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届け物は女の子  作者: 新井 富雄
第1章 不思議な依頼人
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-2-

 その機体・・・まだ組み立てたばっかりなんだから、まっすぐ飛ぶかどうかだって試してないのよ』

『エリナが組み立てて整備した機体なんだから、そんな心配いらないって・・・それに、用心棒のギンだって一緒だからさ』

「いいんじゃないの?エリナ」

「いいわけないじゃない」

『イチロウ・・・エリナは、嫉妬してるだけなんだから、あたしが、出してあげる』

『ミリーは、話がわかる』

『ハッチ開きます・・・ハッチ全開の後、10秒で、発進させるから・・・ミユイ、ヘルメットは、ちゃんとかぶってる?』

『うん・・・』

 イチロウと、ミユイを乗せた小型クルーザーは、ミリーの手で、宇宙空間へ飛び出していった。

「ワープステーションまで、こいつなら2時間15分で着ける」

「さっき言ってた、アクロバット・フライトって?」

「よく、映画で、小惑星を避けながら飛ぶシーンがあるだろう」

「まさか・・・」

「地球のアステロイド・ベルトは、避けるほどは密集してるわけじゃないから・・・トリトン経由で、ワープステーションまで行くことにする」

 イチロウが、240Zカスタムと呼ぶ、小型クルーザーは、形状が『Zカー』と呼ばれた日産製のスポーツカーに酷似している。これは、イチロウが、オークションで手に入れたZカーの外装パーツを流用して、エリナが、宇宙仕様に改造したものである。

地球圏では、6人乗り程度の小型クルーザーによるレースが盛んであり、そのレースで賞金を稼ぐという理由で、イチロウがエリナに作らせたものだったのだが、実際には、燃料消費が激しすぎるため、レースでは使いものにはならなかった。

「こうやって飛んでると、太陽系も、まんざらじゃないって思えるだろう」

『ミユイ・・・楽しい?』

「今は、パパのことが心配だから・・・景色は楽しめないよ」


「トリトンには、俺の婚約者が眠っているんだ・・・」

 衛星トリトンに機体を寄せたところで、イチロウが言った。

「婚約者?」

「眠ってるって言っても、永眠・・・エターナル・スリープのほうなんだけどさ・・・」

 Zカスタムは、氷の衛星トリトンを間近に捉えていた。南極付近の白く輝く氷が、とても冷たい印象を与える。

「あそこに降りるの?」

「この船の外装と装備では、さすがにトリトンの南極に降りることは無理だけど、超高感度カメラで地表の様子を正確に見ることができる」

 イチロウは、Zカスタムを静止させて、ミユイに小型カメラを手渡した。

「南極点に氷の棺が見えるはずだ。俺と、カナエは、あそこで、百年の眠りについていた。

もっとも、俺は、コールド・スリープ装置内だったが、カナエは、簡易カプセルを氷の棺に埋め込んだだけだ。探査用宇宙船の中で、息を引き取った」

「言ってる意味が、よくわからないわ」

 ミユイは、つぶやくように、そう声を発したが、その手に持った小型カメラには、確かに、まだ若い女性の姿が簡易カプセルに収まったまま、透き通った厚い氷の中に見えていた。


2011年

日本の地から、宇宙空間へ打ち上げられた宇宙船が一機だけで、海王星付近を放浪していた。

 クルーは、6人。

その6人ともが、当時のNASAのパイロット候補生として育成されていたエリートであったが、スペースシャトル計画の頓挫とともに、宇宙への道を閉ざされたことから、祖国の日本の宇宙開発の中心となるべく、日本初の宇宙船のクルーとして呼び戻された者たちだった。

メインパイロット 鷹島市狼(たかしまいちろう)

サブパイロット  隼翔平(はやぶさしょうへい)

メインメカニック 大徳聖子(だいとくしょうこ)

サブメカニック  藤原篤志(ふじわらあつし)

通信士      藍田香苗(あいだかなえ)

宇宙物理学博士  東崎諒輔(あずまざきりょうすけ)

エンジン故障により、推進力とコントロールを失った機体は、海王星に引き寄せられた隕石をかわすことができず、その隕石の衝突の衝撃を、もろに食らったため、宇宙船内の酸素が尽きれば、全滅という状況に陥っていた。

