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第二十七章 勇者様がお見えに

 ハーシュラーム国


 勇者ユウ・ナギノの一行は、人に尋ねて王宮を探した。


 水堀に架かる桟橋の手前に着いた。

 その先に、壁面が大理石でつくられた円い屋根のある小ぢんまりとした宮殿がある。

「街の景気は良さそうなのに、宮殿はぼろぼろだ」

 宮殿のまわりの堀の水は、藻で緑色に濁っている。ユウはけげんな顔した。


 なにより不思議なのは、ひと目で恵まれていなさそうな人々がぞろぞろと宮殿に向かってやってくるのだ。

 咳きこんで病気で働けなさそうな男、泣き叫ぶ赤ん坊を抱える痩せた母親、腰が曲がった老婆、足を引きずる老人、身寄りのなさそうな子供たち……。


「ハーシュラームの国王は、二十歳のラベラーダです。代々、ハーシュラーム国王はうまく国を治めていると聞いていますが、生活が苦しそうな人がなぜ大勢ここに……」

 アルトも何か変だなという顔をする。

「一緒に並んでみましょうか」

 ソラナが提案する。

「調査ってことね」

 いちばん嫌がりそうなエリオ・ソフィーが同意した。


 ユウたちは、貧しい人々と一緒に、板が腐りかけてギシギシ音を鳴らす桟橋を渡った。


 夕刻に、宮殿の門が開き、頭にカチューシャをはめておでこを出す少女と、護衛の兵が現れた。

「今日の施しです。きちんと列をつくってください。新しく施しを受けたい者は、名前の登録をわすれずにお願いします」

 カチューシャの少女の声は小さく、喉が震えていた。申し訳なさそうにして、気弱な表情をしていた。

「カラーラ姫。ありがとうございます。ありがとうございます」

 ひとだまりにいる老婆が、少女を拝む。


「あれはラベラーダ国王の妹の、カラーラ姫? 王族が施しの世話をやっているよ」

 アルトが驚いた。

「姫がか。王はどこにいるんだ」


 姫たちは、焼いたナンやチャパティ(薄い生地のクレープ)を人々に配り始め、やがて、ユウの番がやってきた。

「お前。見慣れない顔だな。ご立派な剣を携えてさ」

 登録係の役人が横柄な態度でユウを睨んだ。


 ユウは物見で並んでいたので、どう振る舞えば良いかわからなかった。

「名前は? お前はハーシュラームの人間か? 旅行者じゃないのか? 登録するから名前を言え!」

 役人はいらいらしている。

「な、名前は……」

「いいの。施しを必要とする者に、身なり格好で判断してはいけないわ。あなた、チャパティでいい? ナンは品不足なの」

 カラーラ姫が、チャパティの包みを持ってユウのところにやって来た。

「いや、俺は……」

 ユウは包みを受け取るも、口にできない。オリーブオイルの良い香りが鼻に届いた。バターならもっと美味しそうだろう。

「お前、姫に向かって礼のひとつもできないのか」

 役人がいらいらしている。

 ユウはカラーラ姫に頭を下げた。

「施しは受け取らないでおく。興味本位でここに来てしまった。俺の名は、ユウ・ナギノ。そして、ソラナ・シエナステラも並んでいる」

「ん? 聴いたことがある名前だ」

 役人が首をかしげる。

「えええええ。勇者様がお見えになったのですか」

 姫は手で口を抑え、驚き立ちすくんだ。


 ユウたちは宮殿の中に通された。

 大理石の壁にはヒビが入り、広間はがらんとした感じを受ける。

 そう、本来ならば、宮殿とは博物館のように、豪華な装飾品であふれているはずだ。

 金に困って売り払ったのだろう。

 蝶が舞う中庭の果樹園の木々に、熟した実がついていない。おそらく、青いうちに刈って食べてしまっているのだ。

 

「申し訳ありません。勇者様がこの宮殿にお見えになるとは、考えておりませんでした」

 肩まで伸ばした茶髪に、小麦色の肌。

 薄いラクダ色の質素な半袖のレースをまとう姫は、ユウとソラナの前にひざまずいた。

 太陽の光のもとで、不自由なく暮らしていたであろう、十六、十七の娘の黒い瞳に、憂いの影が見える。


「カラーラ姫。勇者誕生はこの国にも伝わっていたのですか?」

 たおやかな身体のシルエットを映す、この国らしい衣装をまとうソラナの額に、天啓のサークレットの青い光が輝いている。


「はい。わたしたち王族のもとには、少年と少女の勇者が現れて、デロスに向かうという報が届きました。それがあなた様方なのですね」

「【勇者】で盛り上がっているのは、トライアード教の国々だけだと思っていたなあ。俺たちがこの国の王に謁見していいかどうか、迷っていたんだよね」

「勇者は万人を救う存在。異教徒のわたしたちにとっても希望です。この宮殿にお訪ねいただき、光栄です。救ってほしいのです……。さて、早急さっきゅうに歓迎の宴を用意いたします」

