サクラ・フィリア
「自分が何をしたかった分かっているのか……
ッ!」
私─アイラ・コールは、お城の中でいかにも偉そうなおじさんに怒鳴られていた。
……偉そうというか実際偉い。
このおじさんは………何を隠そう、このヴァレリア王国の国王なのだから。
王様は私より高い位置にある玉座に座りながら、威圧的な目を私に向けていた。
怒鳴られているのはもちろん、サクラの事だ。
「何をしたって……何も悪いことはしてません。」
「お前がしたとこはこの国への裏切りだ!その行動がこの国を崩壊へと招くのだぞ!」
「私は……っ!悪いこともしてないのに命を狙われてた人を逃しただけです!」
私は国王が嫌いだ。
先程、王様は、この国を崩壊へと招くといった。
世界ではなく、国。
自分の所有物、手が触れられるもの、目が届くものにしか興味が無いのだ。
「小娘がッ!個を優先し、全を殺していいと思っているのか!?」
「その全だって、個の集まりのはずです!」
「やつは異世界から来たものだ。この世界という全には含まれていないッ!」
「だから……それがおかしいんですよ!この世界の問題は………魔女も、魔物も、私達だけで解決するべきだった!」
「どの口が………ッ!」
王様は怒りのあまり玉座から立ち上がった。
どの口が。
そのとおりだ。こんな綺麗事を言う私は……とっくに汚れてしまっている。
無関係な人にこの世界の運命を押し付けたのも。
才の無いものを排除したのも全部私だ。
でも……今だけは私は正しい。
だから、もう少し。
もう少しだけ私に……
綺麗事を貫かせてください……
「一国の王が、声を荒らげるものではありませんよ」
その時、部屋に誰かが入ってきた。
「おぉ、第四勇者か」
入ってきたのは黒髪黒目の青年。フィーアだ。
「安心してください。逃亡したゼクスは、我々王国騎士団………戒める者が捉えます。」
フィーアは真面目な顔をしている。
一方の私は………ギリッ、っと奥歯を噛む。
サクラを捉えるということは……彼の死を意味する。
それはフィーアもわかっているはずだ。
「随分と冷たいんだね。同じ世界の人間なのに」
皮肉めいた口調で、フィーアを見る。
「僕は勇者で、救うのは世界です。一人の犠牲は仕方がない。」
フィーアは淡々と告げる。
その瞳に、迷いは見つからない。
「本気で……言ってるの?」
私の目に、言葉に、更に力がこもる。
「間違えてはいけない、救うのはこの世界だ。多少の犠牲を厭わず、平和な世界を築くべきだ。」
「無関係な人を見殺しにして……そのおかげで平和になった世界で貴方は笑っていられるの?」
「皆がそれを望むのなら。皆の願望を叶えてこその勇者だ。」
「個を救えないような人に全は救えない。簡単に何かを切り捨てられる人を……勇者とは呼ばないよ」
「やっと……素直になれたみたいだね」
「え……?」
ほんの一瞬だけ、フィーアが優しい表情をしたが……
すぐにまた真面目な表情に戻ってしまった。
「とにかく、脱走したゼクスは我々が捉えます。国王もそれでよろしいですね?」
「うむ」
国王はとても機嫌が良さそうに首肯した。
私と話していたときはあんなにも威圧的だったのに。
なんかムカつく。心の中で舌だしてやろ。
あっかんべー。
「それでは」といって、フィーアは部屋を出ていった。
「私も失礼いたします」
その後に続くように、私も国王に頭を下げた。
部屋を出たあと、機嫌の悪さを隠さないズカズカとした足取りで、ある部屋を目指す。
目的の部屋についた私は、勢い良くその扉を開けた。
「ちょっとリープ!聞いてよ!」
「にゃ?」
部屋の中にいた人物………リープ・リッヒは間抜けな声を上げた。
彼女は椅子に腰掛けて、本を読んでいたようだ。真面目に働け。
「王様に呼び出されて怒られた!」
机を挟んで反対側の椅子にドカリと座る。
「ゼクスのことで?」
「そう!」
立場の違いはあるのだが、リープはタメ口だった。
