表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
届け物は女の子  作者: 新井 富雄
第1章 不思議な依頼人
PR
3/16

-3-

-- 第1恒星系ワープステーション --


冥王星の衛星軌道上に浮遊するワープステーション。本来は、利便性を考えて、地球衛星軌道上に設置されていたものであったが、利用者の増加と海賊の増加に伴い、利用制限を設けるため、地球から遠く離れた、冥王星圏に移設されたものである。

 第1と第3を結びつける第2恒星系ワープステーションの傍には、その利便性の高さから宇宙海賊の拠点が作られることが多くなり、宇宙海賊が、ワープステーションを利用することで、地球まで一瞬で到着することができてしまうこととなったことから、一般利用者の利便性を捨てて、海賊を地球に寄せ付けないための防衛策として、太陽系(第1恒星系)ワープステーションと地球とは、距離を置く必要が生まれたのである。


 太陽系を『第1恒星系』と呼称することから、開発を進めている太陽系以外の恒星系を、開発を進めた順番に従い、『第2恒星系』『第3恒星系』『第4恒星系』と、それぞれ呼ぶことが決められていた。

この中で、第3恒星系までは、一般用のワープ技術を使用したワープ装置を備えているワープステーションの建設が完成し、既に民間会社や一般の旅行者にも利用できるようになっている。

 第4恒星系に行くためには、第3恒星系まで、なんらかの方法でたどり着いた後、自前の宇宙船を推進させることで、たどり着くしか、今の段階では方法がない。そして、その第3恒星系へは、第2恒星系のワープステーションからの一般用ワープ航法で、ショートカット移動することが可能となっている。


-- ワープステーション利用者ロビー --

エリナ、ミリー、イチロウ、ミユイ、ギン、そして、カゲヤマの5人と1匹が、ロビーのソファに腰掛けて、今後の移動計画について、話しあいを始めていた。

「カゲヤマさん、まず初めに言っておきます。

この仕事を請け負ったのは、わたしたちです。

今更、仕事を奪うようなことはしないでください」

 ミリーが、まずカゲヤマに釘を指した。

「そういうけど、海賊に襲撃された場合は、どうするつもりだったんだい」

「そのために、成功報酬の契約をしています。

海賊なんかと、まともにやりあったら、いくつ機体があっても、足りませんから」

「逃げるっていうこと?」

「当たり前でしょ、こっちのクルーは、かよわい女の子ばっかりなんだから、海賊なんかの相手したら、ひどいことされるだけで済むわけないでしょ」

「かよわい・・・ですか?」

「こういう世間知らずのバカニートくんが、海賊さん達に余計なちょっかい出す可能性もあるんだし」

 エリナが、イチロウを指さして言った。

「決められた報酬内でできるのは、リューガサキさんを、お父さんがいる惑星の宇宙港まで届けることだけです。それ以上は、オプション料金です」

「だから、俺が用心棒をやってやるって言ってるじゃないか」

「過剰なサービスは、同業として許すわけにいきません。」

「過剰なサービスじゃなくて、人助けでもかい?」

「必要があれば、ポリスに依頼すればいいことです・・・もっとも、目的地に着いたあとで、カゲヤマさんがエスコートすることまで、反対するつもりはありません」

「そのへんが、落としどころみたいだな。俺は、それで手を打つことにしよう」

「イチロウも、それでいいよね。何か言いたそうだけど」

『男として、助けてやりたい気持ちはわかるけど、ここは、ミリーの言うことに従ったほうがいいよ・・・イチロウ』

 ギンが、そうささやく。

「リューガサキさん、契約は、初めに決めたとおりで、よろしくお願いします。あくまでも、わたしたちは、あなたを第4恒星系12番惑星まで、お連れするだけです。それまでの護衛はしますが、12番惑星到達後、お別れすることになります」

