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騎士様とハーブの箱庭  作者: 藤乃 早雪
第四章 傾国のマルベリー
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第34話 エゼライ王国

「騎士団時代のルクスさんのこと、あまり話を聞く機会がなかったので、少し知れて良かったです」


 下げた皿を洗う私の横で、ルクスさんは項垂れている。


「戦争ばかりで楽しい話がないのと、舐められないよう肩肘張ってたこともあって、わりと黒歴史なんだよね……」


 たぶん、郊外でハーブを育てているルクスさんの方が、素のルクスさんなのだろう。


 別の家庭に生まれていれば。魔法適性が高くなければ――。

 きっと、ルクスさんは騎士団に入ることを選ばなかった。そう思う。


「私も前世の職場ではイライラしてることが多かったです。確かにあれは見られたくないですね」

「イライラ? スズが?」


 ルクスさんのことだけを知るのはフェアじゃないので、私も自分の嫌な一面を話すことにする。


「決算期とか最悪でしたよ。忙しいのに空気を読めない上司の長話に付き合わされて、内心呪いの言葉を吐いてました」

「ああー。いるよね、その上司みたいな人」


 思い当たる人物がいるのか、ルクスさんの言葉には深みがあった。


「人間、余裕が大事だと思います」

「違いない」


 私たちは軽く笑って、他愛のない話を続ける。


 急に積もった雪のせいか、残念ながら昼になってもお客の入る気配はなかった。


 余裕が大事とは言ったけど、お客さんが全く来ないのは困る……。


 私も、ルクスさんも、流石に手持ち無沙汰になって、椅子に座ってぼんやりしている状況だ。


「お店、閉める?」

「この雪の中、万が一来てくれる人がいたら申し訳ないので開けておきます。ルクスさんは部屋で休んでてください」

「部屋に行ってもすることないし、ここにいるよ。スズこそ休んでてもいいよ?」


 ルクスさんの気持ちはよく分かる。


 スマホもテレビもない世界で休んだところで、昼寝くらいしかすることがないのだ。


 それなら、二人で何か話していた方が間違いなく楽しい。


「そうだ。聞きたかったことがあるんです」


 私は後で聞かないと、と思っていたことを尋ねてみる。


「エゼライというのは敵国ですか?」

「そうか。スズは知らないよね。エゼライ王国はグラスティアの南に位置する国で、過去から何度も戦争しているんだよ」


 ルクスさんが広げた地図を覗くと、見たことのない形の大陸が広がっていた。


 やっぱり、私はあの時死んでいて、どこかのファンタジー世界に転生したんだ。


 今更すとんと腑に落ちる。


 今はもう、ここでの暮らしが日常になっていて、特に悲しいとは思わなかった。


「グラスティア王国は世界有数の魔法石の産地で、冬の寒さが少し厳しいことを除けば、港もあるし肥えた土地もある」


 ルクスさんは、地図を指でなぞりながら説明してくれる。


 国土はグラスティアよりも、エゼライの方が少し大きいくらい。近隣にはそれより大きい国もあれば、小さい国もある。


「エゼライ王国が、グラスティアに戦争を仕掛ける理由は魔法石ですか?」

「そう。エゼライには魔法石が採れる場所がほとんどないからね。あとは、この国を支配下に置けば、近隣の大国とも渡り合える」


 確かに二つの国がくっつけば、他の大国と同じくらいのサイズになりそうだ。


「エゼライ王国以外の国から、攻められることはないんですか?」

「可能性としてはなくはないけど、同盟を組んだりして一応均衡を保っているよ」


 どういう国があって、どこと同盟を組んでいるのか、ルクスさんから一通り教わったが、あまりに複雑で覚えられそうにない。


 唯一、オッタマゲタという面白い名前の国があることだけは学んだ。


「同盟国間では、人の行き来もあるのでしょうか」

「多くはないけどあるね。特に東のリュダディカとは国交が盛んだから、スズがもし出身を聞かれたら東の国から来たと言えばいい」


 リュダディカ帝国は確か四大大国の一つ、龍の国だ。

 グラスティアとも、エゼライとも友好関係にあり、二国の対立は見て見ぬふりをしてきたのだという。


「ルクスさんは、戦争が起きたら騎士団に戻るのでしょうか」


 ルクスさんは目を伏せ、「二度と戦争が起きないことを祈っているよ」と呟く。


 答えずとも、ルクスさんが何を選ぶのかは明らかだった。

 

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