普段から、二人のときは敬語を使わなくて良いと言っているのが理由だ。
「いや、怒られるのは当たり前じゃん」
リープは頬杖をついて、呆れるような表情で言った。
「で、でもさぁ」
確かに、この国のルールに逆らったのだ。
そのトップに怒られるのは当たり前のこと。
「てかさ、アイラが言ったんじゃん。ゼクスを逃がしたのは私です〜ってさ。あんな事言わなければ、その責任は私とアイルにいったのに。」
「た、確かに言ったけどさ……」
「アイラが悪い。」
リープは間髪入れずに私の非を指摘する。
でも……仕方ないじゃ無いか。
私が逃がしたと白状しなければ、今もサクラと一緒に居るアイルや、サクラを捉えきれなかったリープに、今よりも責任が掛かってしまう。
「ま、まあ……私の事を気遣って言ってくれたんだろうし……?悪い気はしなかったけどね?」
リープはそれまで合わせていた目をそらし、少しだけ頬を赤らめた。
……あれ?ちょっと可愛い。同性なのに。
「ええっと………『ツンデレ』って言うんだっけそれ」
「つん……でれ?」
リープは小首をかしげた。
「うん、第一勇者が言ってたの、リープはツンデレだーって。詳しい意味はよくわかんなかったんだけど………異世界の言葉で、『可愛い』って意味らしいよ。」
アインスはよく、私やリープに異世界の事を教えてくれた。………正しいかは、私には分からないのだが……
「はっ!?意味分かんないし!」
リープはテーブルを両手で叩きながら、立ち上がった。その顔は先程より赤い。
可愛いと言われて照れているのだ。
ういやつういやつ、近うよれ。
「あらあらリープさんったらぁ〜、照れていらっしゃるんですかぁ〜?」
自分の中で、精一杯の憎たらしい顔をする。
リープは怒りと恥ずかしさでプルプル震えていた。
「う、うるさい!照れてなんかない!」
そして……その時。
部屋の外からドアを叩く音が聞こえてきた。
「アイラはいるかな?」
ノックの音に続いて聞こえてきた声には、聞き覚えがあった。
というか……つい先程まで聞いていた。
フィーアの声だ。
「いるよ」
リープのおかげで機嫌は殆ど治っていたのだが……なんとなく冷たい返事をする。
私の返事を聞いて、フィーアが部屋に入ってくる。
「リープもいたんだね」
「フィーア様ぁ?なんの用事かニャ?」
リープはすでに猫かぶりモードに入っていた。驚くべきスピード。
リープが猫を被るのは……誰にでもと言うわけではない。
勇者か………お金を持っていそうな男性に限定されている。
要するに……玉の輿を狙っているのだ。
そんなリープをよく思っていない同性も少なくは無いだろう。
でも……私はリープが好きだ。
私とリープが、同じ存在だと言うことも一つの理由であるだろうが……
もう一つ、リープを好きな理由がある
もう一つの理由は……彼女がなぜお金を欲しがっているかを知っているからだ。
そもそも……城で生活をしている彼女が、生活に困っているわけがない。
リープがお金に執着する理由は知っている人間は……城内では私だけだろう。固く口止めもされていて、アイルにさえ話していない。
「アイラに話があったんだ。彼の………ゼクスの居場所を教えてくれないかな?」
そんな私の思考は、フィーアの言葉を聞くことで途絶えた。
フィーアはサクラを捕まえるつもり……いや、もっと直接的な言葉を使おう。
殺すつもりだ
「知らないし、知ってても言わないよ」
行き先は知っている。何も問題が起きてなければ、すでにグランツにいるはずだ。
この国すべての街でみても、あそこが一番、騎士団の干渉が少ない。だから馬車の行き先にもグランツを指定した。
「アイラ、君は一つ勘違いをしている。」
「勘違いって、なに。」
「僕には彼を………サクラを捕まえるつもりは無い。」
「そんなの信じられるわけが………って、名前、なんで……?」
フィーアは今、なんと言った?