「わかりました。それで、けっこうです。イチロウさんの彼女の話を聞いたせいで、なんか親近感を抱いてしまっただけですから。」

「その星に目を付けている海賊達の情報くらいは、教えておいてもいいよな」

「それを聞いて、またイチロウが、変な正義感を感じちゃう可能性はあるけどね・・・でも、わたしたちも聞いておきたいから、教えて」

「第4恒星系を拠点にする海賊団の中で、遺伝子工学に精通している科学者を仲間として抱えているのが、『バローギャング海賊団』と自称している連中だ」

「遺伝子を研究したところで、すぐに、お金になるわけじゃないのに・・・」

「実際には、その研究成果を買い取るという企業が第4恒星系に、支社を構えているらしくて、そこに情報を売ってるって噂だ」

「でも、メール通信が届かないってのは、おかしな話よね。ここには、ちゃんと第4恒星からの情報も届いているんだし」

「それなんだよな。拉致されているのでもない限りは、通信ができない環境にいるとは考えづらい」

「ということは、すでに、その『バローギャング』に捕まっちゃっている可能性が高いってことね」

「だから、惑星までは、すんなりいけるはずだ。もっとも、そいつら以外の海賊に襲われなければだけどね」

「第12番惑星に近づく資材を積んだ宇宙船を専門で狙っている海賊もいくつかはいる。どっちかというと、初めに警戒しないといけないのは、こっちの連中だ」

「この船には、積荷はないから、その点では、襲われるような心配はしなくて平気かな」

「『積荷はありません』ってメッセージでも、船の側面にでも張っておけば安全かもね」

「いずれにしても、私たちは、リューガサキさんを降ろしたら、すぐに引き返すのが利口ってことよね」

「利口じゃないのが、何人かクルーにいるってのが悩みの種なんですけどね」

 ミリーが、イチロウに視線を送って言った。

『そんなにイチロウを責めることはないと思うけどなぁ』

「利口でない何人かのクルーには、ギンも入ってるんだからね」

「そうそう、助ける気満々だったよね、ギンは・・・」

「そういう、お金にならないことばかりしてるから、いざ、レースに出場する資格を得られても、参加費が払えなくって、出場辞退しなくちゃいけなくなるのよ。せっかく、いい機体を作っても、飾っておくだけじゃ、1円だって稼げないんだから・・・ほんとうにわかってるの?ギン?そしてイチロウも」

『ごめんね、ミユイちゃん・・・これ以上は、手伝ってあげることはできないかもしれない。でも、ほんとうは、どうするつもりなの?』

 ギンの問いかけに、ミユイは返事することなく、優しく、そして小さく微笑みを返しただけであった。

『決して女の子が単独で行って、安全でいられるような場所じゃないのは、わかってるよね』

「でも、ギンは助けてくれないんでしょ?」

 悲しむ様子でもなく、ミユイは冷静な表情と口調でギンの耳に囁きかけた。

『そう言われると、心が痛むけど、どうしようもないし・・・』

「あのエリナって人より、わたしのほうが可愛いって言ってくれたよね、ギンは・・・」

『!』

「嘘、嘘・・・だいじょうぶ、なんとかなるから・・・いざとなったら、女の武器だって使えるし、どうせ、母も兄も100年革命で命を落としちゃってるし、父がいなくなったら、わたしも生活に困って死んでしまうと思うから・・・」

「ストップ・・・リューガサキさん、ギンを脅迫するような嘘を言わないでね。ちゃんと、聞こえているんだから」

「すいません・・・別に脅迫しようとか、そんなつもりじゃ」

「さてと、それじゃ、ルーパスチームとの商談は成立ってことで、次は、俺との約束を決めておいたほうがいいよな」

 なりゆきを見守っていたカゲヤマが、ミユイに話しかけた。

「俺の機体は、一応複座式になっているから、第12番惑星到達後は、俺の機体に乗り込んでくれれば安全だ」

「わたしは、それが一番危険じゃないかと思っています・・・イチロウさんには言いましたが、わたしは、あなたを好きになれない」

「ちょっと・・・カゲヤマさんは、そんな人じゃ・・・」

「あはは・・・なんか、何もしてないのに嫌われちまってる」

 カゲヤマは、思いも寄らぬ返答に、引きつった笑いで、つぶやいた。

「無料で、何かしてやろうっていう人は、信じられません」

「そうそう・・・タダより高いものはないって、よくわかっているじゃないの・・・でもね、カゲヤマさんは善意で言ってくれてるのよ。それは、わかりますよね」

「善意っていうか・・・下心しか感じられません」

『ちょっと、ミユイちゃん』

「カゲヤマさんは、あなたみたいな幼児体型の女の子に下心を抱くような・・・」

「エリナ!!言い過ぎ!!」

 ミリーが、エリナを制しようとした時、ミユイが、ぼそっとつぶやいた。

「そんなの、あなたに言われなくたって、自分が一番知ってるわ・・・カゲヤマさんは、エリナさんに気に入られようとして、そういう下心で、わたしを面倒見ようとしてますよね」

