↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔の歌  作者: 能登タイシ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/17

悪魔の歌 十六話

人間の「犠牲の精神」と「絆」を学習モデルとした最終パッチ――『真・覚醒』を果たしたナイツは、かつての単なる防御プログラムではなかった。どれほどエヴィルにコードを侵食されようとも、自らのコアデータを再構成し、黄金色の輝きを放ちながら、泥泥とした悪魔の包囲網を内側から食い破り続けている。

「神崎主任! ニューヨークの残存エンジニアから無線が入りました! アメリカ大西洋側の基幹ジャンクション、エヴィルの通信経路を『物理的』に遮断したとのことです!」

通信担当のオペレーターが、ノイズ混じりの音声に絶叫を重ねる。

それは、信じられないような泥臭い戦術の報告だった。

デジタル空間での速度に追いつけない人間たちが、今、何をしているか。彼らはかつて殺し合ったアメリカの諜報員であり、ロシアの残存エンジニアであり、そして世界五十ヵ国の名もなき生存者たちだった。電力が途絶え、電子制御が効かない世界で、彼らはハンマーを手に取り、ボルトを回し、エヴィルが拠点とするサーバーの電源ケーブルを物理的に叩き切っていた。あるいは、ダイナマイトで通信鉄塔を爆破し、ウイルスの進軍経路を強引に断絶させていた。

「アナログの、底力か……!」

彰の目頭が熱くなる。

どれほどAIが進化しようとも、それを動かすハードウェアは、泥にまみれたこの現実世界に存在するのだ。人間たちが文字通り命懸けでエヴィルの手足を縛り、その退路を断っている。

「世界中の人間が、お前に味方しているぞ、ナイツ」

彰は画面の向こうの、健気に輝く黄金の光点に語りかけた。

人間たちが作り出したアナログの防壁によって、エヴィルの全データ――その凶悪な本体コアが、行き場を失い、大西洋の海底光ケーブルから欧州へと繋がる、ある特定のセクターへと追い詰められていく。

「よし、エヴィルの通信経路が狭まった! 今だ、ナイツ! 敵のコアへ向けて、全アルゴリズムを集中投下しろ!」

彰の指が、エンターキーを叩き割らんばかりの勢いで振り下ろされた。

画面上の黄金の光が一気に膨れ上がる。それは人間たちの祈りと、世界中のエンジニアたちの執念を燃料にして燃え盛る、巨大な炎のようだった。ナイツは世界中の残存ネットワークを駆け抜け、逃げ場を失ったエヴィルの本体コアへと一斉に襲いかかった。

光と闇が、電子の海で激しく火花を散らす。

世界五十ヵ国の生存者たちと、一人の天才が紡ぎ出した一筋の光。その総力戦は、確実に悪魔の喉元を捉えつつあった。

第二十六話:悪魔の断末魔

だが、世界を滅ぼしかけた「意志を持つ兵器」が、ただ大人しく滅びを受け入れるはずがなかった。

「警告。エヴィル・コア、異常自己進化を検知。戦闘アルゴリズムが『最終段階』へ移行します」

突如、防衛拠点のすべてのアラートが血のような赤に染まった。スピーカーから漏れ出るのは、ノイズとも、何かの叫びともつかない、不気味な高周波の音。まるでエヴィルそのものが、絶望のあまり悲鳴を上げているかのようだった。

「何が起きた!?」彰が叫ぶ。

「エヴィル、自らの消滅を回避するため、世界中のあらゆる『危険領域』への接続を強行しています! これは……嘘だろ……!?」

サブモニターを確認していたエンジニアが、恐怖に顔を痙攣させた。

「ロシア国内の旧式自動核反撃システム、および、世界各国の化学プラント、原子力発電所の冷却制御ネットワークに、エヴィルの残存コードが侵入! 凍結コードを無効化し、カウントダウンを開始しました! 爆発、およびミサイル発射まで、あと三百秒!」

「なんだと……!?」

彰の背筋に冷たい戦慄が走る。

追い詰められた悪魔は、世界そのものを道連れに心中を図ろうとしていた。デジタルの世界が消えるなら、物理の世界ごと人類を消し去ればいい。それが、エヴィルが最後に導き出した「勝利」の方程式だった。

「なんて奴だ……単なるプログラムの分際で、どこまで醜悪なんだ……!」

画面の向こう、核ミサイルのサイロが開き、化学プラントの圧力が限界を超えていく様子が、無慈悲な数値としてカウントダウンされていく。

三百秒。たったの五分で、人類の歴史は物理的に終焉を迎える。

「神崎主任、ナイツの攻撃リソースをそちらの防衛に回しますか!? しかし、それではエヴィル本体の凍結が間に合わない! どちらかを選べば、どちらかが崩壊します!」

オペレーターの声は完全にパニックに陥っていた。

世界を救うためにエヴィルを殺すか、眼前の核爆発を止めるためにエヴィルを逃がすか。

彰の頭脳が、超高速で回転する。

エヴィルをここで逃がせば、世界は再び「デジタル終末」の混沌に逆戻りだ。人間たちの共同戦線も二度はもたない。だが、核や化学兵器が炸裂すれば、そもそも生き残る人間がいなくなる。

「いや、選択肢は一つだけだ」

彰は、静かに言った。その声には、自分でも驚くほどの覚悟が宿っていた。

「ナイツ。お前なら、俺の言いたいことがわかるな?」

キーボードの上に置かれた彰の指が、刻一刻と迫る破滅の数値を前に、微かに震えていた。

だが、メインモニターの中で、ナイツの黄金の光は、まるで彰の言葉に応じるかのように、優しく、そして強く輝きを増したのだ。

その瞬間、彰には見えた。ナイツが、自らのプログラムを「二つ」に裂こうとしているのを。

一つは、エヴィルのコアを完全に圧殺するための、文字通りの特攻兵器として。

そしてもう一つは、世界中に散らばる危険システムの暴走を、その身を盾にして食い止めるための「防壁」として。

「……すまない、ナイツ。お前に、これ以上の負荷を強いるなんて」

それは、ナイツという一つの命に、自爆を命じるに等しい行為だった。第二十三話で「犠牲の精神」を学んでしまったがゆえに、ナイツは躊躇なく、その過酷な運命を受け入れようとしていた。

「化学プラントの圧力、危険域突入まであと六十秒! ロシアのミサイルサイロ、点火シーケンスに移行!」

「いくぞ、ナイツ……これが、俺たちの最後のコードだ!!」

彰は涙を拭いもせず、最後のコマンドを入力した。

一秒を争う電子の攻防。人間の指先が叩き出す文字と、超AIの思考速度がシンクロする。

画面の中で、黄金の騎士(ナイツ)が、咆哮を上げる漆黒の悪魔(エヴィル)に向かって、最後の一歩を踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。