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第十七章 それでは行ってきます


 天啓祭で、突如として現れたふたりの勇者、ユウとソラナは、教皇に謁見することになった。

 おそらく、つぎはデロスの国への旅立ちとなる。


「マスター、おかみさん。いままでお世話になりました」

 天啓の剣を腰に差すユウ・ナギノは、父の代わりだったマスターと固い握手をした。

 おかみは涙を流してユウの背中に腕を伸ばして抱きしめる。

「ユウ……、こちらこそ、お世話になりました。ユウが世の中のために大きな役目を果たすことになる、そんな予感がしていたんだよ。しっかり、つとめを果たすんだよ」

 自分が生んだ子ではないが、いままでこの手でユウを育ててきた。

 ユウが成長してから、すこし手荒く宿屋の仕事を手伝わせてしまったが、いまこのときは、息子が旅立ってゆくのと変わりない。


「本当に世話になった。ありがとう。おかみさん」


 その場には、新調したシエナステラ修道院服を着るソラナもいる。


「天啓の剣で、シエナステラの娘さんを守ってやりなさい。それが、お前の生まれてきた使命なんだろう」

 マスターも万感ばんかんの思いにひたって声を震わせる。


 ソラナはホテル・ナギノの家族たちの別れを見守る。

 彼女の額には、天啓のサークレットの宝石が放つ、天空の色を模した青く澄んだ輝きがあり、特に目立つふくよかな胸は、大地の豊穣を象徴している。


 ユウたちは、『聖』と『生』に満ちたソラナ・シエナステラを直視できなかった。


「それでは行ってきます」


 ユウは、おかみたちに、再びここに帰ってくる約束をしなかった。

 ソラナとともに、もっと遠くへ、ソラナが語る『天啓』に導かれるまま、地の果て、天の果てまでいくつもりだった。


「さあ、教皇に会いにいきましょう」

 ふたりは、ソードスワード市国の中心にあるトライアード教皇庁へ向かった。


 道端の人々がユウとソラナに手を振ってくる。

 二人は笑顔でそれに答える。

「なんか、大変なことになったなと実感するよ」

 ユウは天啓の剣が納まる鞘に触れた。


 この剣が勇者の証なのだ。


「ねえ、ソラナ」

「はい」

 隣のソラナが藤色の瞳をよこす。

 すこしユウの胸が高鳴った。

「ソラナは本気で天啓の門を開けようと思っているの?」

「そこまで考えてシエナから来たわけではありません。でも、勇者になったからには、デロス神殿に行って、天啓の門を出現させられるか試してみたいでしょう? それが叶わなかったら、それまでのことだと思う」

「わりきりがいいな」 


 トライアードの教義では、天啓の門を出現させるには三つの神器、ほかに【天啓の指輪】が必要だ。

 先が分からないほうが、勇者の旅としては面白いと彼は思った。

「天啓の門が現れなかったら、ふつうの生活に戻るのか」

「そうね。私はシエナに帰るかも」

(かも……って、修道院に必ず戻るわけじゃないんだな)


 ユウには気になることがあった。

(エリオはどうしているかな。大会優勝……、天啓の剣を手に入れた。エリオの願いを叶えたはずだけど、あれからエリオと話せていない……)


「そこのふたり! のこのこと歩いてなんかいるんじゃない!」

 二頭の馬がいななき、カナキリ声が街道に響く。


 ソードスワード家専用の馬車の客席から、エリオ・ソフィーが身を乗り出している。

 彼女も市国長の父、ヘクターとともに教皇庁に参じる。

「エリオ! エリオー!」

 ユウは激しく手を振った。会いたかった相手が向こうからやってきた。

「わたくしはソードスワード家の人間として、あんたら勇者とともに、教皇陛下に謁見するのよ。教皇庁まで、道のりはあと数キロしかないけど乗っていきなさいよ」

「いい馬車だな、これ旅に使わせてくれないかな?」

 ユウの一言に、エリオとヘクター親子は顔を合わせる。


 勇者の頼みを断れるの?