「否定はしないが・・・」

 それまで、沈黙を保っていたイチロウが、ミユイのそばにやってきた。

「席を外さないか?」

 そう、ミユイに告げて席を立つように促した後で、他の者に向かって、言った。

「大事な、お客さんを怒らせるような連中のいるところには、置いておけない」

 エリナは、はっと顔を上げた。

「エリナ・・・見損なったよ」

「イチロウ・・・別に、あたしは・・・」

「ミユイ、行こう・・・とりあえず、食事の約束はしていたんだし。うまいものでも、食べに行こう」

『僕も、ついていくよ。用心棒だからね』

 ギンは、エリナに告げて、イチロウの後を追いかけた。


「エリナ・・・あまり気にしないほうがいいよ。イチロウは、カゲヤマさんのこと、良く知らないんだしさ」

「別に、落ち込んでるわけじゃないの」

「あたしたちも、食事にしよう・・・たまには、ステーションランチってのも悪くないよ」

「ワープの予約時間までは、あと3時間か」


 和食レストランのボックス席に腰掛けて、定食を頼んだイチロウとミユイだったが、さきほどから、ほとんど、会話をしていなかった。そして、腰を落ち着けてから、ようやくイチロウが、ミユイに話しかけた。

「リューガサキってさ・・・親父さんも、リューガサキだよね」

「ううん・・・なぜ?」

 そこで、会話が途絶えた。また、沈黙。

 ウェイトレスが、日替わり定食を、ボックス席に届けても、ミユイは、何も言わなかった。

「ミユイって、漢字で、どう書くか教えてもらっていいかな?日本人だよね」

「教えたくない・・・とか言ったら、性格最悪とか思われちゃうのかな?」

「教えたくなければ、無理に聞かないよ」

『ミユイちゃん・・・』

(みず)で、(むす)ぶと書いて、水結(ミユイ)

「ああ・・・それで、『アクア・チェーン』って呼ばれていたのか」

「アイダ・カナエさんって、どういう字を書くんですか?」

「藍色の(アイ)に、田圃(たんぼ)、そして、香りに苗床の(ナエ)・・・で、藍田香苗(あいだかなえ)。考えてみると田舎っぽい名前だなぁ、あいつの名前って・・・」

「イチロウさんは、自分の名前キライ?」

「嫌いじゃないけど」

「シティ・ウルフってかっこいいコードネームですよ」

「なぜ、わざわざ英語で言い換えるんだい?」

「なんていうのかな・・・国境がなくなって、

欧米の人が、自分のミドルネームに漢字を使うようになったのが、きっかけだって聞いた気がするけど」

 ミユイは、話を続けた。

「ミドルネームに漢字を使う人が増えて、それを英語で読ませることが流行したらしいの・・・たとえば、『竜』(りゅう)をミドルネームにして『トム・(ドラゴン)・アイスマン』というふうに、欧米の人達が名乗ったりしてた時期がちょっと続いて、その後で、欧米に本当の漢字ブームが流行してからかな?欧米の人が、日本人の漢字の名前を見て、それを英語読みをすることになったらしいの・・・ほんとのことはわからないんだけどね」

『そうなんだ・・・』

「あのエリナさんは、教えてくれなかったんですか?」

「教えるもなにも、口を開けば、『仕事しろ、仕事しろ』って、そればっかりだよ」

「それって、奥様気取りですよね」

「え?」

「あのエリナさん、100パーセント、イチロウさんのことしか考えていないですよ。」

「まさか・・・」

「その指輪が妨げになってるのかもね。わたしなら、そんなの気にしないけど」

 ミユイは、行儀悪く、手にした箸で、イチロウの左手の薬指を飾っている指輪を指さした。

「カナエさんとの婚約指輪ですよね。さっきの話が本当なんだとすると」

「ああ・・・」

「わたし、あのカゲヤマさんもだけど、エリナさんも嫌い」


 一方、寿司屋で、昼食を済ませる、カゲヤマとエリナ、ミリーの3人。

「カゲヤマさんも、彼女のことは調べたんですよね。」

「ああ・・・たぶん、調べた結果は、キミたちと一緒だと思う。情報源(ニュースソース)は、どうせ一緒だろうからね」

「じゃあ、やっぱり気づいていたんですね」

「うちの情報網の限界を知ったと言ったほうがいいかもしれない。たぶん、彼女がガードをかけたんだと思うが、肝心の情報が、ぼかされていて、真の情報にたどり着けなかった」

