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騎士様とハーブの箱庭  作者: 藤乃 早雪
第四章 傾国のマルベリー
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第35話 行き倒れ

 その日の夜、ドンドンドンという物音で目が覚めた。


 誰かが玄関を叩いている。


 ただ事ではない様子に、恐る恐る部屋を出た。

 すると、もう一部屋の扉もタイミング良く開いて、私は反射的にビクッとする。


「ルクスさん……」

「僕が見てくる。スズは念のため部屋にいて」


 こういう時、男の人――しかも騎士団出身の戦いのプロがいてくれると安心だ。


 私は部屋の扉をうっすら開けて、聞き耳を立てる。


「夜更けにすまない。人が倒れてるんだ。助けてやってくれ」


 切羽詰まった、男性の声。言葉の通りなら強盗の類ではなさそうだ。


 私は静かに部屋を出て、階段まで忍び足で歩く。


 しばらくすると、外から人が戻ってくる音がして、男の「死んでないよな?」という震える声が聞こえてきた。


 私はゆっくりと階段を下り、カフェの方を覗く。


「微かだけど脈はある」


 ルクスさんはそう言うと、テーブルに寝かせた人物を魔法で温め始めた。


 長い黒髪に華奢な体。どうやら外で倒れていたのは女性らしい。


 彼女を見つけて、助けを求めに来たおじさんは、たくさん荷物を背負っていることからして行商人だろうか。


 おろおろと落ち着きがなく、ルクスさんを手伝える雰囲気ではない。


「スズ、治療セットを持ってきてもらってもいい? あとブランケットもお願い」


 私に気づいたルクスさんは、早口に指示を出す。


 珍しくルクスさんが焦っている。危険な状態なのだろうと思い、急いで治療セットを届け、家中のブランケットをかき集めた。


「持ってきました」

「服は乾いたと思うけど、もう少し魔法で温めてからブランケットでくるむよ」


 私は行き倒れた人の姿を見て、低体温症で意識を失ったのだろうと悟る。


 血の気のない顔に反して、凍傷を負ったのか手先は赤く腫れ、靴を脱がせた足なんて紫色だ。

 酷いと腐って黒く変色するというから、まだましなのかもしれない。


 若い女性が、こんなに薄着でどうしたんだろう……。


 オリンズさんのように、温暖な南から来て気を抜いていたのだろうか。


「後は任せてもいいだろうか? 心配なのはやまやまだが、明日の朝までに届けなければならない荷物があってね……」


 おじさんは何も悪くないのに、申し訳なさそうに言う。


「分かりました。お気をつけて」

「よければお菓子を持っていってください」


 私は余りすぎてどうしよう、と思っていたお菓子を袋に詰めて渡す。


 おじさんは「何かあれば」と名前と宿泊先を書き残し、何度も頭を下げて出て行った。


 それから一時間近く、ルクスさんは魔法を使い続けている。

 真剣な横顔に、どことなく疲労の色が滲んでいた。


「大丈夫ですか?」

「そろそろ限界かも」


 魔力不足というより、温めすぎないよう力をコントロールする方が大変らしい。


「ブランケットにくるんで私が人肌で温めます」

「そうだね。二階に運ぶよ」


 ルクスさんは魔法を止め、女性を抱えて二階に上がる。


「スズの部屋でいい?」

「はい」


 数日使った後のシーツだけど、この際、そのくらいのことは許してほしい。


「……んん」


 私のベッドに寝かせた時だった。

 全く意識のなかった女性が、うっすら目を開け、身じろぎをする。


「聞こえますか?」


 私が尋ねると、女性はゆっくり言葉を口にした。


「……ここは? わたくしは一体……」

「雪の中、倒れていたんですよ。無理せず寝ていてください」


 体を起こそうとする女性を止め、私はブランケットを重ねがけていく。


「そうでしたか……ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」


 女性は力無く、長い睫毛を伏せた。


 控えめで、儚げな雰囲気の人だ。

 男の人のような服装をしているけれど、言葉遣いから品の良さが滲み出ている。


「寒くないですか?」

「はい。ちょうど良いです」

「ご自分のお名前は分かりますか?」

「……」


 返事がない。


 記憶喪失なのかと思いきや、彼女はしばらく黙り込んでから小さな声で答えた。


「私のことはマルベリーとお呼びください」


 マルベリー、桑のことだ。

 実から根まで食べることができて、カフェでも葉の部分をハーブティーとして扱っている。


 そういえば、彼女の深紫が混じったような黒髪は、完熟したマルベリーの実に似ているかもしれない。


「何か、温かいものは飲めそうですか?」

「はい。お気遣い、ありがとうございます」


 ハーブティーを淹れに行こうとする私を、ルクスさんが呼び止めた。


「僕が淹れてくるよ。スズは彼女といてあげて」

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