第二十九章 怒涛のエリオ
カジノ・ハーシュラーム
パニックを起こした客たちは、ナンバー9が破壊したスロット台の残骸をまたいで、ホールからいっせいに脱出した。
ラベラーダ国王は、うつろな目をして突っ立っている。逃げまどう客とぶつかり、王は力なく床に倒れた。
「ラベラーダ王、カラーラ姫。人だかりに呑まれないようにして、お逃げください!」
ソラナ・シエナステラは、王族に頼み願った。
「兄さん。カジノから出ましょう」
カラーラ姫が横たわる兄の手をとり抱き起こす。
「だめだ。僕はもうここから……、出られないんだよ」
か細い声で二十歳のラベラーダ王はつぶやいた。
ソラナがゆっくりと歩み寄った。
「ラベラーダ王は、自分の意思を持てなくなっているようですね。ここにいる客たちもそうです。おそらく、セルジュ・ジリカの剣によるものでしょう」
「ソラナさん。どうしてわかるのですか」
彼女に付き添うアルト・プレヴィンが質問する。
ソラナは藤色の瞳を輝かせた。
「勘です」
・・・・・
「ほうほう、俺の剣が、人を狂わせる原因をつくるというのか。そのとおりだ。女勇者」
ソラナの発言は、セルジュの耳に届いていた。
セルジュの左手にある、ルビーの装飾が施された剣。刃身はひょうたん型で、戦闘向きでなく、儀式用の剣だ。
「夢幻眩惑の剣だ。この剣は、人を欲望に駆り立てる瘴気を発している。そして、この剣で斬られれば、正常な思考判断ができなくなる」
「あなたが兄さんを惑わせているのね!」
カラーラ姫は、悲痛な声をあげた。
「そのとおり。俺はこの剣で、勇者も斬る」
セルジュは夢幻眩惑の剣をユウに向けた。
「本気でやりあう気だな」
ユウ・ナギノは天啓の剣を構えた。
「勝負は始めからついているだろうよ。勇者一行といえども、戦える奴はお前ひとりしかいないじゃないか」
「いいえ、わたくしが居ましてよ」
ホールの中央に、エリオ・ソフィー・フォン・ソードスワードが歩み出た。
肩まである、くせ毛のライトブラウンの髪をなびかせ、砂漠の街の女らしい、ふわりとした生地の着物の帯に、レイピアを挿している。
「その娘は、ソードスワード家のお嬢ちゃんだ。勇者ユウにくっついて旅をしているだけだ」
ナンバー9が覆面の下から、小馬鹿にした笑い声を漏らす。
「そこの図体のでかい覆面男。ドラゴンスレイヤーとドラゴンランスを返しなさいよ」
エリオ・ソフィーは鉄球の大男に睨みを効かせた。自分の宝物を盗まれたので相当怒っている。
「おいおい。待て待て、引っ込んでいろ、エリオ。ここは俺だけでやってみるから」
ユウは、エリオを押し止めようとした。
「いや。わたしは戦う。負けは許されないのよ。勇者一行は」
「だからって、お前を危険に晒すわけにはいかないだろ」
「お前を負かせば勝負はつくんだ!」
セルジュ・ジリカが、ユウめがけてドラゴンランスを繰り出した。
ユウは槍を素早くかわす。
「まるで火竜の尻尾だな」
「二メートル半の長さがあるから、リーチが長くて懐に入りづらい」
エリオ・ソフィーが解説する。
「俺様のところへ近づけまい。ナンバー9の鉄球と一緒に追い詰めて突き刺してやろう」
セルジュ・ジリカは笑った。
「腹立つわあ。わたくしのドラゴンランスを使って」
エリオ・ソフィーは紅潮した頬を膨らませる。
「ねえユウ」
「なんだよさっきから、戦いに集中させてくれよ」
エリオは指を差した。
「あの硝子ケースの中の剣、あれ、ソードスワード家のものだから」
「わかった」
ドラゴンランスと鉄球による二重攻撃が始まった。
ユウは避けることしかしない。しかし、彼は相手をすこしずつ誘導して移動した。
「粉々になれ!」
勢い良く振るったナンバー9の鉄球が、ホールの硝子ケースをかち割った。
「エリオ、取れ!」
「ユウ! いい回り込みね」
エリオ・ソフィーが駆け出して、硝子ケースの中にある刺突剣を手にした。
「むむ!」
ナンバー9は、鉄球の回転をひとまず止めた。
「ふたりの戦いの呼吸はぴったりですね」
アルトが拍手する。
「そうね、なんかいけそうな気がする。【天啓】よ。あなたが選んだ勇者ユウと、勇気ある者エリオ・ソフィーに加護をお与えください」
ソラナは祈った。
エリオ・ソフィーは、先がキリのように鋭い刺突剣、エストック・アザレアを掲げた。