サクラと言った。
ゼクスの本名を知っている人は少ないはずだ。
リープも私も、徹底してゼクスと呼んでいたのだから。
チラリとリープの方を見る。
すると、リープもまた、こちらを心配そうな目で見ていた。
リープが心配しているのはサクラではなく……アイルだ。
彼女は別にサクラの味方というわけではない。
私には、サクラと会った時は、再び命を狙うと明言している。
わざわざ追いかけたりはしないというだけだ。
もしも……また二人が会うときが来たら、私はまたリープと対峙しなければいけない。
「サクラがここを出て行った時、僕は偶然、彼と会ったんだ。名前はその時に聞いた。」
なぜフィーアがサクラの名前を知っているのか、その疑問が解けた。
これは完全に私のミスなのだが、サクラを逃がす日と、フィーアが魔物の討伐から帰ってくる日が被っていたのだ。
それに……本人から聞いたというのなら、理解できる。
私もリープも言っていない。アイルの性格を考えて、あの妹も言わないだろう。
残る、ゼクスの本名を知っている人物は……
サクラ本人だけだ。
……一つの疑問が消え、新しい疑問が出てくる。
「なんで、その時に捕まえなかったの?」
その疑問は、なぜフィーアがサクラを逃がしたのかというものだ。
あの時、城の兵士は寝ていて、もしかしたら、私が壁を壊したときの音も聞こえていたかもしれない。
明らかに異常な状況。その中一人でいるサクラを、普通なら拘束し、事情を聞くだろう。
私の質問に対し、フィーアは言葉ではなく、行動で答えた。
フィーアは右手の人差し指をまっすぐ私の胸の位置まで上げる。
「……私?」
「そう、君だよ。」
フィーアは続ける。
「サクラは君のペンダントをつけていたからね、すぐに君が逃がしたんだとわかったよ。……世界の為に自分を殺した君が、君の意思で逃がしたんだ。そんな彼を、僕は捉えることができない。」
あのペンダントを、私はいつも着けていた。
フィーアだってそれは知っているだろうし、一目見れば私のものだとわかったはずだ。
……フィーアを信じる?いや、まだ足りない。
「さっき国王には、捕まえるって言ってた。」
「あれは……嘘だよ。王の前で、彼を捕まえる気はありません。なんて言えないだろ?」
確かにそうだ。そんな事言えるわけがない。
それに……とフィーアは続ける。
「実はゼクスが才能あるもので、君が操られてたり、脅されてる可能性もあったからね。反応を見てたんだ。」
「なんで……そうじゃないって思ったの?」
「君の目が、本物だったから」
フィーアは迷い無く告げる。
私はフィーアはを……信じることにした。
リスクはあるかも知れないが、勇者を味方に出来るのだ、リターンは計り知れない。
「サクラはグランツにいるはずだよ」
「信じてくれて、ありがとう。」
フィーアは深々と頭を下げた。
「それじゃあ、僕もグランツに向かうよ。」
フィーアはそう言ってドアに手をかけたが……
「待って!」
私がそれを静止した。
「最後に一つ聞かせて。」
「何かな?」
「なんで、私がサクラを逃したら、あなたも逃がすことになるの?」
素朴な疑問だった。
私が逃がしたサクラを捉えることができない。フィーアはそう言ったが……
正直理由になってない気がする。
するとフィーアは……あまりにもバカげた理由を、大真面目な顔で言った。
「君のことが好きだからだよ。」
サクラを逃した理由を聞いたら告白された。
自分でも何言ってるかわからない。
「はぁ〜……?」
私の口から出たのは、告白されたばかりの少女とは思えない、可愛げのかけらもない声だった。
「ふふっ、先は長そうだね。」
フィーアは笑って、今度こそ部屋を出ていった。
そこで気がつく。リープがニヤニヤしている。
理由は……なんとなくわかる。
「告白………されたねぇ〜」
やっぱりそれが理由か。
「なんでそんなに何ともない顔してるのぉ〜?」
「だって、急に好きとか言われても……本当かもわかんないし。」
いくらなんでも…告白されたという実感がなさすぎる。
すると……リープが聞き捨てならないことを言った。
「私がゼクスの事を好きかどうか聞いたときは、あーんなに顔真っ赤にしてたのになぁ〜。可愛かったなぁ〜。」
「にゃっ……!なんでサクラが出るの!?」
また……取り乱してしまった。これではあのときと同じじゃないか。
取り乱しすぎて、にゃっ!っとか言ってしまった。リープじゃあるまいし。
「やっぱゼクスのこと好きなんじゃん。あんなののどこかいいのかねぇ」
「べ……別に好きじゃないし!」
確かに、サクラは素敵な人だ。
才能がないと言われても、嫌な顔一つせずに私と修行をしてくれたし、
私の罪を知っても、優しいままでいてくれたし
それに……最後に大好きって……
「わかったわかった、うんうん。」
先程、可愛いと言われて照れるリープをからかった仕返しのつもりなのだろうか、いやらしい笑みを浮かべている。
でも……私は今この瞬間を楽しいと思っている。
リープと……友達とからかいあえる今を大切にしたい。
こんなにも汚れた私が、罪にまみれた私が、こんなに穏やかな時間を過ごしていいのかという気持ちもある。
でもきっと、この時間は……サクラがくれたものだ。
サクラと会うまでの私は、心から笑えずにいたから。
だから……私はサクラがくれたこの時間を大切にしたい。
彼の事を考えると……すこしだけ……胸が苦しくなる。
この苦しさが、リープの言っているとおり、好きだってことなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。
でも、これだけははっきりとわかる。
私にとってサクラは……
とても大切で
特別な人で
そして………
掛け替えのない人なのだと




