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公爵令嬢と聖騎士団団長1

「……ふぅ」


ため息を吐きながらソファに深く腰かけて、そのまま背もたれに寄りかかる。

いつもなら既にお小言を口にしているはずのイルマが、目くじらを立てるのではなく苦笑いを浮かべた。


「ティナ様、お疲れさまでございました。只今新しいお茶をお淹れいたします」

「ええ、ありがとう。あ、それとイルマ。それが終わってからでいいからおつかいに行ってもらえないかしら?」

「かしこまりました」


イルマは私の願いに嫌な顔をせずに頷くと、お茶を淹れてから部屋を去っていった。


彼女を見送り、淹れてもらったお茶を飲んでほっと一息吐く。

目が覚めてから……というか気を失う前からもだけれど、いろんなことが起こりすぎて少し疲れた。

でも、あともう一つだけ用事を済ませておかなくてはならない。かなり重要な用事だから心してかからねば。だがその前に――


……とりあえず糖分補給をしましょう。その方が頭も回るでしょうしね。


そう考え、イルマが用意してくれたお菓子の中から一つ選んで口へと運んだ。


実は、朝食を摂る暇すらなくあれこれと動いていたから、かなりお腹が空いている。

とは言え、あと一時間もしないうちに昼食だ。軽く小腹を満たす程度でいいだろう。

一口大のお菓子をもう一つだけつまみ、最後に残っているお茶をこくこくと飲み干す。よし、気合も充分だ。


……これから頑張るわよ!


一人意気込み、気を引き締める。

折よく部屋の扉が叩かれ、イルマが戻ってきた。


「おかえりなさい。どうだった?」


イルマの言葉を待ちきれずに自分から話を切り出すと、彼女が一つ頷いた。


「今からでも大丈夫だそうです」

「そう、わかったわ。それじゃ帽子を用意してもらえる?」

「はい。少々お待ちください」


言うが早いかイルマが荷物の置いてある場所に行き、私が指示した帽子を手にして戻ってくる。

それはつばの広いヴェール付きの帽子で、ヴェールのレースは編み目が細かく、顔がわからないようデザインされてある。色はヴェールも含め暗めの色で、今着ているワンピースによく似合う。


この帽子は、人目に触れることのないようにとイルマが配慮し、選んでくれたものだ。これで面割れの恐れは最小限にとどめられるだろう。

ただし、その代償として私の方もそれ相応に視界が奪われる。が、そこは勝手知ったるなんとやら。きっと大丈夫!……なはず。


ともあれ、イルマに手伝ってもらい、髪を中に入れるようにしながら帽子を被る。すかさずイルマがヴェールを整え、更にワンピースの乱れも直してくれた。


「ティナ様、もうよろしいですよ」


イルマの言葉に小さく頷き、入り口の脇にある姿見の前に立つ。

そこには年齢不詳の女性がいた。顔もわからなければ髪の色すら窺えない。

きっと騎士たちとすれ違ってもレーネ公爵令嬢だとは気付かれないはずだ。


もっとも、私が今から行こうとしているのは上の階なので、その心配は杞憂かもしれない。

下の階に行くのならば話は別だが、上には団長室と副団長室のほかに主要な部屋はない。要所にいる見張り以外の騎士に会う心配はほとんどないはずだ。


「ありがとう、それじゃ行ってくるわね」

「お一人で行かれるのですか? 護衛にヴェルフでも呼んできましょうか?」


イルマの声はこちらを案ずるような色を帯びている。

その気持ちはしっかりとこちらに伝わってきたが、私にとっては心配されるようなことではない。はっきりとその旨を告げる。


「大丈夫よ、慣れた場所だし、軍の本部ですもの。だからイルマは安心してここにいてね」

「……はい」


返事が来るまでに一呼吸の間があった。きっと彼女は不承不承なのだろう。

だが、ここで押し問答をするつもりはない。

彼女を残して、早々に部屋をあとにした。




いつもとは違い視界が悪いものの、それをものともせずに廊下をすたすたと歩く。……問題はなさそうだ。

ふらつくこともなく階段まで辿り着くと一階分の階段を上り、再び廊下に出て目的の部屋に向かって歩き出す。


低めとは言え一応ヒールがある靴なので、歩くとカツン、コツンと小気味よい音がする。

普段この区画では耳にすることのない音の所為か、それは少し不思議な感覚だった。



団長室の前で足を止め、扉を叩く。

少しして扉が開くと、即座に中に招き入れられた。


「ご連絡くださったご令嬢ですね? お待ちしておりました。体調が優れない中、お越しいただきありがとうございます。本来なら私が伺うべきだったのでしょうが、如何せん部屋を空けられず……ああ、ですがしばらくの間は誰も来ないように人払いをいたしましたのでご安心を」


扉を閉めると――といってもわずかに開けているのだけれども――、団長が話しかけてきた。

それに応えるために帽子をとって、ワンピースのスカート部分を軽く両手で摘まみ、団長に向かって淑女の礼をとる。


「わたくしのために時間を割いてくださったばかりか、ご配慮賜り誠にありがとう存じます。また、団を挙げてわたくしを救い出してくださったこと、万謝の念に堪えません」


言いきると体勢を戻し、団長を見る。

そこには、もうこれ以上は無理ではないかと思うくらいに目を見開いた団長の姿があった。


「……ルディ? いや、君は……?」

「……」


団長に問われるも一切反応せず、曖昧に微笑む。

すると団長がびくりと肩を揺らした。


「!? しっ、失礼!私は聖騎士団団長を務めております、エリーアス・デュナーと申します」

「ええ、存じ上げておりますわ、団長。二日ぶりでございますわね。ルディでございます」

「…………ええと、どちらのルディ様でしょう?」


急に団長が固まったかと思ったら物凄く時間を置いたあとようやく動き出し、にこにこ顔でそう尋ねてきた。……大丈夫かしら?


