第十一章 シエナステラに吹く潮風
天啓祭の十九日前
シエナ王国
海に囲まれた小高い岬の上に建つシエナステラ修道院から、二人の少女がリヤカーを引いて街に降りてきた。
二人は商店をまわり、小麦粉と砂糖の袋やバター缶を買って荷台に積んでいく。
シエナステラ修道院は、修道女たちがクッキーや菓子を作り、街の店で客に売ってもらっている。
その代わりに、街で材料を調達するのを繰り返している。
シエナステラ修道院は、かつて自給自足をしていたが、貨幣経済が浸透していくなかで、現金収入を得るために、クッキーと菓子作りを始めた。
もちろん、修道女たちが作る菓子は、シエナの街のブランド品として観光客たちに人気がある。
「あー暑い、暑い。さすがに冬服はもう替え時だね。風も冷たくなくなったし」
藍色の冬服とヴェールを被り汗だくになりなから、修道女のレマリィはかすれ声でソラナに話しかけた。
ソラナ・シエナステラは、いま心ここにあらずと適当に相づちをうつ。
「もう、ソラナはいつも半分天国にいっちゃってる感じね。何考えているの?」
「秘密」
そっけなく先頭のソラナは答えて荷台を引き始めた。
「アタシはさ、三年間、家の都合で修道院に入れられているけど、これじゃ、お菓子作りの女工さんじゃないの。修道院をでていくのが待ち遠しいわ」
レマリィは修道院を出たら、親が決めた婚約者と一緒になる。
それまでほかの男が寄りつくことができない場所、加えて、いろいろ家事や礼儀作法を学ぶのに修道院はうってつけだ。
シエナステラ修道院には、貴族とまではいかなくても、良い家柄の娘が集まる。
「あと一、二年くらいがまんすれば? レマリィは修道院を出たらあてがあるのね」
「そー、すごくかっこいい人と一緒になるんだ。ブドウ畑とのワインの鋳造所をやっているの」
レマリィは、自分のフィアンセの姿を思い出した。修道院に入っても、彼の記憶を失わせるわけにはいかない。
ソラナは、のろける後輩をからかった。
「ブドウ畑の農夫さんね。あまりここの地味な暮らしと変わらないと思うけどね」
レマリィはヴェールを脱いで、前でリヤカーを引くソラナに向かってわめいた。
「ちょっとー、どうしてそういうことしか考えられないわけ? アタシを待っている人はね、どの農園にも負けない質のいいブドウをつくって、おいしいワインを作って、海を越えて売りに行ったりしているよ。アタシ、その人に付き添って世界のいろんなところにいくんだ」
街道をゆく彼女の頭に幸せな想像が巡った。
「荷台を押す力が入ってないよ」
振り返ってソラナが注意する。
想像のひとときから醒めたレマリィは、いつも先輩ぶる態度のソラナに腹を立てた。
「ソラナはこれからもずっと修道院暮らしだものねー」
「そうとは限らないわ」
ソラナは、希望に溢れる笑顔を見せた。
「へえ、あなたに身寄りがいたの?」
レマリィの意地悪な質問にソラナは答えず、街のひとつの店に目を向けた。
「……ごめんなさい、ちょっと寄り道させてね?」
「いつもの金細工屋ね。あまり遅くならないでよ」
ソラナとの言いあいに勝った気がしたレマリィは、すんなり了解した。
ソラナは街の金細工屋に入った。
「おじさま、できました?」
「ああ、シエナステラのお嬢さん。お待ちしておりましたよ」
左目に単眼ルーペをはめた老人は、プラチナでできた輪の冠をソラナに渡した。
ソラナはそれを被って鏡に映す。
菱形の青い宝石が冠にはめられている。
「ふふふ」
鏡の中でソラナは微笑んだ。
(これで、トライアードにいる天啓の剣の男の子に会いにいけるわ)
ソラナはシエナステラ修道院にある天啓のサークレットを描き込み、スケッチを持ち込んで似たものを造らせた。
「ぴったりにできているでしょ」
金細工師は、彼女の表情を目にして自分の仕事に満足した。
宝石のまわりの文様も丁寧に掘った。
細工をすすめるうちに、彼は、神の遺物を創作する感覚におちいった。
「わしも、昔は大きな教会の装飾制作を任されていたんだよ。いまはこの老いぼれに仕事の話は来ないけどなあ。なんかあのころの情熱を思い出して、一気に作ってしまったよ」
「おじさまの腕は確かだと思いました。いつも店の外から眺める店内のオブジェはとてもいいですもの」
「お嬢さんが、頼みにくるとは思わなかったよ。ソラナという名前なんだね。君が小さい頃から街に買い出しに来ているのをわしは見ていたよ」
「そうでしたか」
「しかし、何のために注文したのかね」
老人はループ鏡を取り外し、美しいシスター・ソラナを眺めて疲れ目を癒す。
「今度、修道院を出ていく仲が良い子がおりまして、シエナステラにいた記念品としてプレゼントしたいなあと思って」
「それにしてもお金をかけるねえ。あそこは金持ち娘が多いみたいだからね。でも君は違うみたいだけどね。それでだ。君がわしに報酬として持ち込んだ銀の剣は、相当高価なものでね。プラチナでこのサークレットを造ったけれどもお釣りがくるよ」
銀の剣は、ソラナ父、勇者イグニスが修道院に置いていったものだ。
金細工師はソラナに十枚の銀貨を渡した。
「わあ、こんなに」
サークレットを被ったままソラナは頭を下げた。
「わしが作ったそれは【天啓のサークレット】だろう。シエナステラにあるんだ。ああ、実物を見てみたいなあ」
「見にいらっしゃったら」
「いや、あそこは一般人は入れないだろ。特に男は入っちゃダメなんだ。昔からそうだ」
「院長に入ってもいいか聞いてみますけど」
「いやいや、こんなわしがシエナステラに行ってはいけないよ。ソラナお嬢さんの仕事をしただけで、いままで金細工師を続けてきて良かったと思ったね。ありがとう」
「何を隠し持っているの? ソラナ」
店の外で待っていたレマリィはさっそくたずねる。
「ごめん見せられない」
「そんなのだめ」
レマリィは力ずくでソラナの懐に手を入れてまさぐった。
「あっ、だ、だめ。あっ」
ソラナの服からサークレットと銀貨がこぼれ落ちた。
「そっそれ、天啓のサークレットとそっくりじゃない。あやしい。あやしいよ、ソラナ」
「これには、いろいろと訳が……。知りたいなら、修道院長に聞いて」
真っ先にソラナはサークレットを拾って懐に入れた。
「修道院長? ネヴュエラさん?」
「そう。だからやましいことしてないから」
「ふーん。もう店の前で待たされることもないなら、まあいいや」
ソラナはリヤカーの前に立ち、レマリィは後ろの荷台を押す位置についた。
「あー、坂を上がっていくのがつらい」
「シエナステラの修道女が弱音を吐いたらだめ。これも修練のひとつよ」
「ふん。あなたはずっとシエナステラで生きていくものね」
ソラナは海の水平線を眺めた。
悠々と空を舞うカモメ、海峡の波のうねりと水面に映る太陽。
岬の丘陵を上る彼女たちにエールを送るように心地よい潮風が吹いた。
次回、天啓祭・剣術大会に戻ります。
そしてついにシエナステラ修道院に、監察官の手が。




