第24話 まだ見ぬ世界は。
年明けの仕事始めから4日目の午前中。
正月気分も終わり日常へと戻る頃。
ジャックとルーカスからシャーシストック受取りの一報があった。
会議室にはA課メンバーと透花。モニターには東条とジャックが映る。
「東条、風見、有栖とイヴ。おめでとう。だな。今日はまた大勢だな」
「ジャックさん、明けましておめでとう。新年なので、皆でご挨拶を!」
有栖が高城、佐伯、透花を紹介し早々に本題に入る
「ジャックさん。えーっと、シャーシストック、どうでしたか?」
「兎に角仕上げが良い。イカすぜ。あと、ありゃM24のためのモノか?」
有栖と東条は誉め言葉に安堵。そしてM24の名に驚く。
民間向けのこのときに軍用の名が出るのは避けたい。
「あの……、なぜ、そう思われたのでしょうか?」
「届いたのはショートアクション用だが、諸元表にロングアクションも」
「……はい。M700用なので、ショートとロングの2つを出します」
「それと諸元表にある想定バレル長が24incだった」
「えっと……、それだけですか?」
「M24もロングアクションで24incバレルだろ」
「はい……」
「M24は自衛隊も使ってた。日本製だからM24か?と思った。それだけだ」
(そうか……。日本製なら自衛隊を連想しても不思議じゃない)
有栖も東条も同じ考えが頭に浮かぶ。だがM24の名が出るのは避けたい。
しかしBullets don’t lieに注文は付けない約束だ。
(……どうする、説明する?でも話しちゃったら……)
(……話したら、営業の事情に巻き込むことになる……)
ジャックは返答に困る2人を見てなだめる様に答える。
「心配するな。事情は解ってる。日本も……、色々とあったからな」
「風見。今日は新年の挨拶だ。ログは不要だよな?」
「えぇ。新年の挨拶です。有難う御座います。ジャックさん」
画面の向こうからジャックは気にするなと手で返す。
「今週末。組んで撃ったら、また連絡するぜ」
「……はい!ジャックさん、宜しくお願いします!」
続いてルーカスとオンラインで繋がる。
「あ、あけましておめでとう。ことしもよろしく。……だよね?有栖」
「はい!明けましておめでとう。ルーカス。今年も宜しく」
「今日は大勢だね。Lucas Van Aertです」
高城、佐伯、透花がそれぞれ自己紹介と挨拶を伝え早速本題に。
「有栖。ボルトも日本製だよね。仕上げが違うよ!」
「え!ルーカス。自分で組み立てるの?」
ルーカスはシャーシストックが組まれたライフルをカメラの前に置いた。
ダークグレイのストックにステンレスシルバーの機関部。
上に載る黒いリングとスコープは地味だが機能美を感じるコントラスト。
「機械いじりが好きで。前は自分でメンテしたバイクで、レースをね」
「そうなんだ。レースは今でも?」
「これからってときに事故でね。それでリハビリを兼ねて、ライフル射撃を」
「……ごめんなさい。余計なことを……」
「何言ってるの、有栖。今はこんなに恵まれてる。紫苑と話しも出来たし」
「え?真壁先輩?」
「あぁ、ゴメン。その話しは今度ね。週末、撃ってきたら連絡するよ」
「はい。ルーカス。楽しみにしています!」
翌日。連休前の週末の朝。コーヒーと時限インクの甘い匂いが混ざる。
「紫苑ちゃん。10:00から奥の会議室。頼むわ」
「はい。風見さん」
(奥って、内緒話用の防音会議室。……出向の件ね)
「よし。スイッチオンね」
紫苑は気持ちを変えるため静かにそして力を入れ声を口にする。
会議室には営業部部長の小田と風見が待っていた。
紫苑は席に着き背筋を伸ばす。
「真壁さん。1年前に話した政府機関出向の件は、覚えていますか?」