「我が家の剣、エストック・アザレア! 取り返した!」
「俺の所有物だ。触るんじゃない」
セルジュが警告する。
エリオ・ソフィーは不敵な笑みを浮かべた。
「イカサマ師の分際で、なに抜かしてんの?」
「ああ? 俺のものなっていたんだ」
「はあ? もともと全部、わたしのものだってば」
この場で最も怒りを表明しているのは、エリオ・ソフィーだった。
「おらおら、ソードスワードのお嬢さんよ、痛い鉄球を喰らいたいのかい?」
ナンバー9が再び鉄球を回し始めた。
「エリオー、下がれ、下がってくれー!」
ユウは、セルジュを牽制するのに手がいっぱいだ。
「大丈夫、余裕」
「舐めていると、どうなっても知らんぞおー」
ナンバー9は、エリオ・ソフィーめがけて鉄球を振り回した。
エリオはひょいと頭を下げ、間一髪でよけた。
次の球が回ってくる前にすこし時間がある。
エリオ・ソフィーは身を構え、1メートル半のリーチがある鋭い剣先を、相手が持つ鉄球を繋ぐ鎖の輪に通した。
鎖は切れ、制御を失った鉄球が飛んでいった。
「動きが遅い遅い」
エリオは覆面男に向かって言い放つ。
「こしゃくなー」
ナンバー9は、エリオを追い払うために球を振り回したので、だいぶ手加減した。
名門ソードスワード家の娘を傷つけるほどの鬼にはなれない。そう思いとどまらせる高貴なオーラが、エリオ・ソフィーにそなわっていた。
「エリオ。見ているこっちが失神しそうになる」
ユウはエリオのもとに駆けつけた。
「おい、例のあれをよこせい!」
ナンバー9が声をかけると、セルジュの部下がドラゴンスレイヤーを持って来た。
「勇者ユウの一行はなかなかだ。だが、どういう了見で、俺様に楯突こうとする。一体、俺は勇者に何をしたというのだ」
セルジュは右手のドラゴンランスの矛先をユウに向ける。
「いや、俺はラベラーダ王をここから連れ出すのを姫に頼まれただけだ」
「王だと? この国の王はこの俺だ」
セルジュ・ジリカは笑いながら大胆に口走った。
「あなたが王になりたいのなら、本気で王を討ってみさない!」
ホールの隅で、ふぬけた兄を抱きかかえるカラーラ姫が叫んだ。
「わたしは、ドラゴンシリーズを返さないとお前たちを許さない」
エリオ・ソフィーが重ねて言った。
「おいおい、挑発するなよ……」
ユウはため息をついた。
「無駄な争いをするべきではありません。すべてに先立つものが天啓です。これには火竜の力も及びません。勇者が天啓の剣を抜いた時点で、勝負は決しているのです」
ソラナ・シエナステラの声がホールに響いた。
「戦いはこっちに分があるだろ。女勇者も、ハッタリをかましてくれるじゃねーか。夢幻眩惑の剣を受けて、俺の魅力の虜となるがいい」
セルジュはソラナを狙って駆け出した。
「やらせない!」
エリオ・ソフィーがエストック・アザレアでドラゴンランスを叩き落とした。
「さっきからじゃまだな。この女」
セルジュとエリオ・ソフィーの視線が合った。
「あら、わたくしを狙って、あなたの虜にしてくださらないの?」
「しない。俺はいい女をたくさん知っている。女勇者がすごくいい」
セルジュはエリオとソラナを見比べながら槍を拾う。
「腹が立った。人生最大の侮辱だわ」
エリオはわなわなと身を震わせる。
エリオはエストック・アザレアの刃身を舐めた。
舌使いが艶かしい。
「エリオ、怒りで頭がどうかしたか!」
ユウが声をかける。
エリオはブレードで舌をすこし切り、にじみ出た血を刃身に吸わせた。
「!?」
エストック・アザレアは、春に咲き誇る花畑のような七色の光沢に包まれていった。
「エストック・アザレア。いま、ソードスワード家の血を受けて蘇ったわ!」
その刺突剣は、本来の主の手に納まり、アザレアの花の甘美でかつ毒気のある芳香を漂わす。
「霊剣か!」
セルジュは驚き、エリオの手から剣をはじき飛ばそうとして、ドラゴンランスを繰り出すと、エリオは細い刃身で、火竜のあばら骨を真っ二つに切り落した。
「今よ。ユウ」
「天啓の剣を受けろ! 無礼極まる王の僭称者、セルジュ・ジリカ!」
ユウがセルジュに斬りかかった。
「俺の剣がああああああああ」
天啓の剣の一撃を受けた夢幻眩惑の剣は、蒼色の閃光を放ちながら崩れ落ちた。