「この故障を直せていれば・・・」

 メカニックの二人、聖子と篤志が声を揃えて詫びを言った。

「このまま、諦めるわけじゃないよね」

 市狼の婚約者である香苗が、負傷した左腕と左胸を押さえながら、真っ青な顔で、絞り出すように言葉を発した。

「万一のために積まれたコールドスリープ装置を2機だけは、使うことができます。あのトリトンの南極に軟着陸することができれば、二人は助かるはず」

 一番負傷の程度が重い香苗の生き続けようとする意志と言葉が、他のクルーを勇気づけていた。

「誰が、それを使う権利があるか・・・」

 推進力を失った機体を、衛星に軟着陸させるだけでも至難の技であることはわかっていた。

「船外作業服と作業アームを使って機体を着陸させるしかないよね、篤志」

「つまり、俺たち二人が、その役を請け負うしかないってことだよな・・・な、聖子」

「それしかないよね」

 メカニックの二人が、決然と言い切った。

「私は、この傷だから・・・きっと、助からないけど・・・あの氷の中なら、もしかしたら、冷凍保存された状態で、仮死状態で、生き続けることができるかもしれないから」

 香苗が、口元に笑みを浮かべて、目の前に近づきつつあるトリトンを指さして言った。

「その傷のまま、あの氷雪地獄に触れたら、一瞬だって生きていられるわけが」

「ほんの少しの可能性でもいい・・・生き残れる可能性の少ない私が、それでも生きたいと望むとしたら、それしか方法がない気がするし・・・」

「考えてる時間はないよな」

「船外作業服が、どれくらいもつか・・・」

「30分くらいか」

 二人は躊躇することなく、船外作業服を身につけると、機体を誘導するべく、エア漏れを起こしている船体の破損箇所から、船外に出ていった。

「翔平・・・俺は、香苗といっしょにいたい」

「あんたが、この船のリーダーだ。俺たちみたいな若いだけが取り柄で、経験の浅い連中の中のリーダーだけどな」

「リーダーが不甲斐ないばかりに、こんなことになって、すまないとおもっている」

「あの事故は避けられなかったさ、例え、おれが操縦していたとしてもな」

「私が、本国との通信を回復できていれば、救助を呼ぶこともできたのに・・・」

「今頃、本国も俺たちと交信できなくて、慌てているだろう」

「不景気の真っ最中に、極秘裏に進められてた、宇宙開発プロジェクトだからなぁ・・・

ほっとしてる連中のほうが多いんじゃないか」

「そういう人達じゃないってことは、お前のほうが、よくわかってるんじゃないのか」

「イ・チ・ロ・ウ・・・」

 香苗の蒼白な顔が、さらに青ざめ、さっきまで、しっかりとした口調で話していた言葉を、もう発することができないほどに衰弱していることが、誰の目にも明らかだった。

「最後のわがまま・・・言っていい?」

「これ以上、しゃべったら・・・」

「私が、死んだら、トリトンの南極に埋めてほしい・・・そして、市狼には、生き続けてほしい・・・」

「こんな状況で・・・」

「生きられる人と、死んじゃいけない人が、生き残るしかない・・・」

 翔平は、香苗の言葉を心に刻むように目を瞑ると、何かを決意したように、市狼に対して、もう何も言わなくなった。

そして、無言で、船外作業服に着替えていた。

「市狼・・・今度は、最後のお願い・・・」

「・・・」

「百年後に目覚めたら、百年後に生まれ変わった私を見つけてほしい・・・そして・・・」

 そこで、香苗は、目を閉じて、それ以上、何も言うことはなかった。

 クルーの一人が息を引き取ったという事実が、そこにあるだけだった。

「俺が、香苗のわがままを叶えてやるしかなさそうだからさ」

 翔平は、香苗の遺体を、簡易カプセルに納めた。

「お前は、香苗の願いを叶えてやるしかないぜ」

「翔平・・・」

「もう、考えてる時間はなさそうだし」

 作業アームを巧みに操るメカニック二人の力により、トリトンの厚氷面は、間近に迫ってきていた。

「市狼、諒輔、さっさとコールドスリープに入れよ」

「・・・」

「・・・」

「セッティングは、俺がやる。発見者へのメッセージも俺が書く。わかってると思うが、100パーセント蘇生できるわけじゃないからな」

『とりあえず、くぼみの深いところに、誘導するわね』

 聖子のささやくような声が、船内に届き、翔平が、それに答えた。

『生き残るのは、市狼と諒輔に決まった』

『全滅よりは、マシだろう』

 聖子と篤志は、その後は無言で、機体を、誘導することに集中しているようだった。

機体が、トリトンの南極付近にある比較的新しく作られたと思えるクレータに軟着陸した後、聖子と篤志に翔平を加えた3人は、まず、香苗の眠っている簡易カプセルを船外に降ろし、翔平が、そのカプセルをアンカーで固定した。

