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第十一章  モスラが好き

 夕子は寝室兼勉強部屋に入って、半分はモスラグッズで占められている本棚から一冊の本を取り出して机に向かい、本のページをパラパラとめくった。ある箇所で手を止め、書かれている文字を目で追った。

「まるっきり同じじゃん」

 そこには舟虫の呪いに掛けられた可哀想な少女のことが書かれてあった。愛読者って結構いるんだ。夕子は本を閉じて机の上に置いた。くたびれた表紙には、モスラが好きというタイトルと、その下には作者の名前が六条陽平と書かれていた。

 夕子がモスラ好きになった経緯は令子とは違っていた。令子は小学生の頃、祖父と一緒に映画館で観て以来のモスラフリークだった。夕子の場合は始めは、モスラって蛾のお化けみたいなやつというくらいのことで、幼虫に関してはむしろ気味が悪いと思っていた。

 中二でみんなからシカトされていた頃、夕子は勉強を終えると、いつも深夜までダンスを踊っていた。それは夕子にとって、学校での嫌なことを何もかも忘れられる時間だった。夕子は毎日無我夢中で踊っていた。

 ある日の深夜、躍り疲れた夕子が、めったに見ることのないテレビのスイッチを入れると、ちょうど新刊の小説を紹介する番組で「モスラが好き」を取り上げていた。シナリオがあったのかどうかは知らないが、結果は行き当たりばったりのインタヴューが夕子の興味を引いた。眼鏡を掛けた、ちょっとインテリという感じの女性インタヴュアーは、「モスラが好き」を隅から隅まで読んでみたが、モスラのモの字も見当たらなかったと言って、そんなタイトルにした理由を聞きたがっていた。それに対してアロハシャツにビーチサンダルを履いた、夕子の父親よりも少し年配の、五十歳を過ぎるか過ぎないかと思われる作者(男)は「モスラが好きだから」とだけ答えていた。

 その後インタヴュアーは、尺取虫のように身体をくねらせたり、繭になったり、ばたばた羽ばたいてみたりして「こういうの出て来ませんでしたよね」と念を押すように言った。既にパントマイムの見物人になりきっている作者に、インタヴュアーは「内容と全く関連性のないタイトルを付けるなんて、読者を軽視しているとしか思えませんが」とやや強い口調で批判めいたことを言った。作者は「ふーん」と言っただけで、他に何の反論の弁もなく、インタヴューは終了した。その後、彼女は穴の空いた時間を埋めるために、作品の内容について言い及んだが、中学生の読書感想文ほどの切り口もなかった。彼女は目を通していても、読んではいないと夕子は思った。そして、内容の全く見えないその本は、眠りに就こうとする夕子の頭の中で、ある意味では新興宗教のように、どんどん過大評価されていった。


 翌日、夕子は学校の帰りに本屋とレンタルショップへ立ち寄り「モスラが好き」を予約し、ついでに見たことがなかった「モスラ2」と「モスラ3」のビデオを借りた。一週間後「モスラが好き」が手元に届いた頃には、既に「モスラ2」と「モスラ3」を見終わっていた夕子は、遅れ馳せではあるが令子と同じくモスラフリークの仲間入りをしていた。

「モスラが好き」を手にした夕子は、その小説の使命は既に果たされていると感じていた。タイトルどおりモスラが好きになった夕子に、もう宗教は必要ないように思えたからだ。しかしながら、読み終えた感想は「上等じゃん。」だった。

 その頃の夕子は、否応なく人間社会と対峙することで傷付いていた。それは言うまでもなく、ジャズダンス教室での一件を起点とするものだった。大人社会の価値観により形成されるモラルが、子供という個を刺激し、子供社会の方向性を決定付けた上で、再び個人にフィードバックされるジレンマである。要するに、大人社会の選択肢により子供の個性が決定する必然性だ。夕子は苛めっ子たちを憎悪も非難もしなかった。

 忌まわしい現在に産み落とされた子供は、大人の出来の悪さを際立たせたコピーでしかない。夕子は大人たちを憎み始めている自分が嫌でしょうがなかったが、その感情にストップをかける存在を見出すことが出来なかった。父親にも母親にも、教師にも、マスメディアにも……。

「モスラが好き」の、何人かの登場人物は、夕子の父親よりもまだ年上であった。彼らは単に能天気なオジサンでしかなかった。「モスラが好き」は三人のオジサンと一人の少女のサーフィンライフを描いた作品だが、遠い未来と近い過去の夢の狭間で、現実というサーフボードだけが軽やかな弧を描いていた。

 夕子はそれまで以上に勉強した。グローバルを旗頭にしながら、共同幻想の枠を超えられない者たちが蔓延る社会と同化してしまわないために。「モスラが好き」の後書きにこの物語はハーフィクションですと記されていた。ということは、登場人物の一人である作者の六条陽平は、小説の舞台と同じ場所で同じ暮らしをしているかも知れない。ハーフィクションではあるが一九七〇年代初頭にはサーフィンのメッカであり、現在は防波堤工事のため波が立たなくなった海岸があり、ヨットハーバーのある町で、そう遠くない距離に大学もある。

 夕子は情報収集をして場所を特定し、今この町の大学に通っている。しかし、今日六条陽平に会うまでは、何の手掛かりもなく、シャボン玉生活を続けているうちに、奇しくも令子と出会ったのである。

 夕子はバスタブにお湯を入れている間、オーディオだけが置かれた広いリビングルームで、リッキー・リー・ジョーンズの歌うマイワンアンドオンリーラヴに合わせ踊り始めた。ゆっくりと流れるメロディーに身体を預けていると、不意に涙が頬を伝った。中二のとき悲しくて流した涙、令子のモスラストラップに会い、思い出に流した涙。それぞれの涙には別の泉があって、今日の涙は五年分の感情を蓄えた最も大きな泉から溢れ出したものであった。夕子は踊りながら、止めどなく流れる涙の分だけ、心が満たされて行くのを感じていた。

 バスルームから、お湯が入ったことを知らせるアラーム音が聴こえた。

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