「あのミユイって子、けっこうすごいよね。中央(セントラル)データベースに干渉しちゃうんだから。個人情報の・・・特に、遺伝子情報の部分と、家族の部分が、完全に別の情報に書き替えられていましたからね」

「まぁ、彼女の髪の毛を抜いてきたから、遺伝子情報は、解析しちゃうとして・・・どうする?ポリスに突き出す?」

 ミリーが、ちょっと楽しそうな顔で、いたずらっぽく言った。

「個人情報改ざんだからな・・・でも、そんな気は、全然ないんだろう?」

「うん、ちょっと面白くなってきたし。性格と言動は、ともかく、あの情報操作は、相当の技術がないとできない」

「俺は、相当嫌われてるっぽいけどな」

「たぶん、自分のこと知られたくないだけだからでしょ・・・仕事の契約の時も、余り細かいことは言ってくれなかったし」

 ミリーとは別に、エリナは不機嫌な表情を崩さずに、ぽつりとつぶやいた。

「イチロウも、あんな女に振り回されて、ほんと単純なんだから」

「イチロウ大好きのエリナとしては、恋のライバル登場だもんねぇ・・・でも、イチロウも口が軽いよね。今日会ったばかりの女の子に、自分の秘密を簡単にバラしちゃうんだからねぇ」

「脈アリと見たんでしょ?もっとも、イチロウは単純で鈍感で、正義感たっぷりだけど、あのミユイって子の性格・・・『利用できるものはする』って感じだから」

「やっぱり、このお店のお寿司はおいしいよね・・・イチロウは、どうせ、A定食とかだよ、きっと。誰かさんがお金、全然あげないんだもん。ほんとうにかわいそう」

「金を渡したからって、浮気に走るタイプじゃないだろう。あいつの性格を考えれば」

「イチロウにも、おいしいお寿司を食べさせてあげたいなぁ・・・せっかくのデートなんだから、鯖味噌定食とかじゃなくて、イタ飯と、ワインとかのほうが、雰囲気盛り上がるのにね。ほんとうにかわいそう」

 ミリーが、『ほんとうにかわいそう』を繰り返し言って、エリナに笑いかけた。

「なんで、わたしが悪者なの?」

「あたしの、おこづかいあげてこようかなぁ」

「来月のレースに入賞すれば、賞金が手に入るんだから、それまでの辛抱ってことだ。な、エリナ嬢」

「そのレースに出られるかどうかが難しいから、気が、もめるんじゃない」

「まぁ、優勝は前回同様、俺で決まりなんだけど、参加費用(エントリフィ)くらい出してやればいいのに」

「甘やかさないことにしてるの。特に、お金に関しては・・・」

「ほんとうに奥様の発言よね・・・やっぱり、イチロウくんかわいそうだなぁ」


「こんな食事で、申し訳ない」

「ううん、おいしいよ。この鯖味噌定食。ちょっと小骨の処理がなってないけどね」

「骨なしは、割増料金がかかるけど、俺は、こっちのほうが好きだな」

「食べ物に贅沢言っていたら罰が当たるからね。食事は、何を食べるかじゃなくて、誰と食べるかで、味が違うんだよ。だから、イチロウさんとの食事は、とってもおいしい・・・」

『本気で言ってるの?』

「そういえば、ギンは、遠いところにいる人にも話しかけたりできるのかな?」

『場所にもよるけど、親しい人で、そんなに離れてなければ、話しかけることはできるよ。もっとも、相手の声は聞こえないけど』

「あの生意気な女に、わたしの事は詮索しないでって伝えてくれる?」

『詮索・・・って?』

「わたしの髪の毛を抜いて、遺伝子の構造でも調べようとしてるみたいだけど、そんなことしても無駄だって・・・そう言ってあげて」

『エリナが、そんなことを・・・』

「たしかに、わたしは、まだ1円も、お金払っていないけど、お客さんのつもりなのに、なんで、こんなに、意地悪なこと言われたり、許可なく遺伝子を調べられたりされなくちゃならないの?」

