48.偽物姫の願い事。
ハリス公国との会談を控え、慌ただしく準備をしている宮中で、毒入りお茶会以降会うことのなかったシエラと再会した。
彼女もまたリタ侯爵家の人間として、公務の打ち合わせに呼ばれていたようだけど。
鉢合わせたのは多分偶然ではないだろう。あまりにタイミングが良すぎたから。
久しぶりに顔を合わせたシエラは、随分やつれていたように思う。
元々上流階級の特権者として大事に育てられてきただろう彼女にとって、何かしらの嫌疑をかけられたことも、ヒトの悪意に曝されたのも初めてで、精神的につらかったのだろうということは想像できた。
まぁ、手の平で転がされていただけなのだとしても同情はしないけど。
リタ侯爵家への疑念の追求もシエラ自身への制裁もセルヴィス様がしてしまったのだから、私としては彼女を放置しても構わなかった。おそらくシエラ自身はそんなに害はないし、売国の障害になることもないだろうから。
目の端に捉えながらスルーした私に、
「待ちなさいよっ!!」
突っかかってきたのはシエラの方だった。
ギリリっと奥歯を噛み締め、睨みつけてきたシエラに、
「何かしら?」
私は人目を気にしながら言葉を選ぶ。
良くも悪くもシエラが注目されている中で、余計な発言をして目立ちたくはない。
それも、もうすぐ売国が叶いそうだというこの重要な局面で。
だが私の祈りも虚しく、よく響くシエラの声はヒトを集めた。
「全部アンタのせいよっ!!」
この疫病神、と私に掴みかかってきたシエラは、
「濡れ衣でリタ侯爵家がどんな目に遭ったか!」
私が憎くて仕方ないという顔をしていた。
「アンタのせいで、アルカは国外に出され、ドロシーはど田舎に嫁ぐ羽目になったわ!!」
セルヴィス様の言葉を信じるなら、その二人はこれ幸いと正妃候補から降りてお役御免とばかりに自分で好きな道を選んだはずなのだけど。
それは、シエラにとっての真実ではないのだろう。
「どうせ、グレイスを妬んで自作自演でもしたのでしょう!? 可哀想な被害者を演出して、まんまと陛下に取り入るなんて……。この、毒婦がっ」
後宮で見張られている孤立無援な敗戦国の姫が、どうすれば他家で主催された茶会に毒を持ち込めるというのか。
と、言ったところでシエラは納得などしないだろうから。
「あら、あなたの嫌疑が晴れたのなら良かったではありませんか」
パシッと彼女の手を外し、せせら笑った私は、
「文句は直接陛下に仰っては? まぁ、あの方に寵愛される私とキャンキャン吠えるしか能のない仔犬のセリフ。どちらを聞いてくださるかは明白ですけど」
この場に長く留まって観衆に晒され続けるよりも、潔くシエラに一発殴られて退場しようと腹を括り、彼女を挑発した。
「このっ!」
バシッと乾いた音が響いた。
だが、叩かれたのは私ではなくて。
「……どうして」
驚いたローズピンクの瞳が見開かれる。
バッとシエラが片手を上げ、私に平手を喰らわせようとしたところで、私達の間に割って入ってきたのはグレイスだった。
「非礼をお許しください」
文句のつけようがないほど美しく、凛とした淑女らしい出立でグレイスが私に頭を下げた。
好奇の視線をいくつも浴びながら、そう言った彼女は一瞬にして場を制圧してしまった。
寵妃を助けた勇敢な令嬢として。
「あの場で断っていたら、今頃私は社交界で悪女の名声を高めつつ非難の渦中に身を置く羽目になっていたと思いますわ」
というわけで、不可抗力ですと微笑む私に、
「俺には君が自ら嬉々として危険の中に飛び込んで行ったように見えたんだが」
だからなんで君はそう無茶をするんだとセルヴィス様が憂い顔でため息をついた。
「……だって、せっかくあなたがクローゼアに興味を持ってくださったのですもの。懸念事項は潰しておきたいじゃないですか?」
帝国で過ごすうち、この国に転がるおおよその問題点は把握できた。だが、静観していたところで事態は変わらない。
売国しクローゼアが帝国に取り込まれたとしても、その後手が出せない状況でイザベラが一人苦しむことになったら意味がない。
せっかく向こうから仕掛けてくれるというのなら、カウンター狙いで乗ってみるのも一興だろう。
上手くいけば、火の粉のひとつも払えるかもしれない。
そうできたら、と。
「早く売国計画を進めて、植物園の改装に着手したいのです」
偽物姫の私が願うには、過ぎたわがままを思い浮かべ、
「綺麗なお花を沢山の人に見てほしいし、あの貴重な植物の研究もしてみたいですし。新しい薬が作れたら多くの人が救えるかもしれない。あそこにはそんな可能性がいっぱい詰まっているんです」
考えただけでワクワクしませんか? とこれから先の可能性について語る。
セルヴィス様を想うこの気持ちは、明かすことも遺すこともできないから。
「ミリア様の植物園、黒字にする約束をしたでしょう?」
私が帝国を去る日が来ても、"ああ、そんな日があったな"なんて、セルヴィス様が思い出してくれるような"何か"を遺して行きたいと思ったのだ。
その時に彼が思い出す名前が、私でなかったとしても。
「……本当に君は、俺の思い通りには動いてくれないな」
「ふふ、なにせ"暴君王女"なもので」
そう言って応戦する私の蜂蜜色の髪を掬ったセルヴィス様はそこにキスを落とし、
「充分気をつけてくれ。君に何かあっても、俺はすぐには動けないのだから」
そう言って誠実な言葉をくれる。
私が一人で泣いている時に寄り添ってくれた狼と同じ、優しい色をした紺碧の瞳。
「大丈夫、ですわ」
この歳まで無事に魔窟を生き抜いてきた実績がありますもの、と私は胸を張る。
「だから、この宴が無事に終わりましたら」
売国するための筋書きはすでにセルヴィス様に渡した。
あとはセルヴィス様から出される条件を組み込み、話の落とし所を調整するだけだ。
ようやく、ここまで来た。
「私が望むご褒美をくださいね」
これ以上、セルヴィス様の側が心地よくなる前に偽物姫は退場しなくては。
私は自分に言い聞かせ、踵を返した。
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