勇者とレスティと海水浴~エピソード・レスティ~④
「早く海に入ろう。せっかく来たんだから」
「麦わら帽子とサングラスをどこかに置きたいんだけど……」
「そんなもん気にするなよ」
そう言うと勇者様は私の腕を引いた。
「きゃ!」
ばしゃーんと音を立て、波を立て、私と勇者様は倒れた。
「ほら、もたもたするから」
勇者様が私を起こしながら言う。
「小さいことは気にするな」
勇者様はいつもと違う、くしゃくしゃの笑顔で楽しそうにしている。
もう私の夏は終ってもいいと思えるほど嬉しかった。
今日、海水浴に来られて本当に良かったと思える。
「きゃ!」
突然勇者様が私の顔に海水を掛けてきた。
「何考え込んでいるんだよ。海だぞ海!」
感傷に浸っていたら、考え込んでいると思われてしまったようだ。乙女心のわからない人だ。
私も負けじと海水を掛ける。
「仕返しよ!」
しばらくばしゃばしゃと水を掛け合う。バカップルと呼ばれても構わない。むしろ呼ばれたい。
勇者様は一度陸に上がる。
戻ってきたときには浮き輪を持っていた。
二人用ではなく、一人用のものだった。
その穴に二人で入る。
私が前。勇者様が後ろ。
ただ漂う。
海水浴場は多くの人がいたけれど、まるで二人だけになったようだった。
二人だけの世界。
たった二人で、広い海に浮いているというイメージ。
何もかも捨てて、このまま漂っていたい。
ずっと二人だけで過ごしたい。
「勇者様……」
心で言ったつもりが、言葉に出していたようだ。
「なんだい?」
優しい声だ。いつもと違う。甘い雰囲気を勇者様も感じているのだろう。
「な、なんでもない……」
「そっか……。レスティ、勇者様じゃなくて名前で呼んでもいいんだぞ?」
勇者様が耳元で言う。距離が近いので、普通に話しても息がかかるほどだ。
「あ、う、うん……」
名前で言うのは慣れていない。すごい恥ずかしいと感じてしまう。
名前を言えずに時間が過ぎる。
漂う私達と時間。