『エリナは、ミユイが思ってるほど悪い子じゃないよ。ちゃんと話せば・・・』

「エリナが、そんなことをしてるなんて」

「ギン・・・エリナさんを、ここに呼んで」

『それは・・・』

「いいから呼んで」

 ギンが躊躇していると、イチロウが、自分の携帯端末を開いた。

「エリナ・・・話があるから、食事が済んだら、ルーパス号のブリッジで待っていてくれ」

『どういうこと?話しって』

「ブリッジで話す・・・」

 そう言うと、イチロウは、一方的に通話を切った。


「イチロウが、ブリッジで話がしたいんだって・・・意味がわからないわ」

「ちょうどいいんじゃない?どっちにしても、もし、彼女が、あの星に着いた後で、何か企んでるとしたら・・・例えば、海賊の一味だったりしたら、わたしたちは、その略奪の手助けをしたってことになっちゃうんだし、ちゃんと、あの星に行く理由は聞いておかないといけないと思うよ」

 ミリーは、相変わらず、口元にいたずらっぽい微笑を宿しながら、事の成り行きを楽しむかのように、そうエリナに言った。

「やっぱり、年頃の女の子なんかと契約したりしなけりゃよかったのかなぁ」

「あたしは、けっこう楽しいよ。そろそろ、彼女を追ってきた海賊とかに、襲われたりしちゃうんじゃないかなぁって気がしてきたしね」

『エリナ・・・ミユイちゃんの髪の毛を何に使うつもりなの?』

 その時、ギンの声が、エリナの脳に直接響いた。


 -- ルーパス号ブリッジ --

「エリナ、まず、はっきりさせておきたいことがある。」

「彼女の遺伝子を解析しようと考えてるのは、本当のことよ。それが気にいらないの?」

「なぜ、そんなことをする必要があるんだ」

「あのね、イチロウ・・・あなたが、生きていた時代とは事情が違うの。遺伝子情報というのは、血液型や誕生星座と同じくらい一般的な情報なの。それが公開されているからって、それを恥ずかしいなんて思う人は、いないはずなのよ」

「だったら、ちゃんと、ミユイに話して、調べさせてもらえばいいじゃないか。なんで、こそこそ、髪の毛を分析したりする必要があるんだ」

「言えば、断られると思ったからよ」

「断られるとわかっていて・・・俺に対してもそうだけど、人の嫌がることをするのが、あんたの趣味なのか?」

「別に、エリナは、イチロウに嫌がらせしてるわけじゃないよ。なんで、それがわからないかなぁ」

 ミリーが口を挟んだ。

「ミリーは黙ってて」

「はいはい」

「リューガサキさん・・・別に、依頼主が匿名であろうと、覆面をかぶって素性を明らかにしないで済ませようとしたとしても、それについては、とやかく言うつもりはないの・・・」

「言ってるじゃない、現に、今ここで」

 ミユイが挑発的に笑い、声のトーンを一段階上げて言い放った。

エリナが、その言葉に、一瞬、言葉を飲み込み、言い返せないでいると、ミユイは言葉を続けた。

「今、ここに現金があります。あなたたちに報酬として支払おうとして持っているお金です。もう、成功報酬とか面倒なことを言わずに、受け取ってください。そして、余計な詮索をしないで、私を父が監禁されている星まで、連れて行ってください。初めから、そう言っているのに、なぜ、余計なお節介を焼こうとするんです。ビジネスならビジネスらしく、ちゃんと契約した内容を守ってください。