表面上落ち着いたように見受けられる団長だが、その実落ち着いていないようだ。

なれば、このまま話を続けても埒が明かないのは明白だ。よって誰にでもわかるようにと、ルディの口調に変える。


「どちらのって、僕しかいないじゃないですか、団長。ほかに団長の知るルディがいるんですか?」

「いや、いないが……嘘だろう?」

「本当ですってば!もう、しっかりしてください、団長!」

「確かに髪色と格好が違うだけで顔と口調はルディだが……ん?髪色?」


そこまで言うや、再び団長が彫像のように固まった。


……そろそろこのやり取り面倒になってきたんだけど……ああでも、面倒と言ってはいけないわよね。


などと意識を別のところに向けていると、団長がわなわなと震え出した。


「その髪色……まさかとは思うが、プラチナブロンドではなかろうな、ルディ?」

「あ、はい。そのことで団長にお話があってこうして時間を取ってもらったんです。

 ……コホン。では、改めまして。女性の姿でお会いするのは久方ぶりでございます。マルティナ・レラ・レーネにございます。そして、あなた様の可愛い部下、ルディでございますわ」

「――っ!? ゲホッ!ゴホッ、ゴホッ!!」


私が挨拶をした途端、団長が俄かに咳き込んだ。あれ?水は飲んでいなかったはずだけれど……?


「大丈夫ですか?水をお飲みになりますか?」

「だ、大丈夫、だ……です……そっ、それより、レーネ公爵令嬢と言えば月の妖精と……」

「ええ、まあいろいろと事情がございまして……」


苦笑しながらそう言うと、団長は何かを察してくれたのか多少動揺の色を見せながらも、それ以上の追及はしてこなかった。


「信じられん……あ、いや……まずはそちらにおかけください。座ってお話しいたしましょう」

「ありがとうございます」


団長に勧められるままに応接セットのソファに腰かける。

「私が淹れたもので恐縮ですが」と前置きをしたうえで団長が私の前にお茶を置き、それが済むや彼が向かいの席に座った。


そうして話す準備が整ったところで団長が口を開く。


「あの、マルティナ嬢、とお呼びしても?」

「お好きに呼んでくださいませ。なんでしたらルディでも構いません。口調もいつも通りで構いませんわ。その方がわたくしも楽ですし」

「では、ルディ……は難しいのでマルティナ嬢と。私のことは今まで通り団長と呼んでください。口調の方は……努力、します。それで、話というのはどういったもので?」


出されたお茶を一口飲み、カップをソーサーに戻すと、居住まいを正して団長の顔を見る。

私が団長に話したいことはいくつかあるが、円滑に話を進めるためにも最初に言うべきことはこれだろう。


「筋を通しにまいりました。ですが本題の前に一点だけ。団長には今まで姿を偽っていたことを謝罪したく存じます。隠していて大変申し訳ございませんでした」


ソファに座ったまま深々と頭を下げる。

リオンのようにこじれることはないだろうが、それでも謝罪はしておきたい。


ただ、これは団長に主導権を握られる可能性がある諸刃の剣だ。

しかし、団長が私の姿に混乱している今ならさしてその心配もないだろう。


「マルティナ嬢、事情はよくわかっているので頭を上げてもらいたい。それにしても、ずいぶんと長い間雲隠れしていたようですね」


徐に頭を上げて向かいの団長を見る。団長はとても優しい表情をしていた。

そのことに少しだけ胸を撫で下ろす。


「はい。できることならばずっとここにいたいと思うくらい、こちらの居心地が良くて……」

「そう言ってもらえると嬉しいが、公爵閣下はさぞやきもきしたのでは?」

「実は父に告げておりませんの。兄となら魔法師団区画の方で話をしたのですが、父は……」


私の言葉に何か思うことがあったのか、団長は斜め上の方を見つめて苦笑いを浮かべる。


「あー……。父親はいつの時代も娘が一等大事だからな。事情も訊かず『帰ってこい』と言われるのが関の山だろう」

「はい、ですから内緒にしておりました。でも、今回このようなことになってしまい……」

「だが、大事に至らずに済んでよかった。抜かれた魔力も回復していると先程師団長から聞いたばかりだ」


団長も報告を受けたのか。まあ、聖騎士団の団長だから当たり前か。

でもだとしたら、私が聞きそびれてしまった話もいろいろと聞いているかもしれない。少し気になることもあるし、それとなく聞いてみようかな。

そう思い立ち、口を開いた。

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