次に、降ろされた市狼の眠るコールドスリープ装置を、翔平がアンカーで固定し始めたところで、宇宙船が、大爆発を起こした。

コールドスリープ装置に安置された諒輔を機体に乗せたまま、大爆発を起こした宇宙船は、トリトンから離れて、木星の軌道方向へ流されていった。


東崎諒輔リョウスケ・アズマザキ・・・の名前くらい聞いたことあるだろう、君が、ほんとうのお嬢様だったとしてもさ」

 イチロウは、ミユイに、自分の乗った有人惑星探査機の事故について、淡々と話し終えると、ぽつりとつぶやいた。

「2050年奇跡の帰還、その後の数々の業績、宇宙人の技術を身につけた奇跡の物理学者・・・空白の40年の真実は、誰も知らないってことくらいしか」

「エリナは、その東崎諒輔の孫なんだよ」

『信じられないよね・・・このシチュエーションで、そんな話されてもさ』

「女の子を口説くための嘘だとしたら、ちょっと重すぎだけどね」

 ギンの問いかけに、ミユイは、ポツリと応えた。

「さてと・・・ちょっと、時間が経っちまったけど、寄り道は、ここだけだ」


 一方、ルーパス号内では、エリナとミリーが、相変わらずの、おしゃべりを続けていた。

「エリナは、行かせたくなかったのかな?」

「え?意味がわからないんだけど・・・」

「エリナが、たくさんの男の人に口説かれてたのに、未だにカレシがいないのは、イチロウが蘇生するのを待ってたんでしょ」

「まさか・・・」

「特に、カゲヤマさん・・・あんなにお金持ちでイイ男なのに、なぜ、エリナは1回もデートの誘いに乗らないのでしょうか?」

「あたしは、強引な男が嫌いなのよ、言わなかったっけ?」

「そのカゲヤマさん・・・ついに登場ですよ」

「え?」


 トリトンから離れて冥王星星域のワープステーションへ針路を取ったイチロウたちは、接近する一機の旧型戦闘機タイプの星間クルーザーからの通信が届いていることに気づいた。

『シャドーマスターから、シティウルフへ・・・応答よろしく』

「誰?シャドーマスターって?」

『こちら、シャドーマスター・・・そのレトロスタイルのクルーザー、応答よろしく』

 イチロウは、返事を返すことなく、Zカスタムの速度を若干上げた。

『せっかくのエリナの傑作だってのに、その趣味の悪いリアウイングが台無しにしてる・・・それは、お前が書かせたのか?シティウルフ』

「シティウルフって?あなたのこと?」

「俺は、そう名乗ったことはないんだけどな、ただの一回も・・・」

『せっかくイイ話を持ってきてやったのに、シカトか?』

「返事した方がいいんじゃないですか?」

「いいんだよ、放っておけば」

『ちょっと目障りなんで、ペイント弾で、そのリアウイングのメッセージ消しちゃっていいかな?できれば、リアウイングごと吹っ飛ばしてあげたいんだけどさ』

「カゲヤマ!!俺には、用事はないんだ・それに今、俺は忙しいんだ」

『忙しい男が、こんなとこに寄り道ってのが、おかしい』

「とりあえず、通信は切るぞ」

『うちの情報網を甘く考えない方がいいって、いつも言ってるだろう・・・イイ話は、聞いておいたほうが得だぜ・・・その、お嬢ちゃんにも関係する話だし』

『カゲヤマさん・・・』

『おっと、これは、麗しのエリナ嬢・・・』

『そのリアウイングのメッセージ、消したりしたら、そっちの機体も撃ち落としますよ』

『それは困るなぁ・・・じゃあ、別の場所に着弾させますよ・・・』

 Zカスタムの左側面に、軽い衝突音がした。

『もしかして、あのメッセージもキミが書いたのかい?』

「あなたにも言いませんでしたっけ?わたしは、仕事をちゃんとしない男が大嫌いなの」

『シティウルフ・イチロウ・・・お前のリアウイングに、エリナがなんて書いたか気づいていないのか?』

「そのシティウルフというのは、やめてくれ・・・」

『じゃ、マーケットウルフのほうがいいか?』

「普通にイチロウって呼んでほしいんだけど・・・名前をイジられるのは好きじゃないんだ」

「名前のことは、あまりこだわらない方がいいですよ・・・わたしも、普通にアクアチェーンとかって、呼ばれていますし・・・それより、仕事依頼しておいて、こういうのも失礼かと思いましたけど、あのメッセージは消した方が・・・わたしも、あれを見て、本気で不安になりましたから」