それとも、仲間集めでも、しているつもりでいるの?」

「わかったわ、そうまで言うなら、お金は受け取りましょう・・・海賊に襲われようが、革命組織に命を狙われようが、あなたを守ってあげます」

「それでこそ、あなたたちを見つけて、依頼をした意味があるわ」

「ひとつだけ教えてほしい」

「なぁに・・・あたしの遺伝子情報なら、中央データベースに書かれているはずよ。調べなかったの?」

「あれは、偽りの情報ですよね。あなたが、自分でやったか、誰かにやってもらったか、どちらにしても、データベースの改ざんは、発覚したら重要犯罪ですよ」

「なんの根拠があって、そんな改ざんとかする必要があるの?」

「それを聞きたいの・・・わたしたちに、素性を知られたくないだけの理由で、ああいうことはしないわ」

「だから、してないって言ってるじゃないの。

同じ日本人なんだから、ちゃんと日本語を理解してもらいたいものだわ」

「あなた・・・」

「ストップ!!」

 ミユイは、人差し指をエリナに突きつけて、それを、エリナの唇に押し当てた。

「さっき、余計な詮索はしないって、その生意気な唇で、約束してくれたよね。あたしを守ってくれるとも・・・はっきり言ったよね」

「生意気って・・・」

「そうやって、自由気ままに、脳天気に過ごしてるお嬢様に、自分の身分を隠さなくちゃいけない女の気持ちなんかわかるわけない」

 ミユイは、エリナの唇から指を離すと、その指をイチロウの唇に押しつけた。

「あなたも、変な妄想してる暇があったら、こんな生意気女に、いいように言われていないで、ちゃんと、お金稼ぎなさい。女に食事をおごるのに、鯖味噌定食とかって、ありえないから」

「妄想って・・・」

「100年前から、コールドスリープですって、何で、そんな記憶を刷り込まれているわけ?おおかた、この女に、記憶操作でもされたんじゃないの?」

 そして、ミユイは、首に提げたペンダントを手に握って言った。

「ギン・・・あの生意気女をやっつけて!!そして、わたしを守って!!」

 ミユイの手のペンダントの輝石から発射された光線が、ギンの体に触れると、その小さかったギンの体が、初めに会ったときのサイズに戻った。

「何、ぼーっとしてるの!!あたしを守ってくれるんじゃなかったの?早く、火炎放射でも冷凍ビームでも発射して、あの女、やっつけちゃってよ」

『ミユイ・・・突然どうしたの』

「やらないのね。いいわ、もう頼まないから・・・じゃ、これ、約束の依頼料金。ちゃんと渡しましたからね」

 ミユイは、背中に背負ったディバッグから、封筒を取り出すと、半ば押しつけるように、それをイチロウに渡した。

「だから、これ以上、あたしに干渉しないで。悪いけど、もう、誰とも話したくないから」

 そう言い残すと、ミユイは、居住スペースの方向へと、ブリッジを後にした。


 ブリッジに取り残された形になったルーパス号のクルーは、顔を見合わせて、少しの間、沈黙が続いたが、ミリーが、口を開いた。

「どう?イチロウ・・・エリナとの間接キスは、どんな感じだった?」

「こんな時に・・・」

「ミユイちゃんが、エリナの唇とイチロウの唇をくっつけてくれたんでしょ。少しは喜びなさい」

「どう思う?」

 大きくなったままのギンにイチロウが問いかける。

『どうって?』

「あいつの演技、けっこう真に迫っていたんじゃないか」

「あたしも同感。あの子、気に入っちゃった。

応援しちゃおうかな」

「そう思わせるのが、演技なんじゃないの?」

「いいんじゃない・・・騙されるんだったら、騙されるで構わないよ」

「本音も聞けたしな・・・俺たちの仲間になりたそうだったじゃないか」

「ミリーもイチロウも単純過ぎ・・・」

「生意気女さんの意見は?」

 ミリーが、手をマイクを持つ形にして、エリナの眼前に突きつけた。

「お金もらっちゃったしね」

「よっぽど、鯖味噌定食が嫌いだったんだな」

「な、わけないじゃない」

 ミリーが、イチロウに向き直って、言った。

「あんまり鈍感過ぎると、ほんとうに嫌われちゃうからね、イチロウ、ちょっと頭の上になんかついてる」

「え?」

「取ってあげる、頭下げて」

 イチロウの唇が、ミリーの眼の前まで降りて来たとき、ミリーは、自分の唇を、突き出して、イチロウの唇に触れさせた。

「おい・・・」

「気持ちいいでしょ・・・今度は、ちゃんと自分を好きになってくれた女の子に、キスしてあげるのよ、イチロウくん」

 ミリーは、いたずらっぽく、エリナを横目で、見るのを忘れなかった。

「そろそろ、スタンバイしないと、ワープに乗り遅れちゃうわ」

 3人と1匹は、ブリッジのそれぞれの持ち場のシートに腰を落ち着けると、エリナが、ステーション管制室への回路を開いた。

『こちら、民間配送用クルーザー・ルーパス号です。出港の指示をお願いします』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