「い、いいわよ」

 検討の結果、エリオが答えた。

「お前も旅についてきてくれるよな?」

 さりげなく、ユウはエリオにたずねる。


 ユウはエリオを旅に連れて行くつもりだった。

 エリオをひとり、この街に残すわけにはいかない。

 ユウは、確認のためにシスター・ソラナのほうをちらりと見ると、微笑みが返ってきた。

 エリオ・ソフィーと旅を共にしてもよいということだ。


 エリオの顔は赤くなった。

「同行してあげてもいいわ。でも、それは、ソ、ソードスワードの家の人間として、天啓の剣の行く末を見守らなくてはいけないから」

 エリオ・ソフィーは身振り手振りを交えて答えている。

「お前。剣の方が大事だもんなあ」

 すこし意地悪くユウは言う。


「エリオが旅に行く話はあらかじめついているぞ。娘は絶対にユウと一緒にいくと、わしにすごい剣幕でつっかかって、きかなかったからな」

 市国長のヘクターが笑った。

「ちょっ、オヤジ。余計なことを口走んな!」

 エリオの顔はさらに赤くなっていた。


 ・・・・・

 

 夕方に、一行はトライアード教皇庁に到着した。

 その建物は、宮殿のようで、エリオの私邸より何倍も大きい。

 教皇庁は、ソードスワード市国にあるが、西のシエナ王国ほか、トライアード教を信奉する広範囲の国々に影響力を持っている。


 時の教皇ヴァルダスティ三世は、ドーム型の屋根、周りにステンドグラスが張りめぐらされた広い空間に鎮座していた。

 教皇は、丸首の薄いラフな藍色の法衣で、茶髪に両耳ピアスの二十代の若い男性だ。

(やっぱりな)

 ユウはその風貌を意外にも思わなかった。

 この国でキンスロットと美を争っている男。

 しかし、武芸にいそしみたくましさを備えるキンスロットと比べると、ヴァルダスティ三世は、色白でひ弱な印象だ。

 前教皇逝去に伴い、監察官の推薦を集めて、若くして就任した青年。

 結果、彼の能力不足で監察官たちの権力が増大し、トライアード教の混乱と腐敗が始まっている。


 一行は、教皇の前でひざまずいた。

 ソードスワード市国長のヘクターのほか、レーゲン・キンスロット騎士団長もその中に加わっていた。


 ヴァルダスティ三世は、しばらくソラナ・シエナステラに視線を向けていた。

 それは、若い男としてごく自然な反応だ。

「みなの者、ご苦労である。かしこまらなくてもよい」


 全員は立ち上がった。

「余の代にまさか、勇者が誕生するとは思わなかったぞ」

 椅子にもたれてほお杖をつく教皇の声はやはり若かった。

「天啓の剣を持つ者よ。余に剣を拝見させてくれぬか」

「はっ」

 ユウは天啓の剣を引き抜き、教皇に手渡した。

「ほほう、この太くもなく細くもない、いかにも切れそうな輝きをもつ両刃、みごとだ。鞘に描かれた神器の模様も美しい。あまり重くもないし、使いやすそうだな」

 しかし、教皇はグリップを掴むことができなかった。

 屈辱の表情が、若い教皇の顔に走った。

「同極磁石のように体につかない。ははは、面白い。これが、天啓の神器というものか。実体験できてよかった」

 彼はユウに剣を返した。


「伝説によれば、天啓の神器を身につけた勇者は、天啓の門を出現させ、門を開き、人々に福音をもたらす。天啓の門は、東方のデロス神殿に出現するとされる。勇者、ユウ・ナギノ、ソラナ・シエナステラよ。デロスへ向かうのだ。天啓の門を開くのだ」

「はい」

「はい」

(貴様に命じられなくても、やることはわかっている)

 ソラナとともにかしずきながらユウは思った。


「勇者出現の府令を出した。ゆく先々で、勇者は教徒から助けを受けることができる。また、勇者は教徒を助けなければならない」

(貴様に言われなくてもやってやるさ)

 ユウはすぐにでも立ち上がりたかった。

「続いて、エリオ・ソフィー・フォン・ソードスワードよ。貴女の剣術の腕を買い、勇者の同行を命じる」

「はい、ありがたく拝命いたします」

 レイピアを腰にさすエリオは、教皇の前でかしずいた。

 広間にいる人間から拍手が起こった。

 父親のヘクターがまわりに頭を下げる。

 勇者の一行に加わるのは名誉なのだ。


「あと、ソラナ・シエナステラよ。トライアード教の長として話があるので、あとから余のところ来い」

 教皇が言った。ソラナは、いち早く府令を出して、シエナステラ修道院に安全をもたらした教皇に恩義おんぎを感じていた。

 ソラナは深く頭を下げ、求めに応じる意思を示した。


「よしよし。さあ、勇者の壮行そうこうの宴を始めようぞ」

 ヴァルダスティ三世は、愉快そうに柏手を打った。


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