 カチューシャおでこのカラーラ姫は、ユウとソラナに対して、随分と、うやうやしい態度をとっている。


「そうだな、宴だよなあ。この国自慢の、おいしい料理。この国自慢の美女たちの踊りが見たいよなあ」

 うきうきしてユウが仲間のほうを振り返ると、ソラナ、エリオ、アルトから、冷たい視線を浴びた。

「……冗談だ。さっきの施しの場面を見たら、そんな余裕はなさそうだ。で、カラーラ姫さん。国王はどこにいるんだい」

 ひざまずく姫は下を向いた。

「国王はいま、病気で臥せっています。人と会えない状態なのです」

「王もまだ、お若いのにね」

 エリオ・ソフィーが言った。

「国王の代わりに、妹のわたしと母が国を受け持っています」

 

 ソラナは姫の前に出た。

「カラーラ姫。どうぞお立ちください。王族が、そんなにかしこまってはいけません。私には、宮殿の前に集まる人々が気になります。ハーシュラームは豊かな国であると聞いています。あなたは、さっき救ってほしいとおっしゃいましたね? 若い王が病気だからといって、こうはならないと思うのです。姫」

「ああ、うう」

 カラーラ姫は、声を詰まらせてふたたび床に膝をついた。

 小麦色の腕と脚が、レースの先から伸びている。

 彼女はしばらく背中を震わせた。

 

「あ、兄は……、ラベラーダ国王は、カジノにいます」

「カジノ・ハーシュラームか。俺は、始めあれが王宮だと思ったよ。で、いつ帰ってくるんだい?」

「いいえ。帰ってきません。ここ半年間。ずっと、カジノにいるのです」

「そんなにハマれるカジノなのかよ」

「もう、取り憑かれたかのような熱中ぶりだそうです。帰らせるために役人をよこしても、兄は、自分の意思でここにいる。帰るつもりはないと」

「で、壮大に負けてるようだな。この様子だと」

「はい。兄の負けの分を王宮が支払っています。あのカジノ・ハーシュラームはやっかいなのです。多くの国民が、あそこにハマって困窮こんきゅうおちいりました。お金に困った国民が王宮に押し寄せて、金を給付してほしいとやってきましたが、すぐにあそこで使ってしまうのです。もう、王宮もお金がなくなってまいりました。宮殿ではお金の給付はやめて、ナンやチャパティを配ってほんとうに貧しい人しか救えなくなっています」

「国王にぜひお会いしたい」

 ユウは、カジノ・ハーシュラームには魔物がいるという予感がした。

「はずかしいことです。わたしも一緒にいかせてください。兄と話をつける必要があります。兄の負けを支払うための増税なんて、絶対にできませんから」

「よし、決まった。まだ夕刻だ。さっそくいこう」


 ・・・・・

 

 カジノ・ハーシュラーム


「王よ。どうだ、ビリヤードでもやらないか」

 ルーレットに熱中するラベラーダ国王の肩を、カジノのオーナーであるセルジュ・ジリカが叩いた。

「ふう」

 ラベラーダは息をついた。黒髪の短髪に小麦色の肌。

 中背の二十歳の青年の大きな黒い瞳は、かつて利発そうな輝きに満ちていただろうが、いまは充血して赤みがかっている。

 酒あおり、タバコをふかして、身体を追い込んでいる。そうやって感覚を研ぎ澄ませば、勝てるとセルジュ・ジリカが勧めていた。


「ビリヤードかい、ジリカが教えてくれた。賭けなしの試合だよな?」

「もちろんだ。純粋な遊びとして楽しもう。人生大いに楽しもう。退屈な宮殿より、ずっと楽しいだろここは」

 ジリカはドラゴンランスを自慢げに手にしている。

「今日は、これでビリヤードの玉つきだ」

「すごいな。なんだその槍は」

「いいものだろ。俺のもとにはいいものが集まるんだ。いい酒、いい武器、いい女。ラベラーダ王の妃も俺が紹介してやるからな」

 セルジュ・ジリカは大声で笑う。

 ラベラーダも釣られて小さく笑った。

「何もかも、ジリカの世話になるなあ」


 黒い瞳の青年は、心のなかで何かが違うと感じた。

 どうして、ずっとこのカジノに入り浸っているのだろう。

 母と妹を残して、そして、なによりも国民をほったらかしてこんなところにいる。


 セルジュ・ジリカに任せればいい。

 彼がなんでもやってくれる。

 外国とも、地方の部族とも話をつけてくれる。

 ハーシュラームに彼が居てくれて良かった。

 カジノをつくってくれて国が栄える。

 

 それでも、何かが違うと青年は思った。

 ジン酒をかっくらい、頭をぼかして青年は、セルジュとともにビリヤードコーナーへ歩みをすすめた。

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