 ミユイが、カゲヤマとの話に割って入って、そうイチロウに告げた。

「なんて書いてあるんだ?」

 一瞬だけ、間があった後、ミユイとカゲヤマの二人がほぼ同時に、Zカスタムのリアウイングに黒々と書かれたメッセージを読み上げた。

「働かざる者食うべからず!!」

『働かざる者食うべからず!!』

 イチロウは絶句するしかなかった。


「やっとばれたみたいね。ほんとに鈍いよね。イチロウってさ」

 ミリーが、エリナにささやくように、いたずらっぽく笑って言った。

「あたしは、別にいたずらでやってるわけじゃないよ。だって、ほんとうに働いてもらわなくちゃ困るんだから」

「でも、あのメッセージ見たら、普通の依頼主は断るよね」

「だから、止めたじゃないの。発進させたのはミリーが、やったんだからね。カゲヤマくんまで呼び寄せちゃったし・・・もう1回コールドスリープ装置に入れちゃったほうがいい気がしてきたんですけど・・・あたし」


『とりあえず、エリナ嬢には嫌われたくないんで、そのリアウイングはそのままにしといてあげるが、実を言うと、そっちのミユイ嬢から初めに、この仕事の依頼を受けたのは、うちの会社なんだ』

 カゲヤマの言葉に、ミユイが反応した。

「カゲヤマさんって、オータ(ケアル)エクスプレスの方ですか?」

『人の配送は、していないんで、断るしかなかったんだけどね。気になったので、調べてみたんだ。キミの親父さんが、あの惑星で遭遇していることについて・・・うちの情報ネットワークを持ってすれば、わけないことだからね』

「父は、無事なのでしょうか?」

『今のところは、危害を加えられたりしていないけど、発見されたものがものだけに、不特定多数の人に狙われてるのは間違いない』

「連絡が途切れたというのが・・・」

『とりあえず、説明は後回しだ。一応、うちの社長から、手伝ってやれって命令が出てるんでな。それを伝えに来た。もっとも、助っ人は、俺一人だ』

「よっぽど暇なんだな、あんたのとこは」

『本音を言うと、海賊相手なら、実弾が使えるってことで。いつもいつも、こんな、ペイント弾撃ってるだけじゃ、撃った気になれないし・・・俺から志願したようなもんだ』

『カゲヤマさん、協力は感謝しますが、報酬は出ませんよ・・・それに、あまり、うちの機体を汚さないでほしいわ』

 エリナが、二人の通信に割って入った。

『エリナ嬢の笑顔が、俺にとっての最高の報酬だから、お金は必要ない。実際、レースの賞金で、金には不自由してないんだ。いつでも、呼んでくれれば、喜んで用心棒になってやるよ。きみにカスタマイズしてもらった、このFー14カスタム・・・シャドーマスター専用トムキャット、すこぶる調子がいい』

 そう言って、もう一発のペイント弾がZカスタムの機体側面に着弾した。

『命中精度も抜群だ!!』

「わたし・・・あの人好きになれない・・・と思う」

「俺も同感だ」

「あんな人の手助けなくても、お父さんを助けてくれますよね」

『イチロウ!!契約以外の変な口約束は、しないで!!』

 エリナの大声が響いた。

『それでなくても、リスクが高いんだから、海賊なんかと戦って、その機体を壊されたら、

今回の報酬なんかじゃ、修理代にもならないのよ』

「けっこう、うるさいんですね、あの人・・・お金、お金って」

『でも、エリナの言うことも間違っていないよ。初めに、惑星到着後の契約の話もしてるはずだし・・・事件性が高いなら、ちゃんとポリスに頼むほうが確実だよ』


 それまで、会話に加わらなかったギンが、イチロウに囁くように声をかけた。

『イチロウ・・・カゲヤマも来ちゃったし、早くワープステーションまで行こうよ』



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