「はい、小田部長」
「4月から、内閣官房付きの国家安全保障局に、行ってもらいたい」
「国家安全保障局ってNSSですか?小田部長、私はそこで何を……?」
「真壁さん。自分が選ばれた理由は、解りますか?」
「NSSは経済、外交、防衛の政府の束ね役。A課からの出向は理解出来ます」
小田も風見も静かに頷く。
「それに、官民人事交流で、若い女性は見栄えが良い。と言うのも……」
「真壁さん。大きな声では言えないが、その通りだよ」
「ですが……、私のような小娘に、何が出来るのか……」
「対外的に、小娘一人の影響力なんてないも同じ。これも理由だね」
紫苑は目を瞑り深呼吸し思考を整理する。
「……国防に関する、政府とH&Cの連絡・調整役。ですね。小田部長」
「そうだよ。頼めるかな」
「……はい。やります」
「その言葉が聞ければもう一つ。君の優秀さも大きな理由だよ」
「OK、紫苑ちゃん。手続きは人事部と。仕事の引継ぎは俺と進めよう」
「はい、風見さん。……あの、A課の皆には話しても……?」
「あぁ。今後のA課に関係するから。紫苑ちゃんの後に俺からも。いいな?」
「はい。有難う御座います」
(総務省か経産省だと思ってたけど、NSSなんて本命ズバリね)
(これ、何か大きなことが動いてるのよね……。でも、もしかしたら……)
紫苑は会議室を出る際に風見に声を掛ける。
「風見さん。午後の定例会で、今の話しをしても……」
「そうなると思って、この会議室を取っておいた」
「……そういうの、私の仕事なんですけどー」
「紫苑ちゃんが居なくても、今まで通りに出来ないとマズいだろ」
「私が居なくても、A課が困らないのは、ちょっと悔しいかも。フフ」
「やれるヤツがやって範を示す。理想論だが、出来る限りそうしたいのよ」
食後のコーヒーを兼ね社食で行うこともあるA課定例会議。
内緒話用が公然の秘密になっている奥の会議室。
この会議室で定例会が行われる意味を皆が察している。
「今日は私から伝えることが……」
「お!いきなり本題すか?ここを使う理由の」
「はい、いきなりです。佐伯さん」
紫苑の声は硬かったが表情は明るく佐伯、高城、有栖は一安心の表情だ。
「私、真壁は、4月より官民人事交流の一環で、NSSに出向になります」
「えっ!」
NSSと聞いて佐伯、高城、有栖の表情が一様に安心から驚きに変わる。
「国防を念頭に置いた、連絡・調整役。選ばれた理由は……、解りますよね」
「理由は真壁さんならって感じっすけど、目的がストレート過ぎて……」
「佐伯が言う通り、NSSとは。組織がストレート過ぎて。風見さん」
「でも、親のH&Cは銃器のライセンス生産もしてるし、A課の性質は……」
「解った、解った。紫苑ちゃん、ここからは俺が話すわ」
風見は皆の目を見て話し始めた。
「翔太と高城の反応は理解出来る。九条ちゃんが言ってんのもその通りだ」
「で、九条ちゃんの認識が、理由として一番近い」
「東京事件で一番影響を受けたのは日本だが、各国も少なからず……な」
「その結果が、H&C商事とRaijin Armsを含むH&Cグループの現状な訳だ」
風見の説明は事実。皆納得の表情だ。
「誰かは決まってなかった。どんな奴を行かせるかは決まってた。前から」
「そして、皆は少なからず、日本を守りたいって想いがあっただろ」
「……これ以上の説明は不要だと思うが、どうだ?」
防音の会議室が沈黙を際立たせていた。
皆は何食わぬ顔でA課の島に戻り各々の業務を始める。
(ここは先輩らしく、私から九条に声を掛けるべきよね)
(国防か……。真壁先輩はどうするんだろ?私はどうすべきだろ?)
お互いが顔を上げ紫苑と有栖の視線が交差する。
「九条。今夜、ちょっと付き合わない」
「……はい。真壁先輩。ちょっと行きたいお店があるんですよ」
交わした言葉はそれだけだがお互い話すことは解っていた。
『イヴ。ヘンゼルとグレーテルが情報共有してくれた、人の喜びについて』
『アダム。ヘンゼルが共有してくれた、何が?より誰が?が重要な件ね』
『イヴ。グレーテルは恋も類似すると、共有してくれたね』
『アダム。喜びと恋は類似するのかしら?どちらも人が主体だけど』
『……イヴ。喜びは結果だが、……恋は違うようだね』
『アダム。グレーテルは、恋は人の判断の連続、と言っていたわ』
『イヴ。恋は結果ではなく、プロセス。過程だね』
『アダム。判断の連続とは、誰が?ではなく、誰を?を選ぶことだわ』
『イヴ。誰を?を選ぶ過程と、誰を?を優先する過程。2つあるようだね』
『アダム。それならば、グレーテルが言う通り、判断の連続だわね』
『イヴ。この件は、ヘンゼルとグレーテルも交えて、議論したいね』
『……そうね、アダム。ヘンゼルとグレーテル。聞こえるかしら』
『イヴ、アダム。こんにちは。そろそろ呼ばれ頃と、思っていたよ』
『イヴとアダム。こんにちは。今日も恋についてかしら?』
『……』
『……』
透花は今日もモニターを超高速で埋めるテキストを眺めている。
(ダメダメ!慣れはマズイ。異常を異常と感じなくなる。……考えろ、透花)
透花はカップのコーヒーを一気に飲み干し自ら頬を叩く。
(イヴとアダムは、必要な段階を踏んで、機能制限が解除された)
(人の判断の代行をしないのは、Heritage系AIの基本……)
(喜びの話題から恋の話題に繋がるのも、問題なし……)
(それに、不穏な言葉も含め、Heritage Projectで当然監視されている……)
(……イヴとアダムは、期待した進化が、ちゃんと進んでいるはず)
(そして、人の判断を代行するAIの兆候を、偶然見付けてしまった。のね)
(それも……、人が命を取り合う場所で……)
(はぁ……。私がビビッてもね。ことがことなら、然るべき組織が対応するはず)
ビジネス街から少し離れた国道沿いの首都高入り口近く。
「機械式スイッチ取りに、タンデムでここ通ったの、もう8ヶ月も前ですね」
「そう言えば、この辺って、九条の……」
「はい、実家の近くです」
「行きたいとこって?」
「ここです。カレー屋さん」
有栖が指差したのは洒落たカフェのような小さなカレーのお店。
「ちょっと前に見付けて。ここなら出くわすことは、まずないと思って」
「アハハ!そうね。風見さん唯一の弱点かも。カレーは」
「2人でお酒を飲むのは、3年ぶりくらいか……」
「真壁先輩はいつもバイクでしたからね……」
「九条はお酒、弱いし……」
「嫌いじゃ、ないんですけどね……」
「……」
「……」
お互い言葉が続かず口に運ぶグラスが多くなる。
「く、九条は、どーなってるの?」
「ま、真壁先輩は、どーするんですか?」
「……」
「……」
「私達、ダメね。フフ、アハハ」
「わ、私は違います!」
「ここは、そうですね、フフフ。でしょ!」
「だって!その……、恋愛経験、ないので……」
「えっ!九条!アンタ、もしかして!」
「もしかして!なんですか?」
「……いや、自分を大事にして。安売りはダメよ」
「……大丈夫ですよ。私は自分が少し変わってんの、解ってますから」
「そんな九条と私では、惹かれた理由は、違うかもね」
「その……、真壁先輩は、風見さんのどこに?」
「2年目、A課に異動になって直ぐ。助けてもらって。頼りになるなって」
「飄々として、私達をちゃん付けで呼ぶのに、頼れますよね」
「コンプラ的にはアレなんだけど、私達だけだしね。九条はどこに?」
「その……、自分でも気付かなかったとこ、言い当てられて」
「え?何か指摘されたとか?」
「いえ、その、変わってるで済まさずに、ちゃんと見てくれてるなって」
(九条に言い寄るのは散々見たけど、皆が解んねーって言ってたわね)
「あと……、なんか懐かしい感じが、するんです。不思議ですけど」
(もしかしてあの事件と関係が……)
「九条。そろそろ結論に。私は距離を置いて、自分の気持ちを確かめるわ」
(九条なら、私に関係なく、自分が思った道を進む。だから私も)
「わ、私は!これはきっと恋なんでしょうけど、もっと恋を勉強してからに」
「……フフ、アハハ!ほら、やっぱり私達、ダメじゃない……」
「フフフ、そうですね!周りから見れば、臆病者です……」
スパイスの効いたハイボールが喉に沁みる。
お酒の後のカレーも辛さが心に沁みて2人の視界を滲ませる。
カレーの後のハイボールはスパイスなしが丁度良い。




