勇者とレスティと海水浴~エピソード・レスティ~⑤
「そろそろ上がるか?」
「そ、そうね」
二人で小さくバタ足をしながら陸へ向かう。
「あ、蹴ったわね」
「わざとじゃない」
幸せ。なにこの至福の時は。
陸に上がり、腰を掛けれるところを探す。
丁度いいところがあったので座ると、勇者様がちょっと待っててと言ってどこかへ行ってしまった。
トイレだろうかと思ったが、珍しく勇者様がジュースを買って戻ってきた。
「トイレかと思ったわ」
「トイレなら海でした」
「え、私の後ろで?」
「明言は避ける」
勇者様を少し本気で殴った。
痛いと勇者様が言ったが、謝る気は一ミリもない。
「ぬるくなるからはやく飲めよ」
「ありがとう」
勇者様は私がアップルジュースを好きなことを覚えていてくれたようだ。
勇者様のはオレンジジュース。
普段はこんな気配りなんてないのに、やはり海は人を変えるのだろうか。
「少しオレンジジュースも飲みたいわ」
「いいけど、そっちのもくれよ」
グラスを交換する。
間接キスにドキドキする年齢ではないが、こういったやり取りをしていることに心がときめく。
しばらく二人で海を見ていた。
ぐぅと勇者様のおなかがなったので、二人で笑った後、お昼を食べることにした。
海の家が何件かあったが、どこも混んでいた。
やっと順番が来たと思ったら、ほとんどのメニューが売り切れていたので、残っていた焼きそばとカレーを頼んだ。
作り置きの料理はすぐに出てくる。
受け取るとさっきの場所まで戻る。誰かに取られていなくてよかった。
簡単な料理だし、何のこだわりもないものなのに、どうしてこんなに美味しいのか。
素材でもなく、作り方でもなく、誰とどこで食べるかが大事なんだと痛感する。
この先どんなに美味しいフレンチが出てきても、勇者様と今日この海で食べたこのカレーには敵わない。
勇者様の食べている焼きそばが、私のカレーと同じだったら嬉しい。
オレンジジュースとアップルジュースと同じように、焼きそばとカレーも交換して食べた。
同じようにときめいた。
同じというのは嬉しいものだ。
食べ終えたトレイを勇者様から回収してゴミ捨て場へ捨てに行く。
午後になると海水浴客が増えてきた。いわゆるごった返し状態。
これじゃあゆっくり海を楽しめない。
勇者様も人ごみは嫌いだと言っていた。私も得意ではない。
「あと一回海に入ったら帰ろう」
「そうね」
海に入る。
人が多いのでさっきのようにゆっくりはできない。
サングラスも麦わら帽子もさっきの戯れで流されてしまった。これもエピソードとして思い出に残そう。
失くしても思い出が残る。
もしかしたら残らないものの方が最後には残るのかもしれない。
感傷的だ。
もう帰らなくてはいけないと思うと、寂しくてしょうがない。
二人も待っているし、最後の最後まで噛み締めて、目に焼き付けて、心に刻み込んで、思い出に残して帰ろう。
「行こうか」
「うん……」
脱衣所に向かう。
海水をシャワーで流し身体を拭き、服を着る。
髪が乾いていないけれど、帰りの馬車で自然乾燥だ。
脱衣所からでると、勇者様が待っていてくれた。
馬車はもう停留所についていたのですぐに乗り込む。
周りより早めの帰宅なので、馬車は空いていた。
席に着くとどっと疲れが出てきた。
そういえば昨日は寝ていなかったんだった。
勇者様の肩を借りて眠ることにした。




