に伝わる……約束の仕方だよ。指切のときにした約束は……頑張って守らなくちゃいけないんだ。アイルも真似してみて」
「こう………ですか?」
アイルも俺の真似をして、小指を差し出す。
その小指に、俺の小指を巻きつけると……
アイルが肩を……ビクッ、と震わせた。
……いきなり過ぎた、ごめんなさい。
ここまで来て、俺は気がつく。そういえば、何を約束すんの?
……アイルの気持ちを勝手に決めつけない?
なんか違う。
……アイルにずっと守ってもらう?
うーん、これも違うなぁ。
色々考えて……良い約束が思い浮かぶ。
良し、これで行こう。
「じゃあ、約束。俺とアイルは………ずっと一緒にいます」
「え………っ!?ずっと………っ!?」
アイルが少しだけ頬を赤らめる。
「ゆーびきりげーんまん、嘘ついたら針千本のーますっ、ゆーびきった!」
そして……アイルと指切りを交わす。
「針千本……随分と恐ろしい約束の仕方ですね」
「俺のいた世界じゃ子供も指切りするんだけどな」
「素敵な世界だと聞いていたのですが……」
「ははっ、本当に飲ませたりはしないさ」
「サクラ」
ふいに、シノから声をかけられる。
「おっと、ごめんシノ。別に忘れたわけじゃ…
」
そう言いながらシノの方を見る。
するとシノは、その場に屈んで……落ちている石を拾った。
「えい」
そして……その石を俺に投げつけてくる。
「痛……っ!おいシノ!なにすんだよ!」
シノも全力で投げたと言うわけじゃないが、それでも普通に危ない。
「ふん、うるさい、バカサクラ。サクラがバカなことを言うからだ」
そう言ってシノはそっぽを向く。
2つに結ばれた、美しい桜色の髪が揺れる。
「馬鹿なこと?」
何か……シノの気に触ることでも言っただろうか、心当たりはない。
うーん……
「『一人で頑張る』って言っただろ?……バカ。そいつと別れても、別れなくても、ボクがいる。サクラは一人じゃない」
「シノ………」
シノの言葉に、胸が熱くなる。
「サクラくん、その小さい女の子は?」
……そういえば自己紹介もまだだった。
「あぁ……こいつはシノ。俺の命の恩人だ」
「シノちゃん……ですか。私はアイルです。よろしくお願いします。」
「シノでいい、ちゃんはつけるな。それに……ボクのことを小さいと言ったが……それはアイルも同じだろう?」
シノは少しだけ不機嫌そうな声を出した。
子供扱いされるのが嫌いなのだろうか。
しかし……シノは不可解なことを言った。
小さいのはアイルも同じ?
見た感じ………シノの身長は14……5くらいだろうか?150は絶対ない。
一方のアイルは、160くらいはありそうだ。
……ん?
「あぁ……なるほどな」
シノの視線を追ってみて、ようやく理解する。
シノが小さいといったのは……身長の事ではない。
シノが小さいといったのは……胸だ
確かに…アイルには胸がない。
無いことはないのだけれど……ナナリーはもちろん、アイラよりも小さい。
双子なのに、アイラよりも小さいのだ。
おぉ神よ、なぜこんな残酷な事を……
「……?」
シノの言葉の意味を理解してないアイルは、不思議そうな顔をした。
「とにかく、ボクのことはシノと呼んでくれ。」
「……わかりました」
「急いでグランツに向かおう。いつ、戒める者が来るかもわからない。」
「ぐれいぷにる?」
知らない単語だ。
「さっきの騎士たちが所属している騎士団の事です。サクラくんには、そのあたりの説明もしなければいけませんね」
「俺、なんにも知らないもんな……歩きながら聞かせてくれ」
「そうですね……まずは……」
「歩くスピードは落とすなよ」
アイルは優しく、シノはちょっぴり厳しく、声をかけてくる。
―――こうして、俺達は3人になった――――
そして、俺達は歩き始める。
栄光へと、向かって。




