光、我田引水をする
異世界の踊り子と美貌の貴公子、神医と仙猿と四つの視線が複雑に絡み合う。その中で最も驚きの感情に支配されていたのは光だ。己のしどけない様による羞恥心よりも、修羅場を想像した恐怖が上回る。
「キキー!」
「まさか、そんな……」
「そういう運命か」
「待って、みなさん落ち着くでやんす……!」
それぞれ想いを吐露する二人の男と一匹の雄、或いは二匹の雄と一人の少年へ、光は鎮静させようと声をかけた。その中で顔を軽く上気させた趙思浚が真っ先に動く。
「……」
神医は印を結ぶ事も何かを詠唱する事も無しに進み出ると、両手を広げて簫雨へ掴みかかった。
「素手の勝負は不利でやんすよ! まさか、あっしの事でそこまで逆上して……!?」
惨劇と都合の良い想像をしながら光は思わず目を閉じる。
「雨兄! 随分早く来て下さったのですね!」
「思浚の来訪こそ早過ぎると言いたいところだがな」
が、そんな彼女の横で少年と青年は互いの肘を掴み穏やかに言葉を交わしていた。
「しかも気分が悪くなった彼女を介抱して下さっていたのですね。相変わらず女性にお優しい!」
「まあそんな所だ。もう少し時間があれば『気分が悪い』から『凄く良い』まで持っていけたのだがな」
趙思浚は帯の緩んだ少女の様子を見て微笑む。目を開いた光はその視線に気づくと慌てて服装を直しつつ簫雨を睨んだ。
「セクハラは禁止ってしつこく言ってるでやんすよ! ところでお二人は知り合いで?」
「僕が……」
「俺が……」
少年と青年は同時に口を開き何度か譲り合ったが、最後には年長の簫雨が趙思浚に説明を委ねた。
「ご紹介致します。雨兄、こちらはまだ見ぬ仙界から来られた天女、光殿です。光殿、こちらは成慶を代表する豪商で『晶富の龍君』と称される貴公子、簫雨兄さんです」
「思浚、それは恥ずかしいから辞めろと言っているだろう? 光、改めてご挨拶を申し上げる」
簫雨は苦笑いしながら拱手し、持参した駕籠の方へ向かった。
「しょうふのなんとか……って何でやんすか? なんかやらしー意味?」
話題の主が少し離れた隙に、光は趙思浚へ問う。
「雨兄は塩の売買で莫大な富を築いた商人なんです。それだけでなくこの美貌に見識も備えていて。恐れ多くも龍君と呼ばれているんですよ」
「し、塩!?」
巫医閣下の目には憧憬の輝きがあった。一方、光の目には困惑の色だ。
「そう伝えた筈だが? 思浚、こちらが簫家自慢の紅塩。こちらは依頼されていた反魂香の材料だ」
駕籠の中身を手に戻った簫雨は二つの色違いの風呂敷を趙思浚へ渡す。
「趙思浚、簫家よりの賜り物にお礼を申し上げます」
「キキキ!」
受け取られた風呂敷はどちらも一時と置かず主から隷へ渡される。孫悟空はそれを持って客室を出て行った。
「雨兄の博識と知人の多さには自分も世話になっていまして。今のは塩と特殊な方術に使用する品を用立て頂いたんです。光殿も何か、縁がおありなんですよね?」
しばしのあいだ蚊帳の外へいた光に向かい、趙思浚は急に話を向けた。
「エン!? えんだ~あ~ああ……」
「あー、暗渠の出入り口が館の近くにあるのだが、そこから唐突に光が出てきてな。聞くところによると誰かと一緒にいたが、はぐれてしまったらしい。で、どうやら思浚が助けになるかも? と言うので館の一室に入れて、日が昇ったら一緒に行こうと伝えたのだが……」
「あっしが待ちきれなくて、一人で先走ったって経緯でやんして」
光が謎の歌を歌う、簫雨が作り話をでっち上げる、光がそれに乗る……というやりとりが阿吽の呼吸で行われた。
「そうだったのですね! 雨兄、光殿を置き去りにしたのは例の幻晶侠ですよ! 昨晩は自分もいっぱい喰らわされましたが……。次、遭えば決して負けません!」
「ほえ? いまあっしらの……ひゃ!」
「なんと! 巫医閣下が一敗地に塗みれただと!? どんな風にやられた?」
脇にある経穴を肘で一突きし光を黙らせると、簫雨は興味津々といった口調で訊ねる。
「思い出すだけで腸が煮え返ることですが……」
趙思浚は無念を顔に滲ませながらも昨晩の出来事を語る。簫雨はそれを一々おどろき、少年に同情しながら傾聴した。
「悔しいな……。しかしそうなると、例の悪党についての調べはまだ何もついてない、ということか?」
「恥ずかしながら……」
「なあに、憂う事はない。少し話したところ、こちらの光は凶案の取り調べに造詣が深く、優れた知見をお持ちだ。彼女の知恵を借りれば、解決も遠からず、だ」
「え? そうなんですか!?」
少年は驚き光へ問うが、経穴を突かれた少女は頷く事が出来ない。代わりに簫雨が彼女の背後へ密に手を回し、後頭部を押して頭を上下させる。
「確かに治療の助太刀も巧みでした! ……でしたら今晩の儀式に光殿も加わって頂くのは?」
「妙案だな。ならば思浚、直ちに準備を始めるが吉だ。仔細については俺から説明しておこう」
「ありがたい! 趙思浚、お二方にお礼を申し上げます」
簫雨に親指を立ててそう促されると趙思浚は急ぎ拱手し、嬉嬉として客室を出て行く。
「簡単に騙されてくれるものだ。思浚も光も」
貴公子は含み笑いをしながら光の顔を見る。そして彼女の目が怒りに燃えているのを認め、ようやく思い出した、という三文芝居をした後に縛りを解く経穴